ほどきたいよ、赤い糸
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ため息をついて突き放すようにアナキンの襟を離してやると、お互いの間に重い沈黙が落ちた。
しかし、蓄積した苛立ちがじわじわと溢れ出ていて、私にはそれを止める術がなかった。
「私を不誠実だと言ったな」
アナキンの片眉が上がる。
「お前だってそうだろう。弟子の前でわざわざ見返りについて言及する必要があったか?」
「見返りの提案も、それに君の弟子の前でその話をしたことも、確かに良くなかったかもしれない。それは謝るよ」
先ほどとは異なり、存外アナキンは素直に謝る。
「でも本当にずっと気になっていたんだ。僕との関係は終わり?」
ぐっと言葉に詰まったのは、私の方だった。アナキンの言葉には皮肉も執着も入り混じっていて、それでもなお、私の揺らぎを見抜いてくる。
「何度もいうが、お前のことが嫌いだから離れたわけじゃない」
言葉にした途端、アナキンが微かにこちらに視線をよこすのを感じた。
「ただ、関係を持続させようにも任務は忙しい、飛ばされる場所もまちまちで、それでまあ……ほら、お互いの相性とか状況とかもあったし……。離れること自体は苦しかった。今だって、こうして口論してるにも関わらず、妙に安心するよ」
アナキンはわずかに目を細め、複雑そうな笑みを浮かべた。
「君が素直になるのは本当に珍しいな」
「私はいつも素直だが」
私の言葉にアナキンは肩をすくめた。まるで信じてなどいないように。
彼はしばらく黙ると、少し肩を落として小さく言った。
「君がオビ=ワンに惹かれているのかもしれないと考えるだけで、冷静ではいられなくなるんだ」
「繰り返すが、オビ=ワンとは何もない」
すっぱり伝えるが、アナキンは何も答えなかった。まだ納得していないのかもしれない。なんでこんなに疑われているのかさっぱりわからなかった。そんなに私がオビ=ワンにぞっこんに見えるのだろうか。そもそもこいつ自身がオビ=ワンに着目しすぎなんじゃないか。もはやこいつがオビ=ワンを好きまであるような気がしてきた。
「ナマエ、失礼なことを考えているだろ」
「いや別に。今フォースで心を読もうとしただろ。やめろ」
「ああ、防壁が硬いし諦めるよ。それで?見返りはどうなる?関係は?全部終わり?」
沈黙。
「……どうなるってなんだ!!」
慌てて顔を上げると、アナキンがすでに目の前にいた。彼はふっと口元に笑みを浮かべながら、私の頬に触れた。
「君の弟子の前で見返りなんて言葉を出したのは悪かったかもしれない。でも、君も本当に一度きりのつもりだったのか、ずっと気になっててね」
「何が言いたい」
「君があの時の見返りを一度きりとして処理したのか、それとも関係の再構築の一部として受け止めているのか、その認識合わせをしたかっただけだ」
「残念ながら少なくとも再構築という認識ではない。話は終わりだ」
私はひくりと頬を引きつらせながら、アナキンの膝の上から逃れようとした。
しかし、びくともしない。
厳密に言うと、体勢そのものはそこまで拘束されているわけではない。少なくとも力任せに腕を捻られているわけでもなければ、壁に押しつけられているわけでもない。だが、アナキンの腕が腰に回っているというだけで、もうコルサントではない惑星にいるくらい重力がかかっている気がする。単純に力が強い。
「でも、君は拒まなかったじゃないか」
「だからそれはパダワンのためだったからって知ってるだろ!」
アナキンは喉を鳴らして笑う。
しかもその楽しさは、冗談を楽しんでいる顔ではない。ようやくこちらの怒りも戸惑いも、全部自分の手の内に戻ってきたとでもいうような顔だった。こいつは私の感情を、勝手に自分宛の通信として受信する癖がある。怒っている、つまり僕に集中している。胸ぐらを掴まれている、つまり僕に触れている。そういう謎の変換をする。
「君は僕を責めるけど、僕には君がちゃんと自分の意思でここに残ってるように見える。逃げたいなら、君はもっと本気で逃げるだろ。僕がここに君を留められないくらいにはさ」
「いや私は生まれてこの方ずっと四六時中本気だが。お前のほうが力が強いに決まってるだろう!卑怯だぞ!」
「卑怯?」
アナキンの指先が、私の背中をゆっくりとなぞる。反射的に肩が跳ねた。それを見ても、彼はなんでもないかのように言葉をつづける。
「君が僕を遠ざけた三サイクルの方が、よほど卑怯だった。話し合いと言いながら結論だけは最初から決めていて、僕が何を言っても君は変えなかった。僕には修正の機会も、譲歩の余地もまともに与えなかった。だから今度は僕が、君に考える時間を与えてる。これ以上なく公平じゃないか」
「公平かこれ」
アナキンは答えずに、ただ片方の口角を挙げて笑った。また話が戻ってる。私は拳を握った。
手が出そうだ。いや、そんなことをしたら本気の肉体的喧嘩に発展する可能性がある。そしてこいつは口論だろうが喧嘩だろうが今ならむしろ喜ぶ可能性がある。
私はどうにか深呼吸しようとした。吸って、吐いて。冷静に。
こういう時こそ理論だ。感情で相手をするとアナキンの思う壺。理性だ。賢さだ。ペンはライトセイバーより強し。
「アナキン。まず確認しておくが、関係というものは相互の合意で成立する。片方の不安や愛情や執着だけでは成立しない。お前が私を失いたくないという気持ちは理解できたが、今話し合ってお互いにいろんな事情があるのはわかっただろう」
言いながら、私は少しだけ息を整えた。
よし。言えた。まともだ。かなりまともだ。私は今、ジェダイらしい。少なくとも、不適切な姿勢の中にいる状況をのぞけば。アナキンは意外にも黙って聞いていた。その表情は、案外真剣だった。茶化すでもなく、怒鳴るでもなく、ただじっとこちらを見ている。
そして、静かに言った。
「終わった?続けていいかな」
「聞け!!」
怒鳴ってみるも、アナキンが寧ろ少し楽しそうになった。そして気づけば、いつの間にか彼の手が背中から腰に戻っている。
「おい、手」
「あるね」
「腰からどけろという意味だ」
「正確な指示は大事だな」
「では正確に言う。私の腰から手を離し、半径一メートル以上離れ、今夜は自室に帰り、明日の遠征に備えて睡眠を取り、以降この件については双方の冷静な状態で改めて議論する。以上」
アナキンは本気で感心したように眉を上げた。
「すごい。君は僕と寝ないためなら、共和国議会みたいな長文決議案を即興で出せる」
「お前のせいでその能力が今開花したんだよ!」
アナキンはついに声を出して笑った。その笑い方ときたら、昔と変わらない。
私が怒る。アナキンが笑う。こちらがさらに怒る。けれどそのうち、馬鹿馬鹿しさに少しだけ力が抜ける。そういう、何度も繰り返してきたやり取りの名残が、今もまだここにある。
怒りだけなら突き放せるし恐怖だけなら逃げられるのに。でも、懐かしさは決してそうではない。
アナキンもそれに気づいたのだろう。笑みを収めた彼の目が、ふっと柔らかくなる。
「ナマエ」
低く呼ばれて、心臓が嫌な跳ね方をした。
「君が僕を嫌いになったわけじゃないと言ったこと、僕は忘れない」
「都合のいいところだけダイジェストで覚えるな」
「いいや。嬉しかったんだ、本当に」
アナキンの顔が近づいた。目の前で彼の長いまつげが瞬く。
これは駄目だ。流されるな。今ここで流されたら明日の遠征準備はどうする。補給ルートの確認は。装備点検は。ブリーフィング資料は。というかこの流れで本当に寝室に行ったら、普通に寝坊する。睡眠が取れない!
「明日早いから本当にやめろ」
「知ってる。だから長く引き止めるつもりはない」
長く?
この流れは本当にまずいと思い、勢いよく立ち上がろうとした瞬間だった。
膝がシーツに引っかかり、重心が崩れる。しまったと思った時には遅い。私はアナキンの胸元に手をつき、逆に彼を押し倒すような姿勢になっていた。
アナキンはゆっくりと瞬きをした。それから、これ以上ないくらい楽しそうに笑った。
「ナマエ、積極的だ」
「違う!!これは事故だ!!」
アナキンが片腕を私の腰に回す。
私はその手を叩いた。しかし彼は痛がるどころか、まるで駆け引きでも楽しんでいるかのように、吐息で笑う。私はこれがじゃれあいでもなんでもないことを示すために、さらに低い声で言った。
「アナキン、今すぐ手を離せ。これは最終警告だ」
「君っていつも何回も最終警告するけど、毎回『最終』ってつけない方がいいと思う」
「ジェダイは慈悲深いから何回も最終警告するんだよ!」
「ならもうあと数回慈悲をくれてもいいだろ」
「慈悲を与えた結果がこれだろうが!」
私は彼の胸を押して起き上がろうとした。今度こそ離れなければならない。さすがにこれはよくない。二回目の見返りに突入したらもう抜けられなくなる気がする。いやその前にジェダイの掟、明日の遠征……ありとあらゆる抑止力を脳内に並べる。
「何を考えてる?」
アナキンがささやく。そして彼の手が、私のチュニックの襟元に触れた。まずい。本当にまずい。
そう自覚した瞬間、救いの音が鳴った。
ノック。
空気が張り詰める。私とアナキンは同時に固まった。一拍置いて、外から穏やかな声が聞こえる。
「ナマエ、起きているか?」
オビ=ワンだった。私は一瞬、本気で天井を見た。
ありがとうオビ=ワン。
アナキンに彼との関係を疑われまくっていたが、今となっては若干オビ=ワンを好きになりかけていた。二度も自分の危機を救ったからだ。自分を何度も救ってくれている相手を好きにならないほうがおかしい。
「次回の遠征先の惑星の航路変更と補給路変更ついて、評議会の一部メンバーで確認したいことがあるそうだ。今、一緒に来れるだろうか?」
ドア越しのオビ=ワンの声は、変わらず穏やかだった。行く。もうなんでも行く。どこへでも行く。
しかしアナキンの顔からは、すっと温度が消えた。声はなく、口を動かすだけで「返事するな」「追い返せ」と言っている。
もちろん聞いてやる義理はない。
「今行く」
私がオビ=ワンに応えると、アナキンはほとんど顔をしかめながら首を振り、ありえないとでもいうように私を見る。
その目は、明らかに苛ついている。
「確認なんて明日でもいい」
アナキンが外に漏れないようなささやき声で吐き捨てる。
こちらも小声で言い返す。
「明日は出発だ。今夜確認する方が合理的だな」
「さっきまで明日の準備なんか適当にしてたくせに」
「していない。お前に邪魔されていただけだ」
「僕との話は邪魔なのか?」
「少なくとも今夜はな」
即答してやると、アナキンは瞬発的に言い返そうとしたのか私の鼻先に指を向けて何かを言いかける。
しかしその時、再び控えめなノックが響く。
「ナマエ?」
「ああ、すぐ開ける」
今度は少し大きめに返事をした。アナキンは低く舌打ちし、ベッドから立ち上がる。そのままこちらへ一歩近づくと、耳元に顔を寄せた。
「これで終わったと思わないでくれよ」
囁く声は低く、まだ熱を残していた。
「僕たちの話は、何ひとつ片付いていない」
アナキンの言葉に私は肩をすくめた。一晩で片付けようとしたところで、どうせアナキンは自分に都合のいい結論しか受け入れない。こんな状態で話し続ければ、行き着く先は議論による解決ではなく、先ほどの続きである可能性が極めて高かった。
「続きは遠征から帰ってからだ」
すれ違いざま、もう一度だけアナキンへ振り返って言った。彼は部屋の中央に立ったまま、睨むようにこちらを見ていた。私はそんな彼に向かって、得意げに笑いかける。
そして、最後まで彼をしたり顔で見つめながらゆっくりとドアを閉めた。
最後に見えたのは、世界中の理不尽を一身に受けたようなアナキンの顔。
実に気分がいい。
「……何か問題でもあったのか?」
隣を歩き始めたオビ=ワンが尋ねる。
「いいや。危機一髪で問題を先送りにし解決させたところだ」
「ナマエ、先送りは解決とは言わないが」
「今夜を生き延びれば十分なんだ。明日から前線なんだから」
オビ=ワンは何とも言えない顔をしたが、深くは聞かなかった。
ありがたい。本当にありがたい。
今後アナキンとの関係をどうするか。
あの底なしの執着をどう扱うか。
そもそも自分が本当に彼を手放したいのか。
考えなければならないことはいくらでもある。だが、それは遠征から帰ってきた後の私に任せることにした。今の私が考えるべきなのは、航路変更と補給物資路変更の説明について、それから明朝の出発時間だ。
そして、もう一つ。
明日、私のパダワンがこれ以上余計な問題を持ち込まないこと。
あいつがまた「やっぱりシエンも捨てがたいです!」などと言い出した日には、今度こそ本気で辺境の惑星に使節団員とか適当な名目で送ってやろう。私は心の中でそう固く決意しながら、オビ=ワンの後ろをついていった。
背後の自分の部屋から、やつあたりのように何かが低く壁にぶつかる音が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。
しかし、蓄積した苛立ちがじわじわと溢れ出ていて、私にはそれを止める術がなかった。
「私を不誠実だと言ったな」
アナキンの片眉が上がる。
「お前だってそうだろう。弟子の前でわざわざ見返りについて言及する必要があったか?」
「見返りの提案も、それに君の弟子の前でその話をしたことも、確かに良くなかったかもしれない。それは謝るよ」
先ほどとは異なり、存外アナキンは素直に謝る。
「でも本当にずっと気になっていたんだ。僕との関係は終わり?」
ぐっと言葉に詰まったのは、私の方だった。アナキンの言葉には皮肉も執着も入り混じっていて、それでもなお、私の揺らぎを見抜いてくる。
「何度もいうが、お前のことが嫌いだから離れたわけじゃない」
言葉にした途端、アナキンが微かにこちらに視線をよこすのを感じた。
「ただ、関係を持続させようにも任務は忙しい、飛ばされる場所もまちまちで、それでまあ……ほら、お互いの相性とか状況とかもあったし……。離れること自体は苦しかった。今だって、こうして口論してるにも関わらず、妙に安心するよ」
アナキンはわずかに目を細め、複雑そうな笑みを浮かべた。
「君が素直になるのは本当に珍しいな」
「私はいつも素直だが」
私の言葉にアナキンは肩をすくめた。まるで信じてなどいないように。
彼はしばらく黙ると、少し肩を落として小さく言った。
「君がオビ=ワンに惹かれているのかもしれないと考えるだけで、冷静ではいられなくなるんだ」
「繰り返すが、オビ=ワンとは何もない」
すっぱり伝えるが、アナキンは何も答えなかった。まだ納得していないのかもしれない。なんでこんなに疑われているのかさっぱりわからなかった。そんなに私がオビ=ワンにぞっこんに見えるのだろうか。そもそもこいつ自身がオビ=ワンに着目しすぎなんじゃないか。もはやこいつがオビ=ワンを好きまであるような気がしてきた。
「ナマエ、失礼なことを考えているだろ」
「いや別に。今フォースで心を読もうとしただろ。やめろ」
「ああ、防壁が硬いし諦めるよ。それで?見返りはどうなる?関係は?全部終わり?」
沈黙。
「……どうなるってなんだ!!」
慌てて顔を上げると、アナキンがすでに目の前にいた。彼はふっと口元に笑みを浮かべながら、私の頬に触れた。
「君の弟子の前で見返りなんて言葉を出したのは悪かったかもしれない。でも、君も本当に一度きりのつもりだったのか、ずっと気になっててね」
「何が言いたい」
「君があの時の見返りを一度きりとして処理したのか、それとも関係の再構築の一部として受け止めているのか、その認識合わせをしたかっただけだ」
「残念ながら少なくとも再構築という認識ではない。話は終わりだ」
私はひくりと頬を引きつらせながら、アナキンの膝の上から逃れようとした。
しかし、びくともしない。
厳密に言うと、体勢そのものはそこまで拘束されているわけではない。少なくとも力任せに腕を捻られているわけでもなければ、壁に押しつけられているわけでもない。だが、アナキンの腕が腰に回っているというだけで、もうコルサントではない惑星にいるくらい重力がかかっている気がする。単純に力が強い。
「でも、君は拒まなかったじゃないか」
「だからそれはパダワンのためだったからって知ってるだろ!」
アナキンは喉を鳴らして笑う。
しかもその楽しさは、冗談を楽しんでいる顔ではない。ようやくこちらの怒りも戸惑いも、全部自分の手の内に戻ってきたとでもいうような顔だった。こいつは私の感情を、勝手に自分宛の通信として受信する癖がある。怒っている、つまり僕に集中している。胸ぐらを掴まれている、つまり僕に触れている。そういう謎の変換をする。
「君は僕を責めるけど、僕には君がちゃんと自分の意思でここに残ってるように見える。逃げたいなら、君はもっと本気で逃げるだろ。僕がここに君を留められないくらいにはさ」
「いや私は生まれてこの方ずっと四六時中本気だが。お前のほうが力が強いに決まってるだろう!卑怯だぞ!」
「卑怯?」
アナキンの指先が、私の背中をゆっくりとなぞる。反射的に肩が跳ねた。それを見ても、彼はなんでもないかのように言葉をつづける。
「君が僕を遠ざけた三サイクルの方が、よほど卑怯だった。話し合いと言いながら結論だけは最初から決めていて、僕が何を言っても君は変えなかった。僕には修正の機会も、譲歩の余地もまともに与えなかった。だから今度は僕が、君に考える時間を与えてる。これ以上なく公平じゃないか」
「公平かこれ」
アナキンは答えずに、ただ片方の口角を挙げて笑った。また話が戻ってる。私は拳を握った。
手が出そうだ。いや、そんなことをしたら本気の肉体的喧嘩に発展する可能性がある。そしてこいつは口論だろうが喧嘩だろうが今ならむしろ喜ぶ可能性がある。
私はどうにか深呼吸しようとした。吸って、吐いて。冷静に。
こういう時こそ理論だ。感情で相手をするとアナキンの思う壺。理性だ。賢さだ。ペンはライトセイバーより強し。
「アナキン。まず確認しておくが、関係というものは相互の合意で成立する。片方の不安や愛情や執着だけでは成立しない。お前が私を失いたくないという気持ちは理解できたが、今話し合ってお互いにいろんな事情があるのはわかっただろう」
言いながら、私は少しだけ息を整えた。
よし。言えた。まともだ。かなりまともだ。私は今、ジェダイらしい。少なくとも、不適切な姿勢の中にいる状況をのぞけば。アナキンは意外にも黙って聞いていた。その表情は、案外真剣だった。茶化すでもなく、怒鳴るでもなく、ただじっとこちらを見ている。
そして、静かに言った。
「終わった?続けていいかな」
「聞け!!」
怒鳴ってみるも、アナキンが寧ろ少し楽しそうになった。そして気づけば、いつの間にか彼の手が背中から腰に戻っている。
「おい、手」
「あるね」
「腰からどけろという意味だ」
「正確な指示は大事だな」
「では正確に言う。私の腰から手を離し、半径一メートル以上離れ、今夜は自室に帰り、明日の遠征に備えて睡眠を取り、以降この件については双方の冷静な状態で改めて議論する。以上」
アナキンは本気で感心したように眉を上げた。
「すごい。君は僕と寝ないためなら、共和国議会みたいな長文決議案を即興で出せる」
「お前のせいでその能力が今開花したんだよ!」
アナキンはついに声を出して笑った。その笑い方ときたら、昔と変わらない。
私が怒る。アナキンが笑う。こちらがさらに怒る。けれどそのうち、馬鹿馬鹿しさに少しだけ力が抜ける。そういう、何度も繰り返してきたやり取りの名残が、今もまだここにある。
怒りだけなら突き放せるし恐怖だけなら逃げられるのに。でも、懐かしさは決してそうではない。
アナキンもそれに気づいたのだろう。笑みを収めた彼の目が、ふっと柔らかくなる。
「ナマエ」
低く呼ばれて、心臓が嫌な跳ね方をした。
「君が僕を嫌いになったわけじゃないと言ったこと、僕は忘れない」
「都合のいいところだけダイジェストで覚えるな」
「いいや。嬉しかったんだ、本当に」
アナキンの顔が近づいた。目の前で彼の長いまつげが瞬く。
これは駄目だ。流されるな。今ここで流されたら明日の遠征準備はどうする。補給ルートの確認は。装備点検は。ブリーフィング資料は。というかこの流れで本当に寝室に行ったら、普通に寝坊する。睡眠が取れない!
「明日早いから本当にやめろ」
「知ってる。だから長く引き止めるつもりはない」
長く?
この流れは本当にまずいと思い、勢いよく立ち上がろうとした瞬間だった。
膝がシーツに引っかかり、重心が崩れる。しまったと思った時には遅い。私はアナキンの胸元に手をつき、逆に彼を押し倒すような姿勢になっていた。
アナキンはゆっくりと瞬きをした。それから、これ以上ないくらい楽しそうに笑った。
「ナマエ、積極的だ」
「違う!!これは事故だ!!」
アナキンが片腕を私の腰に回す。
私はその手を叩いた。しかし彼は痛がるどころか、まるで駆け引きでも楽しんでいるかのように、吐息で笑う。私はこれがじゃれあいでもなんでもないことを示すために、さらに低い声で言った。
「アナキン、今すぐ手を離せ。これは最終警告だ」
「君っていつも何回も最終警告するけど、毎回『最終』ってつけない方がいいと思う」
「ジェダイは慈悲深いから何回も最終警告するんだよ!」
「ならもうあと数回慈悲をくれてもいいだろ」
「慈悲を与えた結果がこれだろうが!」
私は彼の胸を押して起き上がろうとした。今度こそ離れなければならない。さすがにこれはよくない。二回目の見返りに突入したらもう抜けられなくなる気がする。いやその前にジェダイの掟、明日の遠征……ありとあらゆる抑止力を脳内に並べる。
「何を考えてる?」
アナキンがささやく。そして彼の手が、私のチュニックの襟元に触れた。まずい。本当にまずい。
そう自覚した瞬間、救いの音が鳴った。
ノック。
空気が張り詰める。私とアナキンは同時に固まった。一拍置いて、外から穏やかな声が聞こえる。
「ナマエ、起きているか?」
オビ=ワンだった。私は一瞬、本気で天井を見た。
ありがとうオビ=ワン。
アナキンに彼との関係を疑われまくっていたが、今となっては若干オビ=ワンを好きになりかけていた。二度も自分の危機を救ったからだ。自分を何度も救ってくれている相手を好きにならないほうがおかしい。
「次回の遠征先の惑星の航路変更と補給路変更ついて、評議会の一部メンバーで確認したいことがあるそうだ。今、一緒に来れるだろうか?」
ドア越しのオビ=ワンの声は、変わらず穏やかだった。行く。もうなんでも行く。どこへでも行く。
しかしアナキンの顔からは、すっと温度が消えた。声はなく、口を動かすだけで「返事するな」「追い返せ」と言っている。
もちろん聞いてやる義理はない。
「今行く」
私がオビ=ワンに応えると、アナキンはほとんど顔をしかめながら首を振り、ありえないとでもいうように私を見る。
その目は、明らかに苛ついている。
「確認なんて明日でもいい」
アナキンが外に漏れないようなささやき声で吐き捨てる。
こちらも小声で言い返す。
「明日は出発だ。今夜確認する方が合理的だな」
「さっきまで明日の準備なんか適当にしてたくせに」
「していない。お前に邪魔されていただけだ」
「僕との話は邪魔なのか?」
「少なくとも今夜はな」
即答してやると、アナキンは瞬発的に言い返そうとしたのか私の鼻先に指を向けて何かを言いかける。
しかしその時、再び控えめなノックが響く。
「ナマエ?」
「ああ、すぐ開ける」
今度は少し大きめに返事をした。アナキンは低く舌打ちし、ベッドから立ち上がる。そのままこちらへ一歩近づくと、耳元に顔を寄せた。
「これで終わったと思わないでくれよ」
囁く声は低く、まだ熱を残していた。
「僕たちの話は、何ひとつ片付いていない」
アナキンの言葉に私は肩をすくめた。一晩で片付けようとしたところで、どうせアナキンは自分に都合のいい結論しか受け入れない。こんな状態で話し続ければ、行き着く先は議論による解決ではなく、先ほどの続きである可能性が極めて高かった。
「続きは遠征から帰ってからだ」
すれ違いざま、もう一度だけアナキンへ振り返って言った。彼は部屋の中央に立ったまま、睨むようにこちらを見ていた。私はそんな彼に向かって、得意げに笑いかける。
そして、最後まで彼をしたり顔で見つめながらゆっくりとドアを閉めた。
最後に見えたのは、世界中の理不尽を一身に受けたようなアナキンの顔。
実に気分がいい。
「……何か問題でもあったのか?」
隣を歩き始めたオビ=ワンが尋ねる。
「いいや。危機一髪で問題を先送りにし解決させたところだ」
「ナマエ、先送りは解決とは言わないが」
「今夜を生き延びれば十分なんだ。明日から前線なんだから」
オビ=ワンは何とも言えない顔をしたが、深くは聞かなかった。
ありがたい。本当にありがたい。
今後アナキンとの関係をどうするか。
あの底なしの執着をどう扱うか。
そもそも自分が本当に彼を手放したいのか。
考えなければならないことはいくらでもある。だが、それは遠征から帰ってきた後の私に任せることにした。今の私が考えるべきなのは、航路変更と補給物資路変更の説明について、それから明朝の出発時間だ。
そして、もう一つ。
明日、私のパダワンがこれ以上余計な問題を持ち込まないこと。
あいつがまた「やっぱりシエンも捨てがたいです!」などと言い出した日には、今度こそ本気で辺境の惑星に使節団員とか適当な名目で送ってやろう。私は心の中でそう固く決意しながら、オビ=ワンの後ろをついていった。
背後の自分の部屋から、やつあたりのように何かが低く壁にぶつかる音が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。
(ほどきたいよ、赤い糸)
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