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────
高層棟の渡り廊下で、ナマエは友人と話しながら歩いていた。
「ナマエ、さっきマスターに褒められてたね。本当に君は変わったんだね」
「そう見えてるなら良かった」
柔らかな声に、ナマエはわずかに微笑む。
隣を歩くその友人は、以前、夜の訓練棟で声をかけてくれたジェダイだった。
「ちょっと、真面目にそう思ってるんだよ!今度模擬戦の相手してよ!そんなに短期間で強くなった秘訣、見つけてやる!」
友人のジェダイはナマエに肩をぐりぐり押し付けて笑う。ナマエもそれを押しのけつつ、ふたたび笑った。二人はじゃれ合いながら廊下を歩く。
仲間のジェダイやクローントルーパーと話すときも、以前はアナキンが隣にいないと、どうも緊張してぎこちなかった。
でも、今はちがう。
アナキン以外にも信頼できる友人ができた。
自分の強さに自信を持てるようになった。もう、自分に失望しなくてもいいんだと、心から思えるようになった。
その時だった。不意に足を止める。視線の向こう、夕焼けに染まるガラス壁。
アナキンがオビ=ワンと話していた。
右肩の装甲は新品に変えられ、かつての痛々しさは跡形もない。彼が元気でいてくれることに、ナマエはほっとした。
夕焼けを背に、彼のダークブロンドの髪が光を受けて輝いていた。その姿がとても遠く眩しく見えた。
多分アナキンはこちらに気づいていなかったが、ナマエには声をかける勇気が出なかった。
「ナマエ、どうかした?」
「……いや、なんでもない」
踵を返し、友人とともに廊下を何事もなかったかのように歩く。
なぜだか、彼の背中が遠く感じた。どれほど強くなれば、あの笑顔を守れるのだろう。
友人と話しながらも、ナマエは焦りと決意を同時に感じていた。
もっと。もっと強くならないと。
もっと変わらないと。
一方で、アナキンは、オビ=ワンと話しながら、さりげなく彼女がいた向かいの廊下に目を向ける。ナマエはもう行っていた。
──声もかけないなんて。
アナキンは自分の手のひらを思わず握る。
ナマエに友人ができた。
ナマエが強くなった。
それは喜ぶべきことだ。
きっともう自分がいなくても大丈夫なのかもしれない。
彼女はおそらく、もう自分の強さで自分を守れるのかもしれない。
だけど、それを受け入れて認めてしまうと、長い間自分を救ってきた大切な何かが、崩れて消えてしまう気がした。
ナマエが強くなるほど、アナキンは喜びの代わりに、重いむなしさを感じていた。
──
夜。インターセプターの航空戦シュミレーションルーム。
目標ポイント制バトルが終わるたび、レックスがカウンターを読み上げる。
「次はヴァルチャー・ドロイド、ポイント同数」
「2ラウンド、4機差でミョウジ司令官の勝ち!」
観戦していたクローントルーパー達のまばらな歓声が上がる。訓練スペースの端には、若いパダワンも、ちらちらとその様子を観戦していたようだった。見知らぬパダワンが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「最後のクルビット機動、格好よかったです!」
「ありがとう。ジェダイバトルマスターのマスターヴァンクの航空戦記録映像を参考にして……」
言いかけて、ふと反対側の壁を見る。パダワンの興奮した返答を聞いている間、アナキンが静かにこちらを見ていた。何か言いたげに壁に寄りかかっている。目が合うと、彼は壁から離れてこちらに歩を進めた。
彼が近づいてくる。
心拍が早くなるのを感じた。
何と言ってくれるだろう? ──「誇りに思う」とか。そう、そういう言葉だといい。想像して、胸の奥が熱くにじんだ。
思わず口角が上がる。アナキンがとうとうナマエの目の前に来た。
そして、言われた言葉は思わぬものだった。
「ナマエ、次は僕と模擬戦をしよう」
そう言ったアナキンの目は、何かの強い思い駆られてるように見えたが、同時にとても苦しそうだった。
────
耳鳴りがする。
視界がぼやけている。
しかし、じんわりと焦点の合わない状態でアナキンが見える。彼はナマエの上に乗って、彼女の両手首を床に押し付け、縫い留めていた。
負けたんだったか。
ぼんやりとナマエは考えた。
驚くほど歯が立たなかった。まあ、それもそうか、と驚くほどの完敗に、むしろすっきりしながらナマエは思った。
「アナキン、ナマエを放してやれ!もう決着はついた!」
オビ=ワンの声が響く。
床にたたきつけられたせいで引き起こされた耳鳴りの中、その声も遠く聞こえた。
「……見ただろ」
アナキンはかすれた声でささやいた。ナマエの視界はまだぼんやりとしていたが、アナキンが近いのは分かる。
「結局君は変わってない」
彼の息が頬にかかった。
「何も変わってないんだよ」
「どれだけ強くなったって……僕の足元にも及ばない。こんなふうに、床に押さえつけられて、手も足も出ない…」
そこまで言って、アナキンの口元がかすかに歪む。
そこには、心からの喜びがあって、暗い満足感を抑えきれない表情だった。
「ナマエ。今、僕は本当にいい気分なんだ」
「だって君はまだ、一人じゃ立てない。結局君には僕がいなきゃ……僕が必要なんだ、君は……」
言葉が途中で途切れた。
アナキンは唇を噛み、乾いた喉で息を飲む。
ようやく確認できた。
安堵、満足、支配。いくつもの感情が入り混じる。
こんなに安心できたのはいつぶりだっただろう?
──ナマエはまだ、自分を必要としている。
どれだけ成長しても、どれだけ周囲に称賛されても、最終的には自分の腕の中で無力になる。
その事実が、言葉にできない快感としてアナキンの中に満ちていく。ずっと沈んでいた心がようやく水面に上がり、光を浴びたようだった。
──これでいいんだ。
やっと取り戻した。
ずっと苦しかった。孤独だった。まるで深い傷が癒えずに、絶えることなく痛むようだった。
だけど、それらがこの瞬間、全て報われたような気がした。
周囲に賞賛されていたのに、自分にこんな風に圧倒的に負かされて、こんなことを言われて、ナマエは傷ついたに決まっている。だとしても、彼の胸の中を覆っていた霧がすっと晴れたような感覚を、アナキンは確かに感じていた。
しかし。
「アナキン……?」
ナマエのぼんやりしてた目に光が戻る。それから彼女がゆっくり瞬きをして、アナキンを見上げる。
彼女の瞳がアナキンを映している。それほどまでアナキンは彼女を縫い止め、顔を近付けていた。
その時。
彼女の目に映ったのは、暗い愉悦にゆがんだ自分の顔──
そして、彼女のその目。その奥には、疲労と痛みが、くっきりと滲んでいることに彼は気がついた。
はっとして、体を起こす。
ナマエの全身が視界に入った。
──傷だらけだ。
ゆっくり彼女から体を離し、全体を見ると、模擬戦のせいで彼女はあちこちにあざや擦り傷が──それはアナキンもそうだったが、彼にとって今自分の傷や怪我は全く大事ではなかった。
小さな傷や怪我でも、彼女のそれは激しい模擬戦のせいでおびただしく見えた。
首の後ろの汗が、急に冷たく感じた。
模擬戦の時よりも、心臓が響いて聞こえる。
言葉を失った。ただ彼女の手首を押さえたまま、その場で青ざめ凍りつく。
アナキンは自分のしてしまったことの重さが今、彼に返ってきたようだった。
──この銀河で、最も大事にしていたものを、こんなにも傷つけて、満足さえして、自分は何を考えていたのだろう?
喉が渇く。顔が熱い。
アナキンの目にじんわりと涙が浮かんだ。
「へっ?えっ、アナキン?」
それに気がついたナマエが途端に慌て出す。
涙が、彼の下のナマエの頬に数滴、ぱたぱたと落ちた。
それと同時に、身体の奥に溜まっていた感情が、流れ出すようだった。もう考える余裕もなく、アナキンの口から言葉があふれ出る。
「すまない、ナマエ……ごめん、どうしてこんなことをしてしまったんだろう?僕は……僕はただ……。分からない。なんでこんなことをしたのか、どうやったら償えるか……全部分からない、きっとどうかしてたんだ、傷つけたくない、本当にごめん、ナマエ……僕は」
アナキンはそこまで言いかけて、あとはもう嗚咽のせいで、言葉にならなかった。
手首を押さえていた手を離し、ぐっとナマエの胸に顔を埋めて、ナマエを抱きしめた。
「うわー!なんだ!」
ナマエが困惑した声を出す。それでもアナキンはまだ肩を震わせて泣いていた。冷たい訓練棟の床の上でアナキンがナマエを抱きしめる形で、二人が横たわっている。
「何だよ?えっ、泣くほど私に勝てて嬉しいってことか?何なんだよ!喋れ!せめて!!オビ=ワン、これなんとかしろー!」
ナマエは模擬戦に立ち会ってたオビ=ワンに助けを求めるが、彼も困惑した表情で二人を見ていた。
アナキンはしばらく子供のようにナマエにしがみついて涙を流し続けた。
しかし、ナマエにしてみれば自分に模擬戦で勝った男が勝った後に自分を煽ったと思えば、急に泣き出したのだから、全くもって困惑に尽きるという状況。わけもわからず、ナマエは自分の胸にしがみつくアナキンの髪に手を通して、撫でてやる。
だけど同時に彼を見つめ、ナマエは終始混乱していた。
──
「だーかーら!もういいって!!」
ナマエの部屋、寝室。
ナマエが振り返り、ベッドサイドの椅子に堂々と座って陣取るアナキンに声を荒げる。
打撲や擦り傷こそあったものの、たいした怪我ではなかった。
しかし、あのあと気が済むまで泣き続けたアナキンは、赤くなった目のままナマエを軽々と抱き上げ、そのまま彼女の宿舎へと連れてきたのだった。
問答無用でベッドに寝かせ、無理やり安静にさせられたナマエは、半ば軟禁状態になっている。
「よくない」
アナキンはまったく譲らない。
「僕が怪我させたんだし、僕のせいで君を色々傷つけた。だから、僕が面倒を見るべきだ」
有無を言わせぬ言葉だった。それから彼はフォースで氷嚢を浮かせ、あざの目立つナマエの足首にそっと置いた。
……バクタを使うまでもない怪我であるにも関わらず。ナマエは顔を引き攣らせた。
「いやいや!ずーっと横にいられると気が散るんだよ!プライバシーって言葉はお前の辞書にないのか!?」
「君の安静を守る方が君のプライバシーより優先されるべきだ」
「安静もいらん!たいした怪我なんかひとつもしてないし、疲れてるだけだ!」
「疲労を甘く見るのは良くない」
「そもそもお前が模擬戦で疲れさせたんだろ……」
恨みがましく言うと、アナキンは一瞬口をつぐんでから、さらに頑なな声色で呟いた。
「そうだ。だからこうして……君のそばにいることに決めたんだ。だから、君が一人になりたがっても、もう遅い」
「精神が休まらないんだよ!何をそんなに意地張ってるんだ!」
ナマエがアナキンに噛み付かんばかりに言う。
アナキンはしばらく黙っていた。
しかし観念したように、ため息混じりにぽつりとつぶやく。
「意地なんかはってない。ただ……模擬戦で僕が君に何をしたか、そして何より、君に何を言ったかを考えると、こうするべきだって気持ちになるんだ」
ナマエはその呟きに半身を起こして眉を上げる。
「はあ?……ああ、あれか。『君はまだ僕が必要なんだよこの腰抜け調子乗って浮かれるなやーいやーい』とかなんとかって」
「そこまで言ってなかっただろ!!」
アナキンは慌てて否定するが、ナマエはそれを無視してその時のことを思い返す。考えてみると、それについてまだ釈然としない気持ちはあるといえばある。
ナマエはじっとアナキンの顔を見た。
「それって……。こっちだって頑張って訓練して、やっと人並みに戦えるようになったのに、どういう意味だったんだ」
アナキンは答えない。表情は躊躇っていて、言葉を選んでるようだった。
「というかまずいつも守る守るってどういうことなんだ。一体何から私を守るつもりなんだお前は」
「それは……」
アナキンは少し視線を伏せて、静かに答える。
「戦いの中で、すべてからだ」
「はあ。すべて」
アナキンが頷く。
「できれば気圧による偏頭痛とか記録提出とかの細かくて面倒な雑務とかから守って欲しいんだが」
ナマエは腕を組んで鼻を鳴らし、皮肉を言ってやる。するとアナキンは強い意志を持って真っ直ぐにナマエを見た。
「……なら、それからも守る」
沈黙。
「できるのか!?」
ナマエが本気でビビってみせると、アナキンは初めてくすっと笑った。
足を組み、頬杖をついて、優しく彼女を見つめる。
「ああ。やる。君のためになんでも。そう決めた。いや……ずっと前から決めてた。だからここで看病させてくれ」
「他にやることあるだろ……」
ナマエが困惑して肩をすくめる。するとアナキンは顔をよりナマエに近づけ、さらに主張するように言った。
「ない!あったとしても、このままじゃ他のことに集中できない!自己嫌悪と罪悪感で押しつぶされそうなんだ……君の面倒を見たり一緒に過ごして安心したいんだよ!」
「あまりにも正直だな。許されたいがためだけの行いなのか?」
ナマエが呆れたようにため息をつく。
「違う!一面だけ聞いて判断しないでくれ!心から怪我がすごく心配なんだ!だって利き足の足首の打ち身が酷かったし……あとは罪悪感と……わからない、とにかくそばにいたいんだ!いさせてくれ。それに、ナマエは最近ずっと訓練に打ち込んでばかりで僕と一緒じゃなかったし、勝手に友人を作るし……」
アナキンの言葉にナマエは食ってかかるように言い返した。
「勝手にってなんだよ!お前の許可なくても友人の10人や100人勝手に作るわ!!」
「わかった、わかった。つくってもいい。作ってもいいけど……僕はその中でも、特別枠のままでいさせてくれ」
「無茶苦茶だぞ」
ナマエが呆れて額に手を当てる。それからゆっくりと口を開いた。
「まあいい。でも……アナキン、その……そんな心配をしなくても、よかったのに」
「え?」
「だって……ずっと特別だと…いや!というか、そもそも!アナキンの肩の怪我をきっかけに私は……強くなろうと……その、アナキンの隣に立とうと……」
ナマエの言葉がだんだんしぼんでいき、もごもごと聞こえなくなる。
「え?何だって?肩の怪我?いつの話だ?右肩?左?僕の隣が何だって?」
……当人は、全然覚えてないらしい。
自分を庇って怪我したのに?それはそれで、ふつふつとナマエに苛立ちに似た呆れが湧いてきた。
「あーもういい!寝る!もう寝る!今の全部なし!!」
「はあ?続けてくれ、ナマエ。正直、寝られるよりこうして話してたいんだ。楽しいんだよ、君と話すのが。僕から離れてた分、こうして一緒にいて、話そう」
「話さない!壁とか天井の傷か染みでも数えてろ!」
ナマエはアナキンの懇願をずばっと切り上げると、再びベッドに横たわり背を向けた。
「うわ。今のは酷いな……さすがに傷ついたよ」
「おやすみ!」
そう言ってナマエはがばっと毛布をかぶる。アナキンはしばらくナマエの名前を呼んで粘っていたが、やがて諦めたようだった。
それから、1、2、3……と呟きが聞こえる。
本当に壁や天井の傷が染みを真面目に数え始めたようだった。思わずくっと笑うと、それを聞いたアナキンの笑い声も聞こえた。
毛布越しにアナキンの手がナマエの髪を撫でる。
ナマエは何も言わない。アナキンも何も言わなかった。
ずっときつく結ばれて、絡まってどうしようもなかった糸が、この穏やかな時間の中でほどけ始めるようだった。
お互いの存在だけで、沈黙を過ごすには十分だった。結び直された後でもなお、糸には絡まった跡がついていて、いびつであることにはきっと変わらない。でもそこには、これからも繋がっていると信じられるだけのやさしさの色があった。
高層棟の渡り廊下で、ナマエは友人と話しながら歩いていた。
「ナマエ、さっきマスターに褒められてたね。本当に君は変わったんだね」
「そう見えてるなら良かった」
柔らかな声に、ナマエはわずかに微笑む。
隣を歩くその友人は、以前、夜の訓練棟で声をかけてくれたジェダイだった。
「ちょっと、真面目にそう思ってるんだよ!今度模擬戦の相手してよ!そんなに短期間で強くなった秘訣、見つけてやる!」
友人のジェダイはナマエに肩をぐりぐり押し付けて笑う。ナマエもそれを押しのけつつ、ふたたび笑った。二人はじゃれ合いながら廊下を歩く。
仲間のジェダイやクローントルーパーと話すときも、以前はアナキンが隣にいないと、どうも緊張してぎこちなかった。
でも、今はちがう。
アナキン以外にも信頼できる友人ができた。
自分の強さに自信を持てるようになった。もう、自分に失望しなくてもいいんだと、心から思えるようになった。
その時だった。不意に足を止める。視線の向こう、夕焼けに染まるガラス壁。
アナキンがオビ=ワンと話していた。
右肩の装甲は新品に変えられ、かつての痛々しさは跡形もない。彼が元気でいてくれることに、ナマエはほっとした。
夕焼けを背に、彼のダークブロンドの髪が光を受けて輝いていた。その姿がとても遠く眩しく見えた。
多分アナキンはこちらに気づいていなかったが、ナマエには声をかける勇気が出なかった。
「ナマエ、どうかした?」
「……いや、なんでもない」
踵を返し、友人とともに廊下を何事もなかったかのように歩く。
なぜだか、彼の背中が遠く感じた。どれほど強くなれば、あの笑顔を守れるのだろう。
友人と話しながらも、ナマエは焦りと決意を同時に感じていた。
もっと。もっと強くならないと。
もっと変わらないと。
一方で、アナキンは、オビ=ワンと話しながら、さりげなく彼女がいた向かいの廊下に目を向ける。ナマエはもう行っていた。
──声もかけないなんて。
アナキンは自分の手のひらを思わず握る。
ナマエに友人ができた。
ナマエが強くなった。
それは喜ぶべきことだ。
きっともう自分がいなくても大丈夫なのかもしれない。
彼女はおそらく、もう自分の強さで自分を守れるのかもしれない。
だけど、それを受け入れて認めてしまうと、長い間自分を救ってきた大切な何かが、崩れて消えてしまう気がした。
ナマエが強くなるほど、アナキンは喜びの代わりに、重いむなしさを感じていた。
──
夜。インターセプターの航空戦シュミレーションルーム。
目標ポイント制バトルが終わるたび、レックスがカウンターを読み上げる。
「次はヴァルチャー・ドロイド、ポイント同数」
「2ラウンド、4機差でミョウジ司令官の勝ち!」
観戦していたクローントルーパー達のまばらな歓声が上がる。訓練スペースの端には、若いパダワンも、ちらちらとその様子を観戦していたようだった。見知らぬパダワンが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「最後のクルビット機動、格好よかったです!」
「ありがとう。ジェダイバトルマスターのマスターヴァンクの航空戦記録映像を参考にして……」
言いかけて、ふと反対側の壁を見る。パダワンの興奮した返答を聞いている間、アナキンが静かにこちらを見ていた。何か言いたげに壁に寄りかかっている。目が合うと、彼は壁から離れてこちらに歩を進めた。
彼が近づいてくる。
心拍が早くなるのを感じた。
何と言ってくれるだろう? ──「誇りに思う」とか。そう、そういう言葉だといい。想像して、胸の奥が熱くにじんだ。
思わず口角が上がる。アナキンがとうとうナマエの目の前に来た。
そして、言われた言葉は思わぬものだった。
「ナマエ、次は僕と模擬戦をしよう」
そう言ったアナキンの目は、何かの強い思い駆られてるように見えたが、同時にとても苦しそうだった。
────
耳鳴りがする。
視界がぼやけている。
しかし、じんわりと焦点の合わない状態でアナキンが見える。彼はナマエの上に乗って、彼女の両手首を床に押し付け、縫い留めていた。
負けたんだったか。
ぼんやりとナマエは考えた。
驚くほど歯が立たなかった。まあ、それもそうか、と驚くほどの完敗に、むしろすっきりしながらナマエは思った。
「アナキン、ナマエを放してやれ!もう決着はついた!」
オビ=ワンの声が響く。
床にたたきつけられたせいで引き起こされた耳鳴りの中、その声も遠く聞こえた。
「……見ただろ」
アナキンはかすれた声でささやいた。ナマエの視界はまだぼんやりとしていたが、アナキンが近いのは分かる。
「結局君は変わってない」
彼の息が頬にかかった。
「何も変わってないんだよ」
「どれだけ強くなったって……僕の足元にも及ばない。こんなふうに、床に押さえつけられて、手も足も出ない…」
そこまで言って、アナキンの口元がかすかに歪む。
そこには、心からの喜びがあって、暗い満足感を抑えきれない表情だった。
「ナマエ。今、僕は本当にいい気分なんだ」
「だって君はまだ、一人じゃ立てない。結局君には僕がいなきゃ……僕が必要なんだ、君は……」
言葉が途中で途切れた。
アナキンは唇を噛み、乾いた喉で息を飲む。
ようやく確認できた。
安堵、満足、支配。いくつもの感情が入り混じる。
こんなに安心できたのはいつぶりだっただろう?
──ナマエはまだ、自分を必要としている。
どれだけ成長しても、どれだけ周囲に称賛されても、最終的には自分の腕の中で無力になる。
その事実が、言葉にできない快感としてアナキンの中に満ちていく。ずっと沈んでいた心がようやく水面に上がり、光を浴びたようだった。
──これでいいんだ。
やっと取り戻した。
ずっと苦しかった。孤独だった。まるで深い傷が癒えずに、絶えることなく痛むようだった。
だけど、それらがこの瞬間、全て報われたような気がした。
周囲に賞賛されていたのに、自分にこんな風に圧倒的に負かされて、こんなことを言われて、ナマエは傷ついたに決まっている。だとしても、彼の胸の中を覆っていた霧がすっと晴れたような感覚を、アナキンは確かに感じていた。
しかし。
「アナキン……?」
ナマエのぼんやりしてた目に光が戻る。それから彼女がゆっくり瞬きをして、アナキンを見上げる。
彼女の瞳がアナキンを映している。それほどまでアナキンは彼女を縫い止め、顔を近付けていた。
その時。
彼女の目に映ったのは、暗い愉悦にゆがんだ自分の顔──
そして、彼女のその目。その奥には、疲労と痛みが、くっきりと滲んでいることに彼は気がついた。
はっとして、体を起こす。
ナマエの全身が視界に入った。
──傷だらけだ。
ゆっくり彼女から体を離し、全体を見ると、模擬戦のせいで彼女はあちこちにあざや擦り傷が──それはアナキンもそうだったが、彼にとって今自分の傷や怪我は全く大事ではなかった。
小さな傷や怪我でも、彼女のそれは激しい模擬戦のせいでおびただしく見えた。
首の後ろの汗が、急に冷たく感じた。
模擬戦の時よりも、心臓が響いて聞こえる。
言葉を失った。ただ彼女の手首を押さえたまま、その場で青ざめ凍りつく。
アナキンは自分のしてしまったことの重さが今、彼に返ってきたようだった。
──この銀河で、最も大事にしていたものを、こんなにも傷つけて、満足さえして、自分は何を考えていたのだろう?
喉が渇く。顔が熱い。
アナキンの目にじんわりと涙が浮かんだ。
「へっ?えっ、アナキン?」
それに気がついたナマエが途端に慌て出す。
涙が、彼の下のナマエの頬に数滴、ぱたぱたと落ちた。
それと同時に、身体の奥に溜まっていた感情が、流れ出すようだった。もう考える余裕もなく、アナキンの口から言葉があふれ出る。
「すまない、ナマエ……ごめん、どうしてこんなことをしてしまったんだろう?僕は……僕はただ……。分からない。なんでこんなことをしたのか、どうやったら償えるか……全部分からない、きっとどうかしてたんだ、傷つけたくない、本当にごめん、ナマエ……僕は」
アナキンはそこまで言いかけて、あとはもう嗚咽のせいで、言葉にならなかった。
手首を押さえていた手を離し、ぐっとナマエの胸に顔を埋めて、ナマエを抱きしめた。
「うわー!なんだ!」
ナマエが困惑した声を出す。それでもアナキンはまだ肩を震わせて泣いていた。冷たい訓練棟の床の上でアナキンがナマエを抱きしめる形で、二人が横たわっている。
「何だよ?えっ、泣くほど私に勝てて嬉しいってことか?何なんだよ!喋れ!せめて!!オビ=ワン、これなんとかしろー!」
ナマエは模擬戦に立ち会ってたオビ=ワンに助けを求めるが、彼も困惑した表情で二人を見ていた。
アナキンはしばらく子供のようにナマエにしがみついて涙を流し続けた。
しかし、ナマエにしてみれば自分に模擬戦で勝った男が勝った後に自分を煽ったと思えば、急に泣き出したのだから、全くもって困惑に尽きるという状況。わけもわからず、ナマエは自分の胸にしがみつくアナキンの髪に手を通して、撫でてやる。
だけど同時に彼を見つめ、ナマエは終始混乱していた。
──
「だーかーら!もういいって!!」
ナマエの部屋、寝室。
ナマエが振り返り、ベッドサイドの椅子に堂々と座って陣取るアナキンに声を荒げる。
打撲や擦り傷こそあったものの、たいした怪我ではなかった。
しかし、あのあと気が済むまで泣き続けたアナキンは、赤くなった目のままナマエを軽々と抱き上げ、そのまま彼女の宿舎へと連れてきたのだった。
問答無用でベッドに寝かせ、無理やり安静にさせられたナマエは、半ば軟禁状態になっている。
「よくない」
アナキンはまったく譲らない。
「僕が怪我させたんだし、僕のせいで君を色々傷つけた。だから、僕が面倒を見るべきだ」
有無を言わせぬ言葉だった。それから彼はフォースで氷嚢を浮かせ、あざの目立つナマエの足首にそっと置いた。
……バクタを使うまでもない怪我であるにも関わらず。ナマエは顔を引き攣らせた。
「いやいや!ずーっと横にいられると気が散るんだよ!プライバシーって言葉はお前の辞書にないのか!?」
「君の安静を守る方が君のプライバシーより優先されるべきだ」
「安静もいらん!たいした怪我なんかひとつもしてないし、疲れてるだけだ!」
「疲労を甘く見るのは良くない」
「そもそもお前が模擬戦で疲れさせたんだろ……」
恨みがましく言うと、アナキンは一瞬口をつぐんでから、さらに頑なな声色で呟いた。
「そうだ。だからこうして……君のそばにいることに決めたんだ。だから、君が一人になりたがっても、もう遅い」
「精神が休まらないんだよ!何をそんなに意地張ってるんだ!」
ナマエがアナキンに噛み付かんばかりに言う。
アナキンはしばらく黙っていた。
しかし観念したように、ため息混じりにぽつりとつぶやく。
「意地なんかはってない。ただ……模擬戦で僕が君に何をしたか、そして何より、君に何を言ったかを考えると、こうするべきだって気持ちになるんだ」
ナマエはその呟きに半身を起こして眉を上げる。
「はあ?……ああ、あれか。『君はまだ僕が必要なんだよこの腰抜け調子乗って浮かれるなやーいやーい』とかなんとかって」
「そこまで言ってなかっただろ!!」
アナキンは慌てて否定するが、ナマエはそれを無視してその時のことを思い返す。考えてみると、それについてまだ釈然としない気持ちはあるといえばある。
ナマエはじっとアナキンの顔を見た。
「それって……。こっちだって頑張って訓練して、やっと人並みに戦えるようになったのに、どういう意味だったんだ」
アナキンは答えない。表情は躊躇っていて、言葉を選んでるようだった。
「というかまずいつも守る守るってどういうことなんだ。一体何から私を守るつもりなんだお前は」
「それは……」
アナキンは少し視線を伏せて、静かに答える。
「戦いの中で、すべてからだ」
「はあ。すべて」
アナキンが頷く。
「できれば気圧による偏頭痛とか記録提出とかの細かくて面倒な雑務とかから守って欲しいんだが」
ナマエは腕を組んで鼻を鳴らし、皮肉を言ってやる。するとアナキンは強い意志を持って真っ直ぐにナマエを見た。
「……なら、それからも守る」
沈黙。
「できるのか!?」
ナマエが本気でビビってみせると、アナキンは初めてくすっと笑った。
足を組み、頬杖をついて、優しく彼女を見つめる。
「ああ。やる。君のためになんでも。そう決めた。いや……ずっと前から決めてた。だからここで看病させてくれ」
「他にやることあるだろ……」
ナマエが困惑して肩をすくめる。するとアナキンは顔をよりナマエに近づけ、さらに主張するように言った。
「ない!あったとしても、このままじゃ他のことに集中できない!自己嫌悪と罪悪感で押しつぶされそうなんだ……君の面倒を見たり一緒に過ごして安心したいんだよ!」
「あまりにも正直だな。許されたいがためだけの行いなのか?」
ナマエが呆れたようにため息をつく。
「違う!一面だけ聞いて判断しないでくれ!心から怪我がすごく心配なんだ!だって利き足の足首の打ち身が酷かったし……あとは罪悪感と……わからない、とにかくそばにいたいんだ!いさせてくれ。それに、ナマエは最近ずっと訓練に打ち込んでばかりで僕と一緒じゃなかったし、勝手に友人を作るし……」
アナキンの言葉にナマエは食ってかかるように言い返した。
「勝手にってなんだよ!お前の許可なくても友人の10人や100人勝手に作るわ!!」
「わかった、わかった。つくってもいい。作ってもいいけど……僕はその中でも、特別枠のままでいさせてくれ」
「無茶苦茶だぞ」
ナマエが呆れて額に手を当てる。それからゆっくりと口を開いた。
「まあいい。でも……アナキン、その……そんな心配をしなくても、よかったのに」
「え?」
「だって……ずっと特別だと…いや!というか、そもそも!アナキンの肩の怪我をきっかけに私は……強くなろうと……その、アナキンの隣に立とうと……」
ナマエの言葉がだんだんしぼんでいき、もごもごと聞こえなくなる。
「え?何だって?肩の怪我?いつの話だ?右肩?左?僕の隣が何だって?」
……当人は、全然覚えてないらしい。
自分を庇って怪我したのに?それはそれで、ふつふつとナマエに苛立ちに似た呆れが湧いてきた。
「あーもういい!寝る!もう寝る!今の全部なし!!」
「はあ?続けてくれ、ナマエ。正直、寝られるよりこうして話してたいんだ。楽しいんだよ、君と話すのが。僕から離れてた分、こうして一緒にいて、話そう」
「話さない!壁とか天井の傷か染みでも数えてろ!」
ナマエはアナキンの懇願をずばっと切り上げると、再びベッドに横たわり背を向けた。
「うわ。今のは酷いな……さすがに傷ついたよ」
「おやすみ!」
そう言ってナマエはがばっと毛布をかぶる。アナキンはしばらくナマエの名前を呼んで粘っていたが、やがて諦めたようだった。
それから、1、2、3……と呟きが聞こえる。
本当に壁や天井の傷が染みを真面目に数え始めたようだった。思わずくっと笑うと、それを聞いたアナキンの笑い声も聞こえた。
毛布越しにアナキンの手がナマエの髪を撫でる。
ナマエは何も言わない。アナキンも何も言わなかった。
ずっときつく結ばれて、絡まってどうしようもなかった糸が、この穏やかな時間の中でほどけ始めるようだった。
お互いの存在だけで、沈黙を過ごすには十分だった。結び直された後でもなお、糸には絡まった跡がついていて、いびつであることにはきっと変わらない。でもそこには、これからも繋がっていると信じられるだけのやさしさの色があった。
(編みなおした色は)
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