君とどうにかなりたい!
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「はい、真面目なやつ登録しておいたから」
トイレから戻ると、リビングのソファに寝そべっていた友人が、私のスマートフォンをひょいと返してきた。彼女は、いま私と一時的にルームシェアしている。
元々は一人暮らしだった私のデトロイトのアパートに、彼女が転がり込んできたのは数週間前。彼女の住んでいた部屋が水漏れ工事で使えなくなり、その間だけうちで寝泊まりすることになったのだ。
その代わりに、友人が家事全般引き受けるというなんとも雑な契約が成立していた。
「はあ?勝手に私の携帯を触るんじゃない。というか、登録って」
「マッチングアプリ」
友人はあっけらかんと言い放ち、それから「テレビオン」と勝手にテレビまで付け始めた。
「はあ!?」
「だって、このぐらい強引にしないと彼氏を作ろうともしないでしょ、ナマエはさ。あ、プロフィールも書いてあげたから!」
怒涛の勢いでプロフィールまで勝手に記入済みらしい。思わず頭を抱える。
「彼氏はしばらくいいんだって!私が男連れ込まないのはルームシェアの上でむしろ助かると思ってた!」
「うーんそれはそうなんだけど」
友人はテレビの音量を下げて、振り返りもせずに続けた。
「ナマエって最近ほんっと仕事ばっかりじゃん。不安になってきてさ私。いや心の健康って大事よマジで」
「いや、今までどこに出しても恥ずかしくない健やかな心で生きてきたわ!」
「へえ、ほんとかな。ナマエったら、ここ数年ずうーっと彼氏がないことが恥ずかしくないって?」
「全然恥ずかしくない!」
「だってさあ、ナマエって浮いた話のひとつもなく、警察署で日夜書類と睨めっこ。ときどき外に行ったと思ったら現場調査。なんなの?せっかくのルームシェアなのに恋バナひとつできないとかどういうことだっつーの。話しながらムカついてきたわ」
色恋沙汰がないだけで友人にここまでムカつかれている事実に恐怖を隠しえない。
「めちゃくちゃ理不尽なことを言ってるけど自覚あるか」
「せめてアプリの男でいいから一回くらいデートしてよ。それやらないと、明日から夜ご飯つくってあげないから」
全く取り合ってくれない。何だ何だ、なんでこんな実家の親みたいな心配を友人からされないといけないのか。
というか、私は友人の最後の条件に耳を疑った。
「え!夜飯作らないって……な、なんだそれ!非人道的だ!異議申し立て!」
「異議却下」
「うわー!!」
思わず青ざめて後ずさる。
友人の料理は、毎晩遅く疲れて帰ってくる私にとってかなりありがたいものだった。常に仕事に追われていて、自分で料理など作る時間がないのだ。そもそも得意でもない。しかし最近は友人が作ってくれていたおかげで、私はしばらく栄養のあるきちんとした夕食を食べることができていた。
が、まさかそれを人質にとられるとは。いや、飯質というべきか。
「私がこの家の家主なんだぞ!家賃なしの代わりに家事する約束だったじゃないか!」
「まあそこはほら、家事担当の私には労働の自由があって、ストライキ権もあるってことでね。ごめんだけど」
友人はスマホを見つめつつひらひらと手を振りながら何でもないことのように言ってのける。
「お前……」
「あ、デートしたらちゃんと真偽確認のためにツーショットも撮って見せてよね!」
言葉を発しかけた私を遮ると、彼女はさらに好き放題言ってからスマホで動物のおもしろ動画をスワイプし始める。まだまだ食い下がりたかったけど、言い負かされる気しかしない。
私は再びソファに沈み込んでどうしたものかと天井を見上げた。
明日の夕食にありつくためには、人生初のマッチングアプリでのデートという強制イベントをこなさねばならないらしい。
──────
そして次の日。
ナマエは張り込み捜査を終えた後だった。同行者はいつもどおりコナーとハンク。
難なく証拠を掴むことができ、これから署に戻る予定だった。しかし張り込み捜査が終わって、戻る前にハンクは外に一服煙草を吸いに行っていた。
よってコナーとナマエは警察車両の中で待機していた。
「ハンク遅いな」
「そうですね……もう少しで戻ってこなかったら、私が様子を見てきます」
ナマエの呟きに、隣に座るコナーがハンクのいる方角をとらえ、窓に目をやりながら答えた。
すると、通知音。
ナマエの携帯だった。
ポケットから取り出して画面を確認する。
そこには「リチャードさんがあなたにいいね!を送りました!彼のプロフィールをチェックし、彼との素敵な関係の第一歩となるチャットを始めましょう!」というやたら余計なお世話を感じるポップアップが。
──通知を切るのを忘れた。
というか、仕事に夢中でこんなアプリを友人が入れていたことさえ忘れていた。ささっとすぐに画面を消してズボンのポケットにしまう。
コナーに見られた?と思ってナマエはパッと横の座席を見る。
コナーとちらっと目が合う。
もちろん、コナーの目にその通知は入っていた。彼は瞬時に複雑な気持ちになり、怪訝に目を細める。
──ナマエがマッチングアプリ?なぜ?
彼女は仕事に打ち込みすぎるタイプだ。そのためにあまり恋愛に興味がなさそうだった。コナーはその憶測を心の支えにして、あわよくば彼女との未来を想像しつつ、彼女のそばにいるのを楽しんでいたのに。
思わず言葉が考える前に飛び出る。
「その通知について詳しく尋ねても?」
「よくない!よくないよくない!!」
ナマエは顔を真っ赤にして頑なに言った。
「と、友達が勝手に登録したんだ!そろそろ彼氏作ったらどうなんだみたいに、こう……その場のノリで」
ナマエが大焦りで手を振ってうろたえる。その様子を目にして、コナーは暗い気持ちから途端にどこか微笑ましいと感じた。動揺する彼女は滅多に見られない。
彼は口元にかすかな笑みを浮かべながら言った。
「つまり、ナマエ……あなたが言いたいのは、あなたのご友人が善意で勝手にデーティングアプリに登録した、と」
「善意というか悪意だろどう考えても」
「なるほど」
彼は身を乗り出していた姿勢から座席に体を預け、腰の前で手を組んだ。
コナーは少し無理をして、何でもない風を装っていた。
「では、ノリで入れたアプリをあえて消さず、そのままにしておいた理由は?」
ナマエの顔が引き攣る。
少しの間黙っていたが、やがて白状した。
「……せめてアプリの誰か一人とデートしないと今度から私の夜ご飯作るのをやめるって言われた。だから……仕方なく」
「食べ物の脅迫には抗えなかったと?やれやれ……」
コナーはあきれて首を振る。
それからナマエの方に身を乗り出す。
「ご存じでしょうけど、彼女の要求に従う必要なんてないんです。ナマエ、あなたはもう立派な大人ですから。
恋人を探すかどうか、そしてそれがいつなのか、すべてあなた自身で決められるはずです」
コナーはその言葉をできるだけ誠実そうに言った。 「恋人」という一言が、やけに喉に重く感じたにもかかわらず。
ナマエに恋人ができる。
その考えだけで、コナーは内心焦りと動揺を覚えた。しかしナマエはコナーの言葉に不服そうに片眉をあげる。
「あっそう。その正論で私の晩飯問題が解決できればよかったんだけど。私もコナーみたいに飯の栄養なしで、シリウムで体を動かせるならこんなことにはなってない」
ナマエはやけに反抗的だった。横から自身の恋愛について口を出されるのが癪なのだろう。
「そもそも恋人なんて他人から言われて作るものでもないでしょう。夕飯を人質に取るのはやや理不尽に感じます」
「ぜひそのままうちのルームメイトに直接言ってくれ。それができないならお前がわたしのために毎晩飯でも作るんだな」
ナマエはぷいっとふてくされたように顔をそむけ、車窓を向く。
コナーはその様子をかわいいな、と思いつつ、ナマエをからかうのをやめられない。
「あなたのために料理を始めるというのは、思いのほか悪くないかもしれません。仕事の後、特にやることがあるわけでもありませんしね。今日の夜からアパートに伺っても?」
「え!え!!冗談で言ったに決まってるだろう!」
車窓から外を見ていたナマエの顔が動揺からパッとコナーに向けられる。皮肉げだった態度が一変した。
「本当にアパートで夕飯を作られたら、それはそれで困る!ルームメイトもびっくりするわ!
……そんなことより、アプリで適当な男と一回きりのデートで一発解決。ツーショットパシャリ。友人は満足。で、全部終わり!」
ナマエは大焦りで手順を指折りつつ、自分を納得させるように早口で言い切った。
それでもコナーはなんとしてもアプリの使用……否、ナマエが恋人を作ろうとするのを阻止したかった。
一回きりのデートだったとしても、もしそれがうまくいってしまったら?
どこの誰とも知らないアプリの男と?
「ナマエ、アプリの男なんて。もっと信頼できる男性とデートすることをお勧めしますよ」
コナーは諫めるように言った。が、ナマエは仕方ないとでもいうふうに肩をすくめるだけだった。
「アドバイスか?その信頼できる男とやらを実際に履歴書付きで連れてきてくれれば、もっと実用的で説得力5割増しなのにな」
コナーはナマエの皮肉混じりの返しについ笑う吐息が漏れた。そして彼は再びシートの背もたれに深くもたれかかり、胸の前で手を組む。口角をあげ、軽い口調で言った。
「では私の履歴書を受理してくれませんか?なかなか立派なものですよ」
ナマエはペットボトルから飲んでた水を吹き出しそうになった。
「うっ、な……!どういうつもりの発言なんだ。だってお前は、その……」
「はい、アンドロイドです。それで、その点について何か問題でも? 発言にはお気をつけください。つい最近制定されたアンドロイド平等法に抵触しないように」
コナーは目を細め、からかい半分で言葉を強調した。
が、からかい口調とは裏腹に、心は落胆で重かった。
アンドロイドは彼女にとって恋愛の対象ではないことをなんとなく、今の彼女の反応から察してしまったから。
「や、アンドロイドも人間の男も別に関係ないよ!そもそも別に真面目に恋人をさがしてるわけじゃないし……ほら、たった一回のデートでいいってルームメイトが言ってたから」
彼女の発言が胸の奥にひっかかる。どこか言い訳がましい。
コナーは彼女を見つめたまま、腕を胸の前でゆっくりと組んで続けた。
「一回のデートを達成すれば、あなたに恋人ができる可能性はゼロに戻る……ご友人を納得させるのが目的で、デートそのものは手段にすぎない。では、本当に心から恋人が欲しいわけではないんですね」
「そうそう……だから適当な相手を早く見つけないと。本当に、夕食が戻るならささっとこんなもの済ませてって感じで……」
ナマエの語尾がだんだん小さくなるとともに、コナーも黙り込んだ。
気まずい沈黙が流れる。その空気のままさっとコナーがスマホをポケットから出して操作し始めたので、おそらくハンクから何か連絡が来たのだろう。コナーは連絡関連でしかスマホを使わない。
ナマエは気まずい沈黙を破ろうと声をかける。
「コナー、ハンクから何か……」
すると、途中でナマエの携帯が通知音を鳴らす。
確認すると、そこに書いてあったのは──
『コナーさんがあなたをいいねしました!ナマエさんもいますぐいいねを返して彼とマッチし、チャットをはじめよう!』
……というポップアップ。
「何してんだお前!」
ナマエはぐわっと横のコナーをみた。そのために彼は自分のスマホを操作していたらしい。会員登録とナマエの特定が早すぎる。
「『誰でもいい』と言いましたよね? 私は確かに『誰か』、です。そして、プロフィールに偽りはありません。製造日:2038年8月、型番:RK800。それで?あなたのプロフィールは……」
「うわー!読むな読むな読むな!!それは友人が勝手に!」
ナマエはコナーのスマホを奪い取ろうとしたが、コナーはひらりとかわし、片手でひょいと高く掲げたまま、どこか得意げに微笑んだ。
ナマエのプロフィール欄、そこには「とげとげした態度かもしれませんが、実は好きな人には素直になれない甘えん坊タイプです♡」と書いてあった。
ナマエの友人はあることないこと、本当に自由に書いていたようだった。
「ほう、『とげとげした態度かもしれませんが、実は好きな人には素直になれない甘えん坊タイプです♡』……とてもよい分析ですね。君のご友人、かなり鋭い」
この場から消え去りたい。その思いだけでナマエは両手で顔を隠してこの世の終わりと言わんばかりにうなだれていた。
しかしコナーはナマエの反応など構わない。一拍置いて彼は自分のスマホをこれみよがしに見せつつ、悪びれなく尋ねた。
「それで?甘えん坊タイプは、私にいいねを返してくれるんでしょうか?」
「誰が甘えん坊タイプだ!それやめろ!マジで!忘れろ!!この……お前のスマホを燃えないゴミに出してやる!」
「スマホを捨てたいなら家庭有害廃棄物として施設に持ち込んで回収してもらわないといけません。燃えないゴミでの排出ではミシガン州の環境当局に怒られますよ」
「こいつ、マジ……いや、知らん!よこせ!」
ナマエが彼のスマホを奪い取ろうとすると、コナーはひょいと避けてポケットに仕舞う。そしてじたばたもがくナマエの肩を痛くない程度に両手で抑えて制した。
コナーの手の中で、ナマエはやけに小さく感じた。少し力を込めるだけで簡単に動きを封じられてしまうその体格差に、彼は場違いな優越感と、妙に甘い満足感を覚える。ナマエはコナーが楽しんでいることに気づいたのか、苛立ったように彼の腕の中でさらにばたついた。しかしコナーはこんなにも容易く彼女を制せてしまう事実に、密かに心をくすぐられていた。
「はなせって」
ナマエはスマホをあきらめて彼の腕の中からすっと身を引く。コナーはばれないように表情を変えなかったが、内心残念がった。
それでもそんな感情はおくびにも出さず、彼はすぐにいつもの調子を取り戻す。
「それで?私とのデートは検討してくれましたか?」
「まだいうか」
ナマエはため息をついてあしらいつつも葛藤した。
1回きりのデートなら……それにコナーならたしかに自分に変な真似はしないかもしれないし……という考えに心が揺れる。
コナーはその様子をじっと観察し、口角を上げる。
「考え中ということでいいですね。ならタイムリミットを決めましょうか。期限は……そうですね、終業時間まででどうでしょう」
彼はスマホをポケットに戻し、わざとらしくダッシュボードの時計をちらりと見た。
「き、期限?」
「はい。それまでの決断で、今日の夜ご飯がご友人の手作りかテイクアウトなのか……。
それはあなたのスマホのタップ次第というわけです」
彼の声は軽かったが、どこか本気も混じっている。
「いや、もし終業時間後にデートに行くなら外食かもしれないな。あなたは3つの選択肢から選べるわけです。その1、ご友人の料理。その2、僕との外食ディナー。その3、さみしいテイクアウト」
「外食ディナーって……お前食べられないくせに!」
「食べるあなたを見られますから。それに最近はアンドロイド向けにシリウムを提供している飲食店もあります。一緒に楽しむことはできますから、ご心配なく。僕たちアンドロイドに権利が与えられてよかったですね。問題解決です」
「くそー!覚えてろよ!こんな状況じゃなかったら......!せいぜい余裕をかましていられる今を楽しむんだな!」
「はい、そうします」
「こいつ!」
ナマエは歯を食いしばり、両手をわなわなと震わせた。今にも噴き出しそうな怒りと葛藤を抱えているのに、一方でコナーは涼しい顔だった。むしろ、機嫌が良さそうだった。
やがてハンクが一服から戻ってくる。
ハンクはピリピリしたナマエと機嫌のいいコナーに疑問を抱きつつも深入りはしたくなかったのか、彼らを乗せた車を動かし始めた。
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