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ふたりだけの夏

ひどく暑い日だった。
たまたまレッスンが休みで、たまたま互いの部活が休みで。久しぶりに放課後街に出てみようか、と話していた日。
暑さに弱い白藤恵はもうでろでろで全く動けないという様子だった。一方、氷渡弘もあまり暑さには強くなく、いつもより少し元気がない様子だった。


〇〇〇〇〇


放課後。未だジメジメと蒸し暑い中、玄関へと向かっていた。弘がワイシャツの首元をパタつかせながら心配そうにちらりとこちらを見る。

「今日はそのまま帰ろうか?」

「いや…」

弘はずっと楽しみにしていた。それもそうだ。部活があれば予定は合わない。レッスンがある日は、正直すぐ帰りたいし、弘も暗くなる前に自分を帰したいのか、真っ直ぐ家へ帰るだけだった。こういう日はそうないのだ。

言葉を濁していると、「そうだ」と何か思いついたというように声を上げた。

「涼しいところに行こうか!」



〇〇〇



弘が連れてきてくれたのは、森林のような広い公園だった。木陰で風が心地よい。弘が穴場だと言うそこは、夕暮れ近くのこの時間帯でも人はあまり多くなかった。

「…涼しいな」

たどり着くまでの蒸し暑さが嘘のようで、思わず言葉にしてしまった。弘は得意げに笑っていた。

「木漏れ日が気持ちいいよね。僕の秘密の場所なんだ。放課後とか、休みの日にたまに来るの」


遠くで子どものはしゃぐ声がする。
秘密の場所、というのに相応しく、向こうとは別世界のように静かだ。
道のはずれにぽつりと寂しくベンチがあり、あまり使われていないのか、青いままの葉が何枚か乗っていた。
それを軽く払い「ここに座って待っててね」と告げ、弘はどこかへ行ってしまった。


「………」

ベンチに腰をかける。
互いに好きだという自覚もあれば、することも…している。しかし、個人はしっかりと尊重され、自分も、弘も、隠してるわけではなくともどこか1歩引いている所があった。自由気ままな弘が、休み時間にどこにいるかだとか、休日は何をしているかだとか。特別気にしたことは無かったけれど知らないことはまだまだある。だから、弘が秘密の場所に連れてきてくれたことは素直に嬉しかった。

少し周りを見回してみる。ここは本当に落ち着く場所だ。穏やかで静かで。きっと弘は、ここで1人でデザインに没頭しているのだろう。
そんな風景が目に浮かんでくる。


「けーちゃん!」

声のした方向を見ると、何やらニコニコしている弘が立っていた。手には2つのアイスクリーム。

「ソーダと塩バニラ!どっちがいい?どっちも冷たくて美味しいよ」


少し考えてから「ソーダ」と答える。
渡されたアイスクリームは少し溶けていた。

「ありがとう」

「ううん、僕がけーちゃんとここで食べたかったんだ!嬉しいなあ」

そう言う弘は本当に嬉しそうで。その言葉が気遣いではなく、心からの気持ちであることがよくわかる。ベンチの左側に腰をかけ、1口、2口と口へ運ぶたび幸せそうに顔が緩んでいる。そういえば弘は学校でもアイスクリームを食べていた気がする。アイスクリームが好きなのかもしれない。


「僕、アイスクリームすっごく好きなんだあ」


考えていたことが当てられたようでドキッとする。自分はあまりわかりやすい方ではない…と思うけれど。


「あは、けーちゃん、アイス溶けてるよ」


少し照れたように言う。少し見すぎたか、と自分も恥ずかしくなり、アイスに目を落とすと溶けたアイスが滴り始めていた。急いで1口。


「ん、美味しいな、これ」

「でしょ」

簡単に言うならば、濃い。
でも、甘すぎず、爽やかでくどくない。


「甘いの苦手なけーちゃんでも食べられそうだなって」

「うん」


1口、また1口と食べていく。のどを冷たいものが通っていく感覚もまた気持ちがいい。
視線を感じて目をやると弘が嬉しそうにこちらを見ていた。


「弘、アイス溶けてる」

「あ、ほんとだ!」

急いで食べ始める。
ひどくくだらないやりとりだった。まるでバカップルのそれだ。
照れくさく感じたが、悪い気はしなかった。


「けーちゃん」

小さく名前が呼ばれる。顔を上げると同時に唇が重なった。

「えへへ、ソーダの味がするね」


顔に一気に熱が集まるのを感じた。

「た、食べてるんだから、当たり前だろ……」


「そうだよね、」なんて幸せそうに言う。
前なら自分だけ照れているようで悔しく感じていただろうが、今は違う。
弘は照れると耳を触るくせがある。

ちらりと横目で見ると、左手でちまちま耳を触っているようだった。


「…照れるならするなよ」

「へへ…なんか愛しくなっちゃって。ね、けーちゃん」


もう1回してもいい?

意地悪とか、そういう気持ちが一切ないからタチが悪い。聞くなよ、なんて何回言ったことか。言うだけ無駄なのだ。

少しの沈黙のあとに小さく頷く。

髪に触れ、頬に触れ、口に触れ、

ゆっくりとした動作がもどかしい。

口と口が触れ合う。
とうに日は沈み、周りには人の姿は無かった。

きっと弘は待っていた。


「……そろそろ、帰ろっか」


お互いの頬が赤いのはもう暑さのせいではない。

「また、一緒に来ようね」

立ち上がって手を差し伸べる弘。その手を取り、小さく返事をして。

そのあとは、自分の家まで他愛もない話をしながら歩き出した。いつもと違うのは、しっかりと握られた手。その手は家に着くまで離れることは無かった。




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