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笑顔のそばに

―来月そっちに帰るよ。

ひどく待ちわびた言葉。
優太が帰ってくる、そんな日をどれだけ待ったことか。
優太がヨーロッパへ発った日から2年経った。国際通話はするものの、頑なに顔を見せてくれず、もどかしい思いをした。
そんな通話だって、ここ3ヶ月ほど出来ていなかった。優太が頑張っている。そう思ってもさみしいものはさみしいもので。たった一文であっても心踊らずにはいられなかった。

それからまた数日。詳しい日付と時間、「迎えに来てよね!」と、全く優太らしい一言が添えられたメールが届いた。背は伸びているのだろうか。


「…まだおれの事を好きでいてくれているのかなあ」


不安に思っていた事を口に出してみる。考えていても仕方がないことなのは分かりきっていた。それでも、やはり会えるのは嬉しいもので。
来たる日を思いながら、その日は眠りにつくことにした。

〇〇〇


ようやくこの日がやって来た。何度しーくん……岩動識に小言を言われただろうか。自分の恋人が綾助くんを心配しているからちゃんと連絡を取れ。ぼくのことが大大大好きな綾助くんがぼくを思って沈んでいないわけが無い。それはわかっている。でも、こっちにだって計画というものがあるのだ。

数ヶ月前、このままのペースだとあと1年はいることになるぞと脅された。たまったものではない。確かにこっちのお姉さん方は優しいし美人だしおっぱいも大きい。でも、ぼくは日本に1番大切にしないといけない人を待たせている。早く帰らなければならないのだ。我慢が苦手な綾助くん、もう少し待っていて。ぼくも苦手な我慢、するからね。

3ヶ月でなんとか。残っていることを終わらせて、伝えたい事があるから。


〇〇

計画は順調。こちらでの勉強も終わりが近い。ぼくを脅していた先生もあっと言わせてやった。
急いで文字を打つ。会いたい、気持ちはそれだけ。

―来月そっちに帰るよ。

はやる気持ちを抑えて、あくまで普通に。バレるなんてことは米粒ほどもないとは思うけれど。

デスクの引き出しをそっと開けて取り出す。
貯めに貯めたぼくの努力のかけら。高級フルコースをお腹いっぱいになるまで食べられちゃうような数字を見ながらごくりと唾を飲む。

ぼくは、これから少し大きな買い物をする。



〇〇〇


当日。国籍多様な人混みの中におれはいた。
あと10分。時間がすごく長く感じられた。周囲もどこかソワソワした空気だった。
長いこと顔は見ていないが、絶対に見つけられる自信があった。背は、多分抜かされているけれど。

どっと人が流れてくる。ハグをする人、名前を呼んで探す人、愛しげに見つめ合う人。羨ましい。おれも、早く、会いたい。



「りょうすけくん!」


ザワザワとした人混みでもはっきりと聞こえた。大好きな声。大好きな人。

「優太…っ!」

はっきりと目に姿を映す前に視界が阻まれてしまった。暖かい。やっぱり背は抜かされてしまっていた。

「優太、苦しいぞ~…」

苦しいくらい抱きしめられる。言葉にはして見るけれど嬉しくてたまらない。溢れた涙は頬を伝うことなく、優太の服に吸い込まれてしまった。
優太は何も言わない。それでも伝わってくるのは、心地よい心臓の音、甘いお菓子のような匂い、そして、変わらない気持ち。優太は変わらずにおれのことを好きでいてくれた。

「りょうすけくんがちゃんと迎えに来てくれてて良かった」

「…来ないわけないだろ、ずっと、会いたかったんだ」

「………だよね。りょうすけくんってばゆたのこと大好きだし!」

腕が離れて、視線がぶつかる。だいぶ大人びた顔立ちにはなったが、可愛らしい頃の面影は残っている。思わず見とれてしまっていた。


「りょうすけくんに話があるんだ。聞いてくれる?」

そう言った優太の顔は真剣で少し緊張していた。思わず釣られて緊張してしまう。

「ぼく、近いうちこっちでお店開こうと思うんだ。しばらくはまだ修行しなきゃなんだけど、頑張って勉強してきたからこっちにいられる。りょうすけくんとも一緒にいられるよ。
……ずっと、一緒にいたい」

その言葉の意味はすぐに理解出来なかった。頭が真っ白とはまさにこういうこと。ただただ真剣な眼差しから目を離せずにいた。

「りょうすけくんはきっと普通に生きていける。もちろんぼくも。でも、その選択はして欲しくないよ。ぼくを選んで欲しいから……ぼくが、りょうすけくんじゃないと嫌だから」

すっと左手をとり、薬指にシルバーに輝く指輪をはめてくれる。普通、とはなんだろうか。優太はそんなことを気にしていたのか。

「だからね、これはぼくの最後のワガママだと思って聞いて欲しいんだ。ぼくがちゃんとお店を開けたら……」


結婚、して欲しいんだ。

そう言った優太の顔はひどく優しくて、切なげで。こんなに不安そうな優太は見たことが無かった。
触れている手から感じる震え。それが本気であるという何よりの証明だった。

何を不安に感じる事があると言うのだろうか。
いつも通り自信たっぷりに言えばいいのに。最後になんかしなくていい。答えなんかもう決まっているんだから。

「…本当に優太は意地悪だな。わかってる、くせに」


涙が頬を濡らす。とめどなく溢れるのは嬉しい気持ち、幸せな気持ち。それから、今までのさみしかった気持ち。

「ワガママは、最後じゃなくていいから、もう、おれから離れないで……」


優しく涙が掬われる。すぐあとに唇に熱が触れた。


「…りょうすけくんも、ずっとず―っとゆただけ見ててよね」

そう言って優太がはにかむ。大好きな笑顔だ。優太にはずっと笑顔でいて欲しい。その笑顔を1番近くで見ていられるなんて、なんて幸せな事だろう。

幸せを噛み締めながら、今度はおれから、優太にキスをした。



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