幸せの近道
義貴がオレを選んだあの日から、義貴のオレへの対応が少しずつ変わってきている。
いや、オレが気づこうとしなかっただけで、実はずっと前から変わっていたのかもしれない。それでもまだ、違和感を覚えずにはいられなかった。
そんなある日。
「義貴はさ、ほんとに八尋じゃなくていいわけ?」
レッスンも終わって、解散した後。2人で歩く廊下で
ウンザリするような質問を投げてしまった。
義貴も心底面倒な様子で立ち止まり、こちらを見る。
「何を言ってるんですか、今更」
「うん、そうなんだけどね」
決して嫌ではない。むしろオレを選んでくれたのは嬉しいはずなのに、どこか素直に受け入れられない自分がいた。
義貴には八尋。そう思ってきたからなのか、後ろめたさがあるというか・・・。
なんて表現するべきか考えているうちに、義貴の眉間のシワがどんどん深くなっていた。
「僕じゃ不満なのか」
「いやそうじゃないんだけど、」
「だったらそんなこと気にすること無いだろ」
そう言って歩き出す。
あからさまに不機嫌になった。自分の感情を隠し切れないところが可愛いところではあるけど、こちらももやもやとしてどうしようもないのだ。
不満なんてない、そりゃあもう大満足。でも、何かがつかえてしまっている。
何も言い返すことなく黙って立っていると、「ああもう」とイライラしたように振り返ってくれる。
やっぱり、変だ。
「僕に何を求めてる!」
「さっきの質問の答え。逃げないでよ」
突拍子もなく言った訳ではない。
ずっと気になっている事だった。この答えがどうであれ、分かればこのもやは消えるはずなのだ。
例え、八尋が良かったと言われても。それはそれでいいから。
義貴が困っている。本当にわかりやすいくらい。
「…やひ…………久世のことは、今も好きだよ。でも、橙田さんとは、違う、何でこんなこと言わないといけないんだ」
どんどん早口になる。
まくし立てるようにゴニョゴニョと言ってはいるが、聞き取ることが出来ない。
「義貴?」
「…逃げてるのは、橙田さんじゃないですか」
思いもよらない発言に思わず間抜けな声が出てしまう。
「僕を…こんなにしたくせに、いざ向き合おうとしたら離れようとして。だからちゃんと伝えたはずだ、僕のそばにいて欲しいって。なのに、どうしてわからない。今更、僕の性格が面倒になったのか」
怒ったように言うから、内心ドキリとしてしまう。
そんなわけない。義貴が丸ごと愛しくてたまらないのに、何でそんな事が思えよう。
あの日の彼の言葉を思い出す。今でも背筋が痺れてしまいそうな、そう、確かに聞いた「離れるなんて許さない」と。
「あっ」
思わず声が漏れる。気づいてしまった、これが引っかかっていた原因かもしれない。
怪訝な顔でこちらを伺う義貴の困る顔を想像しながら、言ってみることにした。
「オレ、まだ義貴に好き…って、言われてないんだけど」
冗談交じりに言うと、彼はあからさまに嫌な顔をした。まあ、期待はしてなかったけど。
こちらとしては、つかえの原因がわかっただけでも充分だった。
八尋にはいうのに、オレには言ってくれないんだ。
なんて、オレらしくない。
「……なんてね、冗談だよ。その顔すっごく良い」
未だ固まったままの義貴の額を指先でつつき、そのまま歩き出す。少しおいて、何も言わずに後ろから着いてきているようだった。
〇
昇降口で靴を履き替えて外に出ると、既に義貴が立っていた。
「待っててくれたんだ」
そんな問いに何も答えようとはしないのに、なにか言いたげな表情をしている。
「なーに?」
「僕は…僕は、………」
言えないんだろうなあ。負けず嫌いな義貴のことだ、さっきのことが悔しかったに違いない。
義貴に関しては焚き付けて、自分の流れにしてしまうことが多いから…ついやってしまった。この話に関しては、無理はして欲しくないな。
「早く帰らないと、怒られちゃうよ?」
話をすり替えて1人でさっさと歩き出すと、後ろから腕を掴まれてしまった。
「最後まで聞いてください」
「ん~…聞いてあげない」
「っ……聞けよ!!お前が、言えって言ったんだろ!」
「言ってないよ、義貴」
少し冷たくあしらうと、義貴は怯んでなにも言わなくなる。それで終わる。
でも、今回は違った。
「…じゃあ、これは僕の意思だ。普段は好き勝手するクセして、意味わからない時に逃げて、お前のそういう所、大嫌いだ。大嫌いな、はずなのに」
どこか決意を固めたような真っ直ぐな視線に目が離せない。冷たい視線や熱っぽい視線とも違う、心臓が掴まれている感覚。
実際に掴まれている腕は痛いくらいで。でも、嫌じゃない。
「好きだよ、お前のことが」
心臓が跳ねる。
義貴が好きだ。たまらなく好きだ。
「離れるな」と言われる前、オレは逃げようとしてたんだ。こんなに好きになって、それから拒まれてしまうことが怖くて。だから、その前に離れてしまおうと思っていたのに。
「そんなこと言われちゃったら…ホントに離れられなくなっちゃう、けど」
「言っただろ、離れることは許さないって」
「よ、よしたか」
ぐい、とネクタイが引かれ、口が重なる。
すぐに離れたが、顔は近いまま。義貴は答えを待っている。
完敗だ。
「オレの、負けだよ、もう」
弱々しい声しか出ない。それを聞いてか、義貴は満足そうな様子で歩き出した。
悔しくはあるが、義貴の言葉で心が軽くなったのは確かだ。
…でも、やっぱり悔しいのは悔しい。
別に悪い気はしてないけど、つついてやろう。
すぐに追いついて意地悪く言う。
「義貴、お前お前って、オレ先輩なの忘れてない?」
「…忘れてない、橙田さんは先輩で…………恋人」
最後の方に小さく聞こえた単語に、今までにない高揚感を覚えた。
今日の義貴はやっぱり変だ。
いや、変にしたのは、オレかもしれない。
「義貴、オレも義貴が好きだよ」
辺りは日もくれて、人通りも少なく静かだ。
歩みを止めない義貴にキスがしたくて。
顔が近づいたと思ったら、辺りに乾いた音が響く。
「いたぁい……」
「ここをどこだと思ってる!!!」
「さっきしてくれたじゃん」
何とも義貴らしい。さっきまでの甘さが嘘みたい。
そんなところも含めで愛しいんだから、変なのはオレなのかも。
ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、ちらりと表情を窺うと機嫌はそこまで悪そうじゃなくて、むしろどこかスッキリとしているようだった。
もしかしたら義貴も、どことなく後ろめたさや距離があったのかもしれない。でも、もう必要ない。
お互いに好き。これがなによりも幸せな真実だから。
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いや、オレが気づこうとしなかっただけで、実はずっと前から変わっていたのかもしれない。それでもまだ、違和感を覚えずにはいられなかった。
そんなある日。
「義貴はさ、ほんとに八尋じゃなくていいわけ?」
レッスンも終わって、解散した後。2人で歩く廊下で
ウンザリするような質問を投げてしまった。
義貴も心底面倒な様子で立ち止まり、こちらを見る。
「何を言ってるんですか、今更」
「うん、そうなんだけどね」
決して嫌ではない。むしろオレを選んでくれたのは嬉しいはずなのに、どこか素直に受け入れられない自分がいた。
義貴には八尋。そう思ってきたからなのか、後ろめたさがあるというか・・・。
なんて表現するべきか考えているうちに、義貴の眉間のシワがどんどん深くなっていた。
「僕じゃ不満なのか」
「いやそうじゃないんだけど、」
「だったらそんなこと気にすること無いだろ」
そう言って歩き出す。
あからさまに不機嫌になった。自分の感情を隠し切れないところが可愛いところではあるけど、こちらももやもやとしてどうしようもないのだ。
不満なんてない、そりゃあもう大満足。でも、何かがつかえてしまっている。
何も言い返すことなく黙って立っていると、「ああもう」とイライラしたように振り返ってくれる。
やっぱり、変だ。
「僕に何を求めてる!」
「さっきの質問の答え。逃げないでよ」
突拍子もなく言った訳ではない。
ずっと気になっている事だった。この答えがどうであれ、分かればこのもやは消えるはずなのだ。
例え、八尋が良かったと言われても。それはそれでいいから。
義貴が困っている。本当にわかりやすいくらい。
「…やひ…………久世のことは、今も好きだよ。でも、橙田さんとは、違う、何でこんなこと言わないといけないんだ」
どんどん早口になる。
まくし立てるようにゴニョゴニョと言ってはいるが、聞き取ることが出来ない。
「義貴?」
「…逃げてるのは、橙田さんじゃないですか」
思いもよらない発言に思わず間抜けな声が出てしまう。
「僕を…こんなにしたくせに、いざ向き合おうとしたら離れようとして。だからちゃんと伝えたはずだ、僕のそばにいて欲しいって。なのに、どうしてわからない。今更、僕の性格が面倒になったのか」
怒ったように言うから、内心ドキリとしてしまう。
そんなわけない。義貴が丸ごと愛しくてたまらないのに、何でそんな事が思えよう。
あの日の彼の言葉を思い出す。今でも背筋が痺れてしまいそうな、そう、確かに聞いた「離れるなんて許さない」と。
「あっ」
思わず声が漏れる。気づいてしまった、これが引っかかっていた原因かもしれない。
怪訝な顔でこちらを伺う義貴の困る顔を想像しながら、言ってみることにした。
「オレ、まだ義貴に好き…って、言われてないんだけど」
冗談交じりに言うと、彼はあからさまに嫌な顔をした。まあ、期待はしてなかったけど。
こちらとしては、つかえの原因がわかっただけでも充分だった。
八尋にはいうのに、オレには言ってくれないんだ。
なんて、オレらしくない。
「……なんてね、冗談だよ。その顔すっごく良い」
未だ固まったままの義貴の額を指先でつつき、そのまま歩き出す。少しおいて、何も言わずに後ろから着いてきているようだった。
〇
昇降口で靴を履き替えて外に出ると、既に義貴が立っていた。
「待っててくれたんだ」
そんな問いに何も答えようとはしないのに、なにか言いたげな表情をしている。
「なーに?」
「僕は…僕は、………」
言えないんだろうなあ。負けず嫌いな義貴のことだ、さっきのことが悔しかったに違いない。
義貴に関しては焚き付けて、自分の流れにしてしまうことが多いから…ついやってしまった。この話に関しては、無理はして欲しくないな。
「早く帰らないと、怒られちゃうよ?」
話をすり替えて1人でさっさと歩き出すと、後ろから腕を掴まれてしまった。
「最後まで聞いてください」
「ん~…聞いてあげない」
「っ……聞けよ!!お前が、言えって言ったんだろ!」
「言ってないよ、義貴」
少し冷たくあしらうと、義貴は怯んでなにも言わなくなる。それで終わる。
でも、今回は違った。
「…じゃあ、これは僕の意思だ。普段は好き勝手するクセして、意味わからない時に逃げて、お前のそういう所、大嫌いだ。大嫌いな、はずなのに」
どこか決意を固めたような真っ直ぐな視線に目が離せない。冷たい視線や熱っぽい視線とも違う、心臓が掴まれている感覚。
実際に掴まれている腕は痛いくらいで。でも、嫌じゃない。
「好きだよ、お前のことが」
心臓が跳ねる。
義貴が好きだ。たまらなく好きだ。
「離れるな」と言われる前、オレは逃げようとしてたんだ。こんなに好きになって、それから拒まれてしまうことが怖くて。だから、その前に離れてしまおうと思っていたのに。
「そんなこと言われちゃったら…ホントに離れられなくなっちゃう、けど」
「言っただろ、離れることは許さないって」
「よ、よしたか」
ぐい、とネクタイが引かれ、口が重なる。
すぐに離れたが、顔は近いまま。義貴は答えを待っている。
完敗だ。
「オレの、負けだよ、もう」
弱々しい声しか出ない。それを聞いてか、義貴は満足そうな様子で歩き出した。
悔しくはあるが、義貴の言葉で心が軽くなったのは確かだ。
…でも、やっぱり悔しいのは悔しい。
別に悪い気はしてないけど、つついてやろう。
すぐに追いついて意地悪く言う。
「義貴、お前お前って、オレ先輩なの忘れてない?」
「…忘れてない、橙田さんは先輩で…………恋人」
最後の方に小さく聞こえた単語に、今までにない高揚感を覚えた。
今日の義貴はやっぱり変だ。
いや、変にしたのは、オレかもしれない。
「義貴、オレも義貴が好きだよ」
辺りは日もくれて、人通りも少なく静かだ。
歩みを止めない義貴にキスがしたくて。
顔が近づいたと思ったら、辺りに乾いた音が響く。
「いたぁい……」
「ここをどこだと思ってる!!!」
「さっきしてくれたじゃん」
何とも義貴らしい。さっきまでの甘さが嘘みたい。
そんなところも含めで愛しいんだから、変なのはオレなのかも。
ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、ちらりと表情を窺うと機嫌はそこまで悪そうじゃなくて、むしろどこかスッキリとしているようだった。
もしかしたら義貴も、どことなく後ろめたさや距離があったのかもしれない。でも、もう必要ない。
お互いに好き。これがなによりも幸せな真実だから。
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