旬四季SSログ01
収録終わりの楽屋はいつだって騒がしい。五人という大所帯も関係しているんだろうけど、何よりテンションが高い人が半数を占めているのだから。けれど最近は個人の仕事も増えて、楽屋で肩を揃えて駄弁る時間も減ってきた。今日もその例に漏れず、数分前まで賑やかだった室内は水を打ったように静かだった。
「俺そろそろ出るね。みんな、お疲れ様!」
「あ、ハヤト。次A局だよな? 途中まで一緒に行こうぜ」
「俺も……次の現場、ちょっと遠いから……もう、行くね」
「はーい! 先輩たち、ファイトっすよー!」
てきぱきと荷物をまとめた三人が、早々に楽屋を後にする。僕もまだ仕事があるけど、同じ局内での撮影だから引き続き使っていいとスタッフさんに言われていた。用意ができたら呼びに来るとのことだから、それまでに流れをチェックしよう。そう思って鞄から出した資料を机に広げると、視界の左端に何かが映った。
「何ですか、これは」
「お土産っす!」
「……あぁ、そういえば先日、青森に行ったんでしたっけ」
「そうそう。ほら、オレたち最近会えてなかったっしょ。今日逃したらまた二週間くらい開いちゃうし、ジュンっちにだけずっと渡せてないの気になってたから、どうしても今渡したくて!」
四季くんは眉を困らせながら、それでも受け取れと言わんばかりに紙袋を寄越してくる。多分僕の荷物を増やすことを気にしているんだろうけど、今日はプロデューサーさんが送ってくれる約束だ。たかだか包み一つでそんなに罪悪感を持たなくても良いのに。
「ありがとうございます。大事に食べますね」
「味は保証するっす! メガうまっすよ!」
「そういえば、余裕があれば実家に行くって言ってましたよね。どうでした?」
「ちゃんと帰れたっすよ! 久しぶりにおばあちゃんとゆっくり話せて楽しかったっすー!」
「良かったですね」
当時を思い起こしているのだろうか。四季くんはぱっと顔を輝かせ、爛漫の笑みでそう言った。その顔だけで、いかに有意義な帰省だったかを理解できる。
「ちょくちょく電話はしてたけど、やっぱり顔を合わせると違うっすね。いつもより話も弾んだっす!」
「そうですか」
「仕事の話もいろいろして。おばあちゃん、オレが出てるテレビとか雑誌全部追ってくれてて、メガ嬉しそうに聞いてくれたっす。頑張ってるねって、頭まで撫でられちゃった」
四季くんは弾み調子で実家での出来事を語る。話の最中でその時の感覚が蘇ったのか、彼は少し照れ臭そうに頬を染めた。
「この歳になって家族に撫でられるのって結構ハズいなって思ったんすけど……でも、おばあちゃんの手、昔のまんまでホッとしたっていうか……ずっとオレを見てくれてたんだなって実感して。恥ずかしい以上に嬉しかったっす」
「……素敵なおばあさんですね」
「でしょ⁉︎ 自慢のおばあちゃんっす!」
今日一番の笑顔で言い放つ。そんな四季くんが見ていて微笑ましくて……同時に、少し、眩しかった。でもそれを勘付かれるのは癪に障る。ちらついたものを奥に押し込めながら、彼の言葉に耳を傾けた。
「いつかみんなにもちゃんと紹介したいっすね〜。そんでおばあちゃんに先輩たちのこと、オレの自慢だって言うっす!」
「やめてくださいよ、恥ずかしい……」
「何でっすか! そんなこと言うなら、ジュンっちのことメガメガ自慢しまくるっすよ!」
「何でですか! というか君、時間は大丈夫なんですか? 移動時間もあるでしょう」
「あっ、マジっす! そろそろ出ないとヤバい!」
「ほら、早く鞄持って。忘れ物がないかも確認して」
「あー……大丈夫! じゃあオレ行くっすね」
四季くんはリュックを片側だけ通す。そして「あ」と間抜けた声を発した。言ったそばから忘れ物か? と胸中で呆れていると、頭頂部に暖かい何かが乗っかる。それは四季くんの腕に繋がっていて……先にある正体不明が、三度僕の頭を往復した。
「ジュンっち、お仕事ファイトっすよ!」
「なっ……ちょっと、四季くん!」
「バイバイシュー!」
まるで何事もなかったかのように、嵐を起こした彼はその痕跡だけを残して去っていった。乱雑に撫でられて崩れた髪を手櫛で直すけど、四季くんの手の温もりは残ったまま。
「君とおばあさんと、僕たちじゃ違うだろ……」
悔し混じりに呟いて。でも僕の心に渦巻く気持ちは収まる気配がまるでない。
それに名前なんて絶対つけてやるものか。僕は眉間に皺を寄せながら、目の前の資料に目を落とした。
「俺そろそろ出るね。みんな、お疲れ様!」
「あ、ハヤト。次A局だよな? 途中まで一緒に行こうぜ」
「俺も……次の現場、ちょっと遠いから……もう、行くね」
「はーい! 先輩たち、ファイトっすよー!」
てきぱきと荷物をまとめた三人が、早々に楽屋を後にする。僕もまだ仕事があるけど、同じ局内での撮影だから引き続き使っていいとスタッフさんに言われていた。用意ができたら呼びに来るとのことだから、それまでに流れをチェックしよう。そう思って鞄から出した資料を机に広げると、視界の左端に何かが映った。
「何ですか、これは」
「お土産っす!」
「……あぁ、そういえば先日、青森に行ったんでしたっけ」
「そうそう。ほら、オレたち最近会えてなかったっしょ。今日逃したらまた二週間くらい開いちゃうし、ジュンっちにだけずっと渡せてないの気になってたから、どうしても今渡したくて!」
四季くんは眉を困らせながら、それでも受け取れと言わんばかりに紙袋を寄越してくる。多分僕の荷物を増やすことを気にしているんだろうけど、今日はプロデューサーさんが送ってくれる約束だ。たかだか包み一つでそんなに罪悪感を持たなくても良いのに。
「ありがとうございます。大事に食べますね」
「味は保証するっす! メガうまっすよ!」
「そういえば、余裕があれば実家に行くって言ってましたよね。どうでした?」
「ちゃんと帰れたっすよ! 久しぶりにおばあちゃんとゆっくり話せて楽しかったっすー!」
「良かったですね」
当時を思い起こしているのだろうか。四季くんはぱっと顔を輝かせ、爛漫の笑みでそう言った。その顔だけで、いかに有意義な帰省だったかを理解できる。
「ちょくちょく電話はしてたけど、やっぱり顔を合わせると違うっすね。いつもより話も弾んだっす!」
「そうですか」
「仕事の話もいろいろして。おばあちゃん、オレが出てるテレビとか雑誌全部追ってくれてて、メガ嬉しそうに聞いてくれたっす。頑張ってるねって、頭まで撫でられちゃった」
四季くんは弾み調子で実家での出来事を語る。話の最中でその時の感覚が蘇ったのか、彼は少し照れ臭そうに頬を染めた。
「この歳になって家族に撫でられるのって結構ハズいなって思ったんすけど……でも、おばあちゃんの手、昔のまんまでホッとしたっていうか……ずっとオレを見てくれてたんだなって実感して。恥ずかしい以上に嬉しかったっす」
「……素敵なおばあさんですね」
「でしょ⁉︎ 自慢のおばあちゃんっす!」
今日一番の笑顔で言い放つ。そんな四季くんが見ていて微笑ましくて……同時に、少し、眩しかった。でもそれを勘付かれるのは癪に障る。ちらついたものを奥に押し込めながら、彼の言葉に耳を傾けた。
「いつかみんなにもちゃんと紹介したいっすね〜。そんでおばあちゃんに先輩たちのこと、オレの自慢だって言うっす!」
「やめてくださいよ、恥ずかしい……」
「何でっすか! そんなこと言うなら、ジュンっちのことメガメガ自慢しまくるっすよ!」
「何でですか! というか君、時間は大丈夫なんですか? 移動時間もあるでしょう」
「あっ、マジっす! そろそろ出ないとヤバい!」
「ほら、早く鞄持って。忘れ物がないかも確認して」
「あー……大丈夫! じゃあオレ行くっすね」
四季くんはリュックを片側だけ通す。そして「あ」と間抜けた声を発した。言ったそばから忘れ物か? と胸中で呆れていると、頭頂部に暖かい何かが乗っかる。それは四季くんの腕に繋がっていて……先にある正体不明が、三度僕の頭を往復した。
「ジュンっち、お仕事ファイトっすよ!」
「なっ……ちょっと、四季くん!」
「バイバイシュー!」
まるで何事もなかったかのように、嵐を起こした彼はその痕跡だけを残して去っていった。乱雑に撫でられて崩れた髪を手櫛で直すけど、四季くんの手の温もりは残ったまま。
「君とおばあさんと、僕たちじゃ違うだろ……」
悔し混じりに呟いて。でも僕の心に渦巻く気持ちは収まる気配がまるでない。
それに名前なんて絶対つけてやるものか。僕は眉間に皺を寄せながら、目の前の資料に目を落とした。