旬四季SSログ01

 冷えた微熱が重なった。上唇のふっくら盛り上がった中央部が、己のそれを奥へと沈める。とぷり、と。四季は聞こえないはずの音を皮膚で聞いた。
 始めはしていたカウントが、いつしか億劫になるほど繰り返してきたこの行為。それだけ唇を合わせても、この感覚には未だ慣れない。旬から贈られるそれは、キスの言葉に収めるにはあまりに逸脱したように思えるのだ。これまでフィクションで見てきたそれらとは大きく乖離しているせいだろうか。旬から口付けられる度に、四季は背中を波打たせていた。
 ちゅ、ちゅ、と啄まれて。角も零さず塞がれて。数秒、あるいは数十、数百秒が過ぎる。そうして四季が時間感覚を失った頃、二人の境界線が溶けていく。
「……っ、ふっ、」
 融解したそれが撫でるように押し寄せて、境だったはずのものを静かに犯す。その不意にたまらず迫り上がった生理音が口内で木霊した。果たして旬の耳に届いてはいまいか。できれば聞き零していてほしい。こんな状況でも僅かに残った冷静な自分がそう願った。
「……四季くん、聞きたいことがあるんですが」
「ふぁ……? なんっすか……?」
 いつもより幾分か低い声が響く。しかし離れ難いと言いたげに、彼は口を開いてもなお四季に触れたままだった。旬が文字を進める度に唇が上下に擦れるのがくすぐったくて、何とも空虚な声を出してしまった。しかし旬はそれに気づいているのか、いまいのか、そのまま言葉を続ける。
「お互い慣れていないからゆっくり進もうと、初めに話しましたよね」
「そう……っすね」
「それで相談、なんですけど……そろそろ、その一歩を出してみても良いかもしれない、と思っていて」
「うん」
「いや、違うな……僕はもう、今までのままじゃ満足できなくなっているんです。だから更に深くまで、君に触れたい」
「……つまり?」
「……もっと、四季くんを感じられるキスがしたい」
 強請るような縋るような、何なら飢えすら滲ませた声で囁かれる。旬らしかぬあけすけな言葉に、四季の顔が赤く染まった。
「四季くんは、どう思っていますか……?」
 眼前の薄灰色が四季を窺う。中心には、僅かに不安が見て取れた。
 四季は最初、旬を求めていなかった。旬を見ているだけで幸せだったから。傍にいてくれるだけで満たされたから。でも次第に欲は首をもたげ、それらは変化した。
 旬にこちらを見てほしい。傍にいるだけじゃなく、自分の隣にいてほしい。それらの意味に、自分と同じものがあってほしいと。紆余曲折あってそれらが叶った時には、天にも昇る心地だった。でも、今はもうそれだけでは物足りない。欲しいと願うのは旬だけじゃない。四季も、それは同じだった。
「オレも、もっとジュンっちが欲しい。今よりジュンっちを感じられるキス……オレも、したい」
「……ありがとうございます」
 四季の返事に、旬の目が和らいだ。お礼なんて野暮なこと、と言いかけたその時、その目に瞼がかけられた。
「んっ……」
 唇たちが再会する。それらは数刻前を鮮明に覚えており、まるでそれが自然であると言わんばかりに混ざり合った。ふわふわとろけるような夢心地と、水面下で煮えたぎる欲求。相反する、しかし愚かしいほどに同一な感情が四季の全てを支配した。そこへ一石が投じられる。生暖かい肉が、四季の口内で跳ねた。それはぐにぐにしている。そして甘ったるいやすりのような表面が、所在なさげだった舌を掬った。生まれて初めての衝撃に、四季は肩を揺らす。
(うわ、うわ、うわ……!)
 知らない感覚は、正直気持ち悪く感じた。しかしそれは一瞬だけで、異物を拒絶したかった本能はすぐに朽ちる。ざらざらしたそれで口腔を擦られる度に、気持ち悪さとは真逆な感想が脳を直撃した。今、中にいるのは異物などではない。喉から何度も手を伸ばして求めた旬なのだ。これまでしてきた口付けが児戯に思えるような行為を、旬としている。その事実は、四季の開いた隙間を全て埋め潰す。
「ひぅっ、ひ……うっ、んんっ……」
「……しきくん」
 呼吸の仕方を忘れた四季が呻くと、旬はすぐに舌を引き抜く。溺れきったそれで辿々しく四季の名前を撫でる彼の顔は、これまでに見たことないくらい情けなかった。
「あはは。オレたち、今とんでもないことしてるっすかね?」
「そうかもしれませんね。今の君、とても人前に出られない顔してますよ」
「ジュンっちだって。野獣みたいっすよ」
「……うるさい」
「あう」
 旬の現状を笑うと、彼は拗ねたように眉を歪める。そして間髪入れずに、両手で四季の頬を挟んでぎゅうぎゅうと押し込んだ。
「やーめーてーっすー」
「嫌です。四季くんの顔が四角くなるまでやめませんよ」
「やだやだ! てかもうなってるから! ねー力強いって、ジュンっち〜」
 手首を掴んでの反撃と、そして更に強まる圧。そんなくだらない攻防を繰り返しながら、四季は子供みたいに破顔した。
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