旬四季SSログ01
自分が排他的な人間であるということを知ったのは、高校二年の春だった。決して器が大きいとは思っていなかったけど、でも僕が思うより僕という人間は、心の狭い子供だった。
「サビ前、走り過ぎ。音程もあやふや。うろ覚えのまま突っ切ろうとしているのが丸わかりです」
「うっ……またっすか」
「もう何度口にしたことか……同じことを何度も言わせないでほしいですね」
「うう〜……歌ってる内にどうしてもテンション上がっちゃって、それでつい……」
「聴き込みが足りないんじゃないですか? メロもリズムも、曲そのものも」
「そうっすよね……ちゃんと歌う側として、しっかり聴けるように頑張るっす!」
新学期に変わってからカレンダーを一枚剥がして数週間。既に日課と化したやりとり。ぎゃあぎゃあ喧しいこの後輩は、この時間はひどく殊勝だった。僕の言葉に耳を深く傾け、自分で行った分析と照らし合わせ、解決を図る手段を講じる。冷静に行われるそれらは、まあ、悪くないことだと思う。
けれどどうしたってこの男は僕の神経を逆撫でることに長けていて、そんな風に思った四秒後には別のことで彼を怒鳴りつけるのも、ルーティーンのように刻まれていた。
「ジュンっち! さっきのやつ何すか⁉︎ ハイパーイカしてたっす! メガメガカッケーっす! もう一回やってほしいっす!」
「あああ、うるさいな! 少しは大人しくできないんですか、あなたは!」
「あんなカッコイイの見せられて大人しくなんて無理っすよー! ねーねー、ジュンっち〜!」
気まぐれにキーボードの上で手遊びをしただけでも、彼は大袈裟に飛び込んで、事を大きく騒ぎ立てる。そうして無遠慮に歩を進める四季くんが、僕はどうしても受け入れ難かった。
ナツキと、ハヤトと。二人と肩を並べてこぢんまりと。楽器を広げるにはあまりにも狭い部室で音を重ねる、そんなささやかな日常で充分だったのに。四季くんが扉を叩いたあの日、僕の小さな幸福は、いとも容易く破壊された。僕の何かが壊れてしまいそうなその予感はどんどん的中し、毎日毎日四季くんに、生活も心もかき乱された。それは不快で、面白くなくて……少し、怖くて。大きく跳ねる心臓が痛かった。最後にやって来た春名さんもとんだ問題児だから、軽音部は一気に騒がしい部活となった。でもハヤトはそんなバカ騒ぎも楽しそうで。常に僕を追いかけていたナツキも、だんだん二人と馴染んでいって。そうして居場所だったはずのそれはどんどん姿を変えていく。たった一ヶ月と少々で知らないものになってしまった軽音部に、僕だけがまだ置いてけぼり。未だに一年生のままな僕を先輩と呼ぶ声が、今日も耳を切り裂いた。
「ねーえー! ジュンっち〜!」
「……ああもう! わかりました、やれば良いんでしょう、やれば!」
「マジ⁉︎ やったー!」
鼓膜でも破る気なのか。何度も真横から距離に見合わない声量で強請り続ける四季くんに根負けして、もう一度鍵盤に指を置く。何も考えずに弾いていたから細かい部分は覚えていないけど、でもきっと四季くんが求めているのは、過去の再演ではないのだろう。彼とはまだ短い付き合いだけど、それだけは何となく理解していた。
鍵盤から指を離して、沈ませる。ままよ、なんて自棄っぱちな気分で弾く音色は、とても人に聴かせて良い代物ではなかった。早速後悔が僕を責めるけど、かといってこの手を止める気分にもなれなくて。僕は一心不乱にキーボードを弾いた。
……何分経過したのだろう。五分程度かもしれないし、あるいは三十分使ったのかもしれない。時間感覚すら失って呆然とする僕が初めに認識したのは、大きな拍手だった。
「サイッ…………コーっす‼︎ ジュンっちマジパネエ、メガヤバっす!」
「わっ……ちょっと、近い……!」
「やっぱりピアノ弾いてるジュンっちがサイコーにイケてるっす! 今の演奏、スゲーウキウキしたっす! あー、今すぐ歌いたい!」
「はあ……歌えば良いんじゃないですか。ここ部室ですし」
「そしたらジュンっち、伴奏やってくれるっすか⁉︎ どの曲が良いっすかねー……あっ、何ならアドリブでやっちゃうっすか⁉︎ ジュンっちのピアノにオレがノリで歌うっす!」
「何ですか、その意味不明なセッションは……僕たちでうまくいくはずないでしょう」
「うまくいってもいかなくても楽しそうじゃないっすか? だから、ね? 一回だけ!」
ついさっきの反省はどこへやら。昂ったままの四季くんは、そのテンションでどうしようもない思いつきをポンポンと口にする。付き合えという癖に僕の話なんて一向に聞く気のない強引さは、今すぐにでも直してほしい悪癖の一つだ。そんな僕の気持ちも知らないで、四季くんは弾けとでも言いたげに僕の手首を掴む。
無遠慮に縛り付けられて心底不快だ。それを視線に込めて睨みつけても、四季くんは何もわかっていなさそうに笑う。その無神経な笑顔が、初めから嫌だった。
だけどそれを「嫌い」というのは、どうしてか、嘘をついている気分になる。
「サビ前、走り過ぎ。音程もあやふや。うろ覚えのまま突っ切ろうとしているのが丸わかりです」
「うっ……またっすか」
「もう何度口にしたことか……同じことを何度も言わせないでほしいですね」
「うう〜……歌ってる内にどうしてもテンション上がっちゃって、それでつい……」
「聴き込みが足りないんじゃないですか? メロもリズムも、曲そのものも」
「そうっすよね……ちゃんと歌う側として、しっかり聴けるように頑張るっす!」
新学期に変わってからカレンダーを一枚剥がして数週間。既に日課と化したやりとり。ぎゃあぎゃあ喧しいこの後輩は、この時間はひどく殊勝だった。僕の言葉に耳を深く傾け、自分で行った分析と照らし合わせ、解決を図る手段を講じる。冷静に行われるそれらは、まあ、悪くないことだと思う。
けれどどうしたってこの男は僕の神経を逆撫でることに長けていて、そんな風に思った四秒後には別のことで彼を怒鳴りつけるのも、ルーティーンのように刻まれていた。
「ジュンっち! さっきのやつ何すか⁉︎ ハイパーイカしてたっす! メガメガカッケーっす! もう一回やってほしいっす!」
「あああ、うるさいな! 少しは大人しくできないんですか、あなたは!」
「あんなカッコイイの見せられて大人しくなんて無理っすよー! ねーねー、ジュンっち〜!」
気まぐれにキーボードの上で手遊びをしただけでも、彼は大袈裟に飛び込んで、事を大きく騒ぎ立てる。そうして無遠慮に歩を進める四季くんが、僕はどうしても受け入れ難かった。
ナツキと、ハヤトと。二人と肩を並べてこぢんまりと。楽器を広げるにはあまりにも狭い部室で音を重ねる、そんなささやかな日常で充分だったのに。四季くんが扉を叩いたあの日、僕の小さな幸福は、いとも容易く破壊された。僕の何かが壊れてしまいそうなその予感はどんどん的中し、毎日毎日四季くんに、生活も心もかき乱された。それは不快で、面白くなくて……少し、怖くて。大きく跳ねる心臓が痛かった。最後にやって来た春名さんもとんだ問題児だから、軽音部は一気に騒がしい部活となった。でもハヤトはそんなバカ騒ぎも楽しそうで。常に僕を追いかけていたナツキも、だんだん二人と馴染んでいって。そうして居場所だったはずのそれはどんどん姿を変えていく。たった一ヶ月と少々で知らないものになってしまった軽音部に、僕だけがまだ置いてけぼり。未だに一年生のままな僕を先輩と呼ぶ声が、今日も耳を切り裂いた。
「ねーえー! ジュンっち〜!」
「……ああもう! わかりました、やれば良いんでしょう、やれば!」
「マジ⁉︎ やったー!」
鼓膜でも破る気なのか。何度も真横から距離に見合わない声量で強請り続ける四季くんに根負けして、もう一度鍵盤に指を置く。何も考えずに弾いていたから細かい部分は覚えていないけど、でもきっと四季くんが求めているのは、過去の再演ではないのだろう。彼とはまだ短い付き合いだけど、それだけは何となく理解していた。
鍵盤から指を離して、沈ませる。ままよ、なんて自棄っぱちな気分で弾く音色は、とても人に聴かせて良い代物ではなかった。早速後悔が僕を責めるけど、かといってこの手を止める気分にもなれなくて。僕は一心不乱にキーボードを弾いた。
……何分経過したのだろう。五分程度かもしれないし、あるいは三十分使ったのかもしれない。時間感覚すら失って呆然とする僕が初めに認識したのは、大きな拍手だった。
「サイッ…………コーっす‼︎ ジュンっちマジパネエ、メガヤバっす!」
「わっ……ちょっと、近い……!」
「やっぱりピアノ弾いてるジュンっちがサイコーにイケてるっす! 今の演奏、スゲーウキウキしたっす! あー、今すぐ歌いたい!」
「はあ……歌えば良いんじゃないですか。ここ部室ですし」
「そしたらジュンっち、伴奏やってくれるっすか⁉︎ どの曲が良いっすかねー……あっ、何ならアドリブでやっちゃうっすか⁉︎ ジュンっちのピアノにオレがノリで歌うっす!」
「何ですか、その意味不明なセッションは……僕たちでうまくいくはずないでしょう」
「うまくいってもいかなくても楽しそうじゃないっすか? だから、ね? 一回だけ!」
ついさっきの反省はどこへやら。昂ったままの四季くんは、そのテンションでどうしようもない思いつきをポンポンと口にする。付き合えという癖に僕の話なんて一向に聞く気のない強引さは、今すぐにでも直してほしい悪癖の一つだ。そんな僕の気持ちも知らないで、四季くんは弾けとでも言いたげに僕の手首を掴む。
無遠慮に縛り付けられて心底不快だ。それを視線に込めて睨みつけても、四季くんは何もわかっていなさそうに笑う。その無神経な笑顔が、初めから嫌だった。
だけどそれを「嫌い」というのは、どうしてか、嘘をついている気分になる。