旬四季SSログ01

「もしオレがとんでもない極悪人になっちゃったらどうする?」
 楽屋の入り口を塞ぐように立った四季が、薄ら笑いを携えて問いかける。先程まで交わしていた雑談とはかけ離れたような、しかしひどくずれたともし難いその質問は、口先だけの返答をすることを許さない。
「極悪人って……例えばどんなことをするんですか?」
「んー……そうっすね、例えばー……仕事をテキトーに終わらせるとか、ドタキャンしちゃうとかっすかね? オレがそんな人になったら、ジュンっちはオレのことを嫌いになったりする?」
 旬の質問に、四季はからりと答える。
 果たして彼が言う極悪人とはどんな人物を指すのか、まずはそこの擦り合わせを行おうとしたら案の定、旬が想定していたものとは違った方面の悪人が語られた。確かにそれは恐ろしく悪いことで、周りの人たちを困らせることで、そして旬が嫌うような人物だ。そんなことをされたら確実に旬は頭を抱えるし、四季に対して叱責の念を抱くことは間違いないだろう。さりとて。
「……嫌いには、なれないと思います」
「どうして?」
「今更、それくらいで嫌えないからです」
 ──どうして。そんなこと、知りたいのはこっちだ。
 初めはむしろ、その言葉に相応しい相手だったのに。今だって、嫌だと思う点を述べろと言われたらつらつらと欠点を論うことは簡単で。ときどき欠点を暴発させた彼を本気で引っ叩いてやりたいと思うことすらある。だというのに、それを嫌いと形容するのはとんだ嘘になってしまう。
 つまり、冬美旬にとって伊瀬谷四季という人間は、たかだか極悪人に変容した程度で懐の奥から捨てられるほど、情を持てない人物にはなり得ないのだ。
「きっと君がとんでもない犯罪者になっても、君への気持ちは消せないと思うんです。もう、こんなに好きになってしまったから」
 旬が本心を発すると、四季の目が丸々と太る。縁から零れんばかりに目を開く様は、彼の驚愕をよく表していた。きっと想定外の回答だったのだろう。自分の言葉でこんなにも肝を抜かれる四季が面白くて、旬は喉で小さく吹いた。
「らしくない試し行為をする暇があるなら、そんなところに立っていないでこっちに来なさい。いつまでそうしているつもりですか?」
 決して扉から離れようとしない四季を軽く責め、自分の隣に用意されている椅子を引く。座面を指で小突くと、そのサインに誘われるように四季はのろのろとそこに腰を下ろした。そしてぶすくれた声色でぼやく。
「ジュンっち、メガ極悪人じゃないっすか……」
 四季は悔しそうに唇を尖らせる。しかし不満気な憎まれ口では覆えない赤を顔に広げていては、厄介なわがままも可愛いだけ。旬はよく熟れた頬に指を滑らせて、その熱さに嬌笑した。
19/23ページ
スキ