旬四季SSログ01

 拾い上げたパジャマに袖を通す。しばらく放られていたそれは先刻より冷たい。日照りが激しい季節へ移ろい始めたこの時期でも、僕の体に夜はまだ少し手厳しい。喉から飛び出そうなくしゃみを決して放つまいと両腕をさすると、背後からおかしげな仕草が低語した。
「寒いなら、早く戻って来るっすよ」
「そういう君は、早く出た方が良いと思います」
「えー……このままでも良くないっすか? もう夏だし」
「だからといって、無防備にしすぎるのも如何かと。夏風邪を引いたら、困るのは君だけではないんですよ」
「う……そこを突かれると弱いっす〜」
「では強者の命令を聞いてもらいましょうか。駄々を捏ねていないで、早く服を着なさい」
 ベッドに寝転んで、シーツから肩を晒して、枕を抱き込む四季くん。不自然に空いた片側を示して笑う様はいつもと同じ……いや、少しだけ甘えたな様子を醸し出していた。彼がいつも舐めている飴を想起させるような、わざとらしい甘味を纏った空気がどうにも痒くて、僕は四季くんが引っ掛けているシーツを乱雑に剥がした。
 不意に外気へ放り込まれた四季くんが露骨なリアクションをするのにも目をくれず、同じく床に鎮座したままのパジャマを彼に差し出す。でもそれに四季くんの手はなかなか伸びない。
「……四季くん?」
「ジュンっちに、着せてほしいなー……」
「はい?」
「ダメっすか?」
 四季くんはそう言いながら、黒目を上擦らせて、シーツを口元に寄せる。こんな露骨な仕草、デコピンの一つでも見舞ってやりたい。やりたいと思うのに、苛立ちに跳ねる口角とは相対して、心臓も同じ動きをする。
 ……結局、僕は頼られると弱いのだ。
「腕を上げてください」
「はいっす! バンザーイ!」
「はいはい、よくできました」
 勢いよく腕を上げた彼に突っ込む気力も起きなくて適当にあしらう。でも僕に着させている四季くんは構わずご機嫌だ。着替えをやらせることの何が楽しいのかはわかってやれそうにもないけど、でもそんな彼を見ているのは悪くない。つい口から漏れそうな四文字を飲み込みながら、せっせと裾を下ろす。
 下着とパジャマ上下の三枚を纏わせる作業はそう時間もかからない。数分後、眠りにつくには絶好の格好となった四季くんに小さな達成感を抱いていると、当の本人からは物足りなさそうな呟きが零れた。
「やっぱりジュンっち限定なのかな……」
「? 僕がどうかしましたか」
「ジュンっちに着せてもらったらオレもカッコよくなれるかなーって思ったんすけど、やっぱりそんな簡単じゃなかったって話っす」
「全然内容を掴めないんですけど……一体何の話ですか?」
 いまいち要領を得ない台詞。けどこれは四季くんの知能不足や僕たちの価値観の相違……というよりは、単純に情報が欠けているだけのような気がした。僕が詳細を促すと、四季くんは一物を孕んだ微笑みを浮かべる。
「シた後のジュンっちのお着替えってスゲーエロいから。ジュンっちに着せてもらったらオレも色気ゲットできるかな? って思っただけっすよ」
 まぁ流石にそんな単純じゃなかったっすけど、と加えて四季くんは歯を見せる。
 夏になると恋しがられる爽やかさを携えた笑顔は、涼しさなんてくれなくて。さっきまで刺さるようだったパジャマの冷ややかさが、今度は心地良い冷気だと感じ始める。
 今夜は少し、蒸し暑い夜になりそうだ。
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