旬四季SSログ01
「主演男優賞受賞おめでとうっすー!」
殊勝な拍手と共に、浮き足だった四季の声が個室に響く。あまりに嬉しそうなその声は、今日の主役が彼なのではと錯覚するほどのものだ。そんな四季に頬を緩めながら、旬は柔和に口を開いた。
「ありがとうございます」
「今日はオレのオゴリっすから! 遠慮せずジャンジャン食べてくださいっす!」
「そうですか。ではメインとドリンク、それぞれ一番高いものを頂きますかね」
「うわっ……えげつねえ値段……いや、全然ヨユーで払えるっすけどね⁉︎」
「もう。冗談ですよ。僕はこちらでお願いします」
メニュー表を見せびらかしながら笑うと、四季の頬が緊張に跳ねる。
ここは星を複数持つ上等な店。一つの平均額がなかなかに厳つい。本人が言うように払えないこともないだろうが、自分が主役の席とはいえ、安易にねだれるようなものではない。旬は本当に食べたいものを指し直して、滑稽な笑顔の四季へ微笑んだ。
しばらくして注文の品が届き、テーブルの上が一気に華やぐ。二人がグラスの縁を静かに重ねると、ちん、と静かな音が鳴った。寂然とした空間に響くそれに釣られたのか、四季の表情も少し大人びた気配を纏う。
「改めて、おめでとうっす」
「はい。ありがとうございます」
「スゴかったっすねー、授賞式。スーツを着たジュンっち、会場で一番イケメンだったっすよ」
「何ですか、それ。僕はいつでも一番格好良いでしょう」
「うーん、それはどうっすかねー。他にもサイコーにイケてる人、あと三人いるからなー」
「四人ではなく?」
「あ、オレのことイケてると思ってくれてるの?」
「何だか一番高いドリンクが飲みたくなってきましたね」
「ギャッ! せめてそれ飲んでからにして!」
浮かれているのはどうやら自分も同じらしい。うっかり滑った言葉を雑に誤魔化すと、四季のにやけ面が一気に渋く変化した。こうして他人の一挙一動で感情をころころ動かす彼だからこそ、今の自分はここにいるのだろう。改めて、それを実感する。
評判通りの美味に舌鼓を打ち、空いたグラスがテーブルの端を埋め出す頃。ほろ酔いの四季が口を開いた。
「ねえ、あれってオーディションで取った役なんすよね」
「はい。プロデューサーさんから教えてもらって、僕からやりたいと懇願しました」
「そんなに好きなやつだったの?」
「いえ、オーディションの話を聞いてから原作を読んだので……そういう意味では、特に思い入れがある訳ではないです。どうして?」
「ぶっちゃけあの役ってさ、ジュンっちの嫌いなタイプっしょ」
「まあ……否定はしません」
「やっぱり。そんな役を、どうしてあんなにしんどそうにしてまで欲しがったのかなって気になってさー。まぁ、ジュンっちはいつも頑張り屋さんっすけど。気持ちの入り方が違って見えたんすよね。だから原作のファンなのかなーって思ってたんすけど……違うんだ?」
「そうですね。でも今はファンになったので、やっぱり演れてよかったと思います」
四季の言う通り、今回旬が演じた役は、有り体に言えば彼が嫌悪する人種だった。加えてそれは思考回路も常軌を逸し、台詞一つを取り込むことすら難航した。その作業はもはや苦行で、人生で最も苦しめられたと言っても過言ではない。
そんな旬を間近で見ていた四季は、そうまでして食らいつく旬に疑問を持っていた。そんなことにすら今の今まで、旬は気づいていなかった。それほどまでに当時の──今の旬は、一つの役にのめり込んでいたのだ。
「僕が彼を演じたかったのは……」
「うん」
「一歩、進みたかったからです」
「一歩……?」
「確かに彼は、僕が嫌いなタイプです。理解するのに苦労した……いえ、きっと今でもできていないでしょう。恐らく、彼のことは一生理解できないと思います。それでも僕が彼を欲したのは……いや。だからこそ、ですね」
「……少しでもわかりたい、みたいな?」
「それはわかるんですね」
「オレもよく、ジュンっちに対してそう思うから」
「なら、あとは察してください」
「えー? ジュンっちの言葉で聴きたいなぁ」
「今日の僕は主役なので。接待は君がしてください」
「もー、わがまま!」
責めるような口振りで、甘やかした表情を浮かべる四季。メニュー表を開きながら、次は何を頼むか、と問いかけられた。
内向的な旬に新たな世界があることを教えたのは、どこまでもまっすぐに伸びる四季の想いだ。きっと四季が傍にいなかったら、今の自分はいなかっただろう。そして今の自分が踏み出す力を持てたこと、その先の何かを掴む力を得たことを、世界に証明したくなったのだ。
嫌いと直感した役は、走り抜ければ愛着のある大切な存在となった。最後まで理解はできなかったが、そんな気持ちがあるのだと知れた時は高揚した。それは、今目の前にいる誰かでも、あったような気がする。
もらった勇気を胸にして、今日も旬はアイドルである。再び輝くための力を得るべく、旬は四季へデザートをねだるのだった。
殊勝な拍手と共に、浮き足だった四季の声が個室に響く。あまりに嬉しそうなその声は、今日の主役が彼なのではと錯覚するほどのものだ。そんな四季に頬を緩めながら、旬は柔和に口を開いた。
「ありがとうございます」
「今日はオレのオゴリっすから! 遠慮せずジャンジャン食べてくださいっす!」
「そうですか。ではメインとドリンク、それぞれ一番高いものを頂きますかね」
「うわっ……えげつねえ値段……いや、全然ヨユーで払えるっすけどね⁉︎」
「もう。冗談ですよ。僕はこちらでお願いします」
メニュー表を見せびらかしながら笑うと、四季の頬が緊張に跳ねる。
ここは星を複数持つ上等な店。一つの平均額がなかなかに厳つい。本人が言うように払えないこともないだろうが、自分が主役の席とはいえ、安易にねだれるようなものではない。旬は本当に食べたいものを指し直して、滑稽な笑顔の四季へ微笑んだ。
しばらくして注文の品が届き、テーブルの上が一気に華やぐ。二人がグラスの縁を静かに重ねると、ちん、と静かな音が鳴った。寂然とした空間に響くそれに釣られたのか、四季の表情も少し大人びた気配を纏う。
「改めて、おめでとうっす」
「はい。ありがとうございます」
「スゴかったっすねー、授賞式。スーツを着たジュンっち、会場で一番イケメンだったっすよ」
「何ですか、それ。僕はいつでも一番格好良いでしょう」
「うーん、それはどうっすかねー。他にもサイコーにイケてる人、あと三人いるからなー」
「四人ではなく?」
「あ、オレのことイケてると思ってくれてるの?」
「何だか一番高いドリンクが飲みたくなってきましたね」
「ギャッ! せめてそれ飲んでからにして!」
浮かれているのはどうやら自分も同じらしい。うっかり滑った言葉を雑に誤魔化すと、四季のにやけ面が一気に渋く変化した。こうして他人の一挙一動で感情をころころ動かす彼だからこそ、今の自分はここにいるのだろう。改めて、それを実感する。
評判通りの美味に舌鼓を打ち、空いたグラスがテーブルの端を埋め出す頃。ほろ酔いの四季が口を開いた。
「ねえ、あれってオーディションで取った役なんすよね」
「はい。プロデューサーさんから教えてもらって、僕からやりたいと懇願しました」
「そんなに好きなやつだったの?」
「いえ、オーディションの話を聞いてから原作を読んだので……そういう意味では、特に思い入れがある訳ではないです。どうして?」
「ぶっちゃけあの役ってさ、ジュンっちの嫌いなタイプっしょ」
「まあ……否定はしません」
「やっぱり。そんな役を、どうしてあんなにしんどそうにしてまで欲しがったのかなって気になってさー。まぁ、ジュンっちはいつも頑張り屋さんっすけど。気持ちの入り方が違って見えたんすよね。だから原作のファンなのかなーって思ってたんすけど……違うんだ?」
「そうですね。でも今はファンになったので、やっぱり演れてよかったと思います」
四季の言う通り、今回旬が演じた役は、有り体に言えば彼が嫌悪する人種だった。加えてそれは思考回路も常軌を逸し、台詞一つを取り込むことすら難航した。その作業はもはや苦行で、人生で最も苦しめられたと言っても過言ではない。
そんな旬を間近で見ていた四季は、そうまでして食らいつく旬に疑問を持っていた。そんなことにすら今の今まで、旬は気づいていなかった。それほどまでに当時の──今の旬は、一つの役にのめり込んでいたのだ。
「僕が彼を演じたかったのは……」
「うん」
「一歩、進みたかったからです」
「一歩……?」
「確かに彼は、僕が嫌いなタイプです。理解するのに苦労した……いえ、きっと今でもできていないでしょう。恐らく、彼のことは一生理解できないと思います。それでも僕が彼を欲したのは……いや。だからこそ、ですね」
「……少しでもわかりたい、みたいな?」
「それはわかるんですね」
「オレもよく、ジュンっちに対してそう思うから」
「なら、あとは察してください」
「えー? ジュンっちの言葉で聴きたいなぁ」
「今日の僕は主役なので。接待は君がしてください」
「もー、わがまま!」
責めるような口振りで、甘やかした表情を浮かべる四季。メニュー表を開きながら、次は何を頼むか、と問いかけられた。
内向的な旬に新たな世界があることを教えたのは、どこまでもまっすぐに伸びる四季の想いだ。きっと四季が傍にいなかったら、今の自分はいなかっただろう。そして今の自分が踏み出す力を持てたこと、その先の何かを掴む力を得たことを、世界に証明したくなったのだ。
嫌いと直感した役は、走り抜ければ愛着のある大切な存在となった。最後まで理解はできなかったが、そんな気持ちがあるのだと知れた時は高揚した。それは、今目の前にいる誰かでも、あったような気がする。
もらった勇気を胸にして、今日も旬はアイドルである。再び輝くための力を得るべく、旬は四季へデザートをねだるのだった。
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