旬四季SSログ01

 きっと青いはずの空も、この時期になると磨りガラスを通したような白さを孕んだ景色になる。それほどまでに冷え込んだ今日は、コート一枚では頼りない。けれどお気に入りのマフラーで首元を粧せば、こんな寒い一日だってご機嫌だ。とは言っても寒さが消えるわけではない。打って変わって不機嫌そうな目の前のころころとしたダルマは、覆い切れない肌を赤く染めながら白い息を吐き出した。
「おぉー……ジュンっちの息、すげー真っ白」
「うるさい……ほら、さっさと行きますよ」
「あっ、でもオレの方がもっと白い息出せるっすよ! ほらっ!」
 丸めた口から放たれたそれは確かに白い。乳白色の気体に四季は得意なしたり顔を向ける。しかし対する旬は、寒さの証明になるそれに興味はない──むしろ痛感させてくれるなと言わんばかりに厳しい目をしていた。
 そこに冷たい風が吹く。肌を掠めたそれは全ての動作を止め、上機嫌に盛り上がった二対の丘を平らに沈めた。どうしたって一瞬笑顔を奪う冷え込みは、雪国育ちの四季とて慣れるものではない。ぶるりと体を震わせると、隣の旬も同時に縮こまった。
「う……」
 苦しそうな呻き声と共に、旬はマフラーに顔を埋め込んだ。彼は奪われた熱を少しでも取り戻そうとカシミヤの中に閉じこもっている。防寒性が自慢のそれはさぞ暖かいのだろう。目論見通り心地のよいそこに埋まる時間が一秒、二秒と過ぎる度に、旬の表情は融雪していった。先程まで氷柱のようにきんとしていた瞳の奥も、今は炬燵で和む姿によく似た落ち着き具合を放っている。そういう時の旬は、決まって四季の心をざわつかせるのだ。
「……四季くん?」
 その目は次に、怪訝なものに変わる。そして一体何をしているのか、とも問うていた。
 四季は己のマフラーを解いて、その半分を旬の首に巻いている。ひとり用のそれを分けるには距離を縮めなければならない。今ふたりの距離は、吐く息の色すら見えないほどに近かった。旬は黙りこくった四季に対し、今度は苛立ったような目つきをする。でも、そんな顔すら、心のささくれをめくるのだ。
「こら。外ですよ」
「嫌っす。こんなジュンっちは、しまっとかないと」
「はぁ?」
「……可愛いから、お外に出したくないんす」
 呆れるだろうか、くだらないと。詰られるだろうか、馬鹿馬鹿しいと。それでももたげるこの気持ちは抑えきれない。鼻先を赤くして、目に瞼を掛けて、ふわふわのマフラーにほっと安らぐ旬のことが、痛いほどに愛おしいこの気持ちを堪えられないのだ。馬鹿みたいだと思っても、こんな馬鹿を晒さずにすまし顔を作る術を四季は知らない。こうして当てつけめいた独占欲の中に、旬を捕らえることしかできないのだ。
「だったら、黙って歩きなさい」
「へ……」
 自己嫌悪に染まった頭の中に凛とした声が通る。だったら、なんて言葉を使ってはいるが、これは返答として噛み合っているのだろうか。四季が首を傾げる間にも、旬は市松模様の檻からするりと抜け出している。そのことに四季が気づいた時には、マフラー同様上等な生地に包まれた手に手首を掴まれていた。
「自分だけだと思い込むところ、君の悪い癖ですよ」
 旬は更に言葉を重ねる。四季は鈍い思考回路で必死に意味を汲み取ろうともがくけれど、そんな彼に構わず小さな背中はずんずんと道を歩んでいく。
 通学路と、事務所への道に次いで見慣れた道程。そこから繋がる場所は、冬美邸だった。
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