旬四季SSログ01
『あと三〇分で着きます』
シンプルなメッセージに既読をつけてから、大体四〇分が過ぎた。どうせならお出迎えもしようって玄関に立ってからは、多分十五分くらい。別に予告通りに帰って来ないこと自体には何にも思わないけど、あんなに真面目なジュンっちが一〇分も時間を見誤るのは少し違和感がある。
未だに動く気配のないドアとのにらめっこに飽きて、視線を鏡の前に向ける。ジュンっちがこの部屋に引っ越した時にはなかったそれが風景の一部として溶けきったのは、もうずっと前のような気がする。出る直前に身だしなみを整えられて便利だって笑った姿は、昨日見たような気がするのに。
とっくに見慣れた玄関は、今更見回したところで劇的な発見はない。今朝転んだ時にずらしちゃった、ジュンっちお気に入りのナントカって画家の絵をそそくさと直したり。閉まりきってない靴箱からチラ見えしてる、まだ一度も履いてないブーツをいつ出すかを悩んでみたり。そんな小さな日常に構うくらいしか、できることはない。
そんな小さな用事を片付けきったら、いよいよオレは手持ち無沙汰。何となく呼吸をスローにして、肺いっぱいにジュンっちの家の空気を詰め込んでも、その味はムミムシュー。それに対して何かを感じようとしたその時、ドアの外からガチャリと音がした。
「ただいま帰りました……わ、四季くん。いたんですか?」
「あっ、ジュンっち! おかえりなさーい!」
ドアを開けきる前にオレを見つけたジュンっちが、ドアを押していた手を止める。相当ビックリしたのか、急に豆鉄砲をくらったみたいな顔をしていた。オレの言葉にも、どことなくふわふわした感じで返してくる。
……何だかまるで、気まずいことでもあるみたいに。
「どうしたんすか? 早く入ったら?」
「あ、あぁ……そうですね」
「……ジュンっち、何かあったんすか?」
どうしてジュンっちの家に帰ってきたのに、こんなにぎこちないんだろう。その疑問をまっすぐに投げると、背中に隠れたジュンっちの右腕がびくんと跳ねる。その動きは覚えがある。まるで見つかりたくないものを隠して、結局すぐバレる子供みたいな、そんな仕草だ。
「何か持ってるんすか?」
「あ……まぁ、持ってない……訳ではない、ですね」
「見たらダメなやつ? だったらリビング行っとくけど」
「いや……いえ、大丈夫です。そこにいてください」
どうやら守秘義務的なものではないらしい。ならジュンっちが個人的に気まずいだけのもの? いてくれってことだから黙って立って、視点が定まらないジュンっちを見つめる。何なんだろう。こんなにもじもじして、一体その背中から何が飛び出すんだ?
そう思った時、ジュンっちの右腕が伸びた。
「どうぞ」
ぶっきらぼうな口調で差し出されたのは、大きな花束だった。抱えた腕いっぱいにぴったり収まるくらいの、まるでクランクアップの時にもらうような、とにかくスゴいやつ。赤やピンクや青、オレンジ、緑、水色、黄色……色とりどりの花が、オレの目の前でキラキラに咲き誇っていた。
「わっ! 何これ、メガきれいじゃないっすかー! 現場でもらったやつっすか?」
「いえ、それは……帰り道で、買ったものです」
「帰り道? 何でまた。今日って何かあったっけ?」
どうやら帰りが伸びたのはこれが理由らしい。ジュンっちが持つにはかなり大きいサイズだ。それくらいのものを包んでもらったならこの時間にも納得はいくけど、そもそもオレにはこんな立派な花束をもらう理由がわからない。今日はただの金曜日で、日付にも特別な思い入れはない。オレが首を捻ると、ジュンっちは赤いほっぺをぴくりと動かす。
「別に何もないですが……ただ、店先で見かけてきれいだったので、四季くんに贈りたいな、って……」
「えっ……」
だんだん言葉が萎んでいって、ついには何も言わなくなるジュンっち。端っこまで真っ赤に染まったほっぺの意味に遅れて気付いて、オレの顔にも熱が集まる。
下を向くと、カラフルな可愛い花たちがオレを見つめ返す。鼻いっぱいに埋まった匂いを肺に落とすと、胸の中心で何かが華やいだような気がした。
シンプルなメッセージに既読をつけてから、大体四〇分が過ぎた。どうせならお出迎えもしようって玄関に立ってからは、多分十五分くらい。別に予告通りに帰って来ないこと自体には何にも思わないけど、あんなに真面目なジュンっちが一〇分も時間を見誤るのは少し違和感がある。
未だに動く気配のないドアとのにらめっこに飽きて、視線を鏡の前に向ける。ジュンっちがこの部屋に引っ越した時にはなかったそれが風景の一部として溶けきったのは、もうずっと前のような気がする。出る直前に身だしなみを整えられて便利だって笑った姿は、昨日見たような気がするのに。
とっくに見慣れた玄関は、今更見回したところで劇的な発見はない。今朝転んだ時にずらしちゃった、ジュンっちお気に入りのナントカって画家の絵をそそくさと直したり。閉まりきってない靴箱からチラ見えしてる、まだ一度も履いてないブーツをいつ出すかを悩んでみたり。そんな小さな日常に構うくらいしか、できることはない。
そんな小さな用事を片付けきったら、いよいよオレは手持ち無沙汰。何となく呼吸をスローにして、肺いっぱいにジュンっちの家の空気を詰め込んでも、その味はムミムシュー。それに対して何かを感じようとしたその時、ドアの外からガチャリと音がした。
「ただいま帰りました……わ、四季くん。いたんですか?」
「あっ、ジュンっち! おかえりなさーい!」
ドアを開けきる前にオレを見つけたジュンっちが、ドアを押していた手を止める。相当ビックリしたのか、急に豆鉄砲をくらったみたいな顔をしていた。オレの言葉にも、どことなくふわふわした感じで返してくる。
……何だかまるで、気まずいことでもあるみたいに。
「どうしたんすか? 早く入ったら?」
「あ、あぁ……そうですね」
「……ジュンっち、何かあったんすか?」
どうしてジュンっちの家に帰ってきたのに、こんなにぎこちないんだろう。その疑問をまっすぐに投げると、背中に隠れたジュンっちの右腕がびくんと跳ねる。その動きは覚えがある。まるで見つかりたくないものを隠して、結局すぐバレる子供みたいな、そんな仕草だ。
「何か持ってるんすか?」
「あ……まぁ、持ってない……訳ではない、ですね」
「見たらダメなやつ? だったらリビング行っとくけど」
「いや……いえ、大丈夫です。そこにいてください」
どうやら守秘義務的なものではないらしい。ならジュンっちが個人的に気まずいだけのもの? いてくれってことだから黙って立って、視点が定まらないジュンっちを見つめる。何なんだろう。こんなにもじもじして、一体その背中から何が飛び出すんだ?
そう思った時、ジュンっちの右腕が伸びた。
「どうぞ」
ぶっきらぼうな口調で差し出されたのは、大きな花束だった。抱えた腕いっぱいにぴったり収まるくらいの、まるでクランクアップの時にもらうような、とにかくスゴいやつ。赤やピンクや青、オレンジ、緑、水色、黄色……色とりどりの花が、オレの目の前でキラキラに咲き誇っていた。
「わっ! 何これ、メガきれいじゃないっすかー! 現場でもらったやつっすか?」
「いえ、それは……帰り道で、買ったものです」
「帰り道? 何でまた。今日って何かあったっけ?」
どうやら帰りが伸びたのはこれが理由らしい。ジュンっちが持つにはかなり大きいサイズだ。それくらいのものを包んでもらったならこの時間にも納得はいくけど、そもそもオレにはこんな立派な花束をもらう理由がわからない。今日はただの金曜日で、日付にも特別な思い入れはない。オレが首を捻ると、ジュンっちは赤いほっぺをぴくりと動かす。
「別に何もないですが……ただ、店先で見かけてきれいだったので、四季くんに贈りたいな、って……」
「えっ……」
だんだん言葉が萎んでいって、ついには何も言わなくなるジュンっち。端っこまで真っ赤に染まったほっぺの意味に遅れて気付いて、オレの顔にも熱が集まる。
下を向くと、カラフルな可愛い花たちがオレを見つめ返す。鼻いっぱいに埋まった匂いを肺に落とすと、胸の中心で何かが華やいだような気がした。