旬四季SSログ01
照明を落とした薄暗い空間。その中に浮かぶ、目に刺さるようなネオンの光。それに誘われて現れたその姿を見て、最初に覚えたのは。肺いっぱいを支配する焦燥感だった。
「シキー! 見たよあれ、翔真さんたちとの仕事!」
「マジっすか⁉︎ どうだったっすか⁉︎」
「すごかったよー! みんなすごかったけど、シキも負けてない! すげーかっこよかった!」
「やったー!」
ドアの向こうから、ハヤトと四季くんの声が聞こえる。昼休みになるとここが騒がしくなるのはいつものことだけど、今日はより強かった。漏れる会話の内容は、最近四季くんがやった仕事について。ダイナーショーと銘打たれたそれは大きな反響を得たみたいだ。
僕が初めてそれを見たのは街中。ディスプレイされた大きなテレビの中で、四季くんは立派に仕事をしていた。それを同時に見た周りの人たちの反応もかなり大きかったと思う。私服姿の少女も、スーツを着こなした男性も、店内を掃除していた店員さんも、その場にいた誰もが、液晶越しの四季くんに目を奪われていた。隣に立っていた女の人が頬を赤らめながら小さな声をこぼしていたのも、まだこの耳に残っている。それほどまでに人々の関心を掻っ攫ったあれは、今日の部室すらも独占してしまっていた。
「……大きな声を出すと廊下に響くって何度も言ってるでしょう」
「あ、ジュン! 遅かったな。先生に呼ばれてたんだっけ?」
「はい。少しお話をしていました」
「まさか、ジュンも成績が……⁉︎」
「なわけないじゃん。ハルナじゃないんだから」
「あ! 今のハヤトの言葉はひどいと思いまーす! みなさんどう思いますかー!」
「え……あの、えっと、え……」
「ほらー、ナツキ困ってんじゃん」
少し重たいドアを開けると、真っ先にハヤトが笑顔を向ける。そこから春名さん、ナツキがどんどんと口を開いていき、話題はハヤトの暴言への裁判に移行していく。でも唯一それに混ざらない、誕生日席に座る彼だけは、定位置に座った僕をじっと見つめてくる。キラキラと、何かを期待するような目で。
「ジュンっちも見てくれたっすか? この前のダイナーショー」
「見ましたけど、それが何か?」
「どうだった? カッコよくできてたっすかね?」
「それはいろんな方に言われたんじゃないですか? さっきもハヤトに褒められてたでしょう」
「それはそうっすけど……でもジュンっちはどう思ったのかなって。ジュンっちの感想も聞きたいんすよ」
何の疑いもない、ワクワクと浮ついた目のまま四季くんは言い放つ。四季くんはいつでも楽しそうだ。僕に歌を聴いてほしいと言う時も、みんなでセッションをする時も、誰かが楽器に触れて肩慣らしの演奏を始める時も……初めて、会った時も。いつだって人生を謳歌した、満たされたような顔をする。
──それが、今、強く癇に障る。
「……なぜ?」
「へ?」
「なぜ僕の感想が知りたいんですか。既に君の元には、いろんな賞賛が集まっているんじゃないですか? わざわざ僕ひとりの言葉をそこに加える意味って何ですか?」
満たされているのなら、今更僕の言葉なんていらないだろう。誰よりも強い視線を向けている人に褒めてもらえたんだから、僕が何を言ったって霞むんじゃないのか。人どころか空間すらも自分のものにできるあなたに、僕が何を言えと言うのか。ずっと遠い背中を見るだけの僕が、僕には絶対できないことをあっさりとやって退けてしまうあなたを望むまま讃えろと言うのか。そんなの、これ以上ないくらいの暴言じゃないか。そんな無邪気な顔で、残酷なことをしないでくれ。
「えっと……ごめん、ジュンっちが何を言ってるのかよくわかんないんすけど……オレはただ、ジュンっちに認めてほしいって思ってるっすよ」
「……は?」
「五人でデビューしたけどさ。ジュンっち的に、オレはまだ試験採用の立場じゃん? だからHigh×Jokerの伊瀬谷四季として恥ずかしくないサイコーの成果を出して、ジュンっちに正式なメンバーだって思ってもらいたいんす。だからそのためにも、オレの仕事を見てジュンっちがどう思ったのかを、きちんと把握しておきたいんすよ!」
一体彼は何の話をしているんだろう。内容を理解するまでに、長い時間を要した気がする。けれど四季くんはまっすぐに僕を見つめている。群衆ではない、僕個人を。その瞳が、僕を無性に惨めにした。
「ジュンっち。オレ、High×Jokerに相応しい仕事できてた?」
もう一度同じ問いをされる。相応しいって、そんなの僕にわかるはずないのに。同時にアイドルになったんだから、僕だって知らないことはたくさんある。年齢も生まれた年も関係ない。僕たちは同じラインに立っているのに。
……いや、同じラインになんて立てていない。僕たちの間には大きな壁が隔たっている。どんどんと先を行く彼の評価なんて、どんな気持ちでしたらいいんだ。
どの教科書にも載っていない、この苦味の正体は。
「シキー! 見たよあれ、翔真さんたちとの仕事!」
「マジっすか⁉︎ どうだったっすか⁉︎」
「すごかったよー! みんなすごかったけど、シキも負けてない! すげーかっこよかった!」
「やったー!」
ドアの向こうから、ハヤトと四季くんの声が聞こえる。昼休みになるとここが騒がしくなるのはいつものことだけど、今日はより強かった。漏れる会話の内容は、最近四季くんがやった仕事について。ダイナーショーと銘打たれたそれは大きな反響を得たみたいだ。
僕が初めてそれを見たのは街中。ディスプレイされた大きなテレビの中で、四季くんは立派に仕事をしていた。それを同時に見た周りの人たちの反応もかなり大きかったと思う。私服姿の少女も、スーツを着こなした男性も、店内を掃除していた店員さんも、その場にいた誰もが、液晶越しの四季くんに目を奪われていた。隣に立っていた女の人が頬を赤らめながら小さな声をこぼしていたのも、まだこの耳に残っている。それほどまでに人々の関心を掻っ攫ったあれは、今日の部室すらも独占してしまっていた。
「……大きな声を出すと廊下に響くって何度も言ってるでしょう」
「あ、ジュン! 遅かったな。先生に呼ばれてたんだっけ?」
「はい。少しお話をしていました」
「まさか、ジュンも成績が……⁉︎」
「なわけないじゃん。ハルナじゃないんだから」
「あ! 今のハヤトの言葉はひどいと思いまーす! みなさんどう思いますかー!」
「え……あの、えっと、え……」
「ほらー、ナツキ困ってんじゃん」
少し重たいドアを開けると、真っ先にハヤトが笑顔を向ける。そこから春名さん、ナツキがどんどんと口を開いていき、話題はハヤトの暴言への裁判に移行していく。でも唯一それに混ざらない、誕生日席に座る彼だけは、定位置に座った僕をじっと見つめてくる。キラキラと、何かを期待するような目で。
「ジュンっちも見てくれたっすか? この前のダイナーショー」
「見ましたけど、それが何か?」
「どうだった? カッコよくできてたっすかね?」
「それはいろんな方に言われたんじゃないですか? さっきもハヤトに褒められてたでしょう」
「それはそうっすけど……でもジュンっちはどう思ったのかなって。ジュンっちの感想も聞きたいんすよ」
何の疑いもない、ワクワクと浮ついた目のまま四季くんは言い放つ。四季くんはいつでも楽しそうだ。僕に歌を聴いてほしいと言う時も、みんなでセッションをする時も、誰かが楽器に触れて肩慣らしの演奏を始める時も……初めて、会った時も。いつだって人生を謳歌した、満たされたような顔をする。
──それが、今、強く癇に障る。
「……なぜ?」
「へ?」
「なぜ僕の感想が知りたいんですか。既に君の元には、いろんな賞賛が集まっているんじゃないですか? わざわざ僕ひとりの言葉をそこに加える意味って何ですか?」
満たされているのなら、今更僕の言葉なんていらないだろう。誰よりも強い視線を向けている人に褒めてもらえたんだから、僕が何を言ったって霞むんじゃないのか。人どころか空間すらも自分のものにできるあなたに、僕が何を言えと言うのか。ずっと遠い背中を見るだけの僕が、僕には絶対できないことをあっさりとやって退けてしまうあなたを望むまま讃えろと言うのか。そんなの、これ以上ないくらいの暴言じゃないか。そんな無邪気な顔で、残酷なことをしないでくれ。
「えっと……ごめん、ジュンっちが何を言ってるのかよくわかんないんすけど……オレはただ、ジュンっちに認めてほしいって思ってるっすよ」
「……は?」
「五人でデビューしたけどさ。ジュンっち的に、オレはまだ試験採用の立場じゃん? だからHigh×Jokerの伊瀬谷四季として恥ずかしくないサイコーの成果を出して、ジュンっちに正式なメンバーだって思ってもらいたいんす。だからそのためにも、オレの仕事を見てジュンっちがどう思ったのかを、きちんと把握しておきたいんすよ!」
一体彼は何の話をしているんだろう。内容を理解するまでに、長い時間を要した気がする。けれど四季くんはまっすぐに僕を見つめている。群衆ではない、僕個人を。その瞳が、僕を無性に惨めにした。
「ジュンっち。オレ、High×Jokerに相応しい仕事できてた?」
もう一度同じ問いをされる。相応しいって、そんなの僕にわかるはずないのに。同時にアイドルになったんだから、僕だって知らないことはたくさんある。年齢も生まれた年も関係ない。僕たちは同じラインに立っているのに。
……いや、同じラインになんて立てていない。僕たちの間には大きな壁が隔たっている。どんどんと先を行く彼の評価なんて、どんな気持ちでしたらいいんだ。
どの教科書にも載っていない、この苦味の正体は。