旬四季SSログ01
曇りひとつない空色のなかに浮かぶ。
あかい、あかい、ストロベリー。
「ジュンっちジュンっち! 今日はストロベリームーンの日っすよ!」
「あぁ……ニュースで見ました。八時頃からだそうですね」
「今日のためにいろいろ準備したっすよ! カメラの性能がいい機種に乗り換えたし!」
仕事前の腹拵えに買った苺フレーバーのドリンクを携えた四季が、傍らの旬に会話を打ち出す。おそらく今日の日本で最も注目を集めているその話題は、やはり旬の耳にも入っていたらしい。きっとニュースキャスターの言葉をそのままなぞった台詞に、四季は意気込みで返答する。わがままなほどトッピングされた、見るだけで口の中が甘さで埋め尽くされそうなドリンクを天高く突き出すと、呼応するように中のジュースが大きく波打った。すると旬の顔が苦く歪む。
「え、まさかそのためだけに……?」
「えっ、いやっ。どっちにしろ機種変の時期だったし? それにオレよく写真撮るからちょうどいいかなー、みたいな?」
「……まぁ、今夜を楽しみにしていることはわかりました」
飲み干した、けれど何となく飲み込めてはいないような表情。ひとまずわかったことだけを反芻した旬に対して、四季は酸っぱい気持ちになった。多分このままだと旗色が悪い。そう直感した四季は、口直しの一滴を落とした。
「そうだ、何でストロベリーって言うんすかね? 色がいちごみたいだから?」
「そうなんじゃないですか?」
「あ、ジュンっちも知らない感じっすか」
「すみませんね。僕は全能ではないので、知らないこともたくさんあります」
「えー、何でそこで拗ねるんすか。別に責めてないっすよ?」
「そのニヤついた顔をどうにかしてから言ってください」
怒り、と呼ぶには可愛らしい表情を向けながら旬が言う。本当に責めてもからかってもいないのだが、旬の目に四季の微笑みは気持ちと違った喜びのものとして映ったらしい。こんなに晴れた昼なのに、相変わらず旬はひねた男だった。
「いいです。今夜、覚えておいてくださいね」
「えっ⁉︎ なになに、ガチ怖いんすけど……! 一体オレをどうする気っすか⁉︎」
「おや四季くん。どうしたんです、自分を抱き締めて」
「やだ、なんか目がやらしいっす!」
「何を想像してるんですか。君の分のデザートはなしにするだけですよ」
「うっそだー! そんな顔じゃないっすもん! 何っすか、お昼からスケベっすよ!」
「心外ですね。僕はそんなに悪い男に見えますか?」
薄い黒目に瞼を被せて、意地の悪く眉を吊る。それは薄暗い空間によく現れる、月明かりを浴びる旬とよく似ていた。
今夜、何が起こるのだろう。真っ赤な月を愛でたあと、旬はそれを背負って触れてくるのだろうか。だって明らかに嘘をついている。デザートひとつで許してくれるような雰囲気なんて、粒ほどもないのだから。
「ふふっ」
旬は鼻から抜けた笑いをこぼす。そして少し硬い手で四季の頬を包んだ。その手はいつもより少し冷たくて、まるで今手に握られているプラスチックのカップみたいだと、四季は赤らんだ脳で思った。
「どうやら今年の月は、ずいぶんとそそっかしいみたいだ」
光に照らされて、少し赤みを持った茶に染まった灰の虹彩。その中に映ったのは、水面で揺れる月のように朧な四季自身の姿だった。
あかい、あかい、ストロベリー。
「ジュンっちジュンっち! 今日はストロベリームーンの日っすよ!」
「あぁ……ニュースで見ました。八時頃からだそうですね」
「今日のためにいろいろ準備したっすよ! カメラの性能がいい機種に乗り換えたし!」
仕事前の腹拵えに買った苺フレーバーのドリンクを携えた四季が、傍らの旬に会話を打ち出す。おそらく今日の日本で最も注目を集めているその話題は、やはり旬の耳にも入っていたらしい。きっとニュースキャスターの言葉をそのままなぞった台詞に、四季は意気込みで返答する。わがままなほどトッピングされた、見るだけで口の中が甘さで埋め尽くされそうなドリンクを天高く突き出すと、呼応するように中のジュースが大きく波打った。すると旬の顔が苦く歪む。
「え、まさかそのためだけに……?」
「えっ、いやっ。どっちにしろ機種変の時期だったし? それにオレよく写真撮るからちょうどいいかなー、みたいな?」
「……まぁ、今夜を楽しみにしていることはわかりました」
飲み干した、けれど何となく飲み込めてはいないような表情。ひとまずわかったことだけを反芻した旬に対して、四季は酸っぱい気持ちになった。多分このままだと旗色が悪い。そう直感した四季は、口直しの一滴を落とした。
「そうだ、何でストロベリーって言うんすかね? 色がいちごみたいだから?」
「そうなんじゃないですか?」
「あ、ジュンっちも知らない感じっすか」
「すみませんね。僕は全能ではないので、知らないこともたくさんあります」
「えー、何でそこで拗ねるんすか。別に責めてないっすよ?」
「そのニヤついた顔をどうにかしてから言ってください」
怒り、と呼ぶには可愛らしい表情を向けながら旬が言う。本当に責めてもからかってもいないのだが、旬の目に四季の微笑みは気持ちと違った喜びのものとして映ったらしい。こんなに晴れた昼なのに、相変わらず旬はひねた男だった。
「いいです。今夜、覚えておいてくださいね」
「えっ⁉︎ なになに、ガチ怖いんすけど……! 一体オレをどうする気っすか⁉︎」
「おや四季くん。どうしたんです、自分を抱き締めて」
「やだ、なんか目がやらしいっす!」
「何を想像してるんですか。君の分のデザートはなしにするだけですよ」
「うっそだー! そんな顔じゃないっすもん! 何っすか、お昼からスケベっすよ!」
「心外ですね。僕はそんなに悪い男に見えますか?」
薄い黒目に瞼を被せて、意地の悪く眉を吊る。それは薄暗い空間によく現れる、月明かりを浴びる旬とよく似ていた。
今夜、何が起こるのだろう。真っ赤な月を愛でたあと、旬はそれを背負って触れてくるのだろうか。だって明らかに嘘をついている。デザートひとつで許してくれるような雰囲気なんて、粒ほどもないのだから。
「ふふっ」
旬は鼻から抜けた笑いをこぼす。そして少し硬い手で四季の頬を包んだ。その手はいつもより少し冷たくて、まるで今手に握られているプラスチックのカップみたいだと、四季は赤らんだ脳で思った。
「どうやら今年の月は、ずいぶんとそそっかしいみたいだ」
光に照らされて、少し赤みを持った茶に染まった灰の虹彩。その中に映ったのは、水面で揺れる月のように朧な四季自身の姿だった。