旬四季SSログ01

 眠りから浮上するには些か陽が高すぎる時間に響いた音楽によって、冬美旬は静かに目覚めた。引き剥がされる形で起床した彼の脳は、霞がかったようにぼやけている。音の正体を探って、それが電話の着信音であると理解するまでに一〇秒もの時間をかけてしまったほどに。旬はベッドの端に鎮座するスマートフォンを少々粗雑な手つきで手繰り寄せ、画面も確認しないままにスワイプした。
「はい、冬美です」
「え?」
「……? あ、その声、春名さんですか……?」
「おぉ、ジュンか。もしかして寝てた? 悪い、起こしちまったか」
「気にしなくても大丈夫ですよ。どうしました?」
 旬の応答に、電話相手は虚を突かれたような声を出す。素っ頓狂なそれに旬もはてと首を傾げるが、恐らく寝起きの声に戸惑ったのだろう。旬はそう結論づけた。
 たった一音ではあるが、光を養分に巡り始めた回路なら声の主も察しがつく。思い当たった名前を呼ぶと、春名は普段通りの気さくさで再び口を開いた。
「あー……ホントは他の人にかけるつもりだったんだけど、どうやら間違ったみたいだな。ゴメンなー、ジュン」
「そうでしたか……でも時間も時間ですし、今起きられて良かったです。モーニングコール、ありがとうございます」
「いやいや、お前今日オフだろ? もう少し寝ててもバチ当たんねーって」
「オフだからこそメリハリのある一日にすべきでしょう。ほら、春名さんも電話をかけ直した方が良いんじゃないですか?」
「んー……まぁ、そうだな。じゃあ明明後日の仕事で会おうな」
「はい。それでは失礼します」
 久方ぶりの春名との会話は楽しいが、かといって彼の時間をいたずらに拘束するわけにはいかない。それに起きた以上は旬にもやりたいことが山ほどある。目覚めてから数分しか経過していないとは思えないくらいてきぱきと話をまとめた旬は、最後に挨拶を交わして春名との電話を終えた。
 大抵のことはチャットで済ませる。それが通常となった今、電話となると緊急性を孕んだ用件、あるいは口頭でやりとりしたい長話が凡そとなる。寝起きの頭でそれらを処理できるか不安だった旬は、和やかに終わった会話に胸を撫で下ろした。
 さて、そろそろベッドから出るとしよう。旬が片足を床につけたその時。隣がもぞりと動いた。
「んんー……」
「……もう少し眠っていても大丈夫ですよ」
 ほのかに、しかし明確な甘さを含みながら囁く。ずっと隣で寝息を立てていたその人、伊瀬谷四季の頭を撫でる旬の表情は穏やかだった。
「……ん?」
 しかしそれはすぐに色を変える。四季の頭を預かっている枕の奥、何よりも見覚えのある青い四角は間違いなく──
「僕のスマホ……?」
 ついさっきまで使用していたはずのそれが何故そんなところに。そもそも旬はまだスマートフォンを持っている。これからテーブルにでも置いて洗面所に向かおうとしていたのだ。ならば、今持っているこれは何だ? おそるおそるひっくり返して背面を見てみると、全く表情の読めないくまと目が合った。
「……あああぁぁぁ⁉︎」
 そうして己の失態を理解した旬は、先程恋人に囁いた言葉を忘れて絶叫した。
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