旬四季SSログ01
「名前を、呼んでくれませんか?」
鉛を含んだように重だるい体を机で甘やかしながら、隣で炭酸飲料を飲んでいる四季くんに言葉を投げる。彼がペットボトルから口を離して、耳を通った言葉を反芻すること五秒。縁を濡らした唇を開いた。
「冬美旬さん……?」
「ぷっ……何でフルネームなんですか?」
「え、いや……え? 何? 名前?」
「普通に、いつも通り。君が呼んでいる名前で呼んで」
「……ジュンっち?」
簡単なお願いすらまともに通らない。僕と四季くんは、そんなことにすら躓く。けれどそんなことは今更で、もはやその食い違いすら楽しく感じる。
喉から迫り上がった笑いを素直に吹き出すと、やっぱり四季くんは困惑した顔。きちんと彼に伝わるように、噛み砕いてお願いをし直す。そうしたら四季くんは少し硬い声で、僕の名前をなぞった。
「もう一回、お願いします」
「え……じ、ジュンっち」
「もう一回」
「ジュン、っち」
「もう一回」
「ジュンっち……」
「もうい……」
「あー! もう、何なんすか! あと何回やるつもり⁉︎」
「え……そうですね。あと一〇〇回お願いしても良いですか?」
「一〇〇⁉︎ そんなん数えてらんないっすよ!」
そこそこ無茶な、でも一応できないこともないであろう数字をリクエストすると、四季くんはすっ転んだふりをしてツッコむ。
……気になるところ、そこなのか。
どうやら一〇〇回呼ぶこと自体は吝かでないらしいことに、またも込み上げた笑みを噛み殺す。その姿が彼の目にどう映ったのだろう。背中を丸めた僕にほんの少し近付いて、四季くんは細く問うた。
「ジュンっち、もしかして眠いの?」
「ん……? どうでしょう。そんな感覚はありませんが……」
「でも疲れはしてるでしょ? ここ半年で一番スケジュール詰まってたの、ジュンっちだって知ってるんすよ」
「あぁ……じゃあ、もしかしたらそうなのかもしれませんね」
「あ、じゃあ膝枕したげよっか? ジュンっちの良い枕と違って寝心地最悪っすけど、それでも良ければどーぞ」
四季くんは腰を後ろに引くと、自分の腿をポンポンと叩いて示す。それを包んでいるのはダメージジーンズ。他人に貸すにはかなり条件の悪いそれを、四季くんは気前良く差し出していた。
でもそれは、何だかとても魅力的で。普段使っている枕なんて目じゃない。そんなバカげたことを本気で思うほど、最高の品に映ったのだ。
「……では、お言葉に甘えて」
「はいはーい。いらっしゃーい」
飛び込むような気持ちで、四季くんの腿に頭を預ける。頬にはジーンズのザラザラした感触と、破れた部位から伸びる繊維のくすぐったさが同時に襲い来ていて、本人の申告通り寝心地はやっぱり最悪だ。
──でも。
「気分は……悪くない、かもですね」
「そう? ヒーリングミュージックで誤魔化そうと思ってたんすけど、いらないっすか?」
「いりませんよ。だって四季くん、あと一〇〇回呼んでくれるんでしょう?」
「まだ続いてたんすか、それ? もー、オレサマは直んないんだから」
手持ち無沙汰なのか、それともサービスのつもりなのか。四季くんは僕の頭を撫でながら、零すように微笑んだ。
この世でただ一人、僕をそう呼ぶ声が心地良いことを。いつか素直に伝えられたら、なんて。自分でも驚くほど恥ずかしいことを考えながら、僕はザラザラの枕に頬を擦った。
鉛を含んだように重だるい体を机で甘やかしながら、隣で炭酸飲料を飲んでいる四季くんに言葉を投げる。彼がペットボトルから口を離して、耳を通った言葉を反芻すること五秒。縁を濡らした唇を開いた。
「冬美旬さん……?」
「ぷっ……何でフルネームなんですか?」
「え、いや……え? 何? 名前?」
「普通に、いつも通り。君が呼んでいる名前で呼んで」
「……ジュンっち?」
簡単なお願いすらまともに通らない。僕と四季くんは、そんなことにすら躓く。けれどそんなことは今更で、もはやその食い違いすら楽しく感じる。
喉から迫り上がった笑いを素直に吹き出すと、やっぱり四季くんは困惑した顔。きちんと彼に伝わるように、噛み砕いてお願いをし直す。そうしたら四季くんは少し硬い声で、僕の名前をなぞった。
「もう一回、お願いします」
「え……じ、ジュンっち」
「もう一回」
「ジュン、っち」
「もう一回」
「ジュンっち……」
「もうい……」
「あー! もう、何なんすか! あと何回やるつもり⁉︎」
「え……そうですね。あと一〇〇回お願いしても良いですか?」
「一〇〇⁉︎ そんなん数えてらんないっすよ!」
そこそこ無茶な、でも一応できないこともないであろう数字をリクエストすると、四季くんはすっ転んだふりをしてツッコむ。
……気になるところ、そこなのか。
どうやら一〇〇回呼ぶこと自体は吝かでないらしいことに、またも込み上げた笑みを噛み殺す。その姿が彼の目にどう映ったのだろう。背中を丸めた僕にほんの少し近付いて、四季くんは細く問うた。
「ジュンっち、もしかして眠いの?」
「ん……? どうでしょう。そんな感覚はありませんが……」
「でも疲れはしてるでしょ? ここ半年で一番スケジュール詰まってたの、ジュンっちだって知ってるんすよ」
「あぁ……じゃあ、もしかしたらそうなのかもしれませんね」
「あ、じゃあ膝枕したげよっか? ジュンっちの良い枕と違って寝心地最悪っすけど、それでも良ければどーぞ」
四季くんは腰を後ろに引くと、自分の腿をポンポンと叩いて示す。それを包んでいるのはダメージジーンズ。他人に貸すにはかなり条件の悪いそれを、四季くんは気前良く差し出していた。
でもそれは、何だかとても魅力的で。普段使っている枕なんて目じゃない。そんなバカげたことを本気で思うほど、最高の品に映ったのだ。
「……では、お言葉に甘えて」
「はいはーい。いらっしゃーい」
飛び込むような気持ちで、四季くんの腿に頭を預ける。頬にはジーンズのザラザラした感触と、破れた部位から伸びる繊維のくすぐったさが同時に襲い来ていて、本人の申告通り寝心地はやっぱり最悪だ。
──でも。
「気分は……悪くない、かもですね」
「そう? ヒーリングミュージックで誤魔化そうと思ってたんすけど、いらないっすか?」
「いりませんよ。だって四季くん、あと一〇〇回呼んでくれるんでしょう?」
「まだ続いてたんすか、それ? もー、オレサマは直んないんだから」
手持ち無沙汰なのか、それともサービスのつもりなのか。四季くんは僕の頭を撫でながら、零すように微笑んだ。
この世でただ一人、僕をそう呼ぶ声が心地良いことを。いつか素直に伝えられたら、なんて。自分でも驚くほど恥ずかしいことを考えながら、僕はザラザラの枕に頬を擦った。