VOID全年齢
特に意味もなく、椅子に腰かける。そして目を閉じると、表情の見えぬ息が木霊した。
「おやすみ、ハル」
これが彼のルーティンなのだろう。洲梧はハルがスリープモードに入る姿を確認しないと眠ろうとしないらしい。単に世話焼きだからなのか、或いは眠ることが恐ろしいのか。
ラッチボルトが噛み合う音が鳴ってから四十秒。洲梧のコンパスであれば、これほどの時間が経過すればとうに自室に到着している。廊下の物音が消えきったことを確認してから、ハルは再び目を開く。電気の灯らぬここは暗い。しかし特段問題はない。必要なのはこのボディのみなのだから。
「リト。聞こえますか」
『……え。どうしたのよ、こんな時間に。今日の分は提出したでしょ?』
「その後もう二つ抜いてきました。今データを送付したので確認をお願いしたく」
「あぁ……確かに、これは……」
二十一時の日誌提出。ハルは毎日署内でどのように警官として仕事をしているか、そして掴んだ情報を全て仔細に記したそれを本部に送っている。今日もそれは行われたのだが、提出後に見つけた情報が事件の手がかりに繋がるかもしれないと踏み、緊急でリトに連絡を取っている。案の定、目を通した彼女も息を飲んでいた。
「キョウにも共有しておくわ。ありがとう。もっと早ければ文句もなかったけど」
「申し訳ございません。マルチタスクで行うには些か私のスペックが足りなかったので、このような形となってしまいました」
実際、普段であれば何の問題もなかっただろう。彼は並行処理が可能なのだから、こんな夜更けにリトを呼ぶ必要はない。しかし今夜は少々勝手が違った。洲梧へ一人暮らしを申し出てから、処理速度やキャパシティに制限がかかっている。特別重い動作ではなかった、はずなのに。
「忙しかったの?」
それはリトも承知のこと。故に彼女の問いは、何ら不自然でない。しかし今の彼には、それへ返すべき言葉が見つからない。まるで水を被って故障したように、頭が、働かないのだ。
「……たまには、本当にスリープしてもいいんじゃない? 寝なくてもいいのは分かるけど、消耗もするでしょ?」
「それよりメンテナンスをすべきでは? ニトのスケジュール次第にはなりますが……」
「万が一故障が原因ならそれが最優先でしょ! スケジュールくらい空けさせるわよ!」
「……では、手続きをお願いしても良いでしょうか」
「水臭いの。当たり前でしょ」
「痛み入ります」
その言葉にリトは満足そうに頷いた。音声のみなので見えはしないが、きっと首を縦に振っていることが分かる。
二、三言交わした後に通信を切る。再び静寂が始まった。
「……キョウ。私は、貴方の……」
その中で一言、低い声で呟く。しかし残像に浮かんだのはなぜか、眉を下げた洲梧だった。
「おやすみ、ハル」
これが彼のルーティンなのだろう。洲梧はハルがスリープモードに入る姿を確認しないと眠ろうとしないらしい。単に世話焼きだからなのか、或いは眠ることが恐ろしいのか。
ラッチボルトが噛み合う音が鳴ってから四十秒。洲梧のコンパスであれば、これほどの時間が経過すればとうに自室に到着している。廊下の物音が消えきったことを確認してから、ハルは再び目を開く。電気の灯らぬここは暗い。しかし特段問題はない。必要なのはこのボディのみなのだから。
「リト。聞こえますか」
『……え。どうしたのよ、こんな時間に。今日の分は提出したでしょ?』
「その後もう二つ抜いてきました。今データを送付したので確認をお願いしたく」
「あぁ……確かに、これは……」
二十一時の日誌提出。ハルは毎日署内でどのように警官として仕事をしているか、そして掴んだ情報を全て仔細に記したそれを本部に送っている。今日もそれは行われたのだが、提出後に見つけた情報が事件の手がかりに繋がるかもしれないと踏み、緊急でリトに連絡を取っている。案の定、目を通した彼女も息を飲んでいた。
「キョウにも共有しておくわ。ありがとう。もっと早ければ文句もなかったけど」
「申し訳ございません。マルチタスクで行うには些か私のスペックが足りなかったので、このような形となってしまいました」
実際、普段であれば何の問題もなかっただろう。彼は並行処理が可能なのだから、こんな夜更けにリトを呼ぶ必要はない。しかし今夜は少々勝手が違った。洲梧へ一人暮らしを申し出てから、処理速度やキャパシティに制限がかかっている。特別重い動作ではなかった、はずなのに。
「忙しかったの?」
それはリトも承知のこと。故に彼女の問いは、何ら不自然でない。しかし今の彼には、それへ返すべき言葉が見つからない。まるで水を被って故障したように、頭が、働かないのだ。
「……たまには、本当にスリープしてもいいんじゃない? 寝なくてもいいのは分かるけど、消耗もするでしょ?」
「それよりメンテナンスをすべきでは? ニトのスケジュール次第にはなりますが……」
「万が一故障が原因ならそれが最優先でしょ! スケジュールくらい空けさせるわよ!」
「……では、手続きをお願いしても良いでしょうか」
「水臭いの。当たり前でしょ」
「痛み入ります」
その言葉にリトは満足そうに頷いた。音声のみなので見えはしないが、きっと首を縦に振っていることが分かる。
二、三言交わした後に通信を切る。再び静寂が始まった。
「……キョウ。私は、貴方の……」
その中で一言、低い声で呟く。しかし残像に浮かんだのはなぜか、眉を下げた洲梧だった。
