みすレイSS(全年齢)
あらゆるものを打ち殴る。ざあざあ、ばちばちと耳障りな音があちらこちらから響いている。水を打たれてできた心の波紋が不快感なのか倦怠感か、あるいは恐怖心なのか。三角にはそれが分からない。ただ、強い浮遊感だけがあった。
「どうだい、外は」
窓越しでは強い雨に降られた人々が。まばらに動く彼らは、傘で濡れた風景に色を乗せている。傾斜を滑り落ちる水滴がぼたりとコンクリートを色濃く染めた。滲む。まるで色が溶けるように。
「三角?」
目が滲む様だ。傷に響くように、もしくは気圧で押し潰されるように、左目が視界を拒絶する。見たくないものだというのに眼球は横に逸れることすら憂鬱がり、三角へ淀んだ世界をまざまざと見せつける。雨は三角から、動く力さえ奪う。
『お前は無力』
『何も持たない人間』
『持つことすら許されない』
『捨てられて然るべき無価値』
何かがそう劈く。頭を振るための力もない三角は、黙ってそんな暴力を振るわれるしかできないのだ。
「三角、三角!」
瞬間、三角の体が揺れる。虚ろな目が強制的に切り替えられる。耳を貫いた何かの先を見ると、そこにはレイモンドがいた。いつでもそっと微笑むその人は、今はなぜか笑っていない。どんな表情なのかは読めないが、とにかく笑ってはいなかった。三角の中に、見つめる瞳にあるのが心配であったら良いと過ぎる。なんて惚けた願望だろう。自分達は、そんなことを望んでいい関係ではないというのに。
「……外の具合は、どう?」
レイモンドはただ問う。少しだけ開けたカーテンの間には三角が立っているため、小柄なその人では窓の奥を窺えない。至って自然な問いだった。
「少し、雨足が強いです」
「そう。なら買い出しは明日にしようか」
「え? でも緑系が足りないって……」
「泥汚れを落とすのは面倒だろう? 急務でもないし、わざわざこんな日に出かける必要はないよ」
洗濯のことでも考えたのか、レイモンドは渋そうに顔を歪める。しかしすぐに微笑みを浮かべると、三角へカーテンを閉めるよう言った。
レイモンドが言うならば。ただそれだけを糧に、三角は重い腕でカーテンを中央へ寄せ集める。目の前にはシンプルな無地が広がった。しかし視界を遮ったところで音は煩いし、空気はじっとり重苦しい。鼻腔を通る酸素も粘り気があり、上手く呼吸ができない。このまま雨が上がらなかったら、息の仕方も忘れてしまうのだろうか。そんな疑問が脳を掠める。
「ではワタシは作業に取り掛かろう。恐らく一晩は出てこないだろうから、キミも自由に過ごすといい。どうせ誰も見やしないよ」
レイモンドは淡々と言い終えると、すぐに背中を向けて作業部屋へ歩を進め始めた。背中をなぞるように伸びる長い髪が、三角を迷わず置いて行く。遠くなる。手が届かなくなる。見えなくなって、消えてしまう。ドアの音が二度鳴ると、ついにレイモンドは姿を消した。
「あっ……」
その声は無意識だった。自分の耳ですら拾えるか分からぬほど小さく弱々しい声は、ばつばつと建物を叩く雨音によって容易く飲み込まれる。声ですら、自分はこんなに無力だった。行かないで。それは喉をも通らない。なぜなら三角とレイモンドはそんな関係ではない。そんな言葉を、どうしてかけられよう。ならばせめてと思うのに、仕事に向かう背中へ応援のひとつも思いつかない。三角は今、自分の全てが駄目に思えている。存在がぐらぐらと揺れるような感覚は、いつだって彼の中にあるのだから。
「……っ、レイ、さん……」
わずか数文字の台詞は、雨に溺れて流される。ここに三角は、どこにもいなかった。
「どうだい、外は」
窓越しでは強い雨に降られた人々が。まばらに動く彼らは、傘で濡れた風景に色を乗せている。傾斜を滑り落ちる水滴がぼたりとコンクリートを色濃く染めた。滲む。まるで色が溶けるように。
「三角?」
目が滲む様だ。傷に響くように、もしくは気圧で押し潰されるように、左目が視界を拒絶する。見たくないものだというのに眼球は横に逸れることすら憂鬱がり、三角へ淀んだ世界をまざまざと見せつける。雨は三角から、動く力さえ奪う。
『お前は無力』
『何も持たない人間』
『持つことすら許されない』
『捨てられて然るべき無価値』
何かがそう劈く。頭を振るための力もない三角は、黙ってそんな暴力を振るわれるしかできないのだ。
「三角、三角!」
瞬間、三角の体が揺れる。虚ろな目が強制的に切り替えられる。耳を貫いた何かの先を見ると、そこにはレイモンドがいた。いつでもそっと微笑むその人は、今はなぜか笑っていない。どんな表情なのかは読めないが、とにかく笑ってはいなかった。三角の中に、見つめる瞳にあるのが心配であったら良いと過ぎる。なんて惚けた願望だろう。自分達は、そんなことを望んでいい関係ではないというのに。
「……外の具合は、どう?」
レイモンドはただ問う。少しだけ開けたカーテンの間には三角が立っているため、小柄なその人では窓の奥を窺えない。至って自然な問いだった。
「少し、雨足が強いです」
「そう。なら買い出しは明日にしようか」
「え? でも緑系が足りないって……」
「泥汚れを落とすのは面倒だろう? 急務でもないし、わざわざこんな日に出かける必要はないよ」
洗濯のことでも考えたのか、レイモンドは渋そうに顔を歪める。しかしすぐに微笑みを浮かべると、三角へカーテンを閉めるよう言った。
レイモンドが言うならば。ただそれだけを糧に、三角は重い腕でカーテンを中央へ寄せ集める。目の前にはシンプルな無地が広がった。しかし視界を遮ったところで音は煩いし、空気はじっとり重苦しい。鼻腔を通る酸素も粘り気があり、上手く呼吸ができない。このまま雨が上がらなかったら、息の仕方も忘れてしまうのだろうか。そんな疑問が脳を掠める。
「ではワタシは作業に取り掛かろう。恐らく一晩は出てこないだろうから、キミも自由に過ごすといい。どうせ誰も見やしないよ」
レイモンドは淡々と言い終えると、すぐに背中を向けて作業部屋へ歩を進め始めた。背中をなぞるように伸びる長い髪が、三角を迷わず置いて行く。遠くなる。手が届かなくなる。見えなくなって、消えてしまう。ドアの音が二度鳴ると、ついにレイモンドは姿を消した。
「あっ……」
その声は無意識だった。自分の耳ですら拾えるか分からぬほど小さく弱々しい声は、ばつばつと建物を叩く雨音によって容易く飲み込まれる。声ですら、自分はこんなに無力だった。行かないで。それは喉をも通らない。なぜなら三角とレイモンドはそんな関係ではない。そんな言葉を、どうしてかけられよう。ならばせめてと思うのに、仕事に向かう背中へ応援のひとつも思いつかない。三角は今、自分の全てが駄目に思えている。存在がぐらぐらと揺れるような感覚は、いつだって彼の中にあるのだから。
「……っ、レイ、さん……」
わずか数文字の台詞は、雨に溺れて流される。ここに三角は、どこにもいなかった。
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