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gnsnCP系SSまとめ(全年齢)
放浪者の名前
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ほんの少しの興味だった。深い意図は一切なく、ただ風の流れを目で追うような、その程度の小さな仕草。伸ばした腕は対面の者へ伸びており、終着点にされた彼はゾッとする薄ら笑いを浮かべていた。
「好奇心は猫をも殺す、という言葉を知っているかい?」
「……それが、私とどう関係するの」
「ふうん。自覚はあったんだ。すまない、どうせ分からないと思って言ってしまったよ」
貼り付けた笑みに変わりはなく。その不気味さに腹が底冷えした。それが顔に出たのだろう。放浪者はくすりと笑い、己が胸に添えられた蛍の手に自身のものを重ねた。
「それで? この手はどういう意図があるのかな」
「……呼吸、してるのかな、って」
「するわけないだろ。酸素なしでは生きられない君達と一緒にするな」
「それはそうだけど……でもあなたも胸が上下してるから、似たようなことをしてるのかなって」
気になって、と締めきれなかった。言葉にしながら後悔が襲い来る。蛍は、これが猫すら殺める薬物になるのかと気がついた。失言だった。これなら確かに好奇の対象次第では死すこともあるだろう。一回り大きい彼の手を見下ろしながら、罪悪感を燻らせた。しかしまた放浪者の声が届く。今度は棘の減った、淡々とした語り口で。
「呼吸……というより換気かな。無人の部屋も定期的に空気を入れ換えるだろう。それと似たようなものだと思えばいい」
「……そう。ありがとう、教えてくれて」
「あぁ、でも排出された空気の安全性は保障できないかもしれないね。僕を動かすためのパーツが悪さをしていて、毒ガスが出ているとも限らない」
「そんなわけないでしょ」
また変な自虐が始まった、と蛍は思った。その状態で今の彼が人との──不本意ながらでも──接触を受け入れるとは考えられないし、何より影がそのような設計を組むはずがない。ありえない与太話だ。今度は蛍が薄ら笑いを浮かべる番だった。
「だったら試してみるかい?」
蛍が笑うと、放浪者は一瞬だけ眉を跳ねさせる。しかしそれは元の整った形に戻り、その下の目は極上の半月を刻んだ。無意識にそれに視線を奪われる。その隙に、顎が彼の指に掬われた。
「直接吸い込んでも君の体は異常を来さないと、胸を張って言える?」
「もちろん。だって私、あなた如きに負けるほど弱くないから」
「ははは! それはいい。なら勝ってみせろ。死んだら笑ってやるからさ」
「じゃあ笑えないね。ざーんねーん」
「言ってくれる……ほら、口を開けろ」
軽やかな言葉の小突き合い。ぽんぽんと打っていたそれは、放浪者の台詞を最後にぴたりと止まる。蛍の呼吸も、思わず止まった。
訪れたものは冷たい──というよりも、熱を吸い取られるようだった。本当にそうだったのか、中心からじわりじわりと熱さが燻り始める。果たして今は何の時間だったのか。ついさっきまでの会話が思い出せない。頬に当たる鼻先や、額を滑る髪が生々しい。喉の奥から何かが飛び出そう。
見開く目を縁取る蛍の下まつ毛。そこにするりと、彼のものが絡まった。
「っ……!」
あまりの衝撃に慄いた蛍は思わず放浪者を突き飛ばす。すると彼の唇は簡単に離れた。しかしよろけるほど柔でもないので、依然二人の距離は近すぎるままである。
わずかほどの沈黙が立ち込める。何と言えばいいのだろう。だけど頭は真っ白で、思考も回路が錆びたように動かない。そうして蛍が閉口していると、放浪者は可笑しそうに鼻を鳴らした。
「ね……これは、どっちの負けかな?」
放浪者は底意地悪く囁く。加えて彼の綺麗な唇を際立たせるように、親指で縁をなぞりあげた。それを見た瞬間、蛍の脳からぎぎっと鈍い音が響き渡る。
彼は毒ガスなんて吐いていない。そんなものよりよっぽど恐ろしい、痺れる麻薬を纏った男だった。
「好奇心は猫をも殺す、という言葉を知っているかい?」
「……それが、私とどう関係するの」
「ふうん。自覚はあったんだ。すまない、どうせ分からないと思って言ってしまったよ」
貼り付けた笑みに変わりはなく。その不気味さに腹が底冷えした。それが顔に出たのだろう。放浪者はくすりと笑い、己が胸に添えられた蛍の手に自身のものを重ねた。
「それで? この手はどういう意図があるのかな」
「……呼吸、してるのかな、って」
「するわけないだろ。酸素なしでは生きられない君達と一緒にするな」
「それはそうだけど……でもあなたも胸が上下してるから、似たようなことをしてるのかなって」
気になって、と締めきれなかった。言葉にしながら後悔が襲い来る。蛍は、これが猫すら殺める薬物になるのかと気がついた。失言だった。これなら確かに好奇の対象次第では死すこともあるだろう。一回り大きい彼の手を見下ろしながら、罪悪感を燻らせた。しかしまた放浪者の声が届く。今度は棘の減った、淡々とした語り口で。
「呼吸……というより換気かな。無人の部屋も定期的に空気を入れ換えるだろう。それと似たようなものだと思えばいい」
「……そう。ありがとう、教えてくれて」
「あぁ、でも排出された空気の安全性は保障できないかもしれないね。僕を動かすためのパーツが悪さをしていて、毒ガスが出ているとも限らない」
「そんなわけないでしょ」
また変な自虐が始まった、と蛍は思った。その状態で今の彼が人との──不本意ながらでも──接触を受け入れるとは考えられないし、何より影がそのような設計を組むはずがない。ありえない与太話だ。今度は蛍が薄ら笑いを浮かべる番だった。
「だったら試してみるかい?」
蛍が笑うと、放浪者は一瞬だけ眉を跳ねさせる。しかしそれは元の整った形に戻り、その下の目は極上の半月を刻んだ。無意識にそれに視線を奪われる。その隙に、顎が彼の指に掬われた。
「直接吸い込んでも君の体は異常を来さないと、胸を張って言える?」
「もちろん。だって私、あなた如きに負けるほど弱くないから」
「ははは! それはいい。なら勝ってみせろ。死んだら笑ってやるからさ」
「じゃあ笑えないね。ざーんねーん」
「言ってくれる……ほら、口を開けろ」
軽やかな言葉の小突き合い。ぽんぽんと打っていたそれは、放浪者の台詞を最後にぴたりと止まる。蛍の呼吸も、思わず止まった。
訪れたものは冷たい──というよりも、熱を吸い取られるようだった。本当にそうだったのか、中心からじわりじわりと熱さが燻り始める。果たして今は何の時間だったのか。ついさっきまでの会話が思い出せない。頬に当たる鼻先や、額を滑る髪が生々しい。喉の奥から何かが飛び出そう。
見開く目を縁取る蛍の下まつ毛。そこにするりと、彼のものが絡まった。
「っ……!」
あまりの衝撃に慄いた蛍は思わず放浪者を突き飛ばす。すると彼の唇は簡単に離れた。しかしよろけるほど柔でもないので、依然二人の距離は近すぎるままである。
わずかほどの沈黙が立ち込める。何と言えばいいのだろう。だけど頭は真っ白で、思考も回路が錆びたように動かない。そうして蛍が閉口していると、放浪者は可笑しそうに鼻を鳴らした。
「ね……これは、どっちの負けかな?」
放浪者は底意地悪く囁く。加えて彼の綺麗な唇を際立たせるように、親指で縁をなぞりあげた。それを見た瞬間、蛍の脳からぎぎっと鈍い音が響き渡る。
彼は毒ガスなんて吐いていない。そんなものよりよっぽど恐ろしい、痺れる麻薬を纏った男だった。