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gnsnCP系SSまとめ(全年齢)
放浪者の名前
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旅の最中で人と会わないことはままある。むしろその時間の方が多い可能性すらあるだろう。そんな時はどうしても日時の感覚があやふやになる。多分三日経った、というようなふわふわした認識になってしまうのだ。故に時々人と会った時に体内時計のズレを直しては、まるで昨日や明日へ行き来したような心持ちになる。久々にそれが起こったのは塵歌壺の中だった。
「年はとうに明けたよ。まさか気づいてなかったのかい?」
しばらくはあえて野宿していたため、ここに訪れるのも久しぶりだった。そしてついつい壺の中の整理を後回しにしがちな蛍を見かねた放浪者が手入れを行うのもすっかり定着している。礼を述べても当人は「恩返しの一端だよ」と蛍の言葉を受け取らないが。
「食事は?」
「まだ」
「ならちょうどいい。料理愛好会から大量の食材を押し付けられたんだ。今から作るから君たちで処理してくれないか?」
「本当? あなたの料理美味しいからパイモンも喜ぶよ」
キッチンから頭を覗かせる袋の正体に納得した蛍は顔を綻ばせる。初めて放浪者に手料理を振舞ってもらってからは、すっかり胃袋は彼の虜。それは食に目がない相棒も同様で、普段はつっけんどんな態度を翻して頬を落とす。その様子を放浪者がからかってはパイモンがぷりぷり怒る、というのがこのメンバーによる食卓の光景だった。今彼女は別室で眠っている。ゆっくり疲れを癒してからたっぷり美食を堪能する、きっとパイモンにはこれ以上ない労いになると蛍は確信していた。
「……あぁ、せっかくだから君もやってみる?」
「料理を? 手伝えることがあるならやるよ」
「それも間違いではないけど……火水はじめ、だよ」
「ひめはじめ?」
「他国にはない文化だから分からないか。今日、一月二日に初めて火や水を使うことだよ」
「へぇ、そういうのがあるんだ」
どこの国にも特色はあるが、稲妻のそれは風情がある。火水はじめを語る彼の顔はどこか寂しげで、しかし同時に柔和な色も混ざっていた。きっと触れるのは野暮なこと。蛍はメニューだけ問いつつ、襷をかける放浪者の隣へ寄り添った。
料理ができても箸をつけても、やがて全ての皿が空になっても、パイモンがやって来ることはなかった。匂いに釣られるという予想は完全に裏切られたことで、いかに彼女が疲れていたかを痛感する。やはり野宿は最終手段にすべきかと蛍は思考した。
「はぁ……ちょっと食べすぎちゃったかも」
「ちっこいのの分も加味していたのにね。あいつ、これで足りるかな」
「多分足りない。でも美味しくて我慢できなかった」
「いつもと変わらないけど?」
「そうかもね。でも……何でだろう。いつもと同じでも、ちょっと特別なことがあるとより美味しく感じるんだ」
放浪者の料理は美味しい。大抵のものは一定以上の水準を保っていて、いつでも同じ味を楽しめる。何だかんだ生真面目な彼らしく、冒険した調理もしない。だから今蛍の腹を埋めたものたちだっていつもと同じ、ほっと落ち着くものだった、はずなのに。
「火も水もよく使うけど、火水はじめって言われると気が引き締まったな」
「そういうものかい?」
「そうだよ。ありがとう放浪者。素敵な機会を与えてくれて」
「気まぐれに対して礼を言うなんて、暇な奴だな」
「ふふ、うん。久しぶりにゆっくりしてるかも」
蛍が笑うと、放浪者は苦々しげに舌打ちをする。それが不思議と穏やかな光景に思えた。
「放浪者。良かったら泊まっていきなよ」
「はぁ? まさか夕餉も作らせるつもり?」
「あ、それもいいな……って、そうじゃなくて。せっかくだから一番乗りしちゃおうかなー、なんて」
「……必要ないって去年も言っただろう」
言わんとすることを察した放浪者は更に眉間を寄せる。湯呑みに口をつけ、それを大きく傾けた。よくあの苦さをこうも一気に呷れるものだと蛍は感心した。
「じゃあ帰ってもいいよ」
縛り付けるつもりはない。命令でも頼みでもなく、ただ蛍個人の願望だから。それを聞き入れるか否かの選択権は彼にのみ委ねられる。さて果たして放浪者はどちらを選ぶのだろうか。
窓から射し込む日は眩い。今日はこれに身を預けてゆったり寛ぐのもいいかもしれない。ほうと目を閉じた蛍に、皿を下げろと厳しい声が降り掛かった。
後日、たまたま抵抗軍の皆と再会した時。放浪者とひめはじめをしたと雑談したらなぜか彼らは気まずそうだったり恥ずかしそうな顔を浮かべていた。しかしその理由を蛍が察することはなかった。
「年はとうに明けたよ。まさか気づいてなかったのかい?」
しばらくはあえて野宿していたため、ここに訪れるのも久しぶりだった。そしてついつい壺の中の整理を後回しにしがちな蛍を見かねた放浪者が手入れを行うのもすっかり定着している。礼を述べても当人は「恩返しの一端だよ」と蛍の言葉を受け取らないが。
「食事は?」
「まだ」
「ならちょうどいい。料理愛好会から大量の食材を押し付けられたんだ。今から作るから君たちで処理してくれないか?」
「本当? あなたの料理美味しいからパイモンも喜ぶよ」
キッチンから頭を覗かせる袋の正体に納得した蛍は顔を綻ばせる。初めて放浪者に手料理を振舞ってもらってからは、すっかり胃袋は彼の虜。それは食に目がない相棒も同様で、普段はつっけんどんな態度を翻して頬を落とす。その様子を放浪者がからかってはパイモンがぷりぷり怒る、というのがこのメンバーによる食卓の光景だった。今彼女は別室で眠っている。ゆっくり疲れを癒してからたっぷり美食を堪能する、きっとパイモンにはこれ以上ない労いになると蛍は確信していた。
「……あぁ、せっかくだから君もやってみる?」
「料理を? 手伝えることがあるならやるよ」
「それも間違いではないけど……火水はじめ、だよ」
「ひめはじめ?」
「他国にはない文化だから分からないか。今日、一月二日に初めて火や水を使うことだよ」
「へぇ、そういうのがあるんだ」
どこの国にも特色はあるが、稲妻のそれは風情がある。火水はじめを語る彼の顔はどこか寂しげで、しかし同時に柔和な色も混ざっていた。きっと触れるのは野暮なこと。蛍はメニューだけ問いつつ、襷をかける放浪者の隣へ寄り添った。
料理ができても箸をつけても、やがて全ての皿が空になっても、パイモンがやって来ることはなかった。匂いに釣られるという予想は完全に裏切られたことで、いかに彼女が疲れていたかを痛感する。やはり野宿は最終手段にすべきかと蛍は思考した。
「はぁ……ちょっと食べすぎちゃったかも」
「ちっこいのの分も加味していたのにね。あいつ、これで足りるかな」
「多分足りない。でも美味しくて我慢できなかった」
「いつもと変わらないけど?」
「そうかもね。でも……何でだろう。いつもと同じでも、ちょっと特別なことがあるとより美味しく感じるんだ」
放浪者の料理は美味しい。大抵のものは一定以上の水準を保っていて、いつでも同じ味を楽しめる。何だかんだ生真面目な彼らしく、冒険した調理もしない。だから今蛍の腹を埋めたものたちだっていつもと同じ、ほっと落ち着くものだった、はずなのに。
「火も水もよく使うけど、火水はじめって言われると気が引き締まったな」
「そういうものかい?」
「そうだよ。ありがとう放浪者。素敵な機会を与えてくれて」
「気まぐれに対して礼を言うなんて、暇な奴だな」
「ふふ、うん。久しぶりにゆっくりしてるかも」
蛍が笑うと、放浪者は苦々しげに舌打ちをする。それが不思議と穏やかな光景に思えた。
「放浪者。良かったら泊まっていきなよ」
「はぁ? まさか夕餉も作らせるつもり?」
「あ、それもいいな……って、そうじゃなくて。せっかくだから一番乗りしちゃおうかなー、なんて」
「……必要ないって去年も言っただろう」
言わんとすることを察した放浪者は更に眉間を寄せる。湯呑みに口をつけ、それを大きく傾けた。よくあの苦さをこうも一気に呷れるものだと蛍は感心した。
「じゃあ帰ってもいいよ」
縛り付けるつもりはない。命令でも頼みでもなく、ただ蛍個人の願望だから。それを聞き入れるか否かの選択権は彼にのみ委ねられる。さて果たして放浪者はどちらを選ぶのだろうか。
窓から射し込む日は眩い。今日はこれに身を預けてゆったり寛ぐのもいいかもしれない。ほうと目を閉じた蛍に、皿を下げろと厳しい声が降り掛かった。
後日、たまたま抵抗軍の皆と再会した時。放浪者とひめはじめをしたと雑談したらなぜか彼らは気まずそうだったり恥ずかしそうな顔を浮かべていた。しかしその理由を蛍が察することはなかった。