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gnsnCP系SSまとめ(全年齢)
放浪者の名前
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ふと肌が震える時がある。硝子や水面、よく磨かれたグラスに、相対する者の瞳。そこに映り込んだものを認識すると、抗えない寂寥に包まれるのだ。それは決まって飢えた時。蛍には片割れの面影がある自分の顔に心が軋む、そんな日があった。
「ずいぶんと暗い顔をしているね。お腹でも痛い?」
「痛くない」
「ふぅん。なら気が滅入る顔はやめてくれないかな。僕の好みじゃないからね」
「あなたを喜ばせるためにしてるわけじゃない」
ただでさえ沈んでいるというのに、隣の男は蛍をからかうことしかしない。元々彼に甘い台詞をかけることはないが、今は一層言葉が尖る。早くひとりになりたいのに。蛍から離れることを嫌うパイモンすら気を遣ってくれているのに、どうして彼は蛍の傍から離れないのだろう。どうせ碌な理由はないのだろうが。
「そうそう。教令院のやつからもらった品があるんだけど、僕には必要がないんだ。引き取ってくれないかい?」
「……何?」
一応催促すると、放浪者は袖の中から何かを取り出した。あまり厚みのない深緑の円状だ。白い手に阻まれて全体像が見えないから、それが何であるかは予測がつかない。少なくとも、ぱっと見では蛍に必要かも分からなかった。
「はい、どうぞ」
放浪者は円盤の表裏を手で覆い、ぱかりと開けてみせる。蓋の裏側には何かが嵌め込まれていた。今の蛍にとって、目にしたくないものが。
「手鏡だって。道楽で作ったけど持て余してるとか言ってたかな。常に屋根の下にいるとは限らない君になら、最低限の仕事はしてくれるんじゃない?」
とても綺麗な、まっさらでぴかぴかの板。曇りのないそれは、身嗜みを確かめたい時にはさぞ役に立つだろう。しかし今はその美しさが痛々しい。そこに映る蛍の顔は酷く歪んでいた。歪むあまり、いつか覗いた割れた鏡の中と同じ光景すら目に浮かぶ。
「うっ……空、どうして……そら……」
どうして自分を置いて行くのか。なぜアビス共に『王子』などと祭り上げられているのか。分からない。産まれる前からずっと一緒にいた、蛍にとって誰よりも近く、愛おしい存在。それが自分を切り離すような行動を取ることが、今日は重たくのしかかった。彼女は己につけられた傷に、じくじくと蝕まれていく。
「……ははっ。それ、その顔は嫌いじゃないよ」
こんなにも切ないのに、放浪者は頭を抱える蛍を笑う。蛍は放浪者の名を呼んだ。「どうして」という疑問を込めて、自身がつけた彼の名を。しかし彼は答えない。ただくすくすと微笑むだけ。細めた瞼の奥に嵌め込まれている、硝子玉のようにつるりと煌めく藍色の瞳には、やはり蛍の顔が映っていた。
「ずいぶんと暗い顔をしているね。お腹でも痛い?」
「痛くない」
「ふぅん。なら気が滅入る顔はやめてくれないかな。僕の好みじゃないからね」
「あなたを喜ばせるためにしてるわけじゃない」
ただでさえ沈んでいるというのに、隣の男は蛍をからかうことしかしない。元々彼に甘い台詞をかけることはないが、今は一層言葉が尖る。早くひとりになりたいのに。蛍から離れることを嫌うパイモンすら気を遣ってくれているのに、どうして彼は蛍の傍から離れないのだろう。どうせ碌な理由はないのだろうが。
「そうそう。教令院のやつからもらった品があるんだけど、僕には必要がないんだ。引き取ってくれないかい?」
「……何?」
一応催促すると、放浪者は袖の中から何かを取り出した。あまり厚みのない深緑の円状だ。白い手に阻まれて全体像が見えないから、それが何であるかは予測がつかない。少なくとも、ぱっと見では蛍に必要かも分からなかった。
「はい、どうぞ」
放浪者は円盤の表裏を手で覆い、ぱかりと開けてみせる。蓋の裏側には何かが嵌め込まれていた。今の蛍にとって、目にしたくないものが。
「手鏡だって。道楽で作ったけど持て余してるとか言ってたかな。常に屋根の下にいるとは限らない君になら、最低限の仕事はしてくれるんじゃない?」
とても綺麗な、まっさらでぴかぴかの板。曇りのないそれは、身嗜みを確かめたい時にはさぞ役に立つだろう。しかし今はその美しさが痛々しい。そこに映る蛍の顔は酷く歪んでいた。歪むあまり、いつか覗いた割れた鏡の中と同じ光景すら目に浮かぶ。
「うっ……空、どうして……そら……」
どうして自分を置いて行くのか。なぜアビス共に『王子』などと祭り上げられているのか。分からない。産まれる前からずっと一緒にいた、蛍にとって誰よりも近く、愛おしい存在。それが自分を切り離すような行動を取ることが、今日は重たくのしかかった。彼女は己につけられた傷に、じくじくと蝕まれていく。
「……ははっ。それ、その顔は嫌いじゃないよ」
こんなにも切ないのに、放浪者は頭を抱える蛍を笑う。蛍は放浪者の名を呼んだ。「どうして」という疑問を込めて、自身がつけた彼の名を。しかし彼は答えない。ただくすくすと微笑むだけ。細めた瞼の奥に嵌め込まれている、硝子玉のようにつるりと煌めく藍色の瞳には、やはり蛍の顔が映っていた。