未設定の場合は「放浪者」になります
gnsnCP系SSまとめ(全年齢)
放浪者の名前
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言い訳をさせてほしい。いつもならこの程度の衝撃も簡単に避けられる。上からの飛翔物にぶつかるような身のこなしじゃ旅人なんて務まらない。でも今回はしょうがなかったんだ。私が避けたら、彼が机の角に顔をぶつけていたんだから。そもそも変に飛びかかってくる方が悪いような気もするけど、だからって無視するのも夢見が悪いし。
だから放浪者の顔が異様に近いのだって、仕方ないことなんだ。
「……大丈夫?」
「先に他人の心配かい? 恨み言くらい零してもいいと思うけど」
「恨み? どういうこと?」
「……別に。まぁ、今は僕が悪かったよ」
放浪者は体を起こして私から離れる。背中を向けながら笠に触れて、そのままどこかに消えていった。唇の感触も、あっさり忘れている。私にとってどうでもいいことだから。でも不思議と脳には綾華との会話が浮かんでいた。
「綾華、間接でも恥ずかしそうだったな……」
稲妻に顔を出した時のこと。久しぶりに会った綾華と木漏茶屋でご飯を食べていた。私が差し出す箸に口をつけながら白い頬を染めて照れていた彼女は新鮮で楽しかった記憶がある。でも今気になるのはそこじゃなくて、ついさっきの出来事だ。たまたまぶつかったのがお互いの唇なだけ。どんなものにもドライな反応の放浪者だけど、そんな彼がどれほど繊細なのか知っている。もし放浪者もそういうことを気にする人だったらと思うと、眉が歪むのを止められなかった。
スメールにはあと何日か残る予定だ。しかも教令院にも用事がある。何だかんだ真面目に通っているらしいから、バッタリ出くわすかもしれない。どうしよう。彼の柔らかいところに傷をつけてしまっていたら。友好……とは言いきれないけど、悪くない関係は築けていると思っていたのに。もしあれがきっかけで私達の関係が変な方に向かってしまったら。もう三日くらい経ったけど、気まずさから放浪者がいそうなところを避けている。これも結構不便だった。
知恵の殿堂でやることを手早く済ませて出ていこう。パイモンがプスパカフェで待っているし、どっちにしろ長引かせるのは申し訳ない。落ち着かない仕草の私を見る学生が少し怪訝な顔をしていたけど、依頼はきっちり終わらせたんだからきっと大丈夫。あとはここを立ち去って遠回りをすれば……
「こんにちは、不審者さん」
「……っ!?」
まずい。背後から一番聞きたくない声がする。しかも明らかに至近距離。聞こえない振りが無理なほど。ぎこちなく振り返ると、そこにはやっぱり放浪者がいた。
「どうしてだろう。君とは最近会ったのにとても久々な感じがするよ。何でだと思う?」
そう笑う顔は、放浪者としての彼と初めて会った時と似てる。でもその時みたいな清廉さはなくて、むしろ黒い圧を感じた。穏やかな声は皮肉じみてる。とても下手なことは言えなかった。
「……そんなに嫌だった?」
「え……何が?」
「とぼけなくていい。ここしばらくの君が答えているからね。あんなもの、転んで床にぶつかったようなものだよ。だからこれ以上気持ちの悪い行動をやめてくれないか」
放浪者は呆れたようにつらつらと喋る。一体何の話だろう? 彼の言葉を噛み砕く。そんな私へ彼は更に続けた。
「それとも謝罪が不満だった? 土下座でもすれば気が済むのかい? そこまで憤ることだったのか?」
「謝罪って……え、まさか、あの時の……?」
最近放浪者のそれを聞いたのなんて一回しかない。でもまだ私の中では話がうまく繋がらなくて、声も怪しくなってしまった。彼はますます表情を歪める。
「ショックで記憶も曖昧になった? ならそれでいいのかもね」
「え、待って。別に私は何とも思ってなかったんだけど……?」
「はぁ? ならなぜ僕を避ける?」
「もしかしたらあなたを傷つけたのかもって……なら、どんな顔であなたと会えばいいのか分からなかった」
「僕の気持ちを決めつけないでほしいね。第一、そんなことでめそめそするような弱い奴に見えた? それなら君はずいぶんとバカだね」
可能性はあるかも、って言ったらどうなるんだろう。でもきっと放浪者はもっと不機嫌になる、それは確実だった。
でも指摘通り。本人が何も言ってないのに想像で変なことをする方がよっぽど失礼だった。こんな簡単なことも分からないなんて、本当に私はバカだった。
「うん。ごめんね放浪者。もうしないから」
「……それは三日分に足りる謝罪だと思うかい?」
「うっ……ごめん。私には分からないから、あなたの気が晴れる罰をちょうだい」
「ふん。さっそく殊勝じゃないか」
食事を奢る。飲食は不要だと断られるだろう。雑務の手伝い? 過去のやり取りから考えればそれも一人で十分だと言うだろうし、そもそも私の用事の数からしてそんな時間もなさそうだ。それ以外に思い浮かぶものも、放浪者への贖罪にはならなさそうなものばかりだ。
「いいだろう。君に罰を与える。そこを動くなよ」
凛と静かな声が耳に響く。彼の言う通り、その場にぴしりと立った。目を逸らすのは不誠実だし、きちんと見ていよう。放浪者は一歩、一歩近付いてくる。予想がつかない罰って怖い。それを潰したくて、拳を握った。
草履の音が止まる。少し上にある目は綺麗で、でも冷たい雰囲気を出している。それを見つめ返していた、ら、急に透き通った藍色が、視界いっぱいに──
「次からは、これに悩み抜くといい」
べ、と舌を出す放浪者。そして意味ありげな流し目を見せながら、袖をひらりと翻す。三日前と同じ……いや。よく似た、だけど全然違う光景。彼の背中が遠のいても、唇が妙に生暖かかった。
「……えっ?」
一体何が起きたんだろう。考えても、その答えは分からなかった。
だから放浪者の顔が異様に近いのだって、仕方ないことなんだ。
「……大丈夫?」
「先に他人の心配かい? 恨み言くらい零してもいいと思うけど」
「恨み? どういうこと?」
「……別に。まぁ、今は僕が悪かったよ」
放浪者は体を起こして私から離れる。背中を向けながら笠に触れて、そのままどこかに消えていった。唇の感触も、あっさり忘れている。私にとってどうでもいいことだから。でも不思議と脳には綾華との会話が浮かんでいた。
「綾華、間接でも恥ずかしそうだったな……」
稲妻に顔を出した時のこと。久しぶりに会った綾華と木漏茶屋でご飯を食べていた。私が差し出す箸に口をつけながら白い頬を染めて照れていた彼女は新鮮で楽しかった記憶がある。でも今気になるのはそこじゃなくて、ついさっきの出来事だ。たまたまぶつかったのがお互いの唇なだけ。どんなものにもドライな反応の放浪者だけど、そんな彼がどれほど繊細なのか知っている。もし放浪者もそういうことを気にする人だったらと思うと、眉が歪むのを止められなかった。
スメールにはあと何日か残る予定だ。しかも教令院にも用事がある。何だかんだ真面目に通っているらしいから、バッタリ出くわすかもしれない。どうしよう。彼の柔らかいところに傷をつけてしまっていたら。友好……とは言いきれないけど、悪くない関係は築けていると思っていたのに。もしあれがきっかけで私達の関係が変な方に向かってしまったら。もう三日くらい経ったけど、気まずさから放浪者がいそうなところを避けている。これも結構不便だった。
知恵の殿堂でやることを手早く済ませて出ていこう。パイモンがプスパカフェで待っているし、どっちにしろ長引かせるのは申し訳ない。落ち着かない仕草の私を見る学生が少し怪訝な顔をしていたけど、依頼はきっちり終わらせたんだからきっと大丈夫。あとはここを立ち去って遠回りをすれば……
「こんにちは、不審者さん」
「……っ!?」
まずい。背後から一番聞きたくない声がする。しかも明らかに至近距離。聞こえない振りが無理なほど。ぎこちなく振り返ると、そこにはやっぱり放浪者がいた。
「どうしてだろう。君とは最近会ったのにとても久々な感じがするよ。何でだと思う?」
そう笑う顔は、放浪者としての彼と初めて会った時と似てる。でもその時みたいな清廉さはなくて、むしろ黒い圧を感じた。穏やかな声は皮肉じみてる。とても下手なことは言えなかった。
「……そんなに嫌だった?」
「え……何が?」
「とぼけなくていい。ここしばらくの君が答えているからね。あんなもの、転んで床にぶつかったようなものだよ。だからこれ以上気持ちの悪い行動をやめてくれないか」
放浪者は呆れたようにつらつらと喋る。一体何の話だろう? 彼の言葉を噛み砕く。そんな私へ彼は更に続けた。
「それとも謝罪が不満だった? 土下座でもすれば気が済むのかい? そこまで憤ることだったのか?」
「謝罪って……え、まさか、あの時の……?」
最近放浪者のそれを聞いたのなんて一回しかない。でもまだ私の中では話がうまく繋がらなくて、声も怪しくなってしまった。彼はますます表情を歪める。
「ショックで記憶も曖昧になった? ならそれでいいのかもね」
「え、待って。別に私は何とも思ってなかったんだけど……?」
「はぁ? ならなぜ僕を避ける?」
「もしかしたらあなたを傷つけたのかもって……なら、どんな顔であなたと会えばいいのか分からなかった」
「僕の気持ちを決めつけないでほしいね。第一、そんなことでめそめそするような弱い奴に見えた? それなら君はずいぶんとバカだね」
可能性はあるかも、って言ったらどうなるんだろう。でもきっと放浪者はもっと不機嫌になる、それは確実だった。
でも指摘通り。本人が何も言ってないのに想像で変なことをする方がよっぽど失礼だった。こんな簡単なことも分からないなんて、本当に私はバカだった。
「うん。ごめんね放浪者。もうしないから」
「……それは三日分に足りる謝罪だと思うかい?」
「うっ……ごめん。私には分からないから、あなたの気が晴れる罰をちょうだい」
「ふん。さっそく殊勝じゃないか」
食事を奢る。飲食は不要だと断られるだろう。雑務の手伝い? 過去のやり取りから考えればそれも一人で十分だと言うだろうし、そもそも私の用事の数からしてそんな時間もなさそうだ。それ以外に思い浮かぶものも、放浪者への贖罪にはならなさそうなものばかりだ。
「いいだろう。君に罰を与える。そこを動くなよ」
凛と静かな声が耳に響く。彼の言う通り、その場にぴしりと立った。目を逸らすのは不誠実だし、きちんと見ていよう。放浪者は一歩、一歩近付いてくる。予想がつかない罰って怖い。それを潰したくて、拳を握った。
草履の音が止まる。少し上にある目は綺麗で、でも冷たい雰囲気を出している。それを見つめ返していた、ら、急に透き通った藍色が、視界いっぱいに──
「次からは、これに悩み抜くといい」
べ、と舌を出す放浪者。そして意味ありげな流し目を見せながら、袖をひらりと翻す。三日前と同じ……いや。よく似た、だけど全然違う光景。彼の背中が遠のいても、唇が妙に生暖かかった。
「……えっ?」
一体何が起きたんだろう。考えても、その答えは分からなかった。