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gnsnCP系SSまとめ(全年齢)
放浪者の名前
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一度目は神で、二度目は家族。三度目は同類で、四度目は大嘘吐きの同僚。これほど裏切られた過去があれば、情持つ者を頑なへ作り替えるには充分だった。いかにそれが純朴で清廉であっても──いや。むしろそうであるほど、柔らかなナニカは簡単に陵辱され、外壁を拒絶で塗装する。内から湧く諦念と憎悪のみが、空っぽの中身を埋める権利を許される。ただ一点、中心に残る空洞を除いて。とはいえ納めるべき心はもうそこから消えている。今更それに未練はないが、赤子へ孵ってでも欲したモノへの本能的依存は拭えない。
有り体に言えば、『それ』は心が欲しかった。
「……何、それ」
「半紙よ。知っているでしょう?」
「なぜ君がそんなものを持っているのかと聞いている」
「先日まで稲妻に赴いていた子からお裾分けしてもらったの。実物は初めて見たのだけれど……ええ、これも素敵ね」
「ちゃんと使えるのか? どうせ筆で破いたり、ぐしゃぐしゃにしているんだろう」
「そうなのよね……文鎮を置いても、筆をゆっくり動かしてもダメなの。そこであなたにお願いがあって」
「無理だね。知識は集めたんだろう? なら僕に教えられることはない。残るのはコツだ。体で覚えなよ」
「そのコツを知りたいのよ」
「そもそも君には不要だろう? そんなことに時間を割くくらいなら、僕に寄越した仕事を二、三引き取ってもらいたいね」
放浪者が肩を竦めると、ナヒーダは仕方ないと微笑む。その笑みは残念だと語っていた。白い眉を下げる姿に癪がじくりと震えるが、かといってテーブルに広がる習字セットと関わりたくもない。初めて触れるナヒーダには楽しいのかもしれないが、彼にとってそれは少々苦味が強すぎる。その理由を求めて思考を巡らせるのも忌避したいほどに。そんな感情すら、放浪者の胸を掻き毟った。
「あ……」
不格好に握った筆で硯と半紙を交互に動かしていたナヒーダ。ぎこちなかった背中からは硬さが抜け、代わりに寂寥に似たものを纏っている。近寄って様子を伺うと、理由もすぐに判明した。
「墨が落ちてしまったわ」
ナヒーダの前に敷かれた半紙には小さな黒点が。繊細な紙はすぐに墨を吸い、じわりじわりと汚れを広げる。
──それ見たことか。だから不要だと言ったのに。無言で半紙を丸める放浪者を、ナヒーダも口を閉じて見つめていた。
◆
砂漠は疲れる。踏む度に沈む砂や、じりじり照る太陽。斜面や崖も多いため、余分な体力を奪うのだ。だからだろうか。蛍はぜひこの探索に放浪者も着いてきてほしいと乞うてきた。命令されれば従うのだ。いちいち許可を求める必要はない。しかし彼女が放浪者の同意を得ることを諦めたことは一度もなかった。それが妙に苛つく。彼にとっては、むしろいらぬ気を遣われる方が気疲れするというのに。
「あそこに神の瞳がある!」
「ん……あぁ、なるほど。取ってくればいいんだね?」
「あなたずっと動いてたから疲れてるでしょ? あそこなら私でも行けるから大丈夫だよ」
「僕を人間と同列に扱わないでくれるかな。君達と違って体力なんてものもない。それとも、これくらいで使えなくなるような不良品とでも?」
「まぁ、あなたよりは非力かもしれないけど……でもこんなに暑いんだから、不便ではあるでしょ? クローバーマークもあるし、すぐ移動できるよ。ちょっと待ってて」
「あっ、おい……!」
蛍は放浪者の静止も聞かずクローバーマークへ飛び込んだ。さすが歴戦、上へ飛び移る姿に不安定さはなく、あっという間に神の瞳を回収し地上へ戻ってきた。そして彼女は「ね?」と得意気に笑う。それも無性に腹立った。
「ひだだ……! ひょっと、ひゃに!」
「その程度で調子に乗るなよ。いつか痛い目見ても知らないからね」
「いまみひぇる! ひゃなひてー!」
蛍の柔らかな頬をきりきり摘み上げる。目尻を赤らめながら喚く姿は滑稽で愉快。しかし霧中にいるように翳った頭が晴れるわけでもなく、むしろ腹の中心がむかむかした。
(黙って僕を使えばいいのに)
妙に懐かしさを覚える彼女からの扱われ方が、どうしてこんなに不快なのだろう。『心』のない人形には、考えても分からなかった。
◆
一行は日が沈む前に砂漠を出、スメールシティへ戻った。やはりいつもより消耗が大きかったらしい。蛍とパイモンに浮かぶ疲労がいつもより濃かった。
「今日はありがとう。すごく助かった」
「それが役目だったからね。いちいち礼を言う必要はない」
「私が言いたいの。素直に受け取って?」
「本当、君は図太いな……」
「お前ほどじゃないだろー」
「何か言ったか?」
「ギャッ! やめろよその顔、怖いだろ!」
茶々を入れるパイモンの首根っこを掴んで揺らせば、彼女も先刻の蛍と似たようにやいのやいのと騒ぎ立てる。小心者のパイモンは、少し睨みを効かせるだけで震え上がるから面白い。不快どころか愉悦を覚える。左右にぶらぶらさせていると、見かねた蛍がパイモンを抱き寄せた。
「た、旅人……!」
「あまりパイモンをからかわないでよ。それは私の特権なんだから」
「おい! お前にも許した覚えはないぞ!」
「それは残念。からかってもムカつく君はやめて、今度からはそいつで遊ぼうと思っていたのに」
「恐ろしい計画を立てるなよ……!」
自分を玩具にしてくる二人に囲まれたパイモンは、辛抱堪らんと蛍の胸から脱出する。そしてぷりぷり怒りながら先に飛んで行った。ちょうど別れ時だ。自分も退散してスラサタンナ聖処へ戻ろうと踵を返したその時、蛍がぽつりと問いかけた。
「私をからかうのはムカつくの?」
「ああムカつくね。僕相手に猫を被っちゃってさ。腸が煮えくり返りそうだよ」
「猫なんて被ってない」
「被ってるだろう。心ある対応なんかしちゃってさ」
放浪者が腕を広げる。白い袖が宙に広がって、すっかり暗くなったシティを覆い隠した。
「例え世界が忘れても僕は罪人だ。いや……そもそも人でもない。君は、心のない奴に誠意を向けても無駄だということを知るべきだ」
これは忠告などではない。ただ自分が苛々するからやめろというわがままだ。心を持つ馴れ合いは、ぜひ他所の人間とやってほしい。それを胸の空っぽな容器と試みたって無駄なのに、それでも触れようと手を伸ばす白い腕が憎たらしい──だから、これ以上近寄らないでほしかった。
「あなたにとってないのなら、ないんだ」
「は?」
「心。放浪者は、持っていない」
「……そうだよ」
蛍の言う通りだ。この身を火に焚べたって、灰の中からモノが出てくることはない。ただ汚くて煩わしい粉末が残るだけなのだ。そんなことはとうの昔から知っている。今更痛める感傷も、ない。
「でも私には見えてるから、あなたの求める対応はできないの」
しかし彼女は言葉を加える。それも、理解できない内容を。放浪者が呆けて目を丸めても、蛍の真面目な表情は揺らがない。
夜の中でも光を伴う金の瞳が放浪者を見つめる。彼女は忌々しい細腕を伸ばすと、彼の胸元に手を置いた。
「服、冷たいね」
温度に鈍感なボディは、指摘されるまでそれに気付かなかった。確かに長らく夜の中にいたのだから、多少冷えていてもおかしくない。尤も、それが彼に大きな影響を及ぼすこともないのだが。
蛍の背後に広がる夜空。両の手を開いても掴めない真っ暗なそれは、ぐしゃぐしゃに丸めることも叶わない。今夜はなんて、汚い空だろう。
有り体に言えば、『それ』は心が欲しかった。
「……何、それ」
「半紙よ。知っているでしょう?」
「なぜ君がそんなものを持っているのかと聞いている」
「先日まで稲妻に赴いていた子からお裾分けしてもらったの。実物は初めて見たのだけれど……ええ、これも素敵ね」
「ちゃんと使えるのか? どうせ筆で破いたり、ぐしゃぐしゃにしているんだろう」
「そうなのよね……文鎮を置いても、筆をゆっくり動かしてもダメなの。そこであなたにお願いがあって」
「無理だね。知識は集めたんだろう? なら僕に教えられることはない。残るのはコツだ。体で覚えなよ」
「そのコツを知りたいのよ」
「そもそも君には不要だろう? そんなことに時間を割くくらいなら、僕に寄越した仕事を二、三引き取ってもらいたいね」
放浪者が肩を竦めると、ナヒーダは仕方ないと微笑む。その笑みは残念だと語っていた。白い眉を下げる姿に癪がじくりと震えるが、かといってテーブルに広がる習字セットと関わりたくもない。初めて触れるナヒーダには楽しいのかもしれないが、彼にとってそれは少々苦味が強すぎる。その理由を求めて思考を巡らせるのも忌避したいほどに。そんな感情すら、放浪者の胸を掻き毟った。
「あ……」
不格好に握った筆で硯と半紙を交互に動かしていたナヒーダ。ぎこちなかった背中からは硬さが抜け、代わりに寂寥に似たものを纏っている。近寄って様子を伺うと、理由もすぐに判明した。
「墨が落ちてしまったわ」
ナヒーダの前に敷かれた半紙には小さな黒点が。繊細な紙はすぐに墨を吸い、じわりじわりと汚れを広げる。
──それ見たことか。だから不要だと言ったのに。無言で半紙を丸める放浪者を、ナヒーダも口を閉じて見つめていた。
◆
砂漠は疲れる。踏む度に沈む砂や、じりじり照る太陽。斜面や崖も多いため、余分な体力を奪うのだ。だからだろうか。蛍はぜひこの探索に放浪者も着いてきてほしいと乞うてきた。命令されれば従うのだ。いちいち許可を求める必要はない。しかし彼女が放浪者の同意を得ることを諦めたことは一度もなかった。それが妙に苛つく。彼にとっては、むしろいらぬ気を遣われる方が気疲れするというのに。
「あそこに神の瞳がある!」
「ん……あぁ、なるほど。取ってくればいいんだね?」
「あなたずっと動いてたから疲れてるでしょ? あそこなら私でも行けるから大丈夫だよ」
「僕を人間と同列に扱わないでくれるかな。君達と違って体力なんてものもない。それとも、これくらいで使えなくなるような不良品とでも?」
「まぁ、あなたよりは非力かもしれないけど……でもこんなに暑いんだから、不便ではあるでしょ? クローバーマークもあるし、すぐ移動できるよ。ちょっと待ってて」
「あっ、おい……!」
蛍は放浪者の静止も聞かずクローバーマークへ飛び込んだ。さすが歴戦、上へ飛び移る姿に不安定さはなく、あっという間に神の瞳を回収し地上へ戻ってきた。そして彼女は「ね?」と得意気に笑う。それも無性に腹立った。
「ひだだ……! ひょっと、ひゃに!」
「その程度で調子に乗るなよ。いつか痛い目見ても知らないからね」
「いまみひぇる! ひゃなひてー!」
蛍の柔らかな頬をきりきり摘み上げる。目尻を赤らめながら喚く姿は滑稽で愉快。しかし霧中にいるように翳った頭が晴れるわけでもなく、むしろ腹の中心がむかむかした。
(黙って僕を使えばいいのに)
妙に懐かしさを覚える彼女からの扱われ方が、どうしてこんなに不快なのだろう。『心』のない人形には、考えても分からなかった。
◆
一行は日が沈む前に砂漠を出、スメールシティへ戻った。やはりいつもより消耗が大きかったらしい。蛍とパイモンに浮かぶ疲労がいつもより濃かった。
「今日はありがとう。すごく助かった」
「それが役目だったからね。いちいち礼を言う必要はない」
「私が言いたいの。素直に受け取って?」
「本当、君は図太いな……」
「お前ほどじゃないだろー」
「何か言ったか?」
「ギャッ! やめろよその顔、怖いだろ!」
茶々を入れるパイモンの首根っこを掴んで揺らせば、彼女も先刻の蛍と似たようにやいのやいのと騒ぎ立てる。小心者のパイモンは、少し睨みを効かせるだけで震え上がるから面白い。不快どころか愉悦を覚える。左右にぶらぶらさせていると、見かねた蛍がパイモンを抱き寄せた。
「た、旅人……!」
「あまりパイモンをからかわないでよ。それは私の特権なんだから」
「おい! お前にも許した覚えはないぞ!」
「それは残念。からかってもムカつく君はやめて、今度からはそいつで遊ぼうと思っていたのに」
「恐ろしい計画を立てるなよ……!」
自分を玩具にしてくる二人に囲まれたパイモンは、辛抱堪らんと蛍の胸から脱出する。そしてぷりぷり怒りながら先に飛んで行った。ちょうど別れ時だ。自分も退散してスラサタンナ聖処へ戻ろうと踵を返したその時、蛍がぽつりと問いかけた。
「私をからかうのはムカつくの?」
「ああムカつくね。僕相手に猫を被っちゃってさ。腸が煮えくり返りそうだよ」
「猫なんて被ってない」
「被ってるだろう。心ある対応なんかしちゃってさ」
放浪者が腕を広げる。白い袖が宙に広がって、すっかり暗くなったシティを覆い隠した。
「例え世界が忘れても僕は罪人だ。いや……そもそも人でもない。君は、心のない奴に誠意を向けても無駄だということを知るべきだ」
これは忠告などではない。ただ自分が苛々するからやめろというわがままだ。心を持つ馴れ合いは、ぜひ他所の人間とやってほしい。それを胸の空っぽな容器と試みたって無駄なのに、それでも触れようと手を伸ばす白い腕が憎たらしい──だから、これ以上近寄らないでほしかった。
「あなたにとってないのなら、ないんだ」
「は?」
「心。放浪者は、持っていない」
「……そうだよ」
蛍の言う通りだ。この身を火に焚べたって、灰の中からモノが出てくることはない。ただ汚くて煩わしい粉末が残るだけなのだ。そんなことはとうの昔から知っている。今更痛める感傷も、ない。
「でも私には見えてるから、あなたの求める対応はできないの」
しかし彼女は言葉を加える。それも、理解できない内容を。放浪者が呆けて目を丸めても、蛍の真面目な表情は揺らがない。
夜の中でも光を伴う金の瞳が放浪者を見つめる。彼女は忌々しい細腕を伸ばすと、彼の胸元に手を置いた。
「服、冷たいね」
温度に鈍感なボディは、指摘されるまでそれに気付かなかった。確かに長らく夜の中にいたのだから、多少冷えていてもおかしくない。尤も、それが彼に大きな影響を及ぼすこともないのだが。
蛍の背後に広がる夜空。両の手を開いても掴めない真っ暗なそれは、ぐしゃぐしゃに丸めることも叶わない。今夜はなんて、汚い空だろう。