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gnsnCP系SSまとめ(全年齢)
放浪者の名前
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「あなた、人形みたいで不気味ね」
おつかいの成果を差し出す蛍へそう言い放ったのは、任務の依頼をした女性だった。女性は蛍の手から品物をひったくるように奪うと、気味の悪いものへ向ける視線だけをくれて立ち去る。パンチの効いた人だったな、と蛍が胸中で呟くと、いつも隣で揺れるパイモンのそれが一層強まった。
「何だよあいつ! 失礼すぎるだろ!」
「そんなに怒らないの。いいでしょ、報酬はきちんとくれたんだし」
「イヤミを言われることまで任務に入ってないだろ! というか何でお前は怒ってないんだよ! 確かに旅人は反応薄いし、表情も分かり辛いかもしれないけど……でも不気味とまで言うことないだろー!」
「えぇ……」
詰られた当人を置き去りに、彼女は小さな体で全力の怒りを示している。何故と問われても分からない。これまで様々な世界を渡る中で、それ以上に様々な人と出会った。人当たりのいい者もいれば無愛想、何なら先の女性より毒っ気が強い者もいた。それに一喜一憂する行為に対し、蛍は特段価値を感じない。
(それが人形みたいってことなのかな)
だとしても、やはり怒れというのは無理難題。それは蛍の心に何も起こさなかったのだから。どちらかと言えば、蛍のために眉を吊り上げるパイモンへの罪悪感が勝る。彼女はまだ引きずっているようだ。
「……酒場でご飯でも食べる?」
「えっ、いいのか!?」
パイモンの気を逸らすならと放った台詞。それは案の定、彼女の瞳から憤怒を塗り消した。その光景に安堵のような、はたまた心配か。しかし今に限ってはありがたい。モラの詰まった袋を片手に、蛍達はランバド酒場へ赴いた。
◆
お腹いっぱい、夢いっぱい。パイモンはそんな心地で空中に寝転んでいる。浮くにも体力が必要だと言っていたのに、一体どんな原理なのだろう。何度見ても不思議だった。
蛍はまだ眠らない。何となく目が冴えていて、星空を眺めていたい気分だったのだ。青々としたスメールから見上げるそれは静謐。眠らぬ夜の肴にはちょうどいい軽さだった。
「? 流れ星……?」
その中に、さらさら流れる一筋が。長旅には珍しくない光景だが、しかしあれは少し違う。流れ星というには足が遅い気がした。のんびり屋なそれは気ままに星空を漂う。ゆっくり落ちる、かと思えば時々上昇して。
「流れ星ってあんな動きするかな……」
そんなことを思うが、しかし国や世界が違えば摂理も変わる。もしかしたら蛍が知らないだけで、そんな星もあるのかもしれない……とひとり頷いていたら、不思議な星は彼女に向かって降下し始めた。
「え」
それは次第に速度を上げ、今にもこちら元へ着弾しそう。蛍はひやりと目を見開いた。丸々肥えた瞳は視界を凝らせ、星の先端の形を掴む。上が三角で、そこから棒のようなものがひらひら下りている。それはまるで。
「んー……イカ?」
「誰がイカだって?」
「うわっ!」
「こんばんは。そんなにお腹が空いているの? 満足に食事もできないなんて、英雄様も大変そうだね」
連想したものを呟いた直後。強い風が吹いたと思えば、背後から嫌味ったらしい声が聞こえた。振り向けば想像通り、これまた嫌味に微笑む放浪者が蛍を見下ろしている。こうして見ると、彼はひらひらした装飾が多い。
「せっかく挨拶をしているのに無視かい? 相棒がいないと、僕とは話す気にもならないということかな」
「そんなこと言ってないでしょ。流れ星かと思ったらあなただったから、びっくりしていただけ」
「へぇ。感傷的な時間を過ごしていたわけか。それは邪魔したね」
「思ってもないことを」
久々に会う彼は今夜も絶好調らしい。きっとパイモンが起きていたら、日中以上に大きな声で不満を募らせていただろう。尤も、放浪者がそれを意に介したことはないのだが。
放浪者は、蛍と少し離れた位置に腰掛ける。蛍は彼に水筒から注いだ飲み物を差し出した。しかし彼は静かに首を振る。
「君と茶を飲んでもおいしくないよ。ひとりで飲めばいい」
「それだと私が居心地悪い」
「へぇ? なら尚更お断りだ。僕に遠慮することない。せいぜいまずいそれを味わってくれ」
夜のつんと冷えた空気の中でも、蛇足が過ぎる口の滑りが滞ることはないよう。彼の半分も口を動かしていない蛍の方が、肺の中が冷たいかもしれない。酒場からテイクアウトした暖かな茶が、夜冷えの切なさを緩和した。
放浪者はまだ舌をくるくる回している。蛍はそれへ二言三言返したり、相槌だけを打ったり、その合間に茶を啜ったり。パイモンとの夜もだが、彼との一晩もなかなかに忙しない。だが今夜はそれが悪くなかった。寒さに嘘を吐くのなら、お喋りと過ごすのが快適かもしれない。放浪者は口の他にも顔を変えるから。大抵は万物に唾を飛ばすような皮肉だけれど、それのみでも様々なものを引き出している。もしかすれば蛍より頬の運動量が多いかもしれなかった。
「あなたは表情豊かだね」
「は、突然なんだい?」
「別に。見てておもしろいなと思っただけ」
「僕を見世物扱いするなんて。ずいぶんと偉そうだね?」
「まさか。褒めてるんだよ」
蛍の言葉に対し、あからさまに眉を顰める放浪者。なんて素直な人だろう。元来そういう性格だったことは知っているが、それはあくまで知識に過ぎない。実感としてそれを得ることはなかったのだ。いざ目の当たりにすると、不思議と愛嬌すら感じてしまう。
「おい、ニヤニヤするな」
「ニヤついてない」
「バカを言うな。そんな分かりやすい顔をして……本音が見え見えだよ」
露骨に機嫌を悪くする放浪者。それが妙におかしくて、蛍は肩を震わせた。
おつかいの成果を差し出す蛍へそう言い放ったのは、任務の依頼をした女性だった。女性は蛍の手から品物をひったくるように奪うと、気味の悪いものへ向ける視線だけをくれて立ち去る。パンチの効いた人だったな、と蛍が胸中で呟くと、いつも隣で揺れるパイモンのそれが一層強まった。
「何だよあいつ! 失礼すぎるだろ!」
「そんなに怒らないの。いいでしょ、報酬はきちんとくれたんだし」
「イヤミを言われることまで任務に入ってないだろ! というか何でお前は怒ってないんだよ! 確かに旅人は反応薄いし、表情も分かり辛いかもしれないけど……でも不気味とまで言うことないだろー!」
「えぇ……」
詰られた当人を置き去りに、彼女は小さな体で全力の怒りを示している。何故と問われても分からない。これまで様々な世界を渡る中で、それ以上に様々な人と出会った。人当たりのいい者もいれば無愛想、何なら先の女性より毒っ気が強い者もいた。それに一喜一憂する行為に対し、蛍は特段価値を感じない。
(それが人形みたいってことなのかな)
だとしても、やはり怒れというのは無理難題。それは蛍の心に何も起こさなかったのだから。どちらかと言えば、蛍のために眉を吊り上げるパイモンへの罪悪感が勝る。彼女はまだ引きずっているようだ。
「……酒場でご飯でも食べる?」
「えっ、いいのか!?」
パイモンの気を逸らすならと放った台詞。それは案の定、彼女の瞳から憤怒を塗り消した。その光景に安堵のような、はたまた心配か。しかし今に限ってはありがたい。モラの詰まった袋を片手に、蛍達はランバド酒場へ赴いた。
◆
お腹いっぱい、夢いっぱい。パイモンはそんな心地で空中に寝転んでいる。浮くにも体力が必要だと言っていたのに、一体どんな原理なのだろう。何度見ても不思議だった。
蛍はまだ眠らない。何となく目が冴えていて、星空を眺めていたい気分だったのだ。青々としたスメールから見上げるそれは静謐。眠らぬ夜の肴にはちょうどいい軽さだった。
「? 流れ星……?」
その中に、さらさら流れる一筋が。長旅には珍しくない光景だが、しかしあれは少し違う。流れ星というには足が遅い気がした。のんびり屋なそれは気ままに星空を漂う。ゆっくり落ちる、かと思えば時々上昇して。
「流れ星ってあんな動きするかな……」
そんなことを思うが、しかし国や世界が違えば摂理も変わる。もしかしたら蛍が知らないだけで、そんな星もあるのかもしれない……とひとり頷いていたら、不思議な星は彼女に向かって降下し始めた。
「え」
それは次第に速度を上げ、今にもこちら元へ着弾しそう。蛍はひやりと目を見開いた。丸々肥えた瞳は視界を凝らせ、星の先端の形を掴む。上が三角で、そこから棒のようなものがひらひら下りている。それはまるで。
「んー……イカ?」
「誰がイカだって?」
「うわっ!」
「こんばんは。そんなにお腹が空いているの? 満足に食事もできないなんて、英雄様も大変そうだね」
連想したものを呟いた直後。強い風が吹いたと思えば、背後から嫌味ったらしい声が聞こえた。振り向けば想像通り、これまた嫌味に微笑む放浪者が蛍を見下ろしている。こうして見ると、彼はひらひらした装飾が多い。
「せっかく挨拶をしているのに無視かい? 相棒がいないと、僕とは話す気にもならないということかな」
「そんなこと言ってないでしょ。流れ星かと思ったらあなただったから、びっくりしていただけ」
「へぇ。感傷的な時間を過ごしていたわけか。それは邪魔したね」
「思ってもないことを」
久々に会う彼は今夜も絶好調らしい。きっとパイモンが起きていたら、日中以上に大きな声で不満を募らせていただろう。尤も、放浪者がそれを意に介したことはないのだが。
放浪者は、蛍と少し離れた位置に腰掛ける。蛍は彼に水筒から注いだ飲み物を差し出した。しかし彼は静かに首を振る。
「君と茶を飲んでもおいしくないよ。ひとりで飲めばいい」
「それだと私が居心地悪い」
「へぇ? なら尚更お断りだ。僕に遠慮することない。せいぜいまずいそれを味わってくれ」
夜のつんと冷えた空気の中でも、蛇足が過ぎる口の滑りが滞ることはないよう。彼の半分も口を動かしていない蛍の方が、肺の中が冷たいかもしれない。酒場からテイクアウトした暖かな茶が、夜冷えの切なさを緩和した。
放浪者はまだ舌をくるくる回している。蛍はそれへ二言三言返したり、相槌だけを打ったり、その合間に茶を啜ったり。パイモンとの夜もだが、彼との一晩もなかなかに忙しない。だが今夜はそれが悪くなかった。寒さに嘘を吐くのなら、お喋りと過ごすのが快適かもしれない。放浪者は口の他にも顔を変えるから。大抵は万物に唾を飛ばすような皮肉だけれど、それのみでも様々なものを引き出している。もしかすれば蛍より頬の運動量が多いかもしれなかった。
「あなたは表情豊かだね」
「は、突然なんだい?」
「別に。見てておもしろいなと思っただけ」
「僕を見世物扱いするなんて。ずいぶんと偉そうだね?」
「まさか。褒めてるんだよ」
蛍の言葉に対し、あからさまに眉を顰める放浪者。なんて素直な人だろう。元来そういう性格だったことは知っているが、それはあくまで知識に過ぎない。実感としてそれを得ることはなかったのだ。いざ目の当たりにすると、不思議と愛嬌すら感じてしまう。
「おい、ニヤニヤするな」
「ニヤついてない」
「バカを言うな。そんな分かりやすい顔をして……本音が見え見えだよ」
露骨に機嫌を悪くする放浪者。それが妙におかしくて、蛍は肩を震わせた。
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