コーヒーミルクチョコレート

 光沢を放つ大きなリボン。箱の表面をご機嫌に踊る包装紙。そして中にはとびきり心をときめかせる、自分を想って選ばれた品物が。プレゼントとは特別なひとときを鮮やかに彩る、そんなロマンチックな文化である。しかし目の前にあるものは、リボンも包装紙も纏っていない剥き出しのそのもの。無防備に机上へ座り込んだそれを見つめながら、四季はおそるおそる口を開いた。
「これ、何っすか……?」
「君への誕生日プレゼントです」
 窺う様子の四季とは真逆に、旬の答えは堂々としている。あまりにも平然としたその姿と反比例するように、四季の心は右肩上がりに混迷していった。
 今日は四季の誕生日を祝う名目の集まり。幾分か前倒しになってはいるものの、テーブルに並んだ好物やケーキは、本日の主役である彼のために用意されたものだ。しかしその中で唯一、中央にこぢんまりと佇むそれだけが、どういった役目を担っているのか理解できない。鈍色を瞬かせる手のひら大──一本の鍵が、今この空間を掌握していた。
「えーっと……どこの鍵、なんすかね……?」
「新居です」
「あ、そこの合鍵なんすね」
「はい。必要でしょう?」
「やったー! じゃあ遊びに行く時に使わせてもらうっすね!」
 蓋を開けたらなんてことない、それは恋人の家を守る騎士だった。正体さえわかれば、胸に灯るのは喜び。それを渡す行為に含まれた旬の心を感じ、四季は淡く破顔する。しかし対面する旬の顔には贈り物を喜ばれた嬉しさも、重さすら感じるチョイスへの照れも見られない。あったのは、ただひたすらに戸惑いだった。
「え……あ、もちろんジュンっちに一言断ってから使うっすよ? 勝手に入ったりしないって。当然じゃないっすか」
「あの……何を言ってるんですか? 遊びとか勝手にとか……まるで僕だけの家みたいな言い方を……」
「? まるでって、違うんすか?」
「はぁ? まさか君、住まないつもりなんですか?」
「え、どこに?」
「だから、新居に」
「……はっ?」
 旬は空気中に穴でも開いたかのような怪訝を浮かべる。しかし驚きたいのは四季の方。いくら恋仲と言えども、自分たちは所詮他人。屋根を共にする関係ではないのだ。それがわからない旬ではないはずなのに、彼は四季が阿呆を放ったかのような呆れ顔を見せている。そして口からわざとらしく息を吐き出すと、少し難しい顔を浮かべた。
「先日言ってたでしょう。その……愛の巣、とやらを作ろうって」
「へ……あ」
 まごつきながら呟かれた言葉。旬が能動的に発言するにはいささか不似合いなそれは、確かに聞き覚えのあるものだった。
 そうだ、あれは酒の席。ふたりで宅飲みをしていた時のこと。アルコールが充満する浮ついたその場所で、四季は確かにそれが欲しいと言った。言葉の意味を解せない旬に説明して、照れを隠すように怒られて……思えばあの後どうなったのだろう。その先の記憶は、酒に奪われていることに今しがた気がついた。だが正面の彼を見れば大方の予測はつく。多分、あの時自分は上調子のまま話を進めた。きっと旬が指しているのは、その時のことなのだろう。そう推測した四季は、額に冷や汗が滲む錯覚を覚える。

 ──これはとんでもないものをもらってしまった。そんな四季のプレッシャーを具現化するように、机上の鍵が鋭くぎらついていた。
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