スキお礼SS

 日常が白みがかり始める時期。冷えにあまり強くない自覚がある僕の格好も、本格的に冬仕様に移行した。ヒートテックの肌着を着て、裏起毛の衣服に身を包み、ポケットにはホッカイロも仕込んで。そんな僕を家に招く四季くんは、僕が少しでも過ごしやすいように、と暖房の設定を高めにセットして室内を暖めてくれる。ドアを開けた時に触れるその優しい空気が、好きだった。
「ジュンっち、アイス食べよ!」
 かじかんだ手が解れてきた頃、四季くんが両手に小さな箱を携えてキッチンから戻ってくる。かつての僕なら苦言を呈したけど、これを寒い日の贅沢だと冬を楽しむ彼に絆されてしまった今は反論する理由もなく。差し出された長方形を受け取ると、四季くんは嬉しそうに綻んだ。
「オレこれ食べるの久しぶりっす」
「僕もそうです」
「そもそもジュンっちは自分からアイス食べることがないじゃないっすかー」
「いいでしょう、別に。君が食べさせてくれるんですから」
「わ、オレってばジュンっちのアイス係に就任しちゃった? これは責任重大っすねー」
 重たげな口ぶりで茶化しつつも楽しげな四季くん。慣れた手つきで封を切って、ピックを取ろうと中に目をやった瞬間に、その目は大きく開かれた。
「ジュンっちジュンっち! 見てこれ、星!」
「え? あぁ、本当ですね」
「久しぶりに見たっすよー! うわー、メガラッキーっす!」
「何となく聞いたことはありますが……それってそんなに珍しいんですか?」
「激レアっすよ! 前にハヤトっちとハルナっちと一緒に一ヶ月チャレンジしたけど、結局一回も出なかったっすもん!」
「いや、何をしているんですか……」
「若気の至りってやつっすよ。へへ、写真撮ろーっと」
 過去の小さな思い出を語った四季くんは、さっそくスマホで写りや画角を吟味しながら、星型のアイスが一番映える写真を撮ろうと試行錯誤している。終わるのをまっていたら溶けてしまいそうだ。僕はそれを横目に自分をアイスを開けて、早く食べてしまおうと目を落とすと、ここにも見慣れない姿が。
「四季くん。こっちにも違う形がありますよ」
「え? ……って、ああぁぁ! それハートじゃないっすかぁ⁉︎」
「あぁ、ハートなんですね。いろんな種類があるんだな……」
「いやいや、何でそんなサラーっと流せるんすか! それ星以上にレアなやつっすよ⁉︎」
「え、そうなんですか?」
「てか何なら今初めて見たっす! うわー、ガチであったんすね、ハート型……!」
 どうやらこのハートには僕が知らない価値があったらしい。三人がかりで一ヶ月探しても出会えなかったという星以上の存在。初めて見たと言う四季くんはカメラを構える余裕もないみたいで、ただじっとそれを見つめていた。
 こんなにキラキラした目をしているんだ。ずっとこうして眺めさせたい気持ちはあれど、これはアイス。冷凍庫から出たこの子に待つのは、外気によって柔いでいく未来だけなのだ。四季くんの視線を占有するそれにピックを刺すと、中のアイスはすでに少し溶けていた。
「四季くん。口開けて」
「へ? ほう?」
「はい、あーん」
「んむっ」
 無造作なそこに入れれば、言葉に釣られた四季くんは素直に口を閉じて咀嚼する。もう溶け始めたそれを噛み砕くのに時間はそうかからない。数度顎を動かしたら、そのままゴクンと嚥下した。でもまだ状況を理解しきれていないんだろう。味わってもなお不思議そうな顔の彼に、僕はそっと笑いかける。
「美味しいですか、僕のハートは?」
 形が違うだけの個体。味は普通の丸型と何も変わらないはずだけど、そんな小さい奇跡にすら大きく心を打たれる人だから。どうかこの初めての奇跡が彼にとってのとびきりになりますように。そんな願いを込めて、僕は小さな心を捧げた。
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