スキお礼SS

「痛っ……」
 唐突に感じた小さな鋭敏。眼球が訴えた異物感を反射的に喉から零すと、斜め向かいの四季くんが振り返った。
「え、どうしたっすか?」
「前髪が目に刺さったみたいです。すみません、大したことではないのに……」
「そんなことないっすよー! わかるっす。前髪が目に刺さると痛いっすよね。大丈夫っすか?」
「ええ、まぁ……」
 一瞬の出来事だし、本当に大したことではない。だけど四季くんは事態を大きく解釈したのか、心配そうに僕の顔を覗き込む。前のめりになった彼を重力は誘い、四季くんの、僕よりずっと長い前髪が緑の瞳を覆う。そういえば、僕よりもずっと目に不親切な長さだというのに、四季くんから目に刺さるといった話は聞いたことがない。妙に伸びた横髪といい、彼の髪には特殊な何かがあるのだろうか。そんな下らない与太を妄想した。
「役作りの一環で伸ばしてるんすよね。クランクアップまで切れないの大変そうっす……」
「そうですね……伸ばした方が彼らしいと思ったんですが、日常生活には少し不便です」
「あ、オレヘアピン持ってるっすよ。良かったら貸すっすか?」
「あぁ……では一本良いですか?」
「はいっす! じゃあちょっと失礼しまーす」
「ん……?」
 四季くんはポケットを弄り、透明なケースを取り出す。そこからピンを一つ取って僕に手渡す……と思ったのに、受け取ろうとした右手は空を切った。その代わりに四季くんが椅子から腰を浮かして、僕の目の前に迫ってくる。
「ちょっ……! 近いです!」
「えっ、近づかないと挿せないっすよ?」
「は⁉︎ 自分でできますよ!」
「えー、良いじゃないっすか。オレのピンテクに任せるっすよ!」
「はぁ……⁉︎」
 ぎょっとするほど大きく映る四季くんに耐えかねて仰反る。でも彼はそんな僕には目もくれず、いそいそと僕の前髪をかき分けた。ピンテクって何だ。髪飾りとはいえたかだかヘアピン。それを挿すことくらい、僕にも簡単にできるだろう。なのに四季くんは僕へそれを受け渡すことを許さず、指を頭部に滑らせる。
 目の前の、視界いっぱいに差し込まれた四季くんの顔に耐えかねて、僕は目を横に流した。
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