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 その場にいる全員が神妙な顔で沈黙している。十秒にも満たないわずかな空白の後、隼人が静かに口を開いた。
「みんな、準備はいいか?」
「いつでもオッケーっす!」
「オレもいけるぜ」
「俺も……もう大丈夫……」
 四季、春名、夏来が答える。そして最後の一人──旬に全員の視線が注がれる。旬は細い息をつくと、覚悟を決めたような面持ちで隼人を見返す。
「大丈夫です。いきましょう」
「よし、それじゃあみんな、投稿!」
 隼人の掛け声で五人は一斉にスマートフォンの画面をタップした。五つの画面には同じ画面が表示されている。画面──ツブッターのタイムラインには、同じ文面が五つ並んでいた。
『High×Joker、ツブッター始めました!』



 プロデューサーから招集を掛けられたのはつい三週間前のことだった。メンバー全員を揃えての呼び掛けは大体が大きな仕事、あるいは新たな取り組みの提案である。今回はどちらだろうと緊張と期待に胸を膨らませていたら、結果はSNSのアカウントを個人名義で開設してみないかという打診だった。断る理由はないし、何より面白そうだということでHigh×JokerのSNSデビューが決定した。その記念すべき開設日が今日である。どうせなら一緒に開設しようという四季の言葉によって、今の状況が生まれたのだ。事務所の公式アカウントに共有された五つのツブートは瞬く間に拡散され、五人のフォロワーは怒涛の勢いで増えていく。
「うわっ、フォロワーもう一万超えたよ!」
「すごい……みんな、俺たちのツブートで喜んでる……」
「ねえねえ先輩たち、五人で写真撮らないっすか? さっそくツブッターにアップしたいっす!」
「お、いいなそれ! 撮ろうぜ撮ろうぜ」
「勝手に投稿して大丈夫なんですか? まずプロデューサーさんに許可を取ってからの方がいいんじゃ……」
「ここで撮るならオッケーって言ってたっすよ! ほらほら、先輩たちもっと近づいて」
 春名が賛成したことで四季のテンションはさらに上がる。旬が懸念するような事態も、抜かりなく解消済みだ。そうなれば止める理由もないため、四人はスマートフォンを掲げた四季の元に集う。小さい画面に五人もの男を詰めこむパズルを任された四季はうんうんとうなっている。やがて納得がいく角度を見つけた四季は、背後の四人に動かないよう指示をする。そして今度はスマートフォンを上下や左右へ小さく動かし始めた。何が変わっているのか全く分からない微調整を繰り返した末、ようやく一枚の撮影に成功した。四季は撮った写真をズームしたり、遠目に見てみたりと、また何をしているのか検討がつかない作業を行なっている。旬はその光景を見ながら、四季のこだわりはよく分からないという雑感を抱いた。
「よっし、アップ完了っす!」
「どれどれ〜……おっ、いい感じじゃん」
「うん……さすがシキ、だね……上手に、撮れてるよ……」
 四季のアカウントには、今しがた撮られた写真が投稿されている。それは秒数秒の間にどんどんと拡散されていく。そしてその写真を見た人がフォローと拡散を行い、そしてまた──というループが形成されていた。写真を添えたツブートにはたくさんの感想が届いている。それは文面だけでもファンの強い喜びが伺える。それらを読み進めるたび、旬の心臓はどくどくと高鳴っていた。新たな展開に期待を寄せているファンのためにも、楽しませる努力をしようと旬は所思した。

   ◆

 SNS開設から早くも一カ月が過ぎた日、四季は疑心の目で旬を見ていた。そんな視線に刺される心当たりがある旬は何も反論せず、ただ鎮座していた。
「ジュンっち、何でツブッターの更新が宣伝とリツブートしかないんすか! オレずっとジュンっちが何をツブートするのか楽しみにしてたのに、こんなのあんまりっすよー!」
「……何を書けばいいのか分からなくて……何とかツブートしてみようとは思ったんですけど、書けたのがこれくらいで……」
「あー……言われてみれば確かに、何をつぶやくって細かいところはちゃんと決めてなかったっすもんね。宣伝も間違ってはいないと思うんすけど、これはジュンっちのアカウントだから、ファンのみんなはもっとジュンっち本人のことを知りたいと思うんす」
「やっぱり、そうですよね……」
 四季の言葉が旬の心にざくざくと突き刺さる。こんなツブートではファンだってつまらないだろう。実際自分でホーム画面を遡って読んでみても、ものすごくつまらない。下手なツブートを投稿してユニットの好感度を下げる結果になってしまったら、そもそも宣伝以外のことなんて何を書けばいいのか。そうしてぐるぐると悩んでいるうちに、一カ月でとてつもなくつまらないアカウントを築き上げてしまった。もう少し何とかならなかったものかと後悔が押し寄せても、旬のツブッターがつまらないという現状は変わらない。旬は忸怩たる思いで四季に頭を下げた。
「四季くん、僕にツブッターのやり方を教えてください」
「えっ、ちょ、ジュンっち? 何やってるんすか?」
「一応自分でもリサーチしてみたんですが、結局あんな感じになってしまったので……見たところ四季くんは使い慣れてるようだし、君に教わるのが一番いいと思うんです。だから四季くん、お願いします」
「ちょ、そんなことしなくても教えるから! お願いだから頭を上げて〜!」
 肩をつかまれた旬が勢いにつられて顔を上げる。すると目の前には、申し訳なさそうに眉を下げた四季の顔があった。それを見た旬が謝罪をすると、四季は朗笑する。そして旬に一つの案を提示した。
「何を書いたらいいか分からないんだったら、写真を載せるのはどうっすか?」
「写真……ですか?」
「ほら、ツブッターを始めた時に、オレが先輩たちとの写真を載せたじゃないっすか。ああいう感じでジュンっちが好きなものとか、いいなーって思ったものを撮ってみて、その感想も一緒に添えるって方法ならどうっすか?」
「確かに……それなら僕でも何とかできそうな気がします」
「じゃあそれでキマリっすね! ジュンっちが撮る写真メガ楽しみっすー!」
 まだ写真を撮ると決めただけにもかかわらず、四季は既に楽しそうだ。そんな四季に呆れつつも、旬の心にはやる気が芽生えていた。最も近くにいる四季《ファン》のためにも、自分をさらけ出すつもりでツブッターに臨もうと強く決心した。

   ◆

 代わり映えしない日常とは案外存在しないものだと、写真を撮るようになってから思うようになった。同じ場所でも、日にちや時間が変わるだけで違う様相を見せる。それは人間も同様で、ほぼ毎日見ているメンバーの顔も、昨日と今日で変わるのだと気がついた。例えば、昨晩夜更かしをした隼人の目が少し眠たげに溶けているということ。新発売のドーナツが大当たりで喜んでいた春名の表情が、普段よりずっと明るいということ。今朝テレビで流れた新しいCMを見た妹から「かっこいい」と褒められた夏来の頬が、普段褒められた時より一層緩んでいるということ。今まで見ていたようで案外きちんと見えていなかったものも、レンズを一枚介しただけで鮮明に見え始めたのだ。
 そんな一瞬の小さな変化をカメラに捉える楽しさを知った旬は、とにかくいいと思ったものをスマートフォンで撮影するようになった。テレビ局の近くで出会った愛らしい猫や、地方で見つけた綺麗な景色。中でも一番多いのは、やはりメンバーを撮ったものだ。撮りがいがあるのはもちろん、ファンが最も喜んでくれるのがメンバーのオフショットのため、旬のアカウントはHigh×Jokerのレアショットが山のように並ぶ宝物庫のようになった。今日も旬は、新たな宝をめぐってスマートフォンを構えている。
「うわっ、何すかジュンっち」
「ツブッター用の写真です。よく撮れてますよ。アップしたいので確認お願いします」
「えー、勝手に撮ったんすか? 不意打ちはヒキョーっすよ」
「君だって勝手に僕を撮るでしょう。だからおあいこです」
 練習の休憩時間、壁に背中を預けながら水をあおる四季を撮影した。真横で切られたシャッターに四季が驚いても、旬はどこ吹く風といった態度を通す。なんだかんだで四季の許可を得た旬が投稿の準備をしていると、隣からカシャリと音が鳴った。
「……今撮りました?」
「えー? だっておあいこなんでしょ? ジュンっち言ってたっすよね」
「じゃあ僕もお返ししてあげますよ。ほら、こっち向いてください」
「ちょ、今はダメっす〜。まずは事務所を通して〜」
「なら今後は僕の撮影も事務所を通してくださいよ。こら、カメラを向けない」
 お互いのレンズを手で覆い、相手の手を剥がし合う。そんな些細な攻防は、一部始終を遠くから二人を眺めていた隼人の声で収束した。

   ◆

 スマートフォンを構える旬が日常の風景と化した頃のことだった。切羽詰まった様子の春名が、宿題を手伝ってほしいと泣きついてきたのだ。その時、この光景をツブッターに載せてファンの声を見せれば、春名のやる気につながるのではないかと考えた旬がカメラを起動した。しかし旬はいつまでたってもシャッターを切らない。怪訝そうに画面を見つめる旬を心配した春名が旬に近寄った。
「ジュン? どうした?」
「えっと……写真を撮れないって警告が……」
「ちょい貸してみ。……あー、なるほどな……」
 画面を見た春名は合点がいく。どうやらストレージがいっぱいになったらしい。春名が確認したところ、旬のスマートフォンは容量が少ないモデルだった。これまで最低限の使い方しかしてこなかった旬には、それでも十分間に合っていた。しかし写真撮影にはまった今、それまで空いていた部分を一斉に使うようになり、蓄積したデータはどんどん肥大化していった。そしてついに今限界を迎え、端末が持ち主へSOSを送ったらしい。しかしそんなことを知らない旬は春名の隣で慌てている。
「故障してしまったんでしょうか……? 僕がスマホを酷使したばかりに……」
「大丈夫だって。故障じゃないから安心しろ」
 春名が懇々と状況を説明する。そして原因を理解した旬は、自分が壊したわけではないことに安堵した。しかし、現在旬のスマートフォンのストレージがいっぱいで、写真を撮れないという現実は解決していない。旬は気まずそうに呟いた。
「ストレージがいっぱいになったら、新しい端末を買わないといけないんですか?」
「いや、SDカードだけ買えばいいよ。家電量販店ですぐ買えるし、今から行ってみるか?」
「え? でも春名さんの宿題が……」
「買い物の後でも大丈夫だって。ほら、まずはジュンのスマホを助けてやろうぜ」
 春名はすぐに筆記用具を片付ける。そしてバックだけ持って旬を急かす。旬は少し逡巡した後、自分のバックをつかみ、春名の背中を追いかけた。



「春名さんが一緒で良かったです。本当に助かりました」
「だろー?」
 いくつも種類があるSDカードを前に混乱しつつも、春名のアドバイスを聞きながら吟味し、無事用途に合ったSDカードを入手した旬はほっと胸を撫で下ろす。そんな旬を見下ろしながら、春名は莞爾と笑む。
「今度はどんだけ撮っても大丈夫だぜ」
「からかわないでくださいよ……」
「ははは。にしてもまさか、そんなになるほど撮りまくってたとはな。今まで何撮ったんだ?」
「大体ツブッターにアップしたようなものですよ。未公開のものもあるので実際はもっとありますが……」
「あー、そりゃあ容量もオーバーするわ……」
 春名はここしばらくの旬のツブートを思い出す。最近の旬は、ほぼ週一で写真つきのツブートを投稿していた。それが数カ月分で、さらに未公開のものも含めると相当の枚数になるだろう。パンクも必至だと春名は納得した。そんな旬のカメラロールは、どれだけスクロールしても終わりが見えない。想像を遥かに超えた枚数に春名は圧倒された。そして並んだサムネイルにふっと声を漏らした。
「オレら率高いな〜」
「まあ、身近で一番撮りがいがあるのはやっぱりメンバーですからね」
 そう呟く旬の表情は優しい。ときどき目についた写真を開いては、この時の夏来がどうだった、この隼人がああだった、この春名はこうだったと当時を懐かしみつつ語る。そして四季がサムネイルになっているものを見つけると、暖かな笑顔を浮かべた。
「この日の四季くん、狙っていた服を安く買えたとかでテンションが高くて。いつもの五倍くらいメガメガー、アゲアゲーって言ってました。動画も撮ってくれって言われたので撮ってみたんですけど、ファンの方々に見せるのは忍びない内容だったので没にしたんですよね」
 旬は当時の動画を再生する。映像の中では、卸したての服に身を包んだ四季が全身を映している。満足気な四季がどんどんとカメラへ近づき、バストアップの状態になる。そしてカメラの奥にいるらしい旬へひたすら声をかけており、画面外から旬が返事をするといった内容だ。特別目立つ何かをしているわけではないが、二人の会話は漫才のように愉快で、ある意味需要がありそうな動画だった。春名がそう告げると、旬は不思議そうに目を丸める。まだまだ研究が足りないと呟く旬を見て、春名は優しく微笑んだ。

   ◆

 最近ツブッターで男性有名人による壁ドン写真が流行っているらしい。その写真を見るだけで、写真の人に壁ドンをされている気分を味わえる。そのため主に女性に人気らしいが、説明を聞いても旬はいまいち趣旨を理解できなかった。細かい説明を諦めた四季は、旬はただ写真を撮ってくれればいいとだけ伝え、自分のスマートフォンを預けた。
「……それで、僕は壁に追い詰められていると……」
「そこで撮らなきゃ意味ないんすよ〜! ジュンっちならオレとの身長差もちょうどいいし、何よりジュンっちに撮ってもらえたら絶対にハイパーカッコイイ仕上がりになるはずなんす!」
「素人にそんな過度な期待をしないでくださいよ……まあ、やるからにはきちんと撮りますが」
 旬は四季のスマートフォンを眼前に掲げる。それを見た四季の顔は仕事モードへ変化する。より映りがいい角度やかっこよく決まる仕草は、旬よりも四季本人が熟知している。その辺りは四季に任せるべきと判断した旬は、カメラの距離や位置、角度の調整に集中した。何度も何度もシャッターを切り続けては没にするを繰り返す。二人は撮影役や被写体の立場から意見を述べ、相手の要望を飲み、そして新たに問題が浮上したら再び意見を交換する。そんな試行錯誤の末、やっと二人が納得いく一枚が撮れた時には、アルバム内の壁ドン写真は百枚近くまで及んでいた。
「うおー! メガメガキマってるっすー! ジュンっちのおかげっすね!」
「大したことはしてませんよ。というか、思ったよりかかりましたね……」
「でもオレたちがこだわり抜いただけあってマジメガ最高の出来っすよ! やっぱりジュンっちにお願いして正解だったっす! さっそくツブッターにアップするっす!」
「そういえば、どうして僕にカメラ役を頼んだんですか? 最近写真を撮ることが多くなったとはいえ、僕が素人であることには変わらないし、何より趣旨をきちんと理解できて、もっと腕のある人に頼んだ方が良かったんじゃ……」
 頼まれたからとつい引き受けてしまったが、そもそも四季には様々な選択肢があったはず。その中で、わざわざこの手のものに疎い旬を選んだことが不思議だ。それを四季へ問うと、彼もまた不思議そうに目を丸める。
「どうしてって……だってジュンっちが一番オレを格好よく撮ってくれるんすもん。むしろジュンっち以外の選択肢なんてないっていうか……」
「え?」
「子猫ちゃんたちもそう思ってくれてるんすよ。よくリプで『旬くんが撮った四季くんが一番かっこいい!』とか『カメラマンが旬くんだとすごくいい顔になってる』って言ってくれてるし!」
 旬は四季の言に一瞬きょとんとする。その時通知音が鳴った。その音で意識を取り戻した旬は、今しがた投稿された四季のツブートを開く。流行に便乗した投稿はやはりファンも嬉しかったようで、喜びのリプライがたくさん届いている。その後の撮影者を明かしたツブートには「やっぱり!」という反応が多かった。どうやら四季のファンには、どれが旬が撮った四季の写真かが分かるようだ。その事実に旬は少しだけむず痒いような、しかし同時に、心の奥底から湧き上がる高揚も感じていた。

   ◆

 地方で撮った景色をツブッターに投稿する。力強く穏やかな自然の美しさは、それだけで人の心を癒すだろう。旬のファンもそれは同じなようで、その美しさに見惚れていた。それに気分をよくした旬は、リプライを送ったファンのアイコンをタップし、その人のホームを遡る。旬推しを公言するその人のツブートは嬉しいものが多い。しかし同時に気を引き締める意見も散見された。ひとつひとつに目を通しながらスクロールしていくと、あるツブートが目に止まった。
『旬くんって四季くん撮るの好きなのかな?』
 旬はそのツブートの意味を理解できず呆けた。そして同時に、その指摘になぜか心臓が跳ねたのだ。この人はなぜそう思ったのだろうか。そのツブートにはリプライが送られていることに気がついた旬はそれをタップした。
『メンバーの写真半分以上四季くんだもんね〜。四季くんとそこまで仲いいのちょっと意外かも』
『でも仲よしな二人最高にかわいいよね』
『それな〜〜』
 そのリプライを最後にツリーは終わっていた。旬はすぐに自分のホームに戻り、自分のアカウントのメディア欄を遡る。すると五、六回に一回ほどのペースで四季の写真が現れた。眉間に皺を作りながら宿題をやっている姿や、ふざけて変なポーズを決めた姿。遊び半分でじゃれてきた時の楽しそうな顔。シンプルなピースを添えた底抜けに明るい笑顔など、様々な表情を浮かべた四季がそこにいた。
「僕、こんなに四季くんを撮ってたのか……」
 そんなことにも気づけないほど、自分たちは共に過ごす時間を当たり前にしてきたのか。蘇る思い出に甘やかな心地を抱きながら、旬は画面の中の四季を見つめた。

   ◆

 その日は珍しく夏来のツブッターが動いた。四季とJupiterと共に参加した女児向け雑誌とのコラボライブを終えたらしく、汗だくの五人が並んだ写真が投稿されたのだ。五人には煌びやかで派手なメイクを施されており、画面の華やかさを増幅させている。充足した笑顔の五人を眺めていると、新たなツブートのポップアップが画面の上に表示された。これまた珍しいことに、それも夏来のものだった。
『シキがピンをくれた。似合うかな?』
 その文章に添付されているのは、ハートのモチーフがついた可愛らしいヘアピンで前髪を留めた二人の写真だ。揃いのもので飾ったツーショットの反響は大きく、そのツブートは瞬く間にファンの間で拡散されていく。写真の中の二人は楽しそうだ。特に四季は新鮮な果実が弾けるような瑞々しい笑顔で、見る人を自然と笑顔に変えてしまう力がこもっている。しかし旬の顔に笑顔はなく、ぽかんとしていた。
(四季くんって、写真を撮られる時こんな顔してたっけ……)
 そんな疑問が旬の脳を占めていた。きっとライブを終えたばかりで興奮が冷めていないから。今までと系統が違う衣装を着ているから受ける印象が違うだけ。そう言い訳をしてみてもなお、旬の中に芽生えた違和感は拭えない。何となく心地が悪くなった旬はアルバムを開いた。そこには旬の記憶どおりの四季が並んでいる。そうだ、彼は自分に写真を撮られる時いつもこんな目をしていた。レンズ越しに旬と交わる深緑の瞳は、いつだって逃げ出したくなるほど痛烈に、しかし心地いいほどどろどろに溶けそうな親愛で、旬の心を支配していた。その好意は、友愛や仲間意識の範疇に収まるものではないということに、旬はたった今気がついた。しかし今の旬に、その想いへ名前を持たせる勇気は出せなかった。

   ◆

「うーみだー!」
 ロケの休憩中、突然四季に腕を引かれたと思ったら近くの海へ到着していた。オレンジを纏った水平線に向かって、四季は思いついた言葉を手当たり次第ぶつけている。そんな四季を背後から見守りながら、旬は四季に声をかけた。
「随分と楽しそうですけど、無理やり僕を引っ張ってきた説明がまだですよ。僕は海に用事なんてないのに……」
「ここって絶景スポットとしてちょっとした有名地らしいんすよ! ジュンっちの新しい写真のネタにどうかと思って!」
「ああ、そういう……」
 旬は改めて四季の視線の先に目をやる。青を脱ぎ、暗い夜へと変化する頃合いの空は、次第に夕焼け色に染まっていき、水面に日を飲ませている。その光景は確かに綺麗だ。絶景と評判になるのも頷ける。ここに連れられる前、四季に言われて持ってきたスマートフォンをポケットから取り出し、その景色を液晶に落とし込む。小さな画面に収めてもその美しさが衰えることは全くなく、冷たい人工物の中で強く自然の美を主張していた。その美しさに見入っていると、突然足元に冷たいものがかかった。前方を見ると、いつの間にか海に足を入れていた四季が得意気に歯を見せている。
「ちょっと四季くん、スマホにかかったらどうするんです」
「へへー、それならオレから逃げてみるっすよ!」
「あっ、こら! だからかけないでください!」
 四季は水を蹴り上げ旬の足下を濡らす。水飛沫は夕日に反射してきらきらと輝いており、まるで四季自身が輝きを放っているようにも見えた。気がつけば旬は、その瞬間をカメラに吸わせていた。突然撮られたことに四季は驚くも、すぐに微笑む。その微笑も、無性に眩しかった。
「君は、眩しいですね」
「なんすかそれ。夕日のせいじゃないっすか?」
「いいえ。確かに夕日は眩しいですけど、君も綺麗ですよ。それこそ、後ろの太陽にも負けないほど」
「うひゃー、それは光栄っす!」
 四季は身体を翻し、夕日に振り返る。それは半身を失ってもなお眩い光を放っていた。四季は顔だけ旬に向き直ると、穏やかに微笑んだ。
「オレ、もっといっぱいキラキラになって、ジュンっちが目を開けないーって言うくらいの男になるっすよ、絶対」
 沈む太陽を背負いながら、四季はそう言った。それはいっそ神々しさすら感じる光景だった。空が暗くなり始めたというのに、その瞬間は何よりも眩しく、切ないほど愛おしかった。

   ◆

 喜怒哀楽の四文字では拾えない感情。そんな微妙な心模様も、段々と読み取れるようになってきた。一瞬一瞬の仕草が愛くるしく、ひとつひとつの機微に焦がれる。カメラロールを一面全て埋め尽くすほど溢れた四季の写真には、声に出せなかった旬の想いが強く熱く宿っていた。
 近くに控えたテストに向けて自室で勉強している時、傍に置いていたスマートフォンが震えた。旬はすぐにスマートフォンを手に取る。緊急性が高い連絡だった時に備えてつけた癖だが、実際に役に立った時は一度もない。幸いなことに今回も大したものではなさそうだ。LINKのトーク一覧の最上部には、四季とのトークが表示されている。
『コンビニの帰りに見つけたネコっちっす! ジュンっちにもおすそ分け☆』
 届いていたのは、少し色素が薄い黒猫が、細い壁の上を歩いている様子を収めた短い動画だった。子猫ほどではものの、小柄で細いその子は器用にとたとたと歩いている。まっすぐ前だけを見るその姿は凛としていて美しい。すると突然、画面外から四季の顔がフレームインする。あまりに迫力のある四季の登場に旬は思わずのけぞった。
『ジュンっち、ベンキョーファイトっすよ!』
「……!」
 そう言って四季がウィンクを一つ飛ばしたところで動画は終了した。停止した画面をしばらく眺めた後、旬は思わず吹き出した。
「ふふっ……これは、分からなかったなあ……」
 頬は自然と緩んでいた。気遣いのつもりなのか、そこから四季のメッセージは届いてない。余計な気を回す男に返事送るべく、旬はキーボードを呼び起こした。
『ありがとうございます。四季くんも、赤点を取らないよう頑張ってくださいね』
 十分後に返したメッセージであるにもかかわらず、送信完了と同時に既読がつく。そして慌てたような、言い訳じみた返信が届く。旬は文章だけでも思い浮かぶ焦った顔に笑いながら、そんな四季を好きだなあと愛おしんだ。
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