old
バレンタイン毒殺未遂事件予告編
「まあ聞いてちょうだいよ。製菓業界からしてみればバレンタインデーって書き入れ時よ。売上的に馬鹿になんない大事な時期なわけ。生存競争厳しいこの御時世、どの店も生き残ろうと必死で頑張ってんのよ? そう考えたらちょっとばかしチョコ買ってやろうかなーなんて慈善精神が働いてもいいもんでしょうよ。でもほら、中にはおっさんみたいに甘いものが苦手なミドルもいるじゃない? だから必ずしも製菓業界に奉仕活動しなくてもいいとも思うのね。そもそも贈り物って気持ちでしょ、気持ち。つまりおっさん何が言いたいかって言うと、おっさんにもバレンタインなんかちょうだいよー! ってことなんだけど、……なんで誰もくれないの! おっさん泣いちゃうんだから!」
よよよっ、とレイヴンが袖を目元に当てて泣き真似をする。正面に座るユーリが至極冷たい目を向けている。彼の前には既に開封されたチョコレートが置かれており、対照的な二人を簡潔に表していた。
「あっそ。そりゃ残念だったな」
「ひどいっ! 青年ってば冷たい!」
わーんっ、と今度は顔を両手で覆って泣き真似をする。正面に座るユーリは鬱陶しそうに溜息をついた。
その様子を見ていたギルドメンバーたる少年が少しばかり思案した後、黙って席を立つ。
どこかへと向かう少年を目で追い、姿が見えなくなってからユーリは、悲しみに暮れて机に突っ伏したレイヴンにまた溜息をついた。
「おっさんが甘いものだめなの知ってっから、皆持って来ねえんじゃねえのか?」
「……青年なんかちょうだいよー」
「やんねえよ」
すっぱり切り捨て、貰ったチョコレートを一粒、口に放る。エステルやリタがクレア指導のもと作ったというそれは、多少歪な形ではあるが程良い甘さを持っていた。突っ伏したままうんともすんとも言わなくなったレイヴンを見つめつつ、チョコレートを味わう。
暫くして少年が戻ってきた。手には可愛らしい包みが二つ。青と白を基調にラッピングされた方をユーリに渡し、何やら耳打ちする。
「何よー、二人で内緒話しちゃって。おっさん除け者? 少年まで冷たーい」
唇を尖らせるレイヴンを、ユーリは眉を顰めながら一瞥した。少年が苦笑する横で、仕方ないといったように包みから中身を取り出す。入っていたのはアーモンドクッキーのようで、それをレイヴンの前に差し出した。
「ほらよ、おっさん」
「なぁにこれ?」
「少し遅れたが、女性陣からプレゼントだそうだ」
「え……」
念願のバレンタインプレゼントに諸手を上げて喜びたいところではあったが、それよりもレイヴンはアーモンドの香りに頬を引き攣らせた。更にはユーリがお構いなしに口元に近付けるため、仰け反るように頭を引く。
「ちょっと青年」
「いいから食え。ほら、あーん」
「すっごい適当! 何これ新手のいじめ?」
シチュエーション的にはこの先あるかどうかというほどの稀有な機会なのだが、ユーリは頬杖をついて面倒臭そうな態度に加え、棒読みときた。嬉しいような、そうでないような、素直に喜べない状況におっさん涙目である。
「早く」
苛ついた声音と睨みに負けて、レイヴンはおずおずと口にした。襲い来るだろう甘さに身構えるも、しかし口内に広がった味に目を丸くする。
その反応に少年は珍しく、してやったりというように笑った。
「お味の方は?」
「……甘くない」
首を傾げるレイヴンが咀嚼するクッキーは、甘味よりもアーモンドの味と香りが引き立った一品だ。
本来なら皆と同じ物が渡される筈だったが、甘いものが苦手と知って急遽変更したため、手元に渡るのが遅くなったのだ。そんな女性陣の優しさを教えれば、レイヴンは更に目を丸くした。
「おっさんってば愛されてたのね……! やだわ、年甲斐もなく泣いちゃいそう。ちょっと青年、おっさん愛されてるわよ。やっぱりわかる子にはわかってんだわ、秘められた魅力ってやつが」
「はいはい、よかったな」
最高速で浮かれ出したレイヴンにユーリは呆れ混じりの返事を返した。しかしそんな反応もなんのその。余程嬉しかったのだろう。
「青年、もっかいあーんってやってー」
堪えるどころか、すっかり有頂天まで上り詰めてしまう始末である。
しかしそこはユーリ。二つ返事で承諾するわけもない。
「調子乗んな」
「あいたっ!」
レイヴンの望む甘い一時の代わりに炸裂したのは小気味よい音のデコピンだった。
それでも尚、喜びが後押ししているのか、レイヴンはめげずに強請る。
だが彼は、手にしたプレゼントの中にアレな料理人たる女性達によって作られたクッキーが紛れ込んでいることをまだ知らない。
後に語り継がれるだろう悲劇は、足音を立てて着実に近付いていた。
「まあ聞いてちょうだいよ。製菓業界からしてみればバレンタインデーって書き入れ時よ。売上的に馬鹿になんない大事な時期なわけ。生存競争厳しいこの御時世、どの店も生き残ろうと必死で頑張ってんのよ? そう考えたらちょっとばかしチョコ買ってやろうかなーなんて慈善精神が働いてもいいもんでしょうよ。でもほら、中にはおっさんみたいに甘いものが苦手なミドルもいるじゃない? だから必ずしも製菓業界に奉仕活動しなくてもいいとも思うのね。そもそも贈り物って気持ちでしょ、気持ち。つまりおっさん何が言いたいかって言うと、おっさんにもバレンタインなんかちょうだいよー! ってことなんだけど、……なんで誰もくれないの! おっさん泣いちゃうんだから!」
よよよっ、とレイヴンが袖を目元に当てて泣き真似をする。正面に座るユーリが至極冷たい目を向けている。彼の前には既に開封されたチョコレートが置かれており、対照的な二人を簡潔に表していた。
「あっそ。そりゃ残念だったな」
「ひどいっ! 青年ってば冷たい!」
わーんっ、と今度は顔を両手で覆って泣き真似をする。正面に座るユーリは鬱陶しそうに溜息をついた。
その様子を見ていたギルドメンバーたる少年が少しばかり思案した後、黙って席を立つ。
どこかへと向かう少年を目で追い、姿が見えなくなってからユーリは、悲しみに暮れて机に突っ伏したレイヴンにまた溜息をついた。
「おっさんが甘いものだめなの知ってっから、皆持って来ねえんじゃねえのか?」
「……青年なんかちょうだいよー」
「やんねえよ」
すっぱり切り捨て、貰ったチョコレートを一粒、口に放る。エステルやリタがクレア指導のもと作ったというそれは、多少歪な形ではあるが程良い甘さを持っていた。突っ伏したままうんともすんとも言わなくなったレイヴンを見つめつつ、チョコレートを味わう。
暫くして少年が戻ってきた。手には可愛らしい包みが二つ。青と白を基調にラッピングされた方をユーリに渡し、何やら耳打ちする。
「何よー、二人で内緒話しちゃって。おっさん除け者? 少年まで冷たーい」
唇を尖らせるレイヴンを、ユーリは眉を顰めながら一瞥した。少年が苦笑する横で、仕方ないといったように包みから中身を取り出す。入っていたのはアーモンドクッキーのようで、それをレイヴンの前に差し出した。
「ほらよ、おっさん」
「なぁにこれ?」
「少し遅れたが、女性陣からプレゼントだそうだ」
「え……」
念願のバレンタインプレゼントに諸手を上げて喜びたいところではあったが、それよりもレイヴンはアーモンドの香りに頬を引き攣らせた。更にはユーリがお構いなしに口元に近付けるため、仰け反るように頭を引く。
「ちょっと青年」
「いいから食え。ほら、あーん」
「すっごい適当! 何これ新手のいじめ?」
シチュエーション的にはこの先あるかどうかというほどの稀有な機会なのだが、ユーリは頬杖をついて面倒臭そうな態度に加え、棒読みときた。嬉しいような、そうでないような、素直に喜べない状況におっさん涙目である。
「早く」
苛ついた声音と睨みに負けて、レイヴンはおずおずと口にした。襲い来るだろう甘さに身構えるも、しかし口内に広がった味に目を丸くする。
その反応に少年は珍しく、してやったりというように笑った。
「お味の方は?」
「……甘くない」
首を傾げるレイヴンが咀嚼するクッキーは、甘味よりもアーモンドの味と香りが引き立った一品だ。
本来なら皆と同じ物が渡される筈だったが、甘いものが苦手と知って急遽変更したため、手元に渡るのが遅くなったのだ。そんな女性陣の優しさを教えれば、レイヴンは更に目を丸くした。
「おっさんってば愛されてたのね……! やだわ、年甲斐もなく泣いちゃいそう。ちょっと青年、おっさん愛されてるわよ。やっぱりわかる子にはわかってんだわ、秘められた魅力ってやつが」
「はいはい、よかったな」
最高速で浮かれ出したレイヴンにユーリは呆れ混じりの返事を返した。しかしそんな反応もなんのその。余程嬉しかったのだろう。
「青年、もっかいあーんってやってー」
堪えるどころか、すっかり有頂天まで上り詰めてしまう始末である。
しかしそこはユーリ。二つ返事で承諾するわけもない。
「調子乗んな」
「あいたっ!」
レイヴンの望む甘い一時の代わりに炸裂したのは小気味よい音のデコピンだった。
それでも尚、喜びが後押ししているのか、レイヴンはめげずに強請る。
だが彼は、手にしたプレゼントの中にアレな料理人たる女性達によって作られたクッキーが紛れ込んでいることをまだ知らない。
後に語り継がれるだろう悲劇は、足音を立てて着実に近付いていた。
10/11ページ