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そうせい議論
狐耳がぴくりと動いた。
「納得がいかないわ」
少女は淡々と、簡潔に不満を述べた。
「生まれた時間に差異はない筈。ムラクモとして配属されたのが後だからと言って、それだけで妹と定めるのはおかしい」
対する少年は外見に不相応な落ち着きぶりで、顎に手をやる。
「しかしだな妹よ。成長の度合いを見れば私の方が早かった」
「妹じゃないわ」
即座に返された言葉に少年が片眉を吊り上げる。少女は無表情ながら、威嚇の意を込めて狐耳を前方に傾けていた。
ルシェ族の少年と少女は姿こそ似つかぬが生まれは同じ。ムラクモ機関の研究区である。彼らはそもそも互いを血縁としては認識していなかったが、同じ場所から生まれたことについて、とある能天気なアイドルが「じゃあ二人は兄妹かな?」と不用意に発した一言により、どちらが長子かを決めるコールドウォーが幕開けた。
斯くして火蓋を切った舌戦は少年が優勢であるものの、終息の兆しは見えない。少女が妹扱いを拒んでいるためだ。彼女はなかなかに頑固だった。
「まず私を妹と定義したことがおかしい」
「うえ!?」
少女の涼やかな瞳が戦いの原因となったアイドルの少年を捉える。責任を感じつつも火の粉を浴びぬよう、鳴りを潜めて見守っていたアイドルは思いがけず矢を向けられて、慌てふためいた。
「私達は同齢。外見にも差は見られない。なぜ妹と決め付けるの? 訂正なさい」
「え、えーと……」
「訂正なさい」
ギンッ! と少女の眼光が鋭く射抜く。芯から凍り付くような威圧感がアイドルに襲いかかった。まるで喉元に短刀を押し付けるかの如く、プレッシャーが迫る。
「……はい。ごめんなさい……」
その冷たき重圧に、アイドルは早々に屈した。
反証を認められ、少女は鼻高々に少年へと向き直った。余程嬉しかったのか、きゅっと引き結んだ唇は笑みが隠し切れておらず、口角が上がっている。しかも狐耳をぴんと尖らせ、マントを翻らせて仁王立ちである。その姿に部屋の片隅でオタク男子が悶絶したが、特に誰も気に留めなかった。
一方、少年は眉間に皺を寄せ、聞き分けのない妹(暫定)に嘆息した。彼もまた大人びているが故に弟と見做されるのは嫌だった。
「出生、外見ともに差はない。君の言い分を認めよう。ならば私達は双子と言ったところかな?」
「そうね。それが近いわ」
「とすれば、双子の上下は生まれた順によって決まる。培養槽を母胎と仮定するなら先に出たのは」
「ちょっと待ちなさいっ。時間に差異はないとさっきも言ったでしょう! 例え成長に差があったとしても、培養槽を出た時は同じだった!」
「いいや、コンマの違いはある。一瞬だが私の方が早く出た。なんならデータを調べるかね? 記録が残っている筈だ」
少女は語気を強めたが、すぐさま反論に遭い、ぐっと眉根を寄せて少年を睨み付けた。少年も同じように負けじと睨み返す。彼らは気付いていないが、その仕草は二人共そっくりだった。自然と似たのかは定かではないが、彼らを生み出した少女の面影がそこにはあった。それを見つけたスーツ姿の男が感慨深そうに双子へと柔らかな眼差しを向けたが、当の本人達は知ったこっちゃなかった。
「ふたりとも、待って……」
膠着したかに思われた双子の間に、静かに割って入る者が現れた。
彼らと同じルシェであるマリナだ。
スーツ姿の男の側から一歩前に出た彼女に注目が集まる。緊張した面持ちで胸元に手を置くと、マリナは気後れしながらもゆっくり言葉を紡いだ。
「みんなの中で、最初に目覚めたのは私だから……私が一番、お姉さん」
まさかの第三勢力の介入である。
その一言は飛び交う理屈、屁理屈を一掃し、骨肉のコールドウォーを終結へ導かんとする無垢なる乙女の武力介入であった。姉という甘美な響きにちょろっと欲が出たとか、そんなことはない。断じて。
新たなる脅威を前に双子はすっかり固まってしまった。マリナの言い分は、それこそ記録を調べるまでもない事実だ。
室内は静寂に包まれる。
ある者は打ちのめされ、ある者は笑いを堪え、ある者は固唾を飲み、ある者は生温かく見守り、ある者は汚れなき瞳で終結を信じ、黙している。
じっと見つめ合う三人のルシェ。やがて少年が目を伏せ、重たい口を開く。
「認めよう。我らは共に彼女の弟であり、妹だと」
その一言に少女は唇を噛み締めた。認めたくない気持ちは勿論あった。しかし覆しようのない事実を前に悔しさからぐっと拳を握り、敗北に俯こうとした──その時。
「……しかしだ。私と君のどちらが上かは決まっていない」
少女がはっとして顔を上げた。瞳を向けた先には真正面から見つめる少年がいる。
その目に宿る強い光に、少女は口元を綻ばせた。互いにまだ諦めていないことを知って、ぴんと背筋と狐耳を伸ばす。彼女の瞳にもまた、強い光が舞い戻った。
「そうよ……そうだわ。私かあなたか、まだ決まりじゃない!」
「ああ、私が兄だとはっきりさせよう」
「いいえ、私が姉だと証明してあげるわ」
一度は屈するかに思われた双子は、新たな決意を胸に立ち上がる。その顔付きはいっそう凛々しく勇ましいものに変わって、戦いはより高みへと登っていく。どこまでもどこまでも。
「いつまでやんのかねぇ」
「気の済むまでやらしとけ」
オタク男子がニヤニヤ笑いながら観戦する横で、スーツ姿の男が苦笑混じりに肩を竦ませる。
元の木阿弥になってしまった双子の間では、マリナがおろおろと仲裁しようとしている。
「マジ……ごめん……」
その光景に責任を感じ、アイドルは非常にばつの悪い顔で小さく謝罪を口にしたのだった。
狐耳がぴくりと動いた。
「納得がいかないわ」
少女は淡々と、簡潔に不満を述べた。
「生まれた時間に差異はない筈。ムラクモとして配属されたのが後だからと言って、それだけで妹と定めるのはおかしい」
対する少年は外見に不相応な落ち着きぶりで、顎に手をやる。
「しかしだな妹よ。成長の度合いを見れば私の方が早かった」
「妹じゃないわ」
即座に返された言葉に少年が片眉を吊り上げる。少女は無表情ながら、威嚇の意を込めて狐耳を前方に傾けていた。
ルシェ族の少年と少女は姿こそ似つかぬが生まれは同じ。ムラクモ機関の研究区である。彼らはそもそも互いを血縁としては認識していなかったが、同じ場所から生まれたことについて、とある能天気なアイドルが「じゃあ二人は兄妹かな?」と不用意に発した一言により、どちらが長子かを決めるコールドウォーが幕開けた。
斯くして火蓋を切った舌戦は少年が優勢であるものの、終息の兆しは見えない。少女が妹扱いを拒んでいるためだ。彼女はなかなかに頑固だった。
「まず私を妹と定義したことがおかしい」
「うえ!?」
少女の涼やかな瞳が戦いの原因となったアイドルの少年を捉える。責任を感じつつも火の粉を浴びぬよう、鳴りを潜めて見守っていたアイドルは思いがけず矢を向けられて、慌てふためいた。
「私達は同齢。外見にも差は見られない。なぜ妹と決め付けるの? 訂正なさい」
「え、えーと……」
「訂正なさい」
ギンッ! と少女の眼光が鋭く射抜く。芯から凍り付くような威圧感がアイドルに襲いかかった。まるで喉元に短刀を押し付けるかの如く、プレッシャーが迫る。
「……はい。ごめんなさい……」
その冷たき重圧に、アイドルは早々に屈した。
反証を認められ、少女は鼻高々に少年へと向き直った。余程嬉しかったのか、きゅっと引き結んだ唇は笑みが隠し切れておらず、口角が上がっている。しかも狐耳をぴんと尖らせ、マントを翻らせて仁王立ちである。その姿に部屋の片隅でオタク男子が悶絶したが、特に誰も気に留めなかった。
一方、少年は眉間に皺を寄せ、聞き分けのない妹(暫定)に嘆息した。彼もまた大人びているが故に弟と見做されるのは嫌だった。
「出生、外見ともに差はない。君の言い分を認めよう。ならば私達は双子と言ったところかな?」
「そうね。それが近いわ」
「とすれば、双子の上下は生まれた順によって決まる。培養槽を母胎と仮定するなら先に出たのは」
「ちょっと待ちなさいっ。時間に差異はないとさっきも言ったでしょう! 例え成長に差があったとしても、培養槽を出た時は同じだった!」
「いいや、コンマの違いはある。一瞬だが私の方が早く出た。なんならデータを調べるかね? 記録が残っている筈だ」
少女は語気を強めたが、すぐさま反論に遭い、ぐっと眉根を寄せて少年を睨み付けた。少年も同じように負けじと睨み返す。彼らは気付いていないが、その仕草は二人共そっくりだった。自然と似たのかは定かではないが、彼らを生み出した少女の面影がそこにはあった。それを見つけたスーツ姿の男が感慨深そうに双子へと柔らかな眼差しを向けたが、当の本人達は知ったこっちゃなかった。
「ふたりとも、待って……」
膠着したかに思われた双子の間に、静かに割って入る者が現れた。
彼らと同じルシェであるマリナだ。
スーツ姿の男の側から一歩前に出た彼女に注目が集まる。緊張した面持ちで胸元に手を置くと、マリナは気後れしながらもゆっくり言葉を紡いだ。
「みんなの中で、最初に目覚めたのは私だから……私が一番、お姉さん」
まさかの第三勢力の介入である。
その一言は飛び交う理屈、屁理屈を一掃し、骨肉のコールドウォーを終結へ導かんとする無垢なる乙女の武力介入であった。姉という甘美な響きにちょろっと欲が出たとか、そんなことはない。断じて。
新たなる脅威を前に双子はすっかり固まってしまった。マリナの言い分は、それこそ記録を調べるまでもない事実だ。
室内は静寂に包まれる。
ある者は打ちのめされ、ある者は笑いを堪え、ある者は固唾を飲み、ある者は生温かく見守り、ある者は汚れなき瞳で終結を信じ、黙している。
じっと見つめ合う三人のルシェ。やがて少年が目を伏せ、重たい口を開く。
「認めよう。我らは共に彼女の弟であり、妹だと」
その一言に少女は唇を噛み締めた。認めたくない気持ちは勿論あった。しかし覆しようのない事実を前に悔しさからぐっと拳を握り、敗北に俯こうとした──その時。
「……しかしだ。私と君のどちらが上かは決まっていない」
少女がはっとして顔を上げた。瞳を向けた先には真正面から見つめる少年がいる。
その目に宿る強い光に、少女は口元を綻ばせた。互いにまだ諦めていないことを知って、ぴんと背筋と狐耳を伸ばす。彼女の瞳にもまた、強い光が舞い戻った。
「そうよ……そうだわ。私かあなたか、まだ決まりじゃない!」
「ああ、私が兄だとはっきりさせよう」
「いいえ、私が姉だと証明してあげるわ」
一度は屈するかに思われた双子は、新たな決意を胸に立ち上がる。その顔付きはいっそう凛々しく勇ましいものに変わって、戦いはより高みへと登っていく。どこまでもどこまでも。
「いつまでやんのかねぇ」
「気の済むまでやらしとけ」
オタク男子がニヤニヤ笑いながら観戦する横で、スーツ姿の男が苦笑混じりに肩を竦ませる。
元の木阿弥になってしまった双子の間では、マリナがおろおろと仲裁しようとしている。
「マジ……ごめん……」
その光景に責任を感じ、アイドルは非常にばつの悪い顔で小さく謝罪を口にしたのだった。
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