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ケーキ、熱燗、おでん缶

 配給の食事の量が少し増えた。
 ドラゴンの討伐で物資調達の範囲が広がったらしい。いいことだ、とリーダーの男は特に感慨もなく言った。
 逆に満面の笑みで喜びを表したのは女の班員だ。食事も好きなことの一つである彼女は、美味しそうに料理を頬張っている。
「うんうん、危険なお仕事をした甲斐があるね」
「俺としては、これでビールでもあれば文句なしなんだが……」
「オジサン臭い発言だなあ」
「……オジサン……」
 男はショックを受けたようで、がっくり項垂れてしまった。まだ三十路前なのに、という切実な呟きは痛ましいほどに悲嘆を含んでいた。強く生きろ。
「私はやっぱり甘いものがいいな」
 髭を生やした二十代にグサリと刃物を突き刺した自覚もなく、女が話を続ける。具体例として高級店のケーキを挙げるというセレブリティを遺憾なく発揮するや、不意にこちらへ振り向くものだから、少し身構えた。
「君は? 何が食べたい?」
「えっ、……あー、えと……」
 話を振られるとは思っていなかった。聞き役でよかったのだが、食事を始めてからまだ一言も発していないのを気にしたのだろうか。意外にも彼女は目敏いので、その可能性は無きにしも非ず。
 しかし困ったことに食べたいものなど別にない。元より食欲旺盛ではないし、口に入れば大体同じだと思っているし、正直料理そのものに興味がない。
 必死になって探す必要はないのに、それでも何かないかと考える。会話というのは難しい。それをしてこなかったから。メールなら上手く話せるのに。喋らなければ話せるのに。話が途切れたりしないのに。
 ぐるぐる回る。考える。食べ物食べ物食べ物。長引く沈黙が圧力を掛けてくる。思わず下げた顔を上げられない。なければないでそれでいい筈なのにそれもできない。食べ物食べ物。やっぱりない。
「……お、おでん缶、とか」
 ぱっと浮かんだ苦肉の策。割と食べた品だが、馴染みがあるというだけで思い入れはない。どちらかといえば妹カフェの方が思い出深い。妹のらくがきオムライスとかうっかり言わなくてよかった。
 だがしかし、ここで驚愕の事実発覚。
「おでん缶って何?」
 なん…だと…。
 ──と、口に出さず内心だけに留めた自分を褒めてやりたい。まさかおでん缶を知らない人種がいるとは。セレブ恐るべし。
 一方で男の方は知っているらしく、その販売地域を察してか、どこか納得したような顔をしていた。居たたまれない。
 興味津々なセレブに説明を求められ、名前の通りおでんの入った缶詰が自販機で売られていると教えれば、またもやセレブは食い付いた。
「自販機なんだ! それ見たいなあ。どこにあるかな? ここら辺ある?」
「アキバにある。けど、他は知らない。たぶん、新宿はないと思う」
「そっかぁ……。残念、お預けだね」
 答えると、がっかりして肩を落とす。セレブ、しょんぼりである。
 しかしどうやら秋葉原に行った際には見つける気でいるようだ。フロワロ蔓延るこの東京でも彼女は一際タフだと思う。女子のメンタルはなぜこうも屈強なのだろう。
「おでんか……。熱燗が欲しくなるな」
 ワンカップが熱くなるな。レンジで。それにしてもオジサンと言われたばかりだというのにそんな発言をする辺り、年齢詐称を疑うべきかもしれない。
「やっぱりオジサン臭いね」
「うぐっ……!」
 セレブが二度も抜き身の刃を振り翳し、男を袈裟斬りにした。目標、完全に沈黙しました!
 ついつい口端を吊り上げて笑ってしまいそうになるのを堪えた。
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