BSR
雪解け
鋼の打ち合う音が止んだ。
それが終わると残響も空風に呑まれ、あっという間に静かになった。まるで火花を散らした一瞬が、夢幻のようでもあった。
「いやあ、参った参った! 幸村ってば、本当に強くなったなあ」
「慶次殿こそ衰えたなどとご謙遜を。某、久方振りに本気で槍を振るいましたぞ」
「そっちこそ謙遜すんなって」
からからと笑って、慶次が幸村の差し出した手を取って立ち上がる。すると幸村は目を丸くして、握った手と慶次の顔を見合わせた。彼の手は痺れていて、殆ど掴めていなかった。
「本当だよ。あんたは強くなったし、俺は衰えた」
そう言って、慶次は穏やかに微笑んだ。雪景色の中にあって尚も温かい笑みに、幸村は嘗て男が春のようだと形容されたことを思い出した。
戦がなくなって、慶次は刃を滅多に振るわなくなった。元々、戦を好まぬ性分である。自然と手は刃から遠退いた。
幸村もまた槍から遠退き、代わりに筆を持つことが多くなった。しかしそれでも修練を欠かしたことはない。むしろ日に一度、体を動かさねば気が済まなかった。両の手に残った感覚が抜けていくのを厭った。手合わせを願ったのも、そのためだ。
「……すまぬ。申し訳ござらん」
「え、何謝ってんだい。これくらい、どうってことないよ!」
痺れも治まった手をひらひらと振り、胸を張るように笑い飛ばす。その有り難いほどの優しさに、幸村も柔らかく笑った。
「忝ない」
「いいって。俺はあんたのその恋、大事にしててほしいからさ」
「……恋などと。違いまする」
「そうかな? 好いた人を想って、忘れずに抱え込んで。それも立派な恋の花だよ。……精一杯に咲いて散った、綺麗な花さ」
途端に膨れっ面になった幸村に苦笑を零しつつ、慶次は噛み締めるように音に乗せた。目を伏せて、思いを馳せる。
彼がいつの日を回顧しているのか。幸村には窺い知れない。その懐旧は慶次だけのものだ。だが幸村にも、己だけしか持ち得ぬ懐旧がある。今は遠き、雪をも溶かす紅炎を滾らせた日々が。手に残る、竜の爪の重みが。
「恋などと、……破廉恥でござる」
その呟きに慶次はきょとんとして、それから笑った。久しぶりに聞いたなあ、と晴れ間の覗く雪景色の中で、嬉しげな声を弾ませた。
鋼の打ち合う音が止んだ。
それが終わると残響も空風に呑まれ、あっという間に静かになった。まるで火花を散らした一瞬が、夢幻のようでもあった。
「いやあ、参った参った! 幸村ってば、本当に強くなったなあ」
「慶次殿こそ衰えたなどとご謙遜を。某、久方振りに本気で槍を振るいましたぞ」
「そっちこそ謙遜すんなって」
からからと笑って、慶次が幸村の差し出した手を取って立ち上がる。すると幸村は目を丸くして、握った手と慶次の顔を見合わせた。彼の手は痺れていて、殆ど掴めていなかった。
「本当だよ。あんたは強くなったし、俺は衰えた」
そう言って、慶次は穏やかに微笑んだ。雪景色の中にあって尚も温かい笑みに、幸村は嘗て男が春のようだと形容されたことを思い出した。
戦がなくなって、慶次は刃を滅多に振るわなくなった。元々、戦を好まぬ性分である。自然と手は刃から遠退いた。
幸村もまた槍から遠退き、代わりに筆を持つことが多くなった。しかしそれでも修練を欠かしたことはない。むしろ日に一度、体を動かさねば気が済まなかった。両の手に残った感覚が抜けていくのを厭った。手合わせを願ったのも、そのためだ。
「……すまぬ。申し訳ござらん」
「え、何謝ってんだい。これくらい、どうってことないよ!」
痺れも治まった手をひらひらと振り、胸を張るように笑い飛ばす。その有り難いほどの優しさに、幸村も柔らかく笑った。
「忝ない」
「いいって。俺はあんたのその恋、大事にしててほしいからさ」
「……恋などと。違いまする」
「そうかな? 好いた人を想って、忘れずに抱え込んで。それも立派な恋の花だよ。……精一杯に咲いて散った、綺麗な花さ」
途端に膨れっ面になった幸村に苦笑を零しつつ、慶次は噛み締めるように音に乗せた。目を伏せて、思いを馳せる。
彼がいつの日を回顧しているのか。幸村には窺い知れない。その懐旧は慶次だけのものだ。だが幸村にも、己だけしか持ち得ぬ懐旧がある。今は遠き、雪をも溶かす紅炎を滾らせた日々が。手に残る、竜の爪の重みが。
「恋などと、……破廉恥でござる」
その呟きに慶次はきょとんとして、それから笑った。久しぶりに聞いたなあ、と晴れ間の覗く雪景色の中で、嬉しげな声を弾ませた。