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血塗れ野獣舞曲

「いてっ、いでで! おい痛えって、いっ……てえよ!」
 壁くらいは易々とぶち抜くだろう足が振り上げられた。皇帝は明らかに顔面を狙ってきたそれを辛うじて避ける。
「のわっ、蹴飛ばすな馬鹿者!」
「痛えっつってんだろ! もっと丁寧にやれや」
「知るか。助けてやるだけ有り難いと思え。……ええい、間怠っこしい!」
 がしゃーん、と皇帝は怒り任せに杖を振った。砕けた氷が宙を舞い、ジェクトが声を荒げる。
「ばっかおま、傷に響くだろコラ!」
「うるさいわ! 自業自得だろうが!」
 再び杖を振り抜けば、また氷が宙を舞った。それを皮切りに、二人はぎゃあぎゃあと騒がしさを増していく。
 氷の破砕音と怒声が飛び交う中、高みの見物を決め込んだ伝説の淑女は欠伸しながら、どうでもよさそうに言った。
「楽しそうですわねー」
 まるで聞こえていないらしく、口論は過熱するばかりで止みそうにない。しかし淑女はそれすらどうでもよさそうに眺めている。
 退屈し始めた淑女を始め、当事者達は意に介していないが、そもそもは戦闘の直中である。実際、淑女の目に映るのは凄惨と言ってもおかしくない有り様だ。
 状況としては、淑女が放った氷の魔法がジェクトに直撃。的確に手足を貫かれた挙げ句、地面に磔にされてがっちりホールドを決められたところで皇帝のヘルプが入った、というわけである。
 本来なら多少なりとも切迫すべき状況だが、血飛沫のかかった氷を壊す男と、それに文句をつける大怪我の男は、敵をほっぽりだして大人気なく喧嘩している。今、二人まとめて魔法で吹っ飛ばされたって文句は言えまい。それこそ自業自得だが、淑女は思うだけで実行には移さなかった。
「後は自分でやれ」
「おー、ご苦労さん。皇帝サマ」
 元より腕一本動けばなんのことはない。ジェクトは漸く自由になった片手で、身体を覆う氷を叩き割った。
 そうして淑女がほんのちょっぴり気紛れを見せた間に、ジェクトはぼたぼたと血を垂れ流しながらも起き上がるまでに至っていた。胡座をかき、頭を掻くその側で、マントに付着した血に気付いた皇帝が恨みがましく見下ろしている。
「ポーション持ってねえか?」
「貴様こそ持ってないのか」
「ガキ共相手に怪我なんてしねえからよ。持ち歩かねえんだわ」
 ふんぞり返るジェクトに対し、皇帝は苛立ちから顔を顰める。渋々杖を翳すと、ジェクトの身体を淡い光が包んだ。傷に治癒の光が溶ける。
「……貸しておくぞ」
 途端に上機嫌になったジェクトが膝を一つ、ぱしんと叩いて立ち上がる。
「そんじゃあもういっちょやるか!」
「次は氷漬け程度では済みませんわよ」
 埃を払い、淑女は瞳に過激な色を含ませた。悠然たる態度に反するように、不敵な笑みを浮かべてジェクトは力任せに地を蹴る。
 大気すらうねり、揺るがせて、待ち兼ねたとばかりに烈しい力と魔力がぶつかり合う。凶暴なまでのそれ二つに呆れながら、観戦者に徹した皇帝が宙で足を組んだ。
 果たして再び野獣が撃墜されてくるか、見物である。
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