ペルソナ
蝶になる夢を見た。
どこまでも続く暗闇の中を、淡く光る青色の羽で恐る恐る飛んでいた。暫く進むと暗闇にぽっかりと丸い光が浮かび上がる。近付くにつれ、それが大きな月であることがわかった。その月明かりに照らされて、唐突に幽冷な夜空と不気味な色彩の景色が広がる。それは見覚えのある世界だった。遠い記憶の破片が繋がって懐かしさが溢れ出す。大きな月の先に広がる世界を思うと高揚感と嬉しさに包まれ、そのまま突き動かされるように煌々と輝く月に向かって羽ばたいた。生ぬるい風すら心地よく、異様なまでの静けさも陰湿さもまるで気にならない。居てもたってもいられない、待ちきれないとばかりに羽ばたく。逸る気持ちに急かされ、無我夢中で大きな月に近付けば近付くほど視界は光を増して白くなっていき、頭の中が喜びと期待と不安と安心とそれらがない交ぜになった感情に支配されていく。夜空も景色も消えていく。もう少し、もう少し。もうすぐ、届く。
「■■■」
触れるか触れないかの瞬間、それは流れ込んで駆け抜けた。
十二時、もう一人の、夜に聳える、泣き声、選択を、仲間、笑って、死なせない、呼ぶ、大切は、約束、青、終わり。
ゴトンッ、と電車が揺れた。
はっとして顔を上げると窓ガラスに自分の顔が映っていた。頭がぼんやりとしており、呆然と立ち尽くしてしまう。
蝶の夢を、見ていた。
しかし確信が持てなかった。今までが夢だったのか、今が夢なのか、はっきりしない。頭がやけに重く、ぐらぐらと焦点が定まらない。何かを思い出そうとしても想起する映像はまだぼやけてしまっていて、蝶が飛ぶ姿だけが鮮明だった。
膜に覆われたような感覚。窓ガラスに映る自分すら曖昧に思えてくる。それでも表情は普段と変わりない。羽化を待つ蛹は、こんなもどかしさを感じているのかもしれない。
「次はー、巖戸台、巖戸台」
アナウンスが流れて、漸く目的地に着いたことに小さく息をついた。あまり多くない乗客に混じって降車する。
そろそろ零時を回る。
改札を抜ける頃にはヘッドホンから音楽が消え、街から灯りが消えた。
──時間だ。
瞬く間に訪れた闇を眼前に、奥底の記憶が呼び起こされる。ゆっくりと意識が覚醒していく。殻が破れ、再び生まれ落ちる。
並ぶ棺のオブジェ、空を穿つ大きな月、そして現れる歪な塔。
ああ、この時間がひどく懐かしい。