ペルソナ
皆様さようなら
「僕は明日死ぬかもしれない。いや、きっと死ぬ。だからって別に悲しいわけじゃないし、怒ってもいないよ。もうずっと昔に決まってたことだし、僕の死を悲しむのは僕じゃないからね。それに、死んでも世界を救った大それた犠牲者だ。ヒーロー願望なんて持ち合わせちゃいないけど、案外悪くないと思ってる。本当だよ」
よく喋ってしまった。見送りに来てくれた青色のエレベーターガールは、頼まれものを渡した時のような目でまじまじと僕を見ている。変わらず微笑を向けていると、彼女は口を開いた。
「恐くはないのですか?」
やはり訊かれてしまった。あまり訊かれたくなかったのだが、それは人が必ず抱くものであるから、予想はしていた。
だって死ぬのだ。僕という一回限りの生命は物質的に失われ、記憶の中の存在となる。何かを美しいと感じることも、誰かに温かいと言われることもできなくなる。それを恐れない人などいない。
「恐いよ。逃げたくなる」
苦笑して言えば、また青色のエレベーターガールは目を見開かせた。
「僕は死にたいわけじゃない。本当はこれからも皆と一緒に、なんでもないようなことを楽しんで、喜び合うような、そんな毎日を望んでる。でもダメなんだ。皆が死んでしまうのは嫌なんだ。だから僕は死ぬ。死んで救う。でもやりたかったことがあるんだ。自分でもびっくりするぐらい、まだたくさんあったんだよ。困ったね」
内側から溢れてくるものの多さに、随分未練がましい質なのだと思い知った。
また苦笑する。悲しくはないのだが、勿体無いと思う。僕の世界は色鮮やかで、手を伸ばした分だけ広がるというのに。まだこんなにも、美しいのに。
「それはお困りでございましょう」
「うん。それでどうしようか考えてみたんだけど、夢を見ようと思う」
「夢……でございますか?」
「うん。擬似的だけど、やりたいことが叶うだろ? だって夢だから」
僕は混じり気のない笑みを浮かべる。
「ええ。とても素敵な、良い案でございますね」
青色のエレベーターガールは目を瞑って微笑み、祝詞のように頷いてくれた。
「ありがとう」
僕は扉を開いて白と黒の床の上に踏み出した。暫く歩けば陽光が覗く。薄いがしかし眩しい光に、思わず手を翳した。
さあ、僕も早く戻らなければ。もうじき時間がきてしまう。時計は正しく進んでいて、針は止まらない。となれば、こちらが急ぐしかない。
視界はまだ光でぼやけていたが、この先へは違うことなく辿り着ける。死ぬだけの価値が、この世界に残っていると知っているから。
だから僕は、臆病な心を燃やして歩き出すのだ。
それでは皆様、さようなら。
「僕は明日死ぬかもしれない。いや、きっと死ぬ。だからって別に悲しいわけじゃないし、怒ってもいないよ。もうずっと昔に決まってたことだし、僕の死を悲しむのは僕じゃないからね。それに、死んでも世界を救った大それた犠牲者だ。ヒーロー願望なんて持ち合わせちゃいないけど、案外悪くないと思ってる。本当だよ」
よく喋ってしまった。見送りに来てくれた青色のエレベーターガールは、頼まれものを渡した時のような目でまじまじと僕を見ている。変わらず微笑を向けていると、彼女は口を開いた。
「恐くはないのですか?」
やはり訊かれてしまった。あまり訊かれたくなかったのだが、それは人が必ず抱くものであるから、予想はしていた。
だって死ぬのだ。僕という一回限りの生命は物質的に失われ、記憶の中の存在となる。何かを美しいと感じることも、誰かに温かいと言われることもできなくなる。それを恐れない人などいない。
「恐いよ。逃げたくなる」
苦笑して言えば、また青色のエレベーターガールは目を見開かせた。
「僕は死にたいわけじゃない。本当はこれからも皆と一緒に、なんでもないようなことを楽しんで、喜び合うような、そんな毎日を望んでる。でもダメなんだ。皆が死んでしまうのは嫌なんだ。だから僕は死ぬ。死んで救う。でもやりたかったことがあるんだ。自分でもびっくりするぐらい、まだたくさんあったんだよ。困ったね」
内側から溢れてくるものの多さに、随分未練がましい質なのだと思い知った。
また苦笑する。悲しくはないのだが、勿体無いと思う。僕の世界は色鮮やかで、手を伸ばした分だけ広がるというのに。まだこんなにも、美しいのに。
「それはお困りでございましょう」
「うん。それでどうしようか考えてみたんだけど、夢を見ようと思う」
「夢……でございますか?」
「うん。擬似的だけど、やりたいことが叶うだろ? だって夢だから」
僕は混じり気のない笑みを浮かべる。
「ええ。とても素敵な、良い案でございますね」
青色のエレベーターガールは目を瞑って微笑み、祝詞のように頷いてくれた。
「ありがとう」
僕は扉を開いて白と黒の床の上に踏み出した。暫く歩けば陽光が覗く。薄いがしかし眩しい光に、思わず手を翳した。
さあ、僕も早く戻らなければ。もうじき時間がきてしまう。時計は正しく進んでいて、針は止まらない。となれば、こちらが急ぐしかない。
視界はまだ光でぼやけていたが、この先へは違うことなく辿り着ける。死ぬだけの価値が、この世界に残っていると知っているから。
だから僕は、臆病な心を燃やして歩き出すのだ。
それでは皆様、さようなら。