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テスカトリポカは告らせたい
大抵の生物は欲を持つものだ。
物理的に、或いは精神的に満たされるものを求める。欲望、願望、どのようなものであれ当たり前に存在する。
神であるテスカトリポカはそのように考えていたのだが──最近あまり自信がない。
目の前の青年が何も要求してこないからだ。
神が叶えてやろうとしているのに、そのせいで叶えられない。
「欲しいものはあるか?」
「無い」
即答である。デイビットの返答はいつも同じだ。
それを聞くとテスカトリポカは憮然とした表情で黙り込んでしまう。
ミクトランパにて、何度目かの応酬。答えは一向に変わらない。
神はデイビットに欲がないとは思わない。だからこの応酬を続けている。
人類に汚名を着せぬために惑星を破壊する。彼の戦いは他人のためだったが、けれど確かに、人間らしくあろうとする自己のためでもあった。それを欲とするなら、なんともいたいけな願いだろう。
だからこそデイビットは多くを望むべきだ。
交信/更新/行進は終わったのだから。
しかし望めなかったものを、取り零したものを拾い上げようとする、その発露は未だ乏しい。
折角、己の楽園に招き入れたというのに。
テスカトリポカは見通しの甘さを痛感する。
「何かあるだろう、何か」
「そう言われてもな……。大抵のものはおまえが揃えてくれただろう」
「それは、まあ、そうだが」
分の悪さを誤魔化すように煙草を燻らせる。一口吸えば顔を顰めたくなるほどの苦味が広がる。
甘やかしすぎたという自覚はある。
映画が好きだと言っていたのでシネマごと用意した。しかもポップコーンとコーラのおまけ付き。読書ができるように本を取り揃えた。座り心地の良いソファーも置いた。テレビ、ベッド、その他にも必要そうなもの、必要でなさそうなもの、どちらも一通り揃えて与えた。その都度、邪魔だの不要だのいちいち指摘してきて、それはそれで愉快ではあったので良しとするが、ともかく先回りしすぎたのは反省している。しかしこれほど手を焼くとは思っていなかった。
デイビットの望みを引き出そうとして裏目に出てしまった。選択肢を潰していけば自ずと残るのはひとつきりだろうと、なぜ安直に考えたのか。
煙と一緒に溜息を吐く。
どかりと腰を下ろしたソファーは座り心地を重視しただけあって、ささくれ立つテスカトリポカを程よい弾力で受け止めてくれた。
その隣に、当然のようにデイビットが座る。
サングラス越しに一瞥して、テスカトリポカはまた煙を吐き出した。
映画や読書を、デイビットは素直に楽しんでいる様子だった。テスカトリポカもそこは納得している。無駄も娯楽も許されなかった戦士の休息だ。思う存分、味わえばいい。
問題はそこじゃない。そう、問題は、デイビットが何も欲しがらないことだ。
テスカトリポカには確信がある。デイビットの欲しいものがなんなのか。
結論から言うと、デイビットが欲しいと望むのはテスカトリポカ自身だ。
本人に自覚がないということもない。確証も得ている。
実際、今も手を伸ばして頭を撫でてみれば、どこか照れ臭そうにしながらも目を細める。
まるで雪解けに芽吹く蕾のようだ。そんな顔もできるのかと気付いた時、テスカトリポカはその望みを叶えたい と思った。
だから先回りして、着実に、選び取れるように、お膳立てしたというのに。まったく思い通りにいかない。
たった一言、欲しいと口にすればいいだけだ。しかしデイビットは求めない。
テスカトリポカには理解できない。
欲求は争いの火種となるもの。欲しければ望み、掴み取ればいい。テスカトリポカがそれを肯定することは、戦いを望む神として、正しい振る舞いなのだ。
だから、なぜデイビットがいつまでも迷っているような素振りを見せるのか、理解できない。
テスカトリポカが求めに応じるだろうことは、デイビットにもわかっている。わかっていて口にしないのだ。
「なあ、本当に欲しいものはないのか?」
目元にかかる前髪を優しく払い、爪先を輪郭に沿わせて顎を掴むと、視線を絡ませ合うために顔を向けさせる。そして唇に指先で触れる。誘き寄せるように、そういう意図を含めて薄い唇をなぞる。
くすぐったいのか、それとも別の感覚か。微かに戦慄いたのを見逃さなかった。
この手に触れられたいと思っている。この体に触れたいと思っている。
それが望み。例えどんな感情から来る欲求なのかはわからずとも疑うことはない。
獲物の隙をじっと待つ獣さながらに、テスカトリポカは見つめている。サングラスの下で、その瞳は青い炎のように期待に点る。
デイビットは逡巡するように、何かを言いたげに眉根を寄せていたが、やがて小さく息を吐いて呟いた。
「……なんでもいいのか?」
「ああ」
優しく頷き、蛇のように細められた瞳に喜色をたたえて、言葉が紡がれるのを待つ。
しかしデイビットは、テスカトリポカの顔を見て開きかけた口を閉じた。己に触れる手をやんわりと押し戻して、遠ざける。そうして緩く頭を振って微笑んだ。
「…………。いや、やはりオレは今のままで十分、満足しているよ」
テスカトリポカは押し黙る。どこか諦観したような面持ちに苛立ちを感じながら、しかし遠ざけられた手は行き場をなくして、力なく握り込むとそのまま引っ込めた。絡めた視線を外し、フィルターぎりぎりまで短くなった煙草を灰皿に押し付ける。
結局、デイビットは何も望まない。
テスカトリポカがその原因を理解できない限り、時間ばかりが過ぎていく。
男は今も望みを叶えられない。
大抵の生物は欲を持つものだ。
物理的に、或いは精神的に満たされるものを求める。欲望、願望、どのようなものであれ当たり前に存在する。
神であるテスカトリポカはそのように考えていたのだが──最近あまり自信がない。
目の前の青年が何も要求してこないからだ。
神が叶えてやろうとしているのに、そのせいで叶えられない。
「欲しいものはあるか?」
「無い」
即答である。デイビットの返答はいつも同じだ。
それを聞くとテスカトリポカは憮然とした表情で黙り込んでしまう。
ミクトランパにて、何度目かの応酬。答えは一向に変わらない。
神はデイビットに欲がないとは思わない。だからこの応酬を続けている。
人類に汚名を着せぬために惑星を破壊する。彼の戦いは他人のためだったが、けれど確かに、人間らしくあろうとする自己のためでもあった。それを欲とするなら、なんともいたいけな願いだろう。
だからこそデイビットは多くを望むべきだ。
交信/更新/行進は終わったのだから。
しかし望めなかったものを、取り零したものを拾い上げようとする、その発露は未だ乏しい。
折角、己の楽園に招き入れたというのに。
テスカトリポカは見通しの甘さを痛感する。
「何かあるだろう、何か」
「そう言われてもな……。大抵のものはおまえが揃えてくれただろう」
「それは、まあ、そうだが」
分の悪さを誤魔化すように煙草を燻らせる。一口吸えば顔を顰めたくなるほどの苦味が広がる。
甘やかしすぎたという自覚はある。
映画が好きだと言っていたのでシネマごと用意した。しかもポップコーンとコーラのおまけ付き。読書ができるように本を取り揃えた。座り心地の良いソファーも置いた。テレビ、ベッド、その他にも必要そうなもの、必要でなさそうなもの、どちらも一通り揃えて与えた。その都度、邪魔だの不要だのいちいち指摘してきて、それはそれで愉快ではあったので良しとするが、ともかく先回りしすぎたのは反省している。しかしこれほど手を焼くとは思っていなかった。
デイビットの望みを引き出そうとして裏目に出てしまった。選択肢を潰していけば自ずと残るのはひとつきりだろうと、なぜ安直に考えたのか。
煙と一緒に溜息を吐く。
どかりと腰を下ろしたソファーは座り心地を重視しただけあって、ささくれ立つテスカトリポカを程よい弾力で受け止めてくれた。
その隣に、当然のようにデイビットが座る。
サングラス越しに一瞥して、テスカトリポカはまた煙を吐き出した。
映画や読書を、デイビットは素直に楽しんでいる様子だった。テスカトリポカもそこは納得している。無駄も娯楽も許されなかった戦士の休息だ。思う存分、味わえばいい。
問題はそこじゃない。そう、問題は、デイビットが何も欲しがらないことだ。
テスカトリポカには確信がある。デイビットの欲しいものがなんなのか。
結論から言うと、デイビットが欲しいと望むのはテスカトリポカ自身だ。
本人に自覚がないということもない。確証も得ている。
実際、今も手を伸ばして頭を撫でてみれば、どこか照れ臭そうにしながらも目を細める。
まるで雪解けに芽吹く蕾のようだ。そんな顔もできるのかと気付いた時、テスカトリポカは
だから先回りして、着実に、選び取れるように、お膳立てしたというのに。まったく思い通りにいかない。
たった一言、欲しいと口にすればいいだけだ。しかしデイビットは求めない。
テスカトリポカには理解できない。
欲求は争いの火種となるもの。欲しければ望み、掴み取ればいい。テスカトリポカがそれを肯定することは、戦いを望む神として、正しい振る舞いなのだ。
だから、なぜデイビットがいつまでも迷っているような素振りを見せるのか、理解できない。
テスカトリポカが求めに応じるだろうことは、デイビットにもわかっている。わかっていて口にしないのだ。
「なあ、本当に欲しいものはないのか?」
目元にかかる前髪を優しく払い、爪先を輪郭に沿わせて顎を掴むと、視線を絡ませ合うために顔を向けさせる。そして唇に指先で触れる。誘き寄せるように、そういう意図を含めて薄い唇をなぞる。
くすぐったいのか、それとも別の感覚か。微かに戦慄いたのを見逃さなかった。
この手に触れられたいと思っている。この体に触れたいと思っている。
それが望み。例えどんな感情から来る欲求なのかはわからずとも疑うことはない。
獲物の隙をじっと待つ獣さながらに、テスカトリポカは見つめている。サングラスの下で、その瞳は青い炎のように期待に点る。
デイビットは逡巡するように、何かを言いたげに眉根を寄せていたが、やがて小さく息を吐いて呟いた。
「……なんでもいいのか?」
「ああ」
優しく頷き、蛇のように細められた瞳に喜色をたたえて、言葉が紡がれるのを待つ。
しかしデイビットは、テスカトリポカの顔を見て開きかけた口を閉じた。己に触れる手をやんわりと押し戻して、遠ざける。そうして緩く頭を振って微笑んだ。
「…………。いや、やはりオレは今のままで十分、満足しているよ」
テスカトリポカは押し黙る。どこか諦観したような面持ちに苛立ちを感じながら、しかし遠ざけられた手は行き場をなくして、力なく握り込むとそのまま引っ込めた。絡めた視線を外し、フィルターぎりぎりまで短くなった煙草を灰皿に押し付ける。
結局、デイビットは何も望まない。
テスカトリポカがその原因を理解できない限り、時間ばかりが過ぎていく。
男は今も望みを叶えられない。