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オープンサマーバケーション

「いらっしゃいませー(E komo mai)」
 カフェテラスの店員がのんびりとした挨拶で出迎える。南国にそぐわぬ黒いコートを靡かせて、テスカトリポカは入ってすぐのテラス席に腰かけた。そこには先客がおり、街路を眺めていた青年が振り向く。
 はねっ毛で鼻筋の通った青年はラフな格好だが、テスカトリ・コーポレーションが販売していた限定シャツを着ていて、それは少し人目を引いた。
 差し向かいで目が合うと、まるで演出されたかのようにアイスコーヒーの氷がカランと鳴る。
 テスカトリポカは煙草を取り出そうとするも灰皿がないことに気付くと、わざとらしく指先でテーブルを二度ほど叩いた。そんなことをしたって灰皿が出てくるわけもない。
「出店ブースの方はいいのか?」
「ああ、目論見が外れた。ここでの仕事はもう終わりだ。やはり半日は早くするべきだった」
「だから言ったのに」
 青年は斜め上辺りに視線をやって呟いた。素っ気ない一言にテスカトリポカはむっと口をひん曲げる。
 ハワトリアで企業を立ち上げた際、補佐するという青年の申し出を、テスカトリポカは断ったのだ。
 青年の鋭い洞察力と判断力であれば、きっと先を見越して計画を推し進めていただろう。現にこの展開を読んでいたと言わんばかりのふてぶてしい態度だ。意外と拗ねているのかもしれない。
 それでもテスカトリポカは彼を働かせるつもりで連れ出したわけではなかったので、どうあっても手伝わせる気はなかった。それに対して後悔することもない。
 改めて指摘されて多少ささくれた気分になったものの、青年の歯に衣着せぬ物言いをテスカトリポカは咎めない。親しみから来る遠慮のなさを青年が自覚しているかはさておき、テスカトリポカは甘やかすつもりで受け止めて、やれやれと肩を竦めた。
「あとはカルデアの連中に任せるさ。それよりオマエはどうなんだ。楽しんでるか?」
「ひとりの時間はそれなりに楽しんだ」
 やや含みのある言葉とともに鮮やかな色の視線が正面に戻る。そしてさっと通り過ぎるようにして、アイスコーヒーを手に取って口を付ける。
 結露したグラスから水滴が落ちて、つられるように目線を下げると、手元に置かれた新品らしき本に映画のチケットが挟まっていた。
 ほとんど飲み干してしまったらしいグラスをテーブルに置くと、またカランと氷が音を立てた。
 その拍子に海から吹く風に、青年がそちらへ顔を向ける。麦藁のような金髪がそよそよと揺れて、その合間から覗く瞳は穏やかに細められていた。
 テスカトリポカはその横顔を黙って見つめる。
 なんてことのない光景なのだろう。人間であれば一度は思うような、いい風だなとか、意味のないことを胸の内で転がす。穏やかな時間の中で生まれる、そういうありきたりな仕草。
 夏空の下にわざわざ引っ張り出してまで見たそれに、テスカトリポカの口元が自然と緩む。
「せっかくのバカンスだ。時間の許す限り遊ぶか」
 そう言って立ち上がると青年の前にやってきて、片手を差し出した。
「他にしたいことは? 行きたい場所はあるか?」
 白い手に、青年がいとけない瞳のまま手を重ねてくる。ぐっと握り締めて立ち上がらせればその勢いに体が少しつんのめって、唇が触れ合いそうなほどふたりの距離が狭まった。自然と引き付けられそうな余白を残して、青年が口を開く。
「ワンジナの洞窟には興味がある」
「…………それは流石に無理難題だとテスカトリポカ思うワケ」
「冗談だ」
 楽しげだったテスカトリポカが一変して渋面を作ると青年はフッと微笑んだ。
 それにますます口を尖らせたものの悪びれもせずにいるので、テスカトリポカは思わず青年の髪をくしゃくしゃにかき回した。するとそれにさえも子供のようにあどけなく笑ったのだった。
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