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眠る時は/起きるまでどうかそばにいて


 世界が終わる瞬間ってどんな感じだと思う?
 隕石でも降ってくる? 国が海に沈む?
 氷河期がやってきたり、ゾンビだらけになったり、宇宙人に侵略されたりしちゃうかも。
 ……なんちゃって。きっとそんなんじゃないよ。
 物語が続かなくなった時。企画が終了する時。コンテンツの更新が停止した時。
 否応なしに舞台の照明が落とされる。
 俺の世界はそんな感じで終わるんだと思う。


 むっと眉間に皺を寄せて、ふみやはソファーで上製本のページを捲っている。けれどいつもより読み進めるスピードが遅い。そのうち溜息をついて本を閉じた。内容が頭に入っていかないからだ。本を適当にテーブルへと放り、ソファーに倒れ込む。朝からずっと気鬱に陥ったままだった。
 夢を見たのだ。
 アンコールもカーテンコールも終わってしまって、役者も観客もいなくなってしまって、ポツンとひとりきり、舞台(ハウス)に取り残される。
 花が芽吹く陽気のような明るさの中でどこにも行けずに立ち尽くしていると、誰もいなくなった世界の照明がひとつ、またひとつと、追い立てるように消えていく。
 春は残酷な季節だと、あたかもそんな一節が語られるかのようにはっきりと分かれた明暗。その先にはもう奈落だってないのだろう。
 ああ、いやだな。迫る暗闇にそんな気持ちばかりが膨れ上がった。
 部屋もキッチンもエントランスも、窓の外まで暗闇に消えて、最後には自分さえ飲み込まれる。
 バチンと電源でも落ちたみたいに何も見えなくなって、何もわからなくなって、おしまい。
 酷い夢を見たものだ。
 真昼の室内を照らす陽光は夢と似ている。
 眠気を誘う穏やかさだが、脳みそにこびりついた光景が断片的に瞼の裏でちらつくものだから、ふみやは目を閉じるのが恐ろしかった。ソファーの上で身を守るように縮こまる。
「お昼寝ですか?」
 上から聞こえた声にちらりと目を向けると天彦が傍らに立っていた。手にはタオルケットを持っていて、ふみやの体にそっとかける。
「一緒に寝ましょう♡」
 そう言ってにこりと笑う。いつかもしたやりとりだった。
 天彦は返事を待つことなく、いそいそとソファーに乗り上げてくる。何か言おうとして口を開くも言葉に詰まってしまったらしいふみやを背凭れの方にぐいぐいと追いやって、そのまま腕の中に収めてみせた。とはいえ、いつもならば多少の抵抗や苦言を受けるというのにそれらが一切見られないことは気がかりで、にこやかにしながらも様子を窺っているところはあった。目の前にある黒髪に鼻先を突っ込んで嗅ぎたいのをぐっと自制したのだった。
 しかし抱き締められたふみやは結局何も言わなかった。むしろ天彦から漂う甘い匂いにつられるように首元に顔をうずめる。体格の良い男ふたりが横になれば当然狭いし、暑苦しさだってある。それでも今は許してしまえて、シャツを引っ張るみたいに控え目に抱き返した。
 それだけされれば天彦はもう胸騒ぎの大騒ぎである。
「……エクスタシィーーーー!!」
「声でか」
 耳元で叫ばれれば誰だってびっくりするもので、ポロッと一言こぼれもする。けれどそれが拒絶や制止ではなかったことに天彦はすっかり舞い上がって、ふみやをぎゅうっと抱き締めると黒髪に鼻を寄せて我慢した分だけ深く吸った。
「吸うな」
 嫌がる素振りを見せるものの、自分も同様であったのだからお互い様だろう。ふたりともそれなりに図々しいから、背中をトントンと叩いて宥めすかすし、その手に仕方なく絆される。それでなあなあになるくらいには慣れ親しんだものだ。
 呆れたていで上目遣いに見やるふみやに天彦は頬を緩ませつつ、そういえばと思い出して、機嫌を取るようなことを口にする。
「依央利さんがおやつを冷やしてると言ってました。起きたら出来上がってますかね」
「え、何作ったんだろ」
「なんでしょうねぇ」
 じとりとしていた目をぱちりと瞬かせ、仄かな期待を灯らせる。天彦はそれを見て笑みを深めた。
 目が合って、心臓がひとつ跳ねる。
 甘く柔らかで、なんだか嬉しそうな眼差し。調子が悪そうな姿を心配して、少しでも顔色が良くなればなんて思って触れている手のひら。
 その意味を、ふみやはよくわからないけれど、春のような明るさよりも、水平線のように澄んだ瞳の方が綺麗で心地よかった。背中に回された手は子供を寝かし付けるかのようで少し癪だけど、温かい。
 はらはらと落ちる前髪を払って、その顔をもっと覗き込みたくなった。自分を抱き締める体温にうっとりと微睡みそうになる。
 このまま瞼の裏の終幕を忘れ去れたらどんなに晴れやかだろうか。
 考えたって無駄なことを考えて、がっかりして、諦めにも似た気分になった。
 何かがつかえて喉が引き攣る。目の奥からじわじわと広がって、頭が痛くなりそうだった。それを見せないように、悟られないように額を擦り付けて顔を伏せる。
 冷蔵庫の中ではどんな甘いものが冷えているのか。考えたって無駄なことより、そっちを思い描く方が有意義だろう。
 目覚めた後を、楽しみに眠りにつく方が、きっと。
 甘い匂いが鼻をくすぐる。
「……まあ、いいや」
 ふっと詰めていた息を吐くように笑った。
 そうやって憂鬱を、不安を、思考を全部追いやって手放した。けれどもシャツを離さず掴む指先こそ何よりも雄弁だった。
 先よりも力の込められた指先に応えるように、天彦はふみやを抱き締める。
「おやすみなさい、ふみやさん」
 優しい声に目を閉じる。
 この温かさを感じながら終われるのなら、それでもいいと思えた。
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