tell me about .


Tell me about .








昔から料理はしてなかった……というか。それほどまでにまったく出来なかった、というわけではないし、かと言ってして来なかったわけでもない。まあでも、大学時代の時に生活能力のなさで幼馴染に呆れられてシェアハウスを余儀なくされたわけで、世間一般から見れば私は出来ないんだと思う。ただ、何も出来なかった頃よりは上達したというか……いや、でも他の人からしたら誤差、なのかな……?

そんなことを考えていた午後の昼下がり。時折聞こえる鴉の鳴き声と夕焼けの橙色の空を時折見遣りながら、夜ご飯の仕込みをと、私は早めにキッチンに立っては野菜を切ろうとしていたのだ。


「───いっ、………っ、また………」


指先にチクリ、と痛さを感じて、思わずそれに顔を歪めてしまった。痛さの正体を見遣れば案の定、指先に少量の血が流れてしまっていて。たぶん切っちゃったんだと思うけれど、───ただ、慣れていないからか効率が悪すぎる。自分でも不器用さ加減には自覚があり、これまでの人生において何度も落胆しては少しでも改善しようとド力を重ねていたのだけど、───早々癖は直らないみたいで。長さが均等ではないし、持ち方が悪いからときどき指を切りそうになってめちゃくちゃ危ない。メニュー変えた方がいいのか、どうしたものかとうーん、と頭を悩ませていたら───


「───相変ワラズ下手ダナ」
「っ、……!?」


顔を見ていないのに何処か圧がある、背中越しから聞こえる鼓膜を揺らす低音に、思わずビクリと身体を震わせた。……その声が誰かだなんて、振り向かずとも分かっているのだけれど。そして、───夢中になっていたからか、振り向けば想像以上に距離が近くて、思わず後退りしてしまいそうになった。


「タ、タナカさん…!びっくり、しました……」
「大袈裟ニ驚イテタナ」
「はい、……集中してたもので、」


この人の声は想像以上に低くて一度喋るだけで圧があるけれど、とてつもなく声は低いのに空間の空気を支配出来るほどの圧と、大きさと、同時に艶やかで色気のある魅力的な声、というか。……とても私にはない、人を惹きつけるような唯一無二な声だと、思った。

………彼と暮らすと親しい人達に報告する時、当然先輩方にも報告したのだけれど───その時の先輩方の反応は今でも忘れられない。特にお二方の言葉は。誰よりも唖然としていたのを覚えてる。


「……エ?詩織サン、騙サレテナイデスカ?」
「詩織チャンダイジョウブ?パイセン怖イヨ?俺メッチャ心配ナンダケド」


そんな私を他所に、彼はチラリと私の手元に視線を映しながら言葉を零した。


「野菜切ルノニドンダケ苦戦シテンダヨ」
「あ、…すみません。あまり慣れてなくて……」
「ダロウナ。何回カ指切リソウニナッテタダロ」
「え、…ご存知だったんですか…!?」
「情ケネエ悲鳴上ゲテタカラナ」
「う、……お恥ずかしい……」
「誰シモ最初ハソンナモンダヨ」


所謂彼はボス狼、と言われるほどにメンバーの方にも周りの方にも恐れられて?いるけれど、……その実、後輩の方にも先輩の方にも問わず、慕われている、みたいで。やっぱりそれは彼の人望なんだと思うし、圧があってぶっきらぼうな言い草ながらも何処か不器用な底からの優しさがあるみたいな、…そういうところが、きっと彼の慕われるところなんだと思う。今だって私が練習して来なかったのが原因なのに、彼なりにフォローしてくれたから、───つい胸がじんわりと暖かくなるのを感じて。


「───動クナ」
「───え、……っ、!?」


そうしてぼんやりと考えているうちに、何時の間にか彼の声が先程よりももっと近くて、驚いていたら───彼の温かな体温に、後ろから包まれていた。苦い煙草の匂いと、男らしい香水が鼻腔を擽って変に心臓が早い気がする。


「えっ、ぁの、───タナカ、さん……!?」
「危ネエカラ動クンジャネエヨ。切リ方、教エテヤル」
「ぇ、だからって、これは───っ、…」
「オ前ハ俺ヲ怪我サセル気カ?───ホラ、猫ノ手」


一見正論にも聞こえるけど、滅茶苦茶な理由な気がする…!と思いもしたけど反論の余地もなくて、それよりも先ず無意識だと思うけど圧が怖くて、私は従うしかなかった。


「指ヲコウ曲ゲテ、野菜ニ添エル。───親指モ一緒ニ中ニ曲ゲル。野菜ト一緒ニ切リ落トシチマウゾ」


タナカさんの太くて男らしい掌が、私の指を覆ってわざわざ猫の手を作ってくれていて、じんわりと彼の体温が分け与えられて───、そのせいか変に緊張して汗が湧き出ていくような感覚。彼の声がすぐ耳元まで聞こえるということもあるけれど、逃げ場なんてないから、余計に。………逃げるつもりなんて、ないんだけど。


「………聞イテルカ?」
「───っ、はい、聞いて、ます…!」
「絶対聞イテナカッタダロ」


何処か見透かしたような冷たい言い草だけど、それは何処か笑っていて、───究極の生命体だから思考を読み取られた、というよりかは、もっと違った───


「……デ、コウ包丁ノ刃先ト位置ヲ固定シテ、切ル」
「わ、………!」


私が切った時よりも綺麗に真っ直ぐに切ることが出来て、切り方でこんなに変わるものなのだと思わず声を上げてしまった。


「慣レテネエノヲ怖ガル必要モ、情ケネエト思ウ必要モネエ。最初ハ誰シモ初心者ダ、焦ル必要モネエヨ」
「はい、───ありがとうございます………」
「マ、詩織ミタイナ人間ハ頑張リスギテ逆効果ニナルタイプダナ。ソノ指ガ物語ッテル」
「っ……!」
「図星カ」


そう言って彼はハッ、と小馬鹿にしたように、けれど何処か優しくて、柔らかい笑いを零してくれた。……心做しか、彼が向ける目は優しさが滲んでる。


「マアアンマ無理スンナ。根詰メテモ出来ルモンモ出来ネエヨ」
「え、……でも、………」
「苦手ナモンハ克服スリャイイ。───ダガ、無理ニ得意ニスル必要ハネエ。俺ニ頼メ」
「で、も、………タナカさんもお忙しいのに───」
「出来ネエコトヲ無理ニシテ仕事増ヤサレルヨリ、役割分担ノ方ガ短縮ニモナルダロ?」


彼のその言い草に、素直になるほど、と思った。流石は先輩方を筆頭するバンドのリーダー、とも言える地頭を持ってらっしゃるなと素直に思ったし、なにより───。


「───ソレニ、オ前モ余計ナ怪我シナクテ済ムシナ」


「……え、?」


予想外の言葉が聞こえた気がして、思わず素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまった。予想外すぎて、一瞬疑ってしまったけれど。私の聞き間違いじゃないのなら、今、確かに彼は───


「───マ、アンマ無理スンナ。怪我シテ泣キ喚カレルノモ面倒ダシナ」
「そ、───そんなことしませんよ…!」
「ドウダカナ」


何時の間にか距離は戻されていて、そこになんだか寂しさを感じたけれど、それを察したのかただの気まぐれか、またハッ、と笑いを零しては私の頭に大きな掌を置きわしゃわしゃと不器用に、けれどどこか優しい手つきで頭を撫でてくれた。


「───デ?飯ガ出来ル頃ニハモウ夜中カ?」
「そんなに掛からないと思います、───多分」
「多分カヨ」


今度は分かりやすく、本当に可笑しそうにクク、と笑いを零した彼。その横顔をぼんやりと眺めていたら、何時かの記憶が呼び起こされた。


「タナカサンハ詩織サンニハ甘イデスカラネ」
「分カル。パイセン、詩織チャンニメッチャ優シインダヨネ。俺ラニモ同ジ対応シテ欲シインダケド」


きっとそれは───多分、気の所為なんかじゃない。


「手伝ッテヤルヨ。本当ニ夜中マデ作ラレテモ困ルシナ」
「え、───いいん、ですか?」
「俺ノ気モ向イタシナ。明日モ早エシ、サッサト終ワラセルゾ」
「はい、───ありがとうございます!」


ボス狼と恐れられるこの人だけれど、不器用な優しさも感じられて、───改めてそんなこの人が、タナカさんが、物凄く尊敬するしなにより───ものすごく好きだな、と感じることが出来て。私は、咲った。