今回は
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最寄り駅から徒歩5分、反対側にある私の部屋からは徒歩10分。少しだけ市街地寄りの場所にその店はあった。
「おはようございます!」
「おはよう。今日もよろしくね」
「はい!」
ここは、何を隠そう私のアルバイト先である。平たく言うとカフェなのだが、マスターが日替わりで簡単なお菓子を出している。店内の至る所には本棚が設置されていて、様々な種類の書籍が収められている。中には外国語の本もあって、英語くらいは読めるようになりたいものだ。
ここのマスターは白黒映画に出てくるような立派なお髭がトレードマークのナイスミドルだ。すごくかっこいい人で、清潔感のあるワイシャツが白くて眩しい。はじめ店長と呼んでいたらマスターの方がいいと言われたのでマスターと呼んでいる。理由はそっちの方がかっこいいからだそうだ。そういうところはかわいいと思う。
マスターは勿論、来店するお客さんも常連の良い人ばかりで、初めの頃右も左もわからずオロオロしていた私にも皆さんとても優しく接してくれた。土曜日のお昼と平日の放課後、週に2回働いて、もうすぐ一ヶ月になる。今では随分慣れたものだ。……まだたまに取り乱すけど。
「ハイ、じゃあまず一ヶ月。お疲れ様でした」
「ありがとうございます!」
というわけで、今日は初めてのお給料日です!控えめに『給料』と書かれた茶封筒を恭しく受け取った。ありがたい。
あんまり深くお辞儀をしたからか、くすりと笑われてしまった。ああ、そんなお顔も素敵です。
「初めてのお給料は何に使うのかな?」
「あー、そうですねえ……」
基本的には飲食代だ。というより、交遊費だろうか?サークルに入っていない分飲み会のお誘いは少なかったのだけど、最近は『不死身』のみんなでご飯に行く機会が非常に多い。尾形さんも、で、でーと?とかそういうのに連れて行ってくれるし……とにかく、自分で働いたお金で遊んだ方が、もっと楽しいんじゃないかと思うのだ。たまには普通に学校の友達とも遊びたいし、ああ、そういえば鯉登さんをここに連れて来る約束だったっけ。
「じゃあ、お友達連れてきます」
「……ン?ここに?」
「はい!お客さんで来ます!マスターのお菓子大好きなので」
「はは、それは嬉しいな。サービスしちゃおうか」
確かマドレーヌが好きだったよねと言われて、覚えていてくれたのがすごく嬉しくて大きな声で返事をする。マスターに「良いお返事だね〜」と微笑まれて、少し恥ずかしくなってしまった。
「前もって教えてくれたらマドレーヌを焼いてあげようね」
「楽しみです!」
「ウンウン、じゃあまた来週」
「はい、お先に失礼します」
マスターのお菓子はどれも美味しいけれど、私は中でもマドレーヌが大のお気に入りだった。しっとりふわふわで、ほんのりと柑橘の香りがする……ああ、思い出しただけでよだれが出そうだ。気をつけよう。
美味しいものといえばアシリパさんだ。アシリパさんにも食べてもらいたいな〜、きっといつものかわいい顔で美味しそうに笑ってくれるんだろうな。早速今度誘ってみよう。
店を出てスマホを確認すると、数分前にメッセージが。
『バイト終わったか』
尾形さんだ。土曜はバイトだと伝えていたから、終わった頃を見計らって連絡をくれたんだろう。早速返信する。秒で返信が来る。
『飯行くぞ』
『迎えに行くから駅にいろ』
尾形さんからのLINEはいつも簡素で端的だ。以前友達に通知を見られたことがあり、そのときは「なんかこわそうだね」と言われた。わからなくもないけど、私もごちゃごちゃした絵文字や長文は苦手なのでこれくらいで丁度いい。それに喋っててもこんな感じだよと言ったら何となく微妙な顔をされたので、その先は私も彼女も踏み込まなかった。
駅に着いて待っていると、最早見慣れた黒い車が目の前に停まった。運転席にいるのが間違いなく尾形さんだと確認してから助手席へ失礼する。
「お疲れ様です」
「ああ」
ほら、やっぱり簡素で端的だ。私はこれが心地いいのだけど、友達とは相容れなかったらしい。
「あ、尾形さん!私今日お給料貰ってきました!」
「そうか」
「なので、今日は私が払います」
「いい」
「よくないです!」
「じゃあ嫌だ」
「私も嫌です!」
ちなみに尾形さんは今まで一度もご飯代を払わせてくれたことがない。ご飯どころか、基本的に一緒に出かけると財布を出させてくれないのだ。ある時は男が払うものだ、ある時は稼いでる方が、またある時は誘った方が……と、ぐうの音も出ない理由を持ち出されて結局払わせてもらえない。
だからこそ今回は譲らない。否、譲れない。そもそもこのためにバイトしてたみたいなところがあるし。そんな意志が伝わったのか、今日は珍しく折れてくれた。
「……わかった。今回だけな」
街中の駐車場に車を停めて、二人で歩き出す。すっと自然に手を取られて、ごく自然に握られた。うーん、今日は少し涼しいからかな。いつもこうというわけではない。本当にその日によるので、一ミリも触れない日もあれば、やたらスキンシップを求められる日もあるのだ。どちらでも、私としては一緒に居られるからいいのだけど。
「今日はどこ行くんですか?」
「……じゃあ、ラーメン」
「ラーメン!ラーメン好きです」
「……」
手を握るときすら真っ直ぐ前を向いていた尾形さんが、急にこちらをじっと見た。
「お前、最近ずっと笑ってるよな」
「へ」
「前と違う」
前、というのは、言わずもがな那浜華のことだろう。はて、彼女は私のように笑ってはいなかったのだろうか。なんだかありもしない核心を突かれてしまったようで、どきりとした。
「そ、そうですかね」
「前はいつも泣きそうだった」
「いやあ、流石にそれは……」
ないです、と言おうとした。言おうとしたけれど、言えなかった。当時の自分がどんな表情をしていたかなんてわかりはしないし、尾形さんの方がよりはっきり"覚えている"と思ったからだ。一人称映画で主人公がどんな顔をしているか、視聴者の私にはわからない。
それに、『前の私の方が好きですか?』なんて、どうしようもない問いが浮かんでしまったから。
「あ」
「え?」
「今のは"前"みたいだな」
それは、「泣きそうだった」ということでしょうか。やっぱり、自分がどんな顔をしているか、自分では到底わからない。
「なあ、華」
「はい」
歩む足は止まらない。顔もまた前を向いてしまった。
「俺はな、泣きそうな顔で気丈に笑ってるお前が好きだった」
「……」
だから、それは。
少しだけ、握った手に力がこもる。
「けどまあ、バカみたいに笑ってるお前も嫌いじゃない」
「……バカ、って」
誰のせいで、こんなバカみたいに単純な女になってしまったんでしょうね。
「おはようございます!」
「おはよう。今日もよろしくね」
「はい!」
ここは、何を隠そう私のアルバイト先である。平たく言うとカフェなのだが、マスターが日替わりで簡単なお菓子を出している。店内の至る所には本棚が設置されていて、様々な種類の書籍が収められている。中には外国語の本もあって、英語くらいは読めるようになりたいものだ。
ここのマスターは白黒映画に出てくるような立派なお髭がトレードマークのナイスミドルだ。すごくかっこいい人で、清潔感のあるワイシャツが白くて眩しい。はじめ店長と呼んでいたらマスターの方がいいと言われたのでマスターと呼んでいる。理由はそっちの方がかっこいいからだそうだ。そういうところはかわいいと思う。
マスターは勿論、来店するお客さんも常連の良い人ばかりで、初めの頃右も左もわからずオロオロしていた私にも皆さんとても優しく接してくれた。土曜日のお昼と平日の放課後、週に2回働いて、もうすぐ一ヶ月になる。今では随分慣れたものだ。……まだたまに取り乱すけど。
「ハイ、じゃあまず一ヶ月。お疲れ様でした」
「ありがとうございます!」
というわけで、今日は初めてのお給料日です!控えめに『給料』と書かれた茶封筒を恭しく受け取った。ありがたい。
あんまり深くお辞儀をしたからか、くすりと笑われてしまった。ああ、そんなお顔も素敵です。
「初めてのお給料は何に使うのかな?」
「あー、そうですねえ……」
基本的には飲食代だ。というより、交遊費だろうか?サークルに入っていない分飲み会のお誘いは少なかったのだけど、最近は『不死身』のみんなでご飯に行く機会が非常に多い。尾形さんも、で、でーと?とかそういうのに連れて行ってくれるし……とにかく、自分で働いたお金で遊んだ方が、もっと楽しいんじゃないかと思うのだ。たまには普通に学校の友達とも遊びたいし、ああ、そういえば鯉登さんをここに連れて来る約束だったっけ。
「じゃあ、お友達連れてきます」
「……ン?ここに?」
「はい!お客さんで来ます!マスターのお菓子大好きなので」
「はは、それは嬉しいな。サービスしちゃおうか」
確かマドレーヌが好きだったよねと言われて、覚えていてくれたのがすごく嬉しくて大きな声で返事をする。マスターに「良いお返事だね〜」と微笑まれて、少し恥ずかしくなってしまった。
「前もって教えてくれたらマドレーヌを焼いてあげようね」
「楽しみです!」
「ウンウン、じゃあまた来週」
「はい、お先に失礼します」
マスターのお菓子はどれも美味しいけれど、私は中でもマドレーヌが大のお気に入りだった。しっとりふわふわで、ほんのりと柑橘の香りがする……ああ、思い出しただけでよだれが出そうだ。気をつけよう。
美味しいものといえばアシリパさんだ。アシリパさんにも食べてもらいたいな〜、きっといつものかわいい顔で美味しそうに笑ってくれるんだろうな。早速今度誘ってみよう。
店を出てスマホを確認すると、数分前にメッセージが。
『バイト終わったか』
尾形さんだ。土曜はバイトだと伝えていたから、終わった頃を見計らって連絡をくれたんだろう。早速返信する。秒で返信が来る。
『丁度今終わりました!』
『飯行くぞ』
『迎えに行くから駅にいろ』
尾形さんからのLINEはいつも簡素で端的だ。以前友達に通知を見られたことがあり、そのときは「なんかこわそうだね」と言われた。わからなくもないけど、私もごちゃごちゃした絵文字や長文は苦手なのでこれくらいで丁度いい。それに喋っててもこんな感じだよと言ったら何となく微妙な顔をされたので、その先は私も彼女も踏み込まなかった。
駅に着いて待っていると、最早見慣れた黒い車が目の前に停まった。運転席にいるのが間違いなく尾形さんだと確認してから助手席へ失礼する。
「お疲れ様です」
「ああ」
ほら、やっぱり簡素で端的だ。私はこれが心地いいのだけど、友達とは相容れなかったらしい。
「あ、尾形さん!私今日お給料貰ってきました!」
「そうか」
「なので、今日は私が払います」
「いい」
「よくないです!」
「じゃあ嫌だ」
「私も嫌です!」
ちなみに尾形さんは今まで一度もご飯代を払わせてくれたことがない。ご飯どころか、基本的に一緒に出かけると財布を出させてくれないのだ。ある時は男が払うものだ、ある時は稼いでる方が、またある時は誘った方が……と、ぐうの音も出ない理由を持ち出されて結局払わせてもらえない。
だからこそ今回は譲らない。否、譲れない。そもそもこのためにバイトしてたみたいなところがあるし。そんな意志が伝わったのか、今日は珍しく折れてくれた。
「……わかった。今回だけな」
街中の駐車場に車を停めて、二人で歩き出す。すっと自然に手を取られて、ごく自然に握られた。うーん、今日は少し涼しいからかな。いつもこうというわけではない。本当にその日によるので、一ミリも触れない日もあれば、やたらスキンシップを求められる日もあるのだ。どちらでも、私としては一緒に居られるからいいのだけど。
「今日はどこ行くんですか?」
「……じゃあ、ラーメン」
「ラーメン!ラーメン好きです」
「……」
手を握るときすら真っ直ぐ前を向いていた尾形さんが、急にこちらをじっと見た。
「お前、最近ずっと笑ってるよな」
「へ」
「前と違う」
前、というのは、言わずもがな那浜華のことだろう。はて、彼女は私のように笑ってはいなかったのだろうか。なんだかありもしない核心を突かれてしまったようで、どきりとした。
「そ、そうですかね」
「前はいつも泣きそうだった」
「いやあ、流石にそれは……」
ないです、と言おうとした。言おうとしたけれど、言えなかった。当時の自分がどんな表情をしていたかなんてわかりはしないし、尾形さんの方がよりはっきり"覚えている"と思ったからだ。一人称映画で主人公がどんな顔をしているか、視聴者の私にはわからない。
それに、『前の私の方が好きですか?』なんて、どうしようもない問いが浮かんでしまったから。
「あ」
「え?」
「今のは"前"みたいだな」
それは、「泣きそうだった」ということでしょうか。やっぱり、自分がどんな顔をしているか、自分では到底わからない。
「なあ、華」
「はい」
歩む足は止まらない。顔もまた前を向いてしまった。
「俺はな、泣きそうな顔で気丈に笑ってるお前が好きだった」
「……」
だから、それは。
少しだけ、握った手に力がこもる。
「けどまあ、バカみたいに笑ってるお前も嫌いじゃない」
「……バカ、って」
誰のせいで、こんなバカみたいに単純な女になってしまったんでしょうね。