今回は
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「おわっ、おわらない〜〜!」
書いても書いても埋まらないレポート用紙を前に、とうとう頭を抱えた。どうして夏休み明け早々からこんな量の課題と闘わなくちゃいけないんだろう。だめだ。もうだめだ。完全に集中切れたし、心なしか目が霞むし、お腹も空いたし、
「弱音を吐くな。口より手を動かせば終わる」
何より友人が厳しいです!
元鯉登音之進くんは向かいの席で涼しい顔をして本を読んでいる。私と同じ課題をやっていたはずが、もうとっくに終わったらしい。
「天才にはわかんないよ〜!私元々頭の出来は良くないんだからね!?」
これまでは大した趣味もなく勉強ばかりしてきたからそこそこ成績がよかっただけであって、基本的には不器用なんだ。なんでも人の倍は時間がかかる。目の前の天才さんには、そんな凡人の嘆きは響かないらしい。
「レポート書くのに天才も何も無いだろうが」
「そんなことない、と、思う!……けどなんかもういいや」
天才であるところは否定しないのかなぁ。しないんだなぁ。そういうところだぞぉ、元鯉登少尉殿ぉ。
「疲れてるな」
「……うん、ちょっとね」
いつも以上に発言が落ち着かない私の様子に、流石の彼も呆れたようだった。
どうしてこんなに疲れているのか、それはあまり眠れていないからだ。どうして眠れていないのか?話は一週間前に遡る。
そうだ、もうあの日から一週間が経ってしまった。
「お久しぶりですね、鶴見中尉殿」
視界の奥で、ノイズが走ったような気がした。
マスターのおでこの辺りに、白いもやのようなものが見える。目の周りには赤が。それは一体なんの赤か?目を凝らそうとすると、ひどく頭痛がした。ふらついた身体を尾形さんが支えてくれる。
「……えっとそれは、誰のことかな?」
困ったようなマスターの声が聞こえる。驚くほど遠くから。その声には聞き覚えがあった。何を?当たり前じゃないか私は、ここで働いているんだから。考えるほどに頭痛は増して、もう目を開けていられない。
尾形さんが、私の頭を抱え込んだ。低い声が頭の中に反響する。
「思い出さなくて良い」
それはきっと私に言ったのだと思う。すごく優しくて、だけどどこか冷たくて、突き放すような声音。これも聞いたことがある。
「華さん、大丈夫か?」
「お前らどうしたんだ……?華は……」
「死にやしない。それよりあっちだろ」
そっと手を握られた。細くてやわらかい手、アシリパさんだ。大丈夫だよと伝えたつもりだけれど、上手く声になっていたかはわからない。
「本当に覚えてないのか」
「先程から何の話でしょう……彼女は大丈夫ですか?座らせたほうが、」
「必要ない。すぐに連れて帰る。そのすっとぼけが本当にしろ芝居にしろ、こんな店には置いておけん」
段々はっきりと聞こえ始めたやりとりに、また違う意味で頭が痛む。尾形さんが不機嫌だ。どうしよう。まだ思い出せないけれど、多分マスターは"前"の私達と関係があって、それがあまり良くない関係だったんだろう。尾形さんとは特に。
控えめに、繋いでいる手を引かれた。
「尾形お前、華に謝れ」
「あ?」
「華が大切にしている店だ。そんな言い方するな」
アシリパさんが私の腕を引く。尾形さんから引き離そうとする。尾形さんは特に抵抗も見せず、すんなりと腕を解いた。それに私は驚いて、思わず見上げた瞳と目が合ったけれど、相変わらず真っ暗で、何を考えているかわからなかった。
いや、この人が何を考えているかなんて、私にわかったことはない。一度もない。今回も、前回も。頭痛は少し落ち着いたのに、今度は心臓がうるさくなった。
「とりあえず今日は帰ろう、ね、華さん。アシリパさんも。」
剣呑な空気を破って杉元さんが声を上げた。子供に言い聞かせるような優しい声。アシリパさんは賛同し、尾形さんはやっぱり何も言わない。相変わらず、光のない目で私を見ていた。
とにかくマスターに謝って、私達は店を出た。まだ痛む頭と騒ぐ心臓と、それをどこか冷静に眺めている自分が見えて、ひどく滑稽に思ったのを覚えている。
その後やっと口を開いた尾形さんに今すぐバイトを辞めろと言われ、それはできないと答えたらあの人は珍しく面食らったような顔をして、それから口論になることすらなく一人で帰ってしまった。いつもは必ず家まで送ってくれるのに、だ。杉元さんとアシリパさんが何か言ってくれていたけど、ほとんど頭に入ってこなかった。
それからというもの、この一週間一つの連絡もない。
怒らせてしまった。失望させてしまった。あの人をまた一人にしてしまった。もう私のことなんて必要なくなったかもしれない。そう思う。そう思ったら、どうしようもなく涙が出た。
何度も何度も連絡しようとスマホを握ったけれど、どうしても怖くてできなかった。尾形さんから要らないと言われてしまったら、私はきっと、ひどく傷付くだろうから。その"私"は私なのか、それとも華の方なのか、わからなくなってまた泣いた。
向かいの席の友人が、私の名前を呼んだ。華ではない、今回の私の名前。それに応えて、私も今の彼の名を呼んだ。彼は友人らしく、少し心配そうな顔で笑ってみせた。
ああ、これも見たことがある。そう思う"自分"が怖かった。
書いても書いても埋まらないレポート用紙を前に、とうとう頭を抱えた。どうして夏休み明け早々からこんな量の課題と闘わなくちゃいけないんだろう。だめだ。もうだめだ。完全に集中切れたし、心なしか目が霞むし、お腹も空いたし、
「弱音を吐くな。口より手を動かせば終わる」
何より友人が厳しいです!
元鯉登音之進くんは向かいの席で涼しい顔をして本を読んでいる。私と同じ課題をやっていたはずが、もうとっくに終わったらしい。
「天才にはわかんないよ〜!私元々頭の出来は良くないんだからね!?」
これまでは大した趣味もなく勉強ばかりしてきたからそこそこ成績がよかっただけであって、基本的には不器用なんだ。なんでも人の倍は時間がかかる。目の前の天才さんには、そんな凡人の嘆きは響かないらしい。
「レポート書くのに天才も何も無いだろうが」
「そんなことない、と、思う!……けどなんかもういいや」
天才であるところは否定しないのかなぁ。しないんだなぁ。そういうところだぞぉ、元鯉登少尉殿ぉ。
「疲れてるな」
「……うん、ちょっとね」
いつも以上に発言が落ち着かない私の様子に、流石の彼も呆れたようだった。
どうしてこんなに疲れているのか、それはあまり眠れていないからだ。どうして眠れていないのか?話は一週間前に遡る。
そうだ、もうあの日から一週間が経ってしまった。
「お久しぶりですね、鶴見中尉殿」
視界の奥で、ノイズが走ったような気がした。
マスターのおでこの辺りに、白いもやのようなものが見える。目の周りには赤が。それは一体なんの赤か?目を凝らそうとすると、ひどく頭痛がした。ふらついた身体を尾形さんが支えてくれる。
「……えっとそれは、誰のことかな?」
困ったようなマスターの声が聞こえる。驚くほど遠くから。その声には聞き覚えがあった。何を?当たり前じゃないか私は、ここで働いているんだから。考えるほどに頭痛は増して、もう目を開けていられない。
尾形さんが、私の頭を抱え込んだ。低い声が頭の中に反響する。
「思い出さなくて良い」
それはきっと私に言ったのだと思う。すごく優しくて、だけどどこか冷たくて、突き放すような声音。これも聞いたことがある。
「華さん、大丈夫か?」
「お前らどうしたんだ……?華は……」
「死にやしない。それよりあっちだろ」
そっと手を握られた。細くてやわらかい手、アシリパさんだ。大丈夫だよと伝えたつもりだけれど、上手く声になっていたかはわからない。
「本当に覚えてないのか」
「先程から何の話でしょう……彼女は大丈夫ですか?座らせたほうが、」
「必要ない。すぐに連れて帰る。そのすっとぼけが本当にしろ芝居にしろ、こんな店には置いておけん」
段々はっきりと聞こえ始めたやりとりに、また違う意味で頭が痛む。尾形さんが不機嫌だ。どうしよう。まだ思い出せないけれど、多分マスターは"前"の私達と関係があって、それがあまり良くない関係だったんだろう。尾形さんとは特に。
控えめに、繋いでいる手を引かれた。
「尾形お前、華に謝れ」
「あ?」
「華が大切にしている店だ。そんな言い方するな」
アシリパさんが私の腕を引く。尾形さんから引き離そうとする。尾形さんは特に抵抗も見せず、すんなりと腕を解いた。それに私は驚いて、思わず見上げた瞳と目が合ったけれど、相変わらず真っ暗で、何を考えているかわからなかった。
いや、この人が何を考えているかなんて、私にわかったことはない。一度もない。今回も、前回も。頭痛は少し落ち着いたのに、今度は心臓がうるさくなった。
「とりあえず今日は帰ろう、ね、華さん。アシリパさんも。」
剣呑な空気を破って杉元さんが声を上げた。子供に言い聞かせるような優しい声。アシリパさんは賛同し、尾形さんはやっぱり何も言わない。相変わらず、光のない目で私を見ていた。
とにかくマスターに謝って、私達は店を出た。まだ痛む頭と騒ぐ心臓と、それをどこか冷静に眺めている自分が見えて、ひどく滑稽に思ったのを覚えている。
その後やっと口を開いた尾形さんに今すぐバイトを辞めろと言われ、それはできないと答えたらあの人は珍しく面食らったような顔をして、それから口論になることすらなく一人で帰ってしまった。いつもは必ず家まで送ってくれるのに、だ。杉元さんとアシリパさんが何か言ってくれていたけど、ほとんど頭に入ってこなかった。
それからというもの、この一週間一つの連絡もない。
怒らせてしまった。失望させてしまった。あの人をまた一人にしてしまった。もう私のことなんて必要なくなったかもしれない。そう思う。そう思ったら、どうしようもなく涙が出た。
何度も何度も連絡しようとスマホを握ったけれど、どうしても怖くてできなかった。尾形さんから要らないと言われてしまったら、私はきっと、ひどく傷付くだろうから。その"私"は私なのか、それとも華の方なのか、わからなくなってまた泣いた。
向かいの席の友人が、私の名前を呼んだ。華ではない、今回の私の名前。それに応えて、私も今の彼の名を呼んだ。彼は友人らしく、少し心配そうな顔で笑ってみせた。
ああ、これも見たことがある。そう思う"自分"が怖かった。
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