夜話拾遺
旅の途中、古ぼけた旅館に泊まることがあった。夜半に物音がすると思って起きてみれば、幼い双子と思しき子供らが鞠をついて遊んでいた。これはその双子から聞いた話だ。
──
「わたしたちね、本当は双子じゃなくて『4人』なの。
満と新が消えてしまった日、わたしと朔は日が暮れるまで山の中を探して歩いた。何度も何度も幻覚を見たわ。満が私の手を引いて笑って山の奥へ駆けて行こうとするの。朔にも新が見えているようだった。
でもそれもほんの一瞬で、ハッと気付いたらもうそこには誰もいない。凸凹して足場の悪い獣道の真ん中や、沼のそばの枯れ木の横で、2人して立ち尽くしているばかりだった。
太陽がいつのまにか翳っていて、それが夜になったからだって気付いた時、はじめてわたしたちは大声で泣いたわ。空の端から綺麗に半分欠けた月が青白い顔をして浮かんできて、まるで死人みたいだと思ったの。
それから、わたしは朔の手を離さなくなった。朔も、わたしの手を離さなくなった。
怖かったのもあると思う。この手がなくなってしまったら、今度はもう本当に一人きりになってしまうもの。
でもね、それ以上に──自分の手に、いなくなった2人の手が重なって見えるようになった。わたしの中に新がいて、朔の中には満がいる。だからわたしは
きっと、満も新も、わたしと朔と一緒にいたかったのよ。ずっと、ずっと一緒にいたかったの。だから消えてしまっても、私たちの中に戻ってきたの。皆んないるんだ。皆んなここにいるの。わたしたちは4人のままよ。
だからね、なんにも、さみしくないの」
──
翌日、旅館の老いた女将に話を聞いた。
昔々、女将がまだ少女だった頃、里で人攫いがあったのだと。仲の良い双子の片割れを同時になくした子達があって、それがちょうど半月の晩だったという。
残された子供たちはひと月をかけて段々とおかしくなっていった。なくした片割れの穴を埋めるように、お互いをその片割れだと思い込むようになったらしい。
人攫いがあってから丁度ひと月後、同じ半月の晩に、今度はその子供たちが、ふっと立ち消えてしまった。「半月に連れていかれたのだろう」──当時の人々は口々にそう噂していたという。
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