旅人の話
蔦の新芽が吹く時期から考えて、先生が越してきたのは夏の初めだったかと思います。
出会ってから暫くの間は喜んで先生の家へ通っていたものでしたが、夏も極まって太陽が地表に近くなると、涼しい海風の届かない先生の家があまりにも暑くて癇癪を起こしかけていましたね。なぜ先生が平気そうにしていられるのか、その時の僕は不思議でなりませんでした。
とにかく、僕は暑さが苦手だった。だからこそ僕はあの日初めて、家の外へ、町を抜けて海風の涼しい砂浜へ、一緒に来て欲しいと駄々をこねたのです。
その時まで、僕は先生が町へ出かける姿を見たことがありませんでした。生活をしている以上、港近くの市場へ買い出しに行くのは日常と同義であるはずなのに、その市場で先生と顔を合わせたことが一度としてない──偶然だったのか今でもわからないのですけど──ことも、「一緒に」出かけたい理由の一つだった気がします。
先生は、そんな僕の好奇心混じりの駄々に対して暫くうーんと唸っていたものの、結局「そうだね、たまには海岸線を歩こうか」と了承してくれたのでした。