短編
ああ。やってしまった。
人気のない放課後、赤羽は生徒用玄関の前で立ち尽くしていた——ひどい雨を目の当たりにして。
彼女の今日一日を振り返れば、些細ではあれどうまくいかない物事ばかりで。例えば定期を忘れて走って取りに帰る羽目になったり、購買の売れ残りが苦手なものしかなかったり、図書室で借りようと思っていた本のあてが外れたり。極めつけのこれに赤羽は心底辟易としていた。
普段ならば多少濡れたとしても得意とする走りで駅まで駆け込むところであったが、前述の本の代わりを借りていたのでそうもできないのだった。
予報に無い夏の雨。たとえいくらか気温を下げたとしても、じわりとした湿度は人を不快にさせる。喧しい音も同様だった。
……このまま止まないつもりだろうか、この雨は。ひとまず待ってみようと彼女は靴箱の隣、大方の生徒が下校してがらがらになった傘立てに腰掛けた。
——暫くして。
「———、———?」
何か声が聞こえた気がして、ふと彼女は我に帰った。そして、自分がいつの間にか靴箱に寄りかかって寝てしまっていたのを知覚する。
「あ、起きた」
すぐ近くから誰かの声がして心臓が跳ね上がる。急ぎ辺りを見回せば、隣に座っていたのは赤羽にとって見知った、心を許せる数少ない人物だった。
「ぁ…やま、ぶき?」
「おはよう、彩ちゃん」
赤羽の横に座り長い髪を一括りにしたすらりと背の高い少女、山吹伊織は赤羽の顔を覗き込むと明るく笑った。暗鬱な気候など少しも意に介さない、翳りのない笑顔。
「彩ちゃんも雨宿り?」
「え…と、うん。きみも…?」
まだ少し寝起きの混乱のまま返事をする赤羽。その姿に山吹は珍しさを感じつつ、傘忘れちゃって、と頬を掻く。
「二人とも忘れるなんて。ぐうぜんだね、私たち」
「ん……」
「まだ眠い?彩ちゃんふわふわしてるよ」
山吹が微笑ましげに、かつ気遣うように尋ねる。この頃睡眠不足だったせいか、それとも山吹がそばに居るからか、眠気がまたぶり返しつつあった。
「うん……ちょっと、ね」
「晴れたら起こすからさ、まだ寝てても大丈夫だよ。——雨、まだ止まなさそうだしね」
ざあざあと聞こえてくる雨音は未だ衰えていない。
「そうだね」
このままこの雨が止まなかったら、と回らない頭で考えて。隣に安心できる存在が居るなら——それでもいいかもしれない。そう彼女には思えてきてしまって、そんな己の思考回路がなんだか面白かった。
「ふふ」
「どうしたの?」
「なんでもない。……寝るね」
「うん。おやすみ、彩ちゃん」
彼女が柔らかに微笑んだのを見て糸が切れたのか、赤羽はふわりと瞼を閉じる。
山吹は静かに船を漕ぎだした赤羽の頭を自らの肩に預けさせ、それからしばらく玄関の外の景色を眺めていた。
——結局、いつまで経っても雨は止まず、偶然通りかかり偶然折り畳み傘を2つ持っていた先輩の千草に傘を借りることとなったのは、また別のお話。
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