もみじの手
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もみじに手を合わせるように水面に向かって右手を伸ばす。
記憶の中から、小さな手に寄り添う大人の手が浮かび上がる。
今の私の手はあの大人の手形に近い。
けれど、あの手は、あの指は、ずっと細く儚い。
風が吹き、水面に浮かぶ紅葉の手が揺れる。
「さやぎ!!」
バランスを崩して水面が急激に近づいたと思ったら、すぐに遠ざかり、夕焼けと深い色の瞳が視線を捕らえる。
「水浴びをするには遅すぎる季節ですよ」
私を橋の上に座らせながら冷ややかに言い放つ的場さん。
今帰ったばかりなのか、外出用の上着を羽織っている。
「君は、重さや長さを目算する能力が高いと思っていたんですが?」
的場さんは足元に落ちていた木の枝を取り、器用に水面のもみじを枝先に掛けて池から拾い上げる。
「外から飛んできたようですね」
拾い上げたもみじを手渡して塀の外に目をやる。
「…で、それは?」
彼は私のポケットからのぞいている封筒に視線を変えて尋ねる。
「アメリカの大学の入学許可証です。実の父が物理学を研究していた大学」
「ほう…いつの間にそんなものを…」
「4月と8月に大学からオファーがきていたから、先週姉に返信を出してもらったんですが、行き違いで許可証が先に届いたようです」
詮索する彼の表情を確認せずにもみじに視線を戻す。
濡れて手のひらに張り付いたもみじは小さく、その葉先は私の指にも届かなかった。
手のひらの上の小さな赤い手。
もみじの葉柄を摘んで指先でくるくる回してみる。
水滴が飛んであらかた葉が乾いたら橋を渡り、塀の外に向かってもみじを投げる。
軽さの割に高く上がったが、小石の時と同様に結界に波紋を作ってもみじは地に落ちる。
「先日も言いましたが、外界に干渉しようとしても無駄ですよ。結界をゆするのはやめてください」
落ちたもみじを拾い上げると、まだほんの少し湿っていた。
どこも千切れたり破れたりはしていない。
元気な赤子の手のように、ピンと広がる複葉。
左手で葉柄を持ち、右手をもみじの葉に寄り添うようにかざしてみる。
もみじを幼い手に見立てて、記憶の中に再現した大人の手に自分の手を重ねる。
「…この世界の、構造を知りたいの…」
「あ」
急な風に、手放したもみじの葉が飛ばされる。
軽々と塀を越え、見えなくなる。
もみじの通ったところに小石を投げてみる。
結果は同じ。結界に波紋ができるだけ。
小石は足元に落ちた。
次は、結界の薄いところを狙って小石を投げてみる。
当たった石は、下におちたものの、結界全体が大きく揺らぐ。
揺らいだ結界に手を伸ばすが、結界に触れる前に、後ろから腹部に手を回され、体ごと後ろに引き戻された。
「良い目をお持ちですね」
彼は抱えるように私を押さえたまま小声で呪文を唱える。
結界が元に戻ってゆく。
修復された結界は、薄い部分がなくなっている。
「先日も今日も言いましたが、結界に触れるのはやめてください。君ほどの力では、結界が簡単に揺らぐ」
荒くないが、静かに強い口調。
揺らいだところですぐに修復できてしまう。
彼が邸を空けることも踏まえれば、結界をファローアップ可能な術者は他に1人以上いるのだろう。
「まあ、揺るがしたところで君には結界を壊すも開くこともできはしない。君はいわば幽閉状態、この邸の囚われ人ですからね」
彼は言い聞かせるようにゆっくりと耳元で囁く。
そう、もともとどこへも行けなかったのだ。
病室から出られない日々。
家から出られない日々。
でも、私は、囚われ人ではなかった。
囚われ人よりもっと優しくて、もっと切ない、偽りの関係。
寄り添う儚い手が、離れてしまったその時から……。
「…私は、…ゲストなのかと思っていました」
「ゲスト、ですか?」
私の言葉に、彼はわずかに首をかしげる。
「邸で働く方や一門の中心的な方は、人でも妖怪でも一人で邸に出入り出来ていますが、それ以外の方は、例え裏門や木戸が開いていて、その近くから声をかけた場合も正門まで回って、式や邸の方と一緒に出入りしています。だから、ゲストは正門から招き入れられなければ入れず、正門から見送られなければ出られないのだと推測しました」
「なるほど、見事な観察力ですね。その通りですよ。客人は、客人として招かれ見送られなければ出入りはできない。そういった意味では、確かに君はゲストですね」
私はいつだって客人。
外部の人間。
記憶の中から、小さな手に寄り添う大人の手が浮かび上がる。
今の私の手はあの大人の手形に近い。
けれど、あの手は、あの指は、ずっと細く儚い。
風が吹き、水面に浮かぶ紅葉の手が揺れる。
「さやぎ!!」
バランスを崩して水面が急激に近づいたと思ったら、すぐに遠ざかり、夕焼けと深い色の瞳が視線を捕らえる。
「水浴びをするには遅すぎる季節ですよ」
私を橋の上に座らせながら冷ややかに言い放つ的場さん。
今帰ったばかりなのか、外出用の上着を羽織っている。
「君は、重さや長さを目算する能力が高いと思っていたんですが?」
的場さんは足元に落ちていた木の枝を取り、器用に水面のもみじを枝先に掛けて池から拾い上げる。
「外から飛んできたようですね」
拾い上げたもみじを手渡して塀の外に目をやる。
「…で、それは?」
彼は私のポケットからのぞいている封筒に視線を変えて尋ねる。
「アメリカの大学の入学許可証です。実の父が物理学を研究していた大学」
「ほう…いつの間にそんなものを…」
「4月と8月に大学からオファーがきていたから、先週姉に返信を出してもらったんですが、行き違いで許可証が先に届いたようです」
詮索する彼の表情を確認せずにもみじに視線を戻す。
濡れて手のひらに張り付いたもみじは小さく、その葉先は私の指にも届かなかった。
手のひらの上の小さな赤い手。
もみじの葉柄を摘んで指先でくるくる回してみる。
水滴が飛んであらかた葉が乾いたら橋を渡り、塀の外に向かってもみじを投げる。
軽さの割に高く上がったが、小石の時と同様に結界に波紋を作ってもみじは地に落ちる。
「先日も言いましたが、外界に干渉しようとしても無駄ですよ。結界をゆするのはやめてください」
落ちたもみじを拾い上げると、まだほんの少し湿っていた。
どこも千切れたり破れたりはしていない。
元気な赤子の手のように、ピンと広がる複葉。
左手で葉柄を持ち、右手をもみじの葉に寄り添うようにかざしてみる。
もみじを幼い手に見立てて、記憶の中に再現した大人の手に自分の手を重ねる。
「…この世界の、構造を知りたいの…」
「あ」
急な風に、手放したもみじの葉が飛ばされる。
軽々と塀を越え、見えなくなる。
もみじの通ったところに小石を投げてみる。
結果は同じ。結界に波紋ができるだけ。
小石は足元に落ちた。
次は、結界の薄いところを狙って小石を投げてみる。
当たった石は、下におちたものの、結界全体が大きく揺らぐ。
揺らいだ結界に手を伸ばすが、結界に触れる前に、後ろから腹部に手を回され、体ごと後ろに引き戻された。
「良い目をお持ちですね」
彼は抱えるように私を押さえたまま小声で呪文を唱える。
結界が元に戻ってゆく。
修復された結界は、薄い部分がなくなっている。
「先日も今日も言いましたが、結界に触れるのはやめてください。君ほどの力では、結界が簡単に揺らぐ」
荒くないが、静かに強い口調。
揺らいだところですぐに修復できてしまう。
彼が邸を空けることも踏まえれば、結界をファローアップ可能な術者は他に1人以上いるのだろう。
「まあ、揺るがしたところで君には結界を壊すも開くこともできはしない。君はいわば幽閉状態、この邸の囚われ人ですからね」
彼は言い聞かせるようにゆっくりと耳元で囁く。
そう、もともとどこへも行けなかったのだ。
病室から出られない日々。
家から出られない日々。
でも、私は、囚われ人ではなかった。
囚われ人よりもっと優しくて、もっと切ない、偽りの関係。
寄り添う儚い手が、離れてしまったその時から……。
「…私は、…ゲストなのかと思っていました」
「ゲスト、ですか?」
私の言葉に、彼はわずかに首をかしげる。
「邸で働く方や一門の中心的な方は、人でも妖怪でも一人で邸に出入り出来ていますが、それ以外の方は、例え裏門や木戸が開いていて、その近くから声をかけた場合も正門まで回って、式や邸の方と一緒に出入りしています。だから、ゲストは正門から招き入れられなければ入れず、正門から見送られなければ出られないのだと推測しました」
「なるほど、見事な観察力ですね。その通りですよ。客人は、客人として招かれ見送られなければ出入りはできない。そういった意味では、確かに君はゲストですね」
私はいつだって客人。
外部の人間。
