お伽話の法則
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確かに退路は全て立たれていた。
確かに意識のないうちに連れてこられたけれど、本当に嫌ならそうなる前に何とか出来たはず。
あの家を出たい、あの学校を辞めたいという間接的な理由で来たわけでもない。
かと言って、ここに来たいという直接的な理由で来たわけでもない。
望まれて、断る理由がなかった。正直どうでも良かったのかも。
そんな消極的な理由で居続けているから、逃げ出したい臆病な自分を抑えておくのが難しい。
利用価値があるから私を妻にしようとしていることも知っているし、私が断れないようにいろいろと策を弄したことも知っている。
知っててここにいるわけで、決してここに来て幻滅したわけでも後悔しているわけでもない。
長々言うまでもなく、要するにただの人見知りでただの心配性なのだ。
「私も遊園地に行きたいって言おうとした、って言えばよかった…」
核心ではないけれど、嘘ではない。
暗い物置で膝を抱えていると、まるで怒られて閉じ込められて反省している子供のような気分になる。
「厄介な客が来ているのでしばらく離れにいてください」という的場さんの言いつけを破って母屋に来たのは、全く人の気配のしない離れに一人でいるのが怖くなったから。母屋の音が聞こえないばかりか、離れのどの部屋にも庭にも全く生き物の気配を感じない。順番に部屋を覗いていくが誰もいない。4部屋目を開けようとして、ふと怖くなった。
――「早く、家に帰ったほうがいい」
…人の気配のない家。
「ただいま。…お母さん?…お父さん?」
誰もいないリビング、誰もいないキッチン、誰もいない寝室。
シャワーの音が聞こえて安心して、脱衣所から「ただいま」と声をかけようと扉を…――
気がつくと裸足で母屋に駆け戻っていた。
戻ったはいいものの、ウロウロされては的場さんには都合が悪いのだろうし、近くの部屋の気配を適度に感じられる物置に身を潜めて今に至る。
雨が降りだしたのか水音が聞こえる。
「ウロウロしないので母屋にいてはダメですかって聞けばよかった…」
ああ言えばよかった、こう言えばよかったと後悔ばかりが浮かび、隠れているというのについ声を出してしまった。
口に出したら後悔が重みを増して心にのしかかってきた。
ため息をついている自分に気づき、木の柱を軽く3回叩いてごまかしてみる。
ため息をつこうが、誰も聞いていないのだけれど。
「誰かいるんですか?」
物置の外から声がして、扉が少し開けられた。とっさに隠れられずに思い切り顔を合わせてしまった。本来応接間にいるはずの客の一人、若い男だった。
「あ、いえ、ちょっと探しものをしていただけです。えっと…ここで何を?」
足音に気づかないほど考え込んでいた自分に驚き、明らかに不審な言い訳をして話をそらす。
「あ、お手洗いをお借りしたのですが迷ってしまって…」
相手も明らかに不審な言い訳をした。お手洗いは応接間のすぐ近くだ。的場さんは「厄介な客」と言っていた。おそらく何かを探っているのだろう。
「応接間なら、ここをまっすぐ行って、左に曲がって、突き当たりを右に曲がってすぐの部屋ですよ。左手の方のお部屋です。」
「左で右で、左手の部屋ですか…。ありがとうございます」
微笑んだ男の顔がわずかにぶれた。
ああ、何か取り憑いているのか。驚くというよりうんざりした気持ちになる。
「ところで、先程いらしていたお二人のうちの小さな女の子の方が、一人で門のところを行ったり来たりしていましたよ」
男が門の方に目をやる。やはり迷っているというのは嘘なのだろう。
でも、彼の言う「女の子」、妹かもしれない。お姉ちゃんと喧嘩でもしたのか、はぐれたのか、困った事態になっているのか、それともこの人の嘘だろうか。
何にしても本当にいるなら雨の中放っておくわけにはいかない。
「そうですか。ありがとうございます。行ってみます」
とは言ったものの、玄関から出ようとすれば的場さんに見つかるかもしれない。
そもそも結界がはってあるため私は敷地から出ることができず、結界の外にいる者は敷地の中にいる私を見ることができないらしい。
物理的な塀、見えない結界、雨に降り込められた檻のような邸…。
でもあそこなら…と縁側から庭先のわずかに結界の弱いところに目をやる。
「お手伝いしましょうか?」
突然の申し出に一瞬何のことかわからず、首をかしげる。
「あなたはここに幽閉されているのでしょう?一緒に行きたくはないのですか?彼女たちと」
心配そうな表情で彼は私の手をとる。左手首にチクリと痛みが走った。
行きたい…でも、この感覚、知っている。不自然な会話なのに、下手な誘導なのに、心を動かされる感覚…同じだ。
――「早く、家に帰ったほうがいい」――
「大丈夫です。出ようと思えば出られるので」
不安にかられて、それだけ言うと裸足で縁側から庭に降りた。降りたのはいいが、足がすくんで軒下から雨の中に踏み出せずに立ち止まる。
シュッ
その瞬間、顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。…矢だ。
振り返ると、さっきまで話していた男が、着物の袖を柱に留められて動けなくなっていた。
「さやぎ、こちらを向いていなさい」
男から目を離して向き直ると、雨の中に弓矢を構えた的場さんが立っていた。部下と式もいる。
「それを手放しなさい。さもないと、あなたの体ごと射抜きますよ」
後ろで男が舌打ちするのが聞こえたかと思うと、構えていた方向よりも上方に破魔矢が放たれた。矢の刺さる音、うめき声、人の倒れる音が後ろから聞こえたが、的場さんから目を放すことができなくて振り返ることができない…。
「後のことは任せる」
的場さんは部下に命じると、何も言わずに私の手を引き縁側に上がる。
「来なさい」
振り向いて声をかけられた。怒っているのだろう。今までにない厳しい目が向けられた。
「あの…」
どうしていいかわからず一歩後ずさる。勝手に母屋に来てごめんなさい…裸足で出て足が汚れてるんですけど…外を確認したいんですけど……何の言葉も出なかった。思わず後ろの柱につかまって体を支える。
「歩かないのなら引きずっていきますよ」
近づいて強引に手を引き、無理やり歩かせる。
小走りでなければついて行けない速さで引っ張られるので、本当に半ば引きずられるように廊下を歩く。
母屋を案内された時には通されなかった邸の奥へと進んでいき、扉に護符のようなものが貼られた部屋へ放り込まれた。
文字通り放り込まれるように入らされたので勢いで3歩ほどつんのめって、何かの強い抵抗感を超えて床に描かれた陣の中で何とか踏みとどまった。
何のための陣なのか考える暇もなく無理やり力を引き出されるのを感じる。
痛みとも苦しみともつかない何度感じても慣れない不快感に座り込むのと、背中から真っ白な翼が生えるのはほぼ同時だった。
多くの人が欲する力の源。
「さて、何か私に言うことはありませんか?」
振り返るとやはり彼の顔にはいつもの微笑はなかった。
「…ごめんなさい」
「何について謝ってるんです?」
「…離れで待っていなかったこと、勝手に母屋に来てしまったこと、お客様と言葉を交わしたこと、裸足で外に出たこと…」
「1つ大事なことが抜けています。『姉や妹を追って邸を出ていくことはしない』ということが姉妹に引き合わせる条件だったはずですが?甘い言葉に釣られて約束を破ろうとしましたね?」
何も答えられずにいるうちに、陣の中に入ってきた彼に押し倒される。
片手で頭を押さえられ、赤銅色の隻眼から顔を逸らせない。
「どうしましょうかね…」
さっきまでの厳しい表情はなくなったが、代わりに凍りつくような笑みを浮かべた顔がすぐ近くにある。恐怖よりも陣の中にいることが苦痛で身を捩ったが、逃れることはできなかった。
「離れに結界を張っていたのに君には全く意味がなかったようですし…『出ようと思えば出られる』と言われては対策を講じないわけにはいきませんね。いっそ身体を奪ってしまいましょうか…もう抵抗する気も起こらないように…」
片手で大腿を撫でられる。
陣に入る時の抵抗力のせいで彼の髪を結ぶ紐が切れたのだろう。顔の横をまっすぐに流れる濡れた黒髪、私を囚える漆黒の鳥かご。
「それともこの翼、手折ってしまいましょうか…。君の力が半減するのは惜しいが、逃げられるよりはずっといい」
大腿から離れた手が右の翼に触れる。
「逃げない…逃げないからここから…」
とにかく出してほしいと訴えようとしたが、途中で口を塞がれる。
「お仕置きなんですから、このまま耐えなさい」
耳元でささやかれた。
次第に増す苦痛から逃れようと暴れると、体重をかけて全身で床に押し付けられる。
もともと頭を押さえていた手は力が込められ、翼に触れていた方の手は背中に回され、押さえつけられているのか抱きしめられているのかわからなくなる。
「もう少しだから…」
諭すようにささやく小さな声と同時に左手首にチクリと痛みが走った。
確かに意識のないうちに連れてこられたけれど、本当に嫌ならそうなる前に何とか出来たはず。
あの家を出たい、あの学校を辞めたいという間接的な理由で来たわけでもない。
かと言って、ここに来たいという直接的な理由で来たわけでもない。
望まれて、断る理由がなかった。正直どうでも良かったのかも。
そんな消極的な理由で居続けているから、逃げ出したい臆病な自分を抑えておくのが難しい。
利用価値があるから私を妻にしようとしていることも知っているし、私が断れないようにいろいろと策を弄したことも知っている。
知っててここにいるわけで、決してここに来て幻滅したわけでも後悔しているわけでもない。
長々言うまでもなく、要するにただの人見知りでただの心配性なのだ。
「私も遊園地に行きたいって言おうとした、って言えばよかった…」
核心ではないけれど、嘘ではない。
暗い物置で膝を抱えていると、まるで怒られて閉じ込められて反省している子供のような気分になる。
「厄介な客が来ているのでしばらく離れにいてください」という的場さんの言いつけを破って母屋に来たのは、全く人の気配のしない離れに一人でいるのが怖くなったから。母屋の音が聞こえないばかりか、離れのどの部屋にも庭にも全く生き物の気配を感じない。順番に部屋を覗いていくが誰もいない。4部屋目を開けようとして、ふと怖くなった。
――「早く、家に帰ったほうがいい」
…人の気配のない家。
「ただいま。…お母さん?…お父さん?」
誰もいないリビング、誰もいないキッチン、誰もいない寝室。
シャワーの音が聞こえて安心して、脱衣所から「ただいま」と声をかけようと扉を…――
気がつくと裸足で母屋に駆け戻っていた。
戻ったはいいものの、ウロウロされては的場さんには都合が悪いのだろうし、近くの部屋の気配を適度に感じられる物置に身を潜めて今に至る。
雨が降りだしたのか水音が聞こえる。
「ウロウロしないので母屋にいてはダメですかって聞けばよかった…」
ああ言えばよかった、こう言えばよかったと後悔ばかりが浮かび、隠れているというのについ声を出してしまった。
口に出したら後悔が重みを増して心にのしかかってきた。
ため息をついている自分に気づき、木の柱を軽く3回叩いてごまかしてみる。
ため息をつこうが、誰も聞いていないのだけれど。
「誰かいるんですか?」
物置の外から声がして、扉が少し開けられた。とっさに隠れられずに思い切り顔を合わせてしまった。本来応接間にいるはずの客の一人、若い男だった。
「あ、いえ、ちょっと探しものをしていただけです。えっと…ここで何を?」
足音に気づかないほど考え込んでいた自分に驚き、明らかに不審な言い訳をして話をそらす。
「あ、お手洗いをお借りしたのですが迷ってしまって…」
相手も明らかに不審な言い訳をした。お手洗いは応接間のすぐ近くだ。的場さんは「厄介な客」と言っていた。おそらく何かを探っているのだろう。
「応接間なら、ここをまっすぐ行って、左に曲がって、突き当たりを右に曲がってすぐの部屋ですよ。左手の方のお部屋です。」
「左で右で、左手の部屋ですか…。ありがとうございます」
微笑んだ男の顔がわずかにぶれた。
ああ、何か取り憑いているのか。驚くというよりうんざりした気持ちになる。
「ところで、先程いらしていたお二人のうちの小さな女の子の方が、一人で門のところを行ったり来たりしていましたよ」
男が門の方に目をやる。やはり迷っているというのは嘘なのだろう。
でも、彼の言う「女の子」、妹かもしれない。お姉ちゃんと喧嘩でもしたのか、はぐれたのか、困った事態になっているのか、それともこの人の嘘だろうか。
何にしても本当にいるなら雨の中放っておくわけにはいかない。
「そうですか。ありがとうございます。行ってみます」
とは言ったものの、玄関から出ようとすれば的場さんに見つかるかもしれない。
そもそも結界がはってあるため私は敷地から出ることができず、結界の外にいる者は敷地の中にいる私を見ることができないらしい。
物理的な塀、見えない結界、雨に降り込められた檻のような邸…。
でもあそこなら…と縁側から庭先のわずかに結界の弱いところに目をやる。
「お手伝いしましょうか?」
突然の申し出に一瞬何のことかわからず、首をかしげる。
「あなたはここに幽閉されているのでしょう?一緒に行きたくはないのですか?彼女たちと」
心配そうな表情で彼は私の手をとる。左手首にチクリと痛みが走った。
行きたい…でも、この感覚、知っている。不自然な会話なのに、下手な誘導なのに、心を動かされる感覚…同じだ。
――「早く、家に帰ったほうがいい」――
「大丈夫です。出ようと思えば出られるので」
不安にかられて、それだけ言うと裸足で縁側から庭に降りた。降りたのはいいが、足がすくんで軒下から雨の中に踏み出せずに立ち止まる。
シュッ
その瞬間、顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。…矢だ。
振り返ると、さっきまで話していた男が、着物の袖を柱に留められて動けなくなっていた。
「さやぎ、こちらを向いていなさい」
男から目を離して向き直ると、雨の中に弓矢を構えた的場さんが立っていた。部下と式もいる。
「それを手放しなさい。さもないと、あなたの体ごと射抜きますよ」
後ろで男が舌打ちするのが聞こえたかと思うと、構えていた方向よりも上方に破魔矢が放たれた。矢の刺さる音、うめき声、人の倒れる音が後ろから聞こえたが、的場さんから目を放すことができなくて振り返ることができない…。
「後のことは任せる」
的場さんは部下に命じると、何も言わずに私の手を引き縁側に上がる。
「来なさい」
振り向いて声をかけられた。怒っているのだろう。今までにない厳しい目が向けられた。
「あの…」
どうしていいかわからず一歩後ずさる。勝手に母屋に来てごめんなさい…裸足で出て足が汚れてるんですけど…外を確認したいんですけど……何の言葉も出なかった。思わず後ろの柱につかまって体を支える。
「歩かないのなら引きずっていきますよ」
近づいて強引に手を引き、無理やり歩かせる。
小走りでなければついて行けない速さで引っ張られるので、本当に半ば引きずられるように廊下を歩く。
母屋を案内された時には通されなかった邸の奥へと進んでいき、扉に護符のようなものが貼られた部屋へ放り込まれた。
文字通り放り込まれるように入らされたので勢いで3歩ほどつんのめって、何かの強い抵抗感を超えて床に描かれた陣の中で何とか踏みとどまった。
何のための陣なのか考える暇もなく無理やり力を引き出されるのを感じる。
痛みとも苦しみともつかない何度感じても慣れない不快感に座り込むのと、背中から真っ白な翼が生えるのはほぼ同時だった。
多くの人が欲する力の源。
「さて、何か私に言うことはありませんか?」
振り返るとやはり彼の顔にはいつもの微笑はなかった。
「…ごめんなさい」
「何について謝ってるんです?」
「…離れで待っていなかったこと、勝手に母屋に来てしまったこと、お客様と言葉を交わしたこと、裸足で外に出たこと…」
「1つ大事なことが抜けています。『姉や妹を追って邸を出ていくことはしない』ということが姉妹に引き合わせる条件だったはずですが?甘い言葉に釣られて約束を破ろうとしましたね?」
何も答えられずにいるうちに、陣の中に入ってきた彼に押し倒される。
片手で頭を押さえられ、赤銅色の隻眼から顔を逸らせない。
「どうしましょうかね…」
さっきまでの厳しい表情はなくなったが、代わりに凍りつくような笑みを浮かべた顔がすぐ近くにある。恐怖よりも陣の中にいることが苦痛で身を捩ったが、逃れることはできなかった。
「離れに結界を張っていたのに君には全く意味がなかったようですし…『出ようと思えば出られる』と言われては対策を講じないわけにはいきませんね。いっそ身体を奪ってしまいましょうか…もう抵抗する気も起こらないように…」
片手で大腿を撫でられる。
陣に入る時の抵抗力のせいで彼の髪を結ぶ紐が切れたのだろう。顔の横をまっすぐに流れる濡れた黒髪、私を囚える漆黒の鳥かご。
「それともこの翼、手折ってしまいましょうか…。君の力が半減するのは惜しいが、逃げられるよりはずっといい」
大腿から離れた手が右の翼に触れる。
「逃げない…逃げないからここから…」
とにかく出してほしいと訴えようとしたが、途中で口を塞がれる。
「お仕置きなんですから、このまま耐えなさい」
耳元でささやかれた。
次第に増す苦痛から逃れようと暴れると、体重をかけて全身で床に押し付けられる。
もともと頭を押さえていた手は力が込められ、翼に触れていた方の手は背中に回され、押さえつけられているのか抱きしめられているのかわからなくなる。
「もう少しだから…」
諭すようにささやく小さな声と同時に左手首にチクリと痛みが走った。
