アズカバンの囚人編
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最初の魔法薬学の授業からきっちり一週間。闇の魔術に対する防衛術の授業が終わってすぐに、スネイプ先生の研究室のある地下牢へと駆け出した。過去に戻ってすでに三回は質問をしに通った道を駆けて、私は扉をノックした。
スネイプ先生はいつも鬱陶しそうな顔をのぞかせたし、気に入らないことがあれば容赦なく減点したけれど、あのひとと同じように一度も来るなとは言わなかった。教えることに対してどこまでも真摯なその姿は、私がスネイプ先生の好きなところでもある。
今日はいよいよ生ける屍の水薬を作る日で、研究室には材料や醸造台が用意されていた。この一週間、私は誰の助けも借りなかった。これだけはどうしても、私の手で納得のいくものを作りたかったから。あのひとのメモを擦り切れるほど読み返し、ハーマイオニーを図書館に誘って──この調子だと彼女に気づかれるのも時間の問題だろう──宿題のかたわらで文献を読み漁った。メモに書かれた「正しい手順を知識の外からも確認せよ」という言葉から、教科書に載っている手順では完璧な水薬が完成しないことに気がついたのだ。
腕の傷もずいぶんよくなり、まだぎこちないとはいえ指が動くようになってきて、教科書には必要な書きこみとしおりを挟みこんである。さあ準備は万端、どこからでもかかってこい、とスネイプ先生を見上げた。
「制限時間は二時間半だ。一秒の超過も認めん。質問は材料の不備のみを受け付ける」
「はい!よろしくお願いします」
「それでは・・・・・・始めたまえ」
先生の視線を感じながら二時間二十三分が経過して、私は生ける屍の水薬を完成させた。一度目にあのひとに作ったときより、ずっと澄んだ透明だった。ジワリとにじんでしまった涙を急いで汗と一緒に袖で拭って、震える手で試験管にコルクの蓋をした。
「全行程終わりました」
無言で受け取って、スネイプ先生は試験管を色々の角度から回し見た。時計の秒針は数字四つ分しか動いていなかったけれど、私には永遠にも思えた。つい、とスネイプ先生が杖を教壇に向けた。羽ペンが持ち上がり、羊皮紙に何かをサラサラ書きつけた。すぐに小さな切れ端が目の前に飛んできたので捕まえる。スネイプ先生からも試験官が返されたので受け取って羊皮紙を開いた。
「Eだ」
羊皮紙の端に大きめに書かれたアルファベットが目に入るのと、スネイプ先生がそう言うのは同時だった。紙には他にも気になった点が箇条書きにされていたが、私はまず先生を見上げた。耐えられずにうっすらとにじんできた視界の先で、先生はまだせわしなく動いている羽ペンを眺めていた。
「魔法薬学が“好き”とのたまったのは嘘ではなかったようだ」
「・・・・・・」
「ミス・シラユキ──」
ぼろぼろと涙をこぼし始めた私に顔を向けて、スネイプ先生は一旦言葉を切った。
「──この水薬がOに及ばない理由は、おおよそ君の大雑把さに起因している。魔法薬学が“得意”な者、あるいは“才のある”者はまず間違えない。君もわかっているだろう」
「はい。わ、わかります」
「しかし」
頷いた拍子に頬で止まっていた熱いしずくが床にいくつも落ちた。スネイプ先生の骨ばった指は、次に教科書の書きこみを指差した。
「この教科書の訂正は君がやったのか」
「そればかりにこだわるな、とヒントはいただきました」
誰に、と聞かれなくて本当に良かった。スネイプ先生は指をひっこめて、今度は先生の方へ飛んできた羊皮紙をつかんだ。いつの間にか羽ペンはさっきまでの働き具合が嘘のように横たわっていた。
「では毎週木曜日の夕食後、我輩が五年生の範囲を教える。追加で課題を出させていただくが、授業の宿題の免除などはしない。──よろしいですかな」
先ほどの「しかし」には言及せず、先生は今学期の課外授業計画を説明し始めた。頬を真っ赤にしながら声も出さず泣いている私はさぞ奇妙に見えたことだろう。説明が終わり先生から計画表を渡され、もう夕食の時間だというところでようやく涙はおさまった。何度もありがとうございますを繰り返して、扉に手をかけたところで先生の不機嫌そうな顔を振り返った。
「スネイプ先生、私、こんなにちゃんと教えていただけることになるなんて思ってもみませんでした。グリフィンドール生はお嫌いだって聞いてたし、正直不安だったんです」
余計なことを言い過ぎたかな、と思ったけれど、なんとなく今日なら大丈夫だという気がした。まだ一度も減点されていないし、言葉にとげとげしさもない。
スネイプ先生は目を落として逡巡したようだった。絹がこすれて囁くような声が、それでもはっきりと耳に届く。
「・・・・・・君のような生徒、我輩は初めてだ」
「は」
「父親に似てしつこいだけかと思ったが、その努力の才は誰もが持ち得るものではない」
────────────────────────
君のしつこさと努力は我輩をもってして賞賛に
値する。
かような生徒は初めてだった。
────────────────────────
あのひとからもらったカードと同じ言葉だった。ほろ、と止めたはずの涙が一つ、こぼれる。スネイプ先生は不思議なほど穏やかな瞳で私を見据えていた。
「その努力に応えぬ教師はここには居るまい。しかし──」
手の中で、試験官が光を反射してチカリと光った。
「一度。君の作った魔法薬を見たという気がしてならん」
そうやって細められた瞳はたしかに“あのひと”のもので。
スネイプ先生の研究室からどうやって出てきたのか、はっきりと覚えていない。ただがむしゃらに走って、過去に戻って初めて外を見た窓に縋りついた。イギリスではめずらしい雲一つない夕暮れの下、シャツの袖をまくった生徒が思い思いに過ごしている。
違う、違う、違うのだ。
スネイプ先生はあのひとではないはずだった。
しかし、スネイプ先生はあのひとの過去の姿で、あのひとはもはやスネイプ先生の未来ではないのだ。だって、私が出会ったから。最初から違くなんてなかった。
「そう。スネイプ先生は“あのひと”なんだ」
私はどこか、この過去の世界のみんなを他人事のように考えていたのかもしれない。みんなはみんなであって、同時にみんなとは違うと、そんなふうに思っていたのかもしれない。けれど、違うのは私だった。過去のみんな──スネイプ先生は正しく未来のあのひとで、私の知っている未来のあのひとは、もう過去のスネイプ先生ではない。
もう二度とあの未来に戻ることはないのだろう。時間を、運命を変えるというのはそういうことなのだ。
恋は苦しくて、つらかった。同時にうれしくて、しあわせだった。
私の恋したあのひとは、スネイプ先生だった。
過去のみんなに未来のみんながどんな影響を与えられるのかはわからないけれど、あのひとの中に、たしかに私は息づいていた。スネイプ先生自身もわかりえない奥底に、私はちゃんと存在していた。それが苦しくて辛くて嬉しくて────やっぱり幸せで。
この間とは違った、真夏の明るい夕焼けが長い影を作った廊下で、私は思いっきり泣いた。泣いて、泣いて、通りがかったダンブルドア先生がグルフィンドール塔まで一緒に来てくれた。かたくなに通りがかった理由を話さなかったから、もしかすると声を聞いたスネイプ先生が頼んだのかもしれない。日の入りを待って薬を塗って、もう一度泣いた。「わかったのかね」とダンブルドア先生は去り際に聞いた。「わかろうとしていなかっただけでした」という答えを聞いて、にっこりと微笑んだ。
「もう大丈夫じゃな」
「はい。きっと」
もう、私は戻るかもしれない時間は怖くなかった。ボガードは日常のささいな恐怖に変身するだろう。ダンブルドア先生が談話室を出てすぐ、外から夕食を終えたみんなのざわめきが聞こえた。四つの寮の中でも空に近い塔の窓の外は、いつの間にか満天の星空が広がっていた。
それから数週間は飛ぶように過ぎていき、十月に入って木の葉が色づき始めていた。
ルーピン先生の授業は例年と比較してもとても人気のようで、さすがのドラコ・マルフォイも文句を言えるのはそのローブの継ぎはぎだとか、そのボロボロ具合についてだけだった。私はというと、一度目の授業以降はなんだかんだルーピン先生と話せていなかった。もうあの恐怖は解決したこと、そして授業のことを相談したかったのだが、魔法薬学の追加課題が多いのなんの。他の先生たちに質問するよりスネイプ先生に優先して質問しに行かなければならないほど難しい課題も多かった。けれど、そろそろそんなハードスケジュールにも慣れてきて、あとはルーピン先生の体調とタイミングを見図ろうという余裕が私の中に芽生えていた。
そういうわけで、減点されつつも順調に進行している課外授業とは反対に、普段の魔法薬学の授業は終始険悪なムードが漂っていた。まね妖怪がスネイプ先生の姿になって、ネビルがおばあさんのドレスを着せたことが学校中に広まってしまったのだ。
案の定最初の授業以降ネビルと組ませてもらえなくなったので、ほとんど毎回ネビルはスネイプ先生に泣かされることになっていた。私もスネイプ先生のドレス姿に爆笑してしまったので、課外授業のときの先生がまね妖怪のことを一切言及しないのをいいことに、その話題には触れないようにしている。実際、かなり気にしているようだし。もっとも、世間話をしただけで減点される日もあるのでうかつにしゃべれないというのも大きい。
そしてハリーたちは、占い学にだんだん嫌気がさしてきたらしい。たしかにハリーは授業のたびにトレローニー先生に涙目で見つめられているし、パーバティやラベンダーなんかは逆に先生に懐いてハリーを死にかけのおじいさんのように扱う始末。二人とも占い学の外ではとってもいい子なのに、そのせいで私もハーマイオニーもろくにかばうことができなかった。
そしてハグリッドの魔法生物飼育学の授業は、最初の一回以降全く違うものになってしまった。それもこれもわざわざ私が怪我をしてしまったせいじゃないか、と謝りに行ったが、私の顔ほどもある水滴がドバドバ降ってきて何か言うどころか見ることもままならなかった。「無事でよかった」「二度とするな」と言われたので「じゃあもう一度やって、二度とやらないとこを証明させて」と言うと、慌てて小屋に入って行ってしまった。私たちはここ最近ずっと、レタス食い虫のエサやり──文字通りレタスやり──を続けている。どのクラスでもこの状態らしく、いつか食べ過ぎで死んでしまいそうだと私とハーマイオニーは肩をすくめた。
十月末にはクィディッチのシーズン第一回目の試合があるようで、ハリーは週に三回、夕食の後に練習に駆り出されていた。キャプテンでキーパーのオリバーが今年が最後の年だそうで、みんな七年ぶりの寮杯獲得に向けて気合いを入れて空を飛んでいるらしい。ハリーの飛んでいるところは見たことがなかったので何度か練習を観に行かせてもらったけれど、飛行術が真ん中の成績の私には、ロンの解説がなければ目で追えなかった。
そんなある日の夜、私とロン、ハーマイオニーの三人は天文学の星座図に取り組んでいた。練習を終えたハリーが帰ってくると、話題は第一回のホグズミード週末、ハロウィーンの日に話題が移った。ハリーの箒に乗って昂っていた気持ちの落ち込みようは、傍目に見てもわかりやすかった。
「ハリー、マクゴナガルに聞けよ。今度行っていいかって。次なんて永遠に来ないぜ──」
「ロン!ハリーは学校内にいなきゃいけないのよ──」
ハーマイオニーが咎めてもロンは右から左だった。
「三年生でハリー一人だけをのこしておくなんて、できないよ」
一人?私の頭に疑問符が踊る。ああ、まだダンブルドア先生に許可証をいただいていない──というか話すのを忘れていた──ことを話していなかったっけ。すかさず口を開きかけたけれど、それよりも早くロンが追い打ちをかけた。
「マクゴナガルに聞いてみろよ。ハリー、やれよ──」
「うん、やってみる」
ハリーが答えた。
ちょうどその時、ハーマイオニーの猫、クルックシャンクスが蜘蛛の死骸を加えて主人の膝に飛び乗ったので、私とみんなの注意はそっちにそれてしまった。ハーマイオニーはクルックシャンクスをお利口さんとほめていたが、ロンの顔は渋かった。
「ロンのネズミのスキャバーズを、ふぁ、何度か襲ってるんだ」
あくびをしながらハリーが教えてくれた。
「へぇ」
あのネズミって、たしか動物もどきなんじゃなかったかな。「あのときペティグリューを逃がしていなかったらなぁ!」とロンが彼の三年生の時の冒険を話しながら舌打ちしていた。“あのとき”が今年のいつのことかわからないが、もしかしてシリウス・ブラックの冤罪が晴れなかったことに関係しているのだろうか。ハリーがロンの星座図を写しているのをうつらうつらしながら眺めていると、「おい!」とロンの大きな叫び声が耳を通り抜けた。
「はなせ!この野郎!」
クルックシャンクスはロンのカバンに四本脚の爪全部を食い込ませていた。ロンが引きはがそうとしてもシャーッと唸って離れようとしない。
「ロン、乱暴しないで!」
そのうちスキャバーズのほうがカバンから飛び出し、あれよあれよという間に談話室で他の生徒も混ぜた鬼ごっこが始まった。最終的にスキャバーズは古い整理箪笥の下に隠れて、クルックシャンクスは前脚を差し入れて激しく引っ搔いた。
ロンとハーマイオニーが慌ただしく駆けつけて、それぞれのペットを苦労して箪笥から引きずり出さなければならなかった。ロンはもうカンカンで、スキャバーズをハーマイオニーの目の前にぶら下げていた。
「見ろよ!こんなに骨と皮になって!その猫をスキャバーズに近づけるな!」
「クルックシャンクスにはそれが悪いことだってわからないのよ!ロン、猫はネズミを追っかけるもんだわ!」
「そのケダモノ、何かおかしいぜ!」
ハーマイオニーの言い分には耳を貸さず、ロンは暴れるスキャバーズをなだめすかしてポケットに戻そうとしていた。
「スキャバーズは僕のカバンの中だって言ったのを、そいつ聞いたんだ!」
「バカなこと言わないで。クルックシャンクスは臭いで分かるのよ、ロン。ほかにどうやって──」
「その猫、スキャバーズに恨みがあるんだ!」
周りの野次馬はクスクス笑っていたけど、私はまったく笑えなかった。
「いいか、スキャバーズの方が先輩なんだぜ。その上、病気なんだ!」
ロンは肩をいからせて寝室に足音荒く上がって行ってしまった。ハーマイオニーもとぼとぼ女子寮に姿を消したので、私とハリーは顔を見合わせた。
「ハリー・・・・・・スキャバーズって病気だったの?」
「うん、ダイアゴン横丁で会ったときにはやせ細ってたよ・・・・・・」
「そうなんだ・・・・・・」
一夜明けたら元通り──なんてことはなく、ロンはずっと険悪だった。薬草学の授業でもずっとハーマイオニーと口を利かず、意を決した彼女がスキャバーズの様子を尋ねても、どうやら火に油を注いだだけで終わってしまったようだ。
次の変身術の授業では、授業が始まる前にラベンダーが泣き出してしまった。どうやら飼っていた幼いウサギのビンキーが狐に殺されてしまったと家から手紙が届いたらしい。そしてなんと今日は十月十六日、トレローニー先生が彼女に恐れていたことが起こると占った日だった。私はそんなことすっかり忘れていたので瞬きを繰り返すしかなかった。誰にでも当たりそうなことを“ふわっと”言えば、信じやすい人が的中したと大騒ぎをする、トレローニー先生が普段言うことはその類だと思っていたのでちっとも本気にしていなかったのだ。
「ねえ、ラベンダー。あなたはビンキーが狐に殺されることをずっと恐れてた?」
私がそうやって聞くと、ラベンダーは泣きながら首を振った。
「狐に限らないけど、ビ、ビンキーが死ぬことをずっと恐れていたわ。そうでしょう?」
「ビンキーってもうお年寄りだったの?」
「違うわ!あ、あの子まだ、あ、赤ちゃんだった!」
「そっか。辛いことを聞いてごめんね」
しゃがんでラベンダーに目を合わせると、その肩を抱いていたパーバティまで泣きそうな顔をした。
「でもね、ラベンダーはその知らせを受け取ったのが今日だって言うだけで、あなたの恐れていたことはもっと前に起こってた。・・・・・・そうじゃない?」
ゆっくり言い聞かせるように言った。ラベンダーはきょとんとした顔でわたしを見つめている。
「占いは気にしすぎないくらいがちょうどいいんだよ。未来のことに気を取られてあなたが体調を崩したら、私とっても悲しいな」
ラベンダーはまたぼろぼろと涙を流してうつむいてしまった。
「えっ?ご、ごめん、ラベンダー。私あなたを傷つけちゃったかな」
「ち、ち、ちがうの、う、うれしくて、私・・・・・・ありがとう、サチ」
よかった、とほっとして立ち上がると同時に教室のドアが開いた。ハーマイオニーはマクゴナガル先生の授業が始まる直前、私に何度もすごいと言ってくれた。
「サチってやっぱりすばらしいわ。私だったらあんなふうにラベンダーを安心させられなかった」
「そ、そんなことないよ。私はただ直接的に言うのが苦手なだけで」
「そうそう。ハーマイオニーは人のペットのことなんて、どうでもいいやつなんだから」
ロンが口を挟んだ。二人の間には火花が散ったまま、ハリーと私を挟んで端っこに座り、授業中お互いを見もしなかった。
終業のベルが鳴ると、「ちょっとお待ちなさい!」とみんながカバンを持って教室を出ようとするのをマクゴナガル先生が呼び止めた。
「みなさんは全員私の寮の生徒ですから、ホグズミード行きの許可証をハロウィーンまでに私に提出してください。許可証がなければホグズミード行きもなしです。忘れずに出すこと!」
なくしたかもと手を挙げたネビルに、先生がおばあさんから直送されたと答えていると、ロンは「今だ。行け」とハリーを促した。ハリーはたっぷりみんながいなくなるまで待って、マクゴナガル先生の机に近寄った。彼のおじとおばがいじわるだったことは何度も聞いている。
「先生。おじ、おばが──あの──許可証にサインするのを忘れました」
マクゴナガル先生は何も言わず、黙ってハリーを見つめた。
「それで──あの──だめでしょうか──つまり、かまわないでしょうか、あの──僕がホグズミードに行っても?」
マクゴナガル先生は目を机の上の書類に戻して、それを整理し始めた。それを見て、ハリーは何を言われるか察したらしく、ゆっくりと肩を落とした。
「だめです。ポッター、いま私が言ったことを聞きましたね。許可証がなければホグズミードはなしです。それが規則です」
「でも──先生。僕のおじ、おばは──ご存知のように、マグルです。わかってないんです──ホグワーツとか、許可証とか。先生が行ってもよいとおっしゃれば──」
「私はそうは言いませんよ」
ハリーを助けようと強くうなずいていたロンには見向きもせず、とうとうマクゴナガル先生は立ち上がった。
「許可証にはっきり書いてあるように、両親、または保護者が許可しなければなりません。残念ですが──」
「あの。私も許可証をもらえませんでした」
私の言葉に、ハリーは勢いよく振り返った。横からも二人の視線が突き刺さる。マクゴナガル先生があなたはダンブルドア先生が、とでも言いそうな顔をしたので必死に目配せを送った。いぶかしげにそれを見ていたマクゴナガル先生は、どうやらその意図が理解できたらしい。少しだけ目の険をやわらげたものの、毅然として私とハリーに言い放った。
「では残念ですが、ポッター、シラユキ、これが私の最終決定です。早く行かないと、次のクラスに遅れますよ」
ハリーは私が残ると知って、たいぶ気が上向きになったようだ。またもや三人から質問攻めにあったけれど、「保護者になったのが急すぎて、手続きに時間がかかっている」と言い訳を作ったら納得してもらえた。それでもロンとハーマイオニーは残念そうにしていたが、私はホグズミードには一応行ったことがある──ホグワーツとつながったダンブルドア先生の弟、アバーフォースさんのお店のこと──から、そこまで行きたいという欲求はなかった。その日のうちにダンブルドア先生のところまで話に行って口裏を合わせてもらうように頼むと、快く了承してくれた。
もしかしてこれを見越して今までホグズミードのホの字も口にしなかったのだろうか。
そして迎えたハロウィーンの朝、私とハリーはみんなと一緒に起きて朝食に下りていった。
「ハニーデュークスからお菓子をたくさん持ってきてあげるわ」
心底気の毒そうにハーマイオニーが言うと、「ウン、たーくさん」とロンが続けた。二人はあんまりにも私たちがかわいそうだったのか、いつのまにかクルックシャンクス論争について言及することはなくなっていた。
「私のことは気にしないで。ハリーがいるもの」
「うん。二人とも楽しんできて。パーティーで会おう」
ハリーの笑顔はまだ暗かったけど、無理のないものではあったので安心した。残ることにしてよかった。
玄関ホールまでロンとハーマイオニーを見送るそばでは、管理人のフィルチさんが長いリストを手に名前をチェックしていた。念入りに生徒の顔をのぞきこんではリストをチェックしての動作を、この寒いのに普段の薄いローブでこなしていた。
「居残りか、ポッター?」
大声の方向をうかがうと、大きな二人の取り巻き──クラッブとゴイルというらしい──を従えたドラコ・マルフォイが並んでいた。
「吸魂鬼のそばを通るのが怖・・・・・・お、お前は!?」
ちょうどハリーの影になっていて、今の今まで気がつかなかったらしい。ついに包帯の取れた腕をひらひら振ると、ドラコ・マルフォイはぐっと押し黙ってしまった。私が怪我をしてからずっとこの調子で、初めに話して以降まともに会話が続いたためしがない。本人なりに気まずいと思っているらしい。
「マルフォイのやつ、どうしてサチにあんな態度とってるんだ?」
「きっと何を言えばいいのかわからないんだよ。行こう」
私とハリーはおろおろしているドラコ・マルフォイを後にして、一度グリフィンドール塔に戻った。談話室にはまだホグズミードに行けない一年生と二年生でいっぱいで、飽きるほど行ったであろう上級生は、それでも数人しかしなかった。相変わらずカメラを首から下げ、ハリーを尊敬どころか崇拝しているらしいコリン・クリービーに二年生の輪の中に引っ張り込まれそうになったので、「図書館に行く」と言ってたった数十秒で談話室を後にしなくてはならなかった。
「ねぇサチ、どこに行こうか。勉強する気になんてなれないよ」
「どうしよっか。なんにも考えてなかった」
「僕もだ。君がいるってだけでなんだか安心しちゃって」
私は思わずにっこりした。ハリーも釣られて笑顔を浮かべ、なんだかおもしろくなっていつの間にか変顔合戦に発展した。ハリーの渾身の変顔に笑い転げていると、「何をしている?」と疑るような声が聞こえた。リストのチェックが終わったらしいフィルチさんが、不審そうに私とハリーとを見比べていた。
「別に何も」
いち早くハリーが答えた。
「べつになにも!そうでござんしょうとも!二人でこっそり歩き回りおって。仲間の悪党どもと、ホグズミードで“臭い玉”とか、“ゲップ粉”とか、“ヒューヒュー飛行虫”なんぞを買いに行かないのはどういうわけだ?」
フィルチさんは長いこと悪戯グッズや双子に苦労させられてきているらしい。グリフィンドールでハリーたちと仲のいい私もすっかり親の仇とばかりににらまれるようになってしまった。私とハリーは返事の代わりに肩をすくめた。それが気に入らなかったらしく、フィルチさんに「談話室に戻れ」とガミガミ怒られてしまった。
廊下の角を曲がって、ようやくフィルチさんが視界からいなくなったので、私たちはこれからどうしようかという議論を再開した。
「ハリー、サチ?」
しばらく廊下を歩いていると、たった今通り過ぎた部屋から声がした。
ルーピン先生が彼の部屋のドアから顔をひょっこり出している。ルーピン先生も「何をしている?」と聞いたけれど、さっきのフィルチさんのとはまるで違った口調だった。
「ロンやハーマイオニーはどうしたね?」
「ホグズミードです」
私とハリーの声が重なった。ルーピン先生はなるほどとうなずいて、じっと私たちを観察した。
「ちょっと中に入らないか?ちょうど次のクラス用のグリンデローが届いたところだ」
「何だって?」
ルーピン先生について部屋に入りながら、ハリーは私に聞いた。
「グリンデロー。水魔のことだよ」
部屋の隅に置かれた大きな水槽の中で、鋭い角の生えたぬめぬめと光る緑の生き物が、ガラスに顔を押しつけて私たちに指を曲げ伸ばししていた。ルーピン先生は「よく知っているね」とグリンデローを調べながら言った。
「他にも知っていることはあるかい?例えば──そうだな──襲われた時の対処とか」
「指で絞められたらそう解くか、です。長くて強力だけど、とても脆い」
ルーピン先生は振り返って私をまじまじと見つめた。
「先生、サチは闇の魔術に対する防衛術がすっごく得意なんです」
「そのようだ。サチのレポートはどれも興味深く読ませてもらってるよ」
ハリーが付け足すと、ルーピン先生は破顔した。私はあんまり急に褒められたものだから、すぐに耳がじんわり熱を帯びてしまう。紅茶をすすめるルーピン先生に座るよう言われたソファに腰かけながら、ハリーはニヤッと笑ってまた付け足した。
「あと、すっごく照れ屋です」
「ハリー!」
ヤカンが沸騰すると同時に私が叫んだので、ハリーは余計に笑った。ルーピン先生まで微笑みながら、私たちにティー・バッグの入ったマグカップを差し出した。
「すまないが、ティー・バッグしかないんだ。──しかし、お茶の葉はうんざりだろう?」
占い学の授業でやった、お茶の葉占い。ハリーがトレローニー先生に葉の形が死神犬に見える、と死の予言をされたことを、マクゴナガル先生から聞いていたらしい。「気にしたりしてはいないだろうね」と尋ねたルーピン先生に、ハリーは一拍置いて「いいえ」と首を振った。ハリーが何か心配そうな顔をしているのに、私とルーピン先生は気づいていた。
「心配事があるのかい、ハリー」
「いいえ」
ハリーはしばらく水魔が暴れている水槽を眺めていたが、出し抜けに「はい」と言った。
「先生、まね妖怪と戦ったあの日のことを覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
質問したのはハリーなのに、なぜかルーピン先生は私を見た。今の今まで私のことについて話す時間を取れていなかったので、先生の心境は理解できる。誰だって砂時計とスネイプ先生の動く死体なんて見たら同じようにな目をするだろう。けれど未来のことはハリーのいる前で話すことはできない。どんな影響を及ぼすのかが全くもってわからないからだ。
ハリーはどうして自分が戦わせてもらえなかったのか、ずっと疑問に思っているようだった。ルーピン先生は「言わなくてもわかっていると思っていたが」と前置きして、ヴォルデモート卿になるだろうと思った、と答えた。ハリーはルーピン先生がヴォルデモートの名を口にしたことに驚いていた。私は元々マグルの祖母に育てられていたし、入学してグリフィンドールに入った時期が時期だったので、むしろハリーのその反応が新鮮だった。
「最初はたしかにヴォルデモートを思い浮かべました。でも、僕──僕は吸魂鬼のことを思い出したんです」
「そうなのか。いや・・・・・・感心したよ」
目を見開いたハリーを見て、ルーピン先生は笑みを浮かべた。
「それは、きみがもっとも恐れているものが──恐怖そのもの──だということなんだ」
とても賢明なことだよ、と先生は続けた。ハリーは何か言葉にしようとして、やめて、紅茶を少し飲んだ。
「それじゃ、私が、君にはまね妖怪と戦う能力がないと思った、そんなふうに考えていたのかい?」
「あの・・・・・・、はい」
ハリーはやっと力が抜けたようで、ほっと息を吐いたのが隣に座る私にも聞こえた。ハリーが続けて吸魂鬼のことを聞こうと口を開けたその瞬間。ドアをノックする音で、話しが中断された。
「どうぞ」
私は思いっきり膝を机にぶつけた。入ってきたのはスネイプ先生だったのだ。煙の立つゴブレットを手にしている。ハリーと大きな音を出してしまった私を見つけると、足を止めて目を細めた。
「ス、スネイプ先生、こんにちは」
じんじん痛みを訴える膝をさすりながら挨拶すると、ハリーと、なぜかルーピン先生まで私をびっくりしたように見つめた。まさかこんなところで会えるなんて思っていなかったから、心の準備も何もできていなかった。わかりづらいが、心臓は今にも肋骨から飛び出ようとしている。
スネイプ先生は挨拶には答えず、いぶかしげに私を見ていた。先生方はみんな私の保護者がダンブルドア先生だと知っているので、なぜ居残っているのか思案しているようだった。しかしすぐにハリーに視線を移し、そして私を見、いまいましいとばかりに舌打ちをした。
「ああ、セブルス」
今度は私がルーピン先生を凝視する番だった。
セブルス・・・・・・セブルス!?
目を落っことしそうなほどまん丸くした私を、ハリーはあんぐりと口を開けて見つめていた。ハーマイオニーよりもハリーに先に勘付かれるとは予想外だったけど、それよりも──セブルス!?
そういえばルーピン先生は、私が一年生のクリスマス休暇で初めて会ったときにはそう呼んでいたっけ。けれど、あのひとがダンブルドア先生を殺して以降は名字で呼んでいたから──それでそのままルーピン先生も亡くなってしまったから──すっかり忘れていた。この羨ましいルーピン先生は、スネイプ先生にファーストネーム呼びを許されている数少ない人間・・・・・・それも、ハリーの父親の親友だったという限りでは彼だけなんじゃないだろうか。私の父はなんて呼んでいたんだろう。やっぱりセブルスかな・・・・・・。
私は生まれてこの方初めて、会ったことのない父親に嫉妬した。
「ちょうどいまハリーとサチに水魔を見せていたところだ」
「それは結構」
机にゴブレット──おそらく中身は脱狼薬──を置くスネイプ先生に、ルーピン先生は楽しそうに水槽を指差したが、スネイプ先生は見もしなかった。
「ルーピン、すぐ飲みたまえ」
「はい、はい。そうします」
私は気持ちをなんとか脱狼薬に移した。脱狼薬なんて高度な魔法薬、いつになったら作れるようになれるのかわからないし、今度作る過程を見せてほしいと頼んで・・・・・・だめだ、スネイプ先生に未来から来ているとばらすのは都合が悪い。
日々の地下牢通いをダンブルドア先生以外に大っぴらにしていないので──薄々察しているハーマイオニーはさておき──、ゴブレットを興味しんしんに見つめている私に、ハリーもルーピン先生も驚いたようだった。ルーピン先生は少し血の気が引いていたような気がする。私がルーピン先生の秘密を知っていることをなるべく早く伝えないと、ルーピン先生はそのうち卒倒してしまいそうだった。
「ひと鍋分を煎じた。もっと必要とあらば」
「たぶん、明日また少し飲まないと。セブルス、ありがとう」
「礼には及ばん」
スネイプ先生は私たちから目を離さず、扉に吸い込まれるように部屋から出ていってしまった。
ハリーは私とは正反対の目でゴブレットを見ていたので、ルーピン先生は安心させるように「スネイプ先生が調合してくださった」と笑った。
「このごろどうも調子がおかしくてね。この薬しか効かないんだ。スネイプ先生と同じ職場で仕事ができるのは本当にラッキーだ。これを調合できる魔法使いは少ない」
ハリーは今にもゴブレットをルーピンの先生から叩き落したそうな顔をしていた。何か言いかけて、私の顔をちらっと見た。ハリーがためらっている間にルーピン先生は全て飲み干して、顔をしかめた。
「さあ、ハリー。私は仕事を続けることにしよう。あとで宴会で会おう。サチ、君は──」
「ルーピン先生、それとハリーも」
空になった紅茶のカップを置いて、私は立ち上がった。
「その・・・・・・ス、スネイプ先生のことは」
この時点で私は猛烈に全身がほてっていた。ルーピン先生は顔をほころばせた。
「うん。もちろん誰にも言わなよ」
ハリーは信じられないくらい引いていたけど、しぶしぶ秘密にすると約束してくれた。
その夜、ホグズミードから戻ったロンとハーマイオニーは、色とりどりのお菓子をたくさん買ってきてくれた。ハリーはルーピン先生の部屋に行ったこと、スネイプ先生がゴブレットを持ってきたことを話して、約束通り私のことは何一つ話さなかった。
宴会の時間になって移動するとき、ハーマイオニーとハリーは、それはもう私のことを何度も何度も見て、毒を盛るなら見てないところでやると思う、と慰めなのかよくわからないことを口にした。何も知らずに顔をしかめるロンが、今は一番ありがたかった。
大広間での食事はとてもすばらしくて、全ての料理を二回はお皿に盛ったと思う。私とハリーはまだしも、ホグズミードでお菓子やバタービールをたらふく口にした他のみんなも、私たちと同じくらいかそれよりも多く食べていた。何百ものジャック・オー・ランタンが優しくテーブルを照らす中で私は、ルーピン先生を盗み見するスネイプ先生を見てはこっちを振り向くハリーを無視するのに必死だった。
ホグワーツの幸せであたたかな雰囲気に包みこまれながら、私たちはグリフィンドール塔に戻った。しかし生徒がすし詰め状態になっていて、いつまでたっても“太った婦人”の肖像画にはたどり着けない。仕方がないので、パーシーが人混みをかき分けながら事情を把握するのを列の後ろの方でのんびり待っていた。すると突然、打って変わってパーシーの鋭い叫び声が聞こえた。
「誰か、ダンブルドア先生を呼んで。急いで」
ざわざわと生徒がつま先立ちになり始め、辺りはおしくらまんじゅうみたいになってしまった。誰かに押されて、私はバランスを崩して転びそうになった。ハーマイオニーが慌てて伸ばした腕は空を切ったので、衝撃に備えてギュッと目を瞑る。
「・・・・・・?」
いくら待っても床に頭が打ちつけられない。背中に感じるのは温かくて、大樹の根のようにゆるぎない大きな手──ダンブルドア先生が、私を支えてくれていた。
小さくお礼を言うと、ダンブルドア先生は少し笑って、すぐに表情を引き締めた。人波が先生の道を作ろうと割れたので、私たち四人はそのすぐ後ろを歩き、何が起こったのか近くで確認しようとした。
「ああ、なんてこと──」
ハーマイオニーが悲鳴を上げて私とハリーの腕にすがりついた。
“太った婦人”は肖像画から姿を消し、絵は獣の爪で切り裂かれていて、普段の美しい額縁は見る影もない。ダンブルドア先生が深刻な面持ちでふり返るころには、マクゴナガル先生やルーピン先生、スネイプ先生までもが校長先生の元へ走ってきたところだった。婦人を探さなければ、とダンブルドア先生は言って、すぐにマクゴナガル先生にフィルチさんへの伝言を頼んだ。
「見つかったらお慰み!」
混乱を楽しむかのように甲高い声を上げたのは、ポルターガイストのピーブズだった。どういうことかと静かに聞いたダンブルドア先生に、さすがに笑顔をひっこめて、今度はねっとりとした声を作った。芝居臭く語るには、婦人は絵をズタズタにされて、ひどく泣きながら五階の風景画の中を走っていったらしい。かわいそうに、と微塵も思っていないことを取って付けたピーブズは、誰がやったかも見たと続ける。
「そいつは、婦人が入れてやらないんでひどく怒っていましたねえ」
いつの間にかニヤニヤ笑いを隠しきれなくなったピーブズは、宙返りしてダンブルドア先生に目を細めた。
「あいつは癇癪持ちだねえ。あのシリウス・ブラックは」
十分後には、全ての生徒が不安そうに顔を見合わせながら、大広間に集まっていた。
先生たちはこれから城の捜索をするようで、大広間の扉全部を閉め切っている最中だった。監督生を大広間の入り口の見張りに、パーシーを含めた主席の二人をここの指揮に任命して、ダンブルドア先生は大広間から出て行こうとした。しかし、ふと立ち止まって軽く杖を振ると、いつもご馳走の並ぶテーブルは大広間の隅に飛んでいき、もう一振りで生徒全員分のふかふかした紫色の寝袋が、床一杯に敷き詰められた。
夜の挨拶もそこそこに先生方が出て行くと、大広間はすぐに喧騒に包まれた。グリフィンドール生が事情を知らない他の寮の生徒に事件の話を始めたのだ。
パーシーのおしゃべりを咎める大声を背に、私とハリー、ロン、ハーマイオニーは寝袋をつかんで隅のほうに引きずっていった。
周囲の生徒は消灯までどのようにシリウス・ブラックが侵入したかについて考察をしていたが、しばらくすると一人、また一人と寝静まっていった。
私たちはというと、朝の三時になっても四人全員が目を開けたままだった。しばらくすると、ちょうど近くに立っていたパーシーのほうにダンブルドア先生の足音が近づいてきたので慌てて狸寝入りをし、二人が“太った婦人”が三階で見つかったこと、門番には臨時で別の者をつけたことを話すのに耳をそばだてていた。
続いてスネイプ先生の足音が聞こえたので、私はより一層注意をダンブルドア先生たちに向けた。スネイプ先生は一通り全ての部屋を捜索し終えたことを報告し終えてから、内部に侵入を手引きした者がいるのではないかと口にした。そう、スネイプ先生はルーピン先生を疑っているのだ。
「この城の内部の者がブラックを手引きしたとは、わしは考えておらん」
しかし、ダンブルドア先生はその意見を真っ向から否定した。これ以上相手に二の句を継がせない、そんな調子だった。
「わしは吸魂鬼たちに会いにいかねばならん。捜索が終わったら知らせると言ってあるのでな」
「先生、吸魂鬼は手伝おうとは言わなかったのですか?」
「おお、言ったとも」
パーシーの問いにダンブルドア先生の雰囲気が冷ややかになったのが、目を閉じている私にもわかった。
「わしが校長職にあるかぎり、吸魂鬼にはこの城の敷居は跨がせん」
先生たちの足音が遠のいてから目を開けると三人もお互いを見ていた。「いったい何のことだろう」とつぶやいたロンから、私はそっと目をそらした。
それから数日、学校はシリウス・ブラックの話で持ちきりだった。噂には尾ひれがついて回るもので、みんな突拍子もないことを興奮しながら友達に話していた。
“太った婦人”の代わりに壁に掛けられたのは灰色のポニーに跨った“カドガン卿”で、誰かまわず決闘を挑み、そうでないときはいかに複雑な合言葉を考えるかに時間を使っていた。一日に少なくとも二回は合言葉が変わったので、ネビルのメモは分厚くなる一方だった。ハリーへの先生方やパーシーの監視の目は強まる一方で、天候も日に日に悪くなっていき、もうすぐ楽しみにしているクィディッチの試合だというのにも関わらず、ハリーは目に見えて疲弊していた。シリウス・ブラックの無実を知る私は、ハリーがまだ彼自身とシリウス・ブラックとの関係を知らないので、その様子にやきもきするしかなかった。
土曜日の試合が目前に迫った最後の練習日、グラウンドから帰ってきたハリーは怒り心頭だった。
「マルフォイのやつ!」
談話室には私しか残っていなかったので、ハリーの声はいつもより大きく響いた。ハリーは暖炉の前でスネイプ先生からの追加課題をやっていた私に気がつくと、ドシドシ音を立てながら歩いて、隣にがっくりと座りこんだ。
「どうしたの?」
「相手がスリザリンからハッフルパフに変わったんだ」
ハリーはイライラと癖のついた髪の毛をかき混ぜた。
「ハッフルパフのセドリック・ディゴリーが──シーカーでキャプテンなんだけど──強いチームを編成したんだって。スリザリンとは全然違うスタイルだって、オリバーがカンカンだった」
「それで、スリザリンはどうして・・・・・・」
よくぞ聞いてくれたとばかりにハリーは大きくうなずいた。
「あいつ、腕が治ってないって言ったらしいんだ!」
「えっ」
「あいつなんかよりサチの方がずっと大変だったのに!!」
「・・・・・・そっち?」
そうやらハリーは相手が変わったことより、ドラコ・マルフォイが怪我のことで噓をつくのが耐えられないらしかった。だんだんハリーの愚痴はクィディッチからドラコ・マルフォイのことに変わった。私はハリーの優しさが嬉しくて、思わず泥んこのついている手を握った。
「ありがとう、ハリー」
ハリーはぴたりと話すのをやめて、魔法薬学の課題を見て、思いっきりため息をついた。
「・・・・・・スネイプって幸せ者だよね」