アズカバンの囚人編
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ダンブルドア先生に校長室に連れてきてもらって、意外にもまだ十分と経っていなかった。これから新入生の歓迎会もあるらしく、私たちは少し急ぎ気味でホット・チョコレートを飲み干し、今後のことを決めなければならなかった。
まず、先生が確認したところ、私の両親はやはり亡くなっており、加えて祖母もずいぶん前に亡くなったことになっていた。私を知る人はこの世界に誰もいないようだった。これにはさすがに泣いたけれど、ダンブルドア先生が保護者になると名乗り出たので驚きでひっこんだ。天涯孤独となって、全財産はスネイプ先生からの優付きのレポート、改善点だらけの生ける屍の水薬、カード、そして魔法薬学の授業道具一式に杖、あとは冬用の制服である。思ったよりあった。先生は自分のおニューのパジャマを夏用制服に、これまたおニューのローブをパーカーやらなんやらに変えてくれた。変身術は得意なので、お礼に何冊も持っているという本を立派な三角帽に変えると、先生は大喜びで今まで被っていた帽子からとっかえていた。私はと言えば嬉しさと恥ずかしさと懐かしさが入り混じって、きっと変な顔になっていたと思う。教科書なんかは先生の蔵書から貸してもらうことになった。
「ところでサチよ。選択科目は何を選んだんじゃ?」
「占い学とルーン文字学、それから魔法生物飼育学です」
「なんと!最後の科目だけは担当の先生から教科書を借りないといかんな」
「先生って誰なんですか?」
先生はパチリとウインクをして答えた。
「歓迎会でのお楽しみじゃよ」
最後に、生徒には訳あって入学の遅れた編入生ということにして、新一年生の組み分けの後紹介しようということに決まった。日本人の父の血を引いているので外見は生粋のイギリス人に見えないし、日本ではすべての魔法使いが日本の魔法学校である魔法処に行くわけでもないそうだから、ちょっと濁しておいた方が都合がいいのだとか。また、寮は引き続きグリフィンドールでいいと言われた。私としてはもう一度組み分けのドキドキを体験したかったのだが、校長室の組み分け帽子に結果は変わらないとすげなく断られてしまった。
色々と準備を始めてまた十分ほど経って、「それでは準備はよろしいかな」とダンブルドア先生が言った時には、夏用制服に身を包み、お古のトランク──ぴかぴかで、先生が数年前に買って使っていないほぼ新品──に借りた教科書やもらった服やらを詰め、おおかた全てが片付いていた。さすがにホグズミードの許可証は一日で用意できないと謝られたが、勝手に過去を遡ったのは私なので慌てて首を振った。らせん階段を下りながらも忘れものがないか振り返って確認する私を、ダンブルドア先生は「いつでも来ていいんじゃから」とたしなめた。これにすっかり閉口してしまっていると、ガーゴイル像が動いた先、廊下のど真ん中に苛立たし気に腕を組んだスネイプ先生が立っていた。
思わずこぼれそうになった涙を隠そうとダンブルドア先生の後ろに隠れたのは悪手だったかもしれない。不愉快そうに口元を歪めたスネイプ先生は視線をダンブルドア先生に向けた。
「おはようセブルス。時間も時間じゃ、歩きながら話そうか」
快活にダンブルドア先生はそう言って、右に私、左をスネイプ先生に挟まれて、大広間までの廊下を歩きだした。スネイプ先生には相変わらず挨拶をしようなんて思ってもないようで、喉の奥で唸ってから私に向かって顎をしゃくった。
「その生徒は何者ですか」
「色々あって今年から編入するグリフィンドール生じゃ。両親も親戚もおらんのでわしが面倒をみていてのう・・・・・・ほれ、この方は魔法薬学教授のスネイプ先生じゃよ」
私はおずおずとダンブルドア先生の影から顔を出した。今日は朝から大号泣していたし、マシになったとはいえまだ目も充血していたのだろう。さきほどのできごとを思い返してか、スネイプ先生の額には青筋が浮いていた。
「あの、サチ・シラユキです。ま、魔法薬学は大好きなので、頑張ります」
「さきほどの。“生きてらした”とは一体どういう意味かね」
スネイプ先生はシラユキ、という名字に少しだけ眉を動かした。ハリーは両親がスネイプ先生と同級生だったと言っていたし、ルーピン先生やシリウス・ブラックと親交の深かったらしい父のことを先生が知っていてもおかしくはない。未来でも初めて出欠を取る時、未来のスネイプ先生──長いので、"あのひと”と呼ぶ──のよどみなかった声が一瞬途切れていた。けれどあのひとと同じようにスネイプ先生もそれ以上追求せず、一番聞きたいことを聞くことにしたらしい。こんなにも自分の軽率な発言を後悔したことはない。こんなに怪しまれていては、これから先生と打ち解けるのに多大な苦労が必要そうだった。
「ごめんなさい、その・・・・・・亡くなった知人に、私に魔法を教えてくれたひとに似てたので」
苦し紛れの言い訳だったが、どうやら納得はしたらしい。鼻を鳴らすと私から目を外してしまった。それを残念に思っている欲張りな自分に内心びっくりしていると、気づけば大広間にたどり着いていた。スネイプ先生はさっさと入ってしまったようですでにその姿はなく、ダンブルドア先生が私を穏やかに見つめていた。
「そろそろ組み分けを始めるから、わしは行かねばならない。編入生として紹介する時に扉を開けるから、それまで近くで待っててもらえるかな?」
「はい」
コックリうなずくと、ダンブルドア先生は私が変身術を使って渡した三角帽を誇らしげに被り直して、大広間に入っていった。
言いつけを守って大広間の外のおしゃべりな椅子に座っていると、時折ゴーストたちが顔だけ壁から突き出して、見たことのない生徒がいるとささやき合っていた。グリフィンドールカラーのネクタイをしているので、ニコラス卿──“ほとんど首無しニック”──は大層嬉しそうに「編入生だね!グリフィンドールへようこそ」と自己紹介までしてくれた。大広間の扉側にはスリザリンの席があり、血みどろ男爵がうろついているからだろうか、ピーブズと顔を合わせなかったのは幸いだった。フレッドとジョージが退学するまでは、それはそれは悪夢のようなやつだった、と入学したばかりの私にハリーとロンが身震いしながら教えてくれたのだ。
新入生の組み分けでファミリーネームがYの行に差し掛かった時だった。残すところあと数人と言うところで、廊下からくしゃくしゃの黒髪に緑の瞳の少年、そしてふわふわの癖毛にずいぶんときっちり制服を着ている少女がやっていきた。ハリーとハーマイオニーだ。そういえば今は同じ学年なのだった。二人は新入生でも見知った同級生でもない私を見てずいぶん目を丸くしていた。ニッコリ笑って手を振ると、二人とも慌てて会釈をしながら、それでも大広間の様子が気になるのか、ちょうど組み分けの完了したその中に小走りで入って行った。友達だったはずの彼らに初対面の反応を返されるのは少し寂しくて、今になって大勢の生徒の前で紹介されることに気が滅入ってしまった。口からは思わずため息が出る。
「・・・・・・もう一回、仲良くなれるかな」
「おめでとう!」
気持ちが落ち込んでしまったこの瞬間、大広間ではとうとう校長先生の話が始まってしまった。
「新学期おめでとう!皆にいくつかお知らせがある。一つはとても深刻な問題じゃから、皆がご馳走でぼーっとなる前に片づけてしまう方がよかろうの・・・・・・」
ダンブルドア先生が始めたのは、アズカバンの看守である吸魂鬼についての説明だった。私はこの生物のことを入学してからいやと言うほど聞かされてきたし──なにせ、ヴォルデモートの味方についたのだ──、彼らへの対抗呪文として守護霊の呪文を習得した。親の顔より見たと言って過言ではない。
「楽しい話に移ろうかの」
さっきまでと比べて、格段に明るい声が廊下まで響き渡った。姿も見えないのに、ダンブルドア先生の視線が壁を貫いて私を見ているような気がした。
「新任の先生の紹介──の前に、今年度から三年生に編入する生徒を紹介しよう」
途端に三年生と思われる生徒たちから歓声が上がり、大広間は吸魂鬼の話なんてまるでささいな問題だったとでも言うかのように騒がしくなった。
ついさっきハリーとハーマイオニーが通ってから閉じられていた大きな扉が、細かい石をパラパラと舞わせながらゆっくりと大広間の様子をさらしていく。深紅に金のネクタイが隙間から見えた瞬間、グリフィンドールからもっと大きな声が上がったので、思わず肩がはねた。一番近くのテーブルに座っているスリザリン生にはその様子が見えたようで、数人の生徒は指をさして笑っている。やっぱり恥ずかしいことになった。きっと私の耳はまた赤くなってしまっているだろうと、ニヤニヤこっちを見ているスリザリンの生徒から判断できた。その中には、まだ私と同い年で、死喰い人になるなんて考えられないほど少年らしい瞳のドラコ・マルフォイも座っていた。
なるべく生徒の顔を見ないようにして、ダンブルドア先生が手招きをしている職員席中央まで歩く。ちらりと顔を上げると、この瞬間まで編入生のことなど知らなかったらしいマクゴナガル先生が、ずり落ちた眼鏡をかけ直しながら生徒と一緒に拍手を送ってくれていた。そういえば、マクゴナガル先生にハンカチを返さずに過去に来てしまった。闇の魔術に対する防衛術の教師席にはルーピン先生が座っており、魔法生物飼育学の席はなんと、ハグリッドだった。二人とも私から父の面影を感じたのか、パチパチと瞬きを繰り返している。これ以上見ているとまた泣いてしまいそうだったので、私は慌てて生徒の方に向き直った。後ろからダンブルドア先生の明朗な声が聞こえる。
「サチ・シラユキ。グリフィンドール!」
一際大きく響いた大歓声に、私の顔はきっとイチゴより真っ赤だった。「座ってよろしい」とダンブルドア先生にうながされるやいなや跳び上がって、グリフィンドールのテーブルの後方、ハリーとハーマイオニーの横に逃げるように腰かける。ちょうどルーピン先生が紹介されたところだったので、いっとう大きな拍手を送った。スネイプ先生に視線をずらしたが、ルーピン先生を見るその形相と言ったらとても言葉では表せない。話には聞いていたけれど、ハリーはこれよりもっとひどく睨まれるのだとか。もしかしてハリーと同じ学年でグリフィンドールであることって、スネイプ先生に対してかなり不利かもしれない。先生方を見つめて百面相をしている私が気になるのだろう、ハリー達はちらちらと様子をうかがっていた。
続いてハグリッドが魔法生物飼育学の先生であることが発表された。私は入学して以来ぼろぼろな姿のハグリッドしか見ていなくて、それでも私に優しく森のことを教えてくれたり仲良くしていたので、こうやって彼の嬉しそうな笑顔を見れるのは本当に幸せで誇らしかった。すると横で、ロンがテーブルを叩きながら「そうだったのか」と叫んだ。
「噛みつく本を指定するなんて、ハグリッド以外にいないよな?」
私はハリーたちと一緒に最後まで拍手を続けた。ダンブルドア先生の言っていたのはその教科書のことか。噛みつく本なんて!──私はすでに、明日からのクラスが待ちきれなかった。早く時間割を確認したい。ハグリッドの小屋にも挨拶をしたいし、スネイプ先生やルーピン先生に早速質問をしに行きたい。
これからの学校生活を想像していると、肩を誰かに小さくつつかれた。私は角っこに座っていたから、椅子がずらりと続いている方に顔を向ける。
「サチ、で発音は合ってるかしら?私ハーマイオニー・グレンジャー」
「僕はロンだ。ホントはロナルドっていうんだけど、ロンってみんな呼ぶ」
「はじめまして。僕、ハリー・ポッター。よろしくね」
肩を小突いてくれたのは、どうやらハーマイオニーだったらしい。それぞれと握手を交わすと、すぐに好奇心で肩をうずうずさせていた三人に矢継ぎ早に質問をされた。「出身はどこ?」「どうして三年からなの?」「得意科目は?」「選択科目は一緒?」答えられないことは濁しつつできるだけ答えると、特に闇の魔術に対する防衛術と魔法薬学、変身術が得意だと聞いて三人とも目を輝かせ、さらに選択科目は三つと言ったところであっという間にハーマイオニーにちぎれそうなほど握手した腕を振り回されることになった。
あまりの勢いに目を回してしまったが、ハリーたちもハリーたちで、ハーマイオニーが話し始めた勉強のことに簡単に返事をしている私にびっくりしていた。
「サチはパパとママに魔法を教わったのかい?」
「ううん。お母さんはマグルでお父さんは魔法使いだったけど、二人とも私が生まれる前後に立て続けに死んじゃったから、三年前までは魔法の“ま”の字だって知らなかったよ」
こともなげに言った私に三人とも身をすくませた。するとロンはアッと声を上げて私のファミリーネームを繰り返した。
「シラユキって、パパが言ってたの聞いたことあるよ。後輩で、すっごく強い闇祓いだったって」
「うん。ハリーのご両親とも仲が良かったんだって」
ハリーはちょっと難しそうな顔をしていた。けれどデザートがテーブルに出現するころにはすっかり最初の調子に戻って、ハーマイオニー越しに私の顔を見ようと身を乗り出した。
「それじゃ、ホグワーツに来るまでの二年はどうやって魔法を覚えたの?」
「教えてくれたひとがいたの。とっても大切なひとだった」
遠くの職員席に座っているスネイプ先生と目が合ったような気がして微笑むと、本当に見ていたようで、すぐに目をそらされてしまった。やっぱり、不思議なひと。
すばらしかった新学期のご馳走が終わり、かぼちゃタルトが金の皿から溶けるころには、私はすっかりハリーたちや周囲のグリフィンドール生と打ち解けていた。特にハーマイオニーは今すぐ明日からの授業について話したいと風に目を輝かせていた。私はハーマイオニーと同室でありますようにと強く願った。
ダンブルドア先生がようやく皆寝る時間だと宣言すると、ハリーたちは私の手を取ってハグリッドに紹介しに連れて行ってくれた。今のハリーたちにとっては去年、私にとっては何年も前、過去に無実の罪で退校処分を受けていたハグリッドの名誉を回復させたんだ、とご馳走中にロンがたくさん教えてくれた。秘密の部屋の騒ぎは細かいことを知らなかったから、なんだか私までみんなと冒険できたようでとっても楽しかった。
「おめでとう、ハグリッド!」
「みんな、あんたたち三人のおかげだ」
ハーマイオニーが心からの惜しみない賞賛を口にすると、ハグリッドは──髭に隠れて見えづらかったけど、おそらくほほを染めた。
「それで、ハグリッド」
口火を切ったのはハリーだった。
「編入生のサチだよ!僕たち今さっき友達になったんだ」
「なんかサチって、初めて会った気がしないんだよなぁ」
ロンの言葉に、ハリーとハーマイオニーは何度もうなずいた。確かに未来で仲良くしてくれていたけど、それを感じることってあるんだろうか。
「俺もだ」
「そ、そう。なんだか嬉しい」
ハグリッドまで三人に同意して、私の肩が外れるんじゃないかと思うくらい握手した腕を振り回した。
「おめえの父親は俺の友人だったからな。ホグワーツにいたときはよく森番の仕事を手伝ってくれたもんだ。妙なとこで照れるのも、サチ、おめえによーく似とった」
そこは似たくなかった。でも、祖母が知らなくて、自分も知らない父のことをパズルのピースを探すみたいに集めるのが、私は好きだった。改めて次の授業で、と挨拶がひと段落つくまで待ってくれていたらしい、とうとうマクゴナガル先生がそろそろ戻りなさいと合図した。
四人は連れ立ってグリフィンドール塔にたどり着き──私があまりにも道に迷うそぶりを見せないから、事前に校内の仕組みを暗記してきた、と誤魔化さざるを得なかった──、監督生で首席だというロンの三番目のお兄さん、パーシーが合言葉を叫ぶのを待つ。
「新しい合言葉は“フォルチュナ・マジョール!たなぼた!”」
思ったよりも長いらしい今回の合言葉に、「あーあ」とひと際大きな落胆の声が聞こえた。声変わりの終わっていない聞きなれない声だったので、それが七年生のときに学校を守って戦っていたネビルだと気づくのに時間がかかった。
「ネビルったらいつだって合言葉を紙に書き溜めておかないとだめなのよ」というハーマイオニーに続いて女子寮に入ると、すぐに振り返った彼女に抱きしめられた。お、女の子ってこんなにくっついたりするものなのだろうか。私はどうもピリピリしていたホグワーツで最初の二年を過ごしたからか、なんだかくすぐったいような気持ちが大広間からずっと続いていた。ラベンダー・ブラウンやパーバティ・パチルもハーマイオニーの周囲で跳び上がり、私はあっという間にこの三人の部屋まで引っぱられた。
「やったわサチ!私たち同室よ!そうだったらいいなって、あなたを大広間の外で見たときからずっと思ってたの!」
「ハーマイオニー・・・・・・うん、私も嬉しい!」
もしかして一夜を雑談で明かすなんていう祖母から聞いた“修学旅行の夜”なるものの経験ができるんじゃないだろうか。小さな期待に反して、勉強熱心らしいこの三人組は早々とベッドに入ってしまった。なんだか私ばっかりワクワクしているようでちょっとだけ悔しかった。
翌朝、談話室でハーマイオニーと私のことまで待っていてくれたらしいハリーとロンと、四人で朝食をとりに大広間に行った。私は有頂天でハーマイオニーとスキップなんかしていた。だって今日は時間割が配られるのだ。きっとハーマイオニーとは全く違った理由だろう。私は今年度のクリスマス休暇までに、スネイプ先生とはカードを送れば返してくれる程度の関係性を築きたい。そのためにはスケジュール管理が何よりも大事なのだ。
大きな扉をくぐって早々、スリザリンの席からどっと笑い声が上がった。ドラコ・マルフォイが気絶する真似をしている。それの何がおもしろいんだろうか。なにがなんだか、と言った顔つきでスリザリンとハリーと視線を行ったり来たりさせている私に、ロンが説明しようと高い身長を窮屈そうにかがめてくれる。
「昨日の列車でさ・・・・・・」
「あーら、ポッター!」
ロンの小声を遮って甲高い声で呼びかけられた。例えるならパグ犬のような、絶妙に愛嬌のある顔をしたスリザリンの女の子だった。ローブの裾をビラビラと振り回しながら顔を思いっきり中央に寄せている。
「吸魂鬼が来るわよ。ほら、ポッター!ううううううぅぅぅぅぅ!」
「あの子は誰?」
「パンジー・パーキンソンよ・・・・・・サチ、あっちがあなたに気づく前に、ほら急いで!」
私は馬鹿みたいに口を開けて立ち止まってしまった。ハーマイオニーに急かされてようやくグリフィンドールの席に座って、正面でがっくりと額を押さえているハリーを見た。ロンが説明しようとしたことがわかったので、私は思わず大きなため息をついてしまった。
「気絶なんて」
ハリー達は一斉に私に注目した。
「私は守護霊の呪文の練習でボガードに気絶させられたくらい、吸魂鬼って危険な生物なんだよ」
「守護霊の魔法!?」
二年生のときの厳しかった呪文の指導を思い出していると、ハーマイオニーが思いっきりテーブルを叩いて立ち上がったので、私たちどころか職員席の先生まで肩を跳び上がらせていた。ネビルなんてトーストをローブの上にひっくり返してしまった。
ハーマイオニーは信じられないと言わんばかりに目をキラキラさせていた。ハーマイオニーは目を丸くしている私を見て、慌てて座り直すと顔をぐいっと近づける。もう30センチと離れていなかったように思えた。女の子って、こんなに近づいてお話するものなの?ハリーとロンに向けた視線はあっさり無視された。友達なのに!
「サチ、それ本当!?私もしかしたら、今学期の授業は全部あなたと一緒でないと気が済まないかもしれないわ!!」
「全部!?」
「どうやったらそんな高度な呪文を三年生で覚えられるの?普段はどうやって勉強してるの?」
「ハ、ハーマイオニー、近い・・・・・・」
ハーマイオニーは顔を近づけすぎているせいで、私の顔がどんなに赤くなっているか全くわかっていないようだった。ハリー、ロンは両手で顔を覆って指の隙間からこっちをのぞき見している。ハーマイオニーはジョージが時間割を渡しに来てようやく私から離れたけれど、一挙手一投足を観察されて朝ごはんを食べるどころではなかった。その視線を無理やり断ち切って、ハリーの隣に腰かけたフレッドとジョージを見やった。どうやらハリーと話し途中だったようだが、私が見ていることに気が付くと慇懃に手を差し出して挨拶をしてくれた。
「これはこれは編入生殿!」
「昨夜はよくお休みになれたかな?」
「うん。ありがとう、えーと、フレッド、ジョージ」
フレッドとジョージは、おおっと興味深そうに背筋を伸ばした。
「初めてで俺たちをどっちか見破るとは」
「なかなか手強そうな後輩だ」
彼らからすれば未来、自分からすれば過去に隠れ穴でお世話になっていたから、などとは口が裂けても言えないので、なんとか笑ってごまかした。そうでもしないと双子が一人になってしまったあの大広間のことを思い出してしまいそうだった。
そしてハーマイオニーが時間割に熱中し始めたのを見計らって、私も自分の時間割を横目にトーストやらフルーツやらを急いで口につっこんでいく。ハーマイオニーは驚いたことに本当に全部の科目を受けるらしく、同じ時間に二つや三つの授業が重なっていた。そういえば私も、三科目取ると言ったら逆転時計の使用をすすめられたっけ。けれどなくても工面できそうだったので、昨日ダンブルドア先生に聞かれたときにお断りしている。
私の身に起こったことは、逆転時計なんかよりずっと難解なものだった。
最初の授業は占い学で、幸運にもハリーたち全員が取っているらしい。正直に言うと、私は三年生の一月までは決戦後のホグワーツで勉強していて──それもトレローニー先生の占い学を取っていたので、まあ心配はないだろうと思っていた。しかし予想を裏切って、トレローニー先生はちょっと人が違っていた。死喰い人に対してあんなアグレッシブに水晶玉を投げつけて、マクゴナガル先生と同じくらい闘志を目に宿らせていた先生が、クラスでは生徒の不幸ばかりを予言していたのだ。
「おお──かわいそうな子──いいえ──言わないほうがよろしいわ──ええ──お聞きにならないでちょうだい・・・・・・」
煙に巻くような言い方は相変わらずだったけれど、ここまで浮世離れした雰囲気はなかったように思う。未来でハーマイオニーから聞いたことがあったので予想してはいたが、やっぱり不確実な物事が好きではないようだった。さっそく(ハリーとロンいわくとても珍しく)トレローニー先生の物言いを非難していた。トレローニー先生はお茶の葉が死神犬を表している、とハリーの死を予言して──結果的に言えば間違ってはいなかったわけだが──、教室を梯子を伝って出たときには、みんなすっかり何も話さなくなってしまった。
変身術の授業のためにマクゴナガル先生の教室に向かう途中、ハーマイオニーは占い学の授業中に何も言わなかった私をじろりと見た。
「あなたまさかトレローニー先生のおっしゃったこと信じているんじゃないでしょうね」
ハリーとロンが思いっきり耳をそばだてたのがわかった。私は眉を下げるしかない。
「いいことは信じて悪いことは信じないタイプだから・・・・・・」
「星座占いとか一位のときだけ見るタイプ?僕も一緒だよ」
ハリーは力なくつぶやいた。普通のテレビが言うのとああいう占い学に秀でた教師に言われるのでは違うとでも言いたげな背中だった。
変身術の授業が始まってもグリフィンドールのみんなは一番後ろの席に並んでいる私たち、つまり死の予言をされたハリーを盗み見るばかりで、マクゴナガル先生が動物もどきに変身した時に拍手をしたのは私だけだった。そういえば、シリウス・ブラックは動物もどきで、死神犬のような黒い犬に変身ができたんだっけ。隠れ穴で、ハリーが楽しそうに、けれど寂しそうに教えてくれたのだった。
「まったく、今日のみんなはどうしたんですか?」
マクゴナガル先生は元の姿に戻ると、私にちょっと微笑んですぐ厳格な口元を一文字に引き結んだ。
「別にかまいませんが、私の変身にたったひとりだけが拍手するなんてことはこれが初めてです」
誰も口を開かず、今度はハリーを思いっきり注視し始めたとき、ハーマイオニーが手を挙げた。そしてハリーが占い学の授業でハリーが死ぬことになったと伝えると、なんとマクゴナガル先生は、トレローニー先生が毎年一人の生徒の死を予言し、誰一人死んでいないと話したのだ。
そんな。私の初授業時には誰も死を予言なんてされなかったのに。
これはダンブルドア先生に話したいから頭の中のメモ帳に残しておこう。
マクゴナガル先生の話が終わるころには、ハリーはいくぶん元気を取り戻していた。ようやく昼食の時間になって変身術の教室から大広間に移動する際中、ロンは深刻な表情でハリーに大きな黒い犬を見なかったかと聞き、ハリーが見たと答えると、ついに顔を真っ青にしてフォークを取り落としてしまった。
「たぶん野良犬よ」
と言ってのけたハーマイオニーを、ロンは気でも触れたのか、と言いたげな目つきで凝視していた。
「ハリーが死神犬を見たなら、それは──それはよくないよ。僕の──僕のビリウスおじさんがあれを見たんだ。そしたら──そしたら24時間後に死んじゃった!」
「偶然よ!」
ハーマイオニーに倣ってかぼちゃジュースをグラスに注ぎながら、私は心の中で同意した。まだ一日ちょっとしか経っていないけど、この二人が争っているときは口を出すタイミングを見極めた方がいい。そういう共通認識が、ハリーからすっかり共有されていた。
「つまり、死神犬を見ると怖くて死んじゃうのよ。死神犬は不吉な予兆じゃなくて、死の原因だわ!」
言葉を失ったロンに対して、ハーマイオニーはどこまでも理路整然としていた。
「占い学って、とってもいい加減だと思うわ。言わせていただくなら、当てずっぽうが多すぎる」
「あのカップの中の死神犬は全然いい加減なんかじゃなかった!」
「ハリーに“羊だ”なんて言ったときは、そんなに自信がおありになるようには見えませんでしたけどね」
そろそろ冗談じゃ済まされなくなりそうだった。ロンの顔はすっかり真っ赤になっていて、私はロンの口にサンドイッチを、ハーマイオニーの口にはアップルパイを詰めこんだ。二人どころかハリーまでが不意を突かれたように私を見ていた。
「二人とも。ちょっと言いすぎだよ。占い学は熱中しすぎも馬鹿にしすぎもよくない。なんだって自分とのちょうどいい距離を探るんでいいんだってば」
二人が険悪になっている姿は見慣れていないので、耐え切れずに言ってしまった。いやな気持にさせちゃったかなと思ったけれど、ハーマイオニーはアップルパイを律儀に食べ終わってから、眺めていた数占いの教科書をカバンにしまった。
「た、たしかにそうね・・・・・・さすがに言いすぎだったわ」
「ア、うん。僕もついカッカしちゃった」
ハリーは信じられないものを見るような、今朝ハーマイオニーが守護霊の呪文に飛びついたときのような顔をしていた。まさか、二人がうながされて謝れるなんて!と口パクで伝えられて思わず笑ってしまったことは、私とハリーの秘密にしておこう。
昼食開けはハグリッドの魔法生物飼育学で、スリザリンとの合同授業のようだった。スリザリンといえば、今日は朝からまだスネイプ先生の姿を見ていない。入学したときからそうだったけれど、やはり研究室で徹夜をするのがお好きなのだろうか。朝は低血圧がひどいとかはありそうだ、あんなに顔色が悪いんだし、どうにか健康的な生活を送ってもらえるよう仕組めないかな。
ふと、なんだか荷物が軽いような気がしてハリー達を見回す。
「あっ」
「どうしたの?」
「ハリー、私、教科書をハグリッドから借りるようダンブルドア先生から言われていたのを今思い出したの」
朝のうちに言い忘れるなんて浮かれている証拠だった。思わず頭をぴしゃりと叩く。三人に先に行ってるね、と言い残して前方を歩いていたドラコ・マルフォイと大柄な取り巻き二人を追いこして、いちはやくハグリッドの小屋まで駆けた。ハグリッドは足元にボアハウンド犬のファングを従え厚手木綿のオーバーを着込み、生徒を今か今かと待ち構えていた。
「ハグリッド!」
「よう、サチか!一番乗りご苦労、グリフィンドール五点!」
雷が落ちたような笑い声だった。地面の揺れに足を取られて、私は数秒間加点されていたことに反応できなかった。
「ありがとう、ハグリッド」
「うんにゃ!それで、そんな走ってきてどうしたんだ?」
私は編入があまりにも急だったので、ダンブルドア先生が噛まれる本を用意できなかったことを手早く伝えた。ハグリッドは合点がいったとうなずいて、小屋に頭をひっこめると、予備で持っているという“怪物的な怪物の本”を貸してくれた。
「こいつを無理やり扱おうとすると暴れちまうからな、開くときは表紙をこうやって撫ぜりゃーええ」
「わあ、おもしろい。きっとみんなも困ってると思うから、教えてくるね」
ハグリッドは生徒が教科書の開き方を知らないらしいことにショックを受けていた。私はまず近くまで来ていたシェーマスにグリフィンドールのみんなへの伝言を頼み、ちょっと迷ったけれど、ドラコ・マルフォイにも伝えることにした。
「あの、ミスター・マルフォイ」
「な、なんだ。編入生が僕に何の用だ」
私は彼のことがそんなに好きではない。
「この教科書のことで。表紙を撫でると簡単に開けるよって、スリザリンのみんなに伝えておいて」
「この僕が?そんな召使いのやるようなことをやるとでも?」
彼のことが羨ましいのだ。あのひとの一番のお気に入りだった、と入学時から聞いていた。私だってあのひとの自慢の生徒になりたかった。だからいざこうしてドラコ・マルフォイの前に立つと、何かいらないことを口走ってしまいそうだった。
もうドラコ・マルフォイのことは放っておいて、ハリーたちの座っているところまで小走りで戻る。ドラコ・マルフォイと話していたところは見ていなかったらしく、三人は早く早くと私のローブをひっぱった。ハグリッドは教科書を全員開ける状態になったことを確認すると、魔法生物を連れてくると言って森に姿を消した。
しばらくして放牧場の向こう側から走ってきたのは、胴、後脚、尻尾は馬で、前脚と羽、頭部が巨大な鳥のような羽の美しい生き物だった──と、私は思ったが、少なくとも多くの生徒は奇妙な動物だと思ったらしい。
「ヒッポグリフだ!美しかろう、え?」
十数頭のヒッポグリフの鎖をまとめて柵につないだハグリッドは、嬉しそうに大声を出した。思わずうなずいて、私は隣で同じくハグリッドの言葉に反応したハリーと顔を見合わせた。たしかこの生き物が、未来のハリー達が三年生の時、つまり今年、シリウス・ブラックを救う鍵となったと聞いた。どうやったのかなんて、今の私にはまるで見当もつかない。ハグリッドは両手をもみながら生徒を見回している。ほとんどの生徒が近づこうとしない中、私たち四人はそっと柵に向かって一歩踏み出した。
ハグリッドは、ヒッポグリフは気高い生き物で絶対に侮辱してはならない、まずはお辞儀をして彼らが辞儀を返すまでは動いてはいけない、と説明した。しかしドラコ・マルフォイとその大柄な取り巻きは聞いてもいない。話を聞かないのは勝手だが、それで怪我をしてハグリッドの授業を台無しにするようなことがあればと考えると、私はどうにもドラコ・マルフォイたちから目をそらせなかった。
一番乗りはハリーが手を挙げた。バックビークという名前のヒッポグリフに見事乗ることができ、無事に戻って来た時にはさっき話しをまるで聞いていなかったスリザリンの三人以外が歓声で迎えた。そして、いやな予感は的中してしまう。ロンとハーマイオニーと一緒に栗毛のヒッポグリフと触れ合っていると、ドラコ・マルフォイはこれよ見がしにハリーの後にバックビークに向かい、お辞儀を返されたマルフォイがその嘴を撫でつけていた。
「簡単じゃぁないか」
「ミスター・マルフォイ。気を付けて」
すがるような声だったと思う。そんな私とミスターなんてつけてることに驚愕の表情を浮かべているロンを無視し、ドラコ・マルフォイは尊大に片頬を上げて見せた。私はたしかにバックビークの目に剣呑な光が宿ったのを見た。
「ポッターにできるんだ、簡単に違いないと思ったよ。・・・・・・おまえ、全然危険なんかじゃないなぁ?そうだろう?醜いデカブツの野獣君」
私はドラコ・マルフォイが言い切るより早く、杖を抜きながら一人と一匹の間に体を滑り込ませた。とっさの防御呪文よりも鋼色の鉤爪の方がやや速かった。
「サチ!!!」
グリフィンドール生全員が悲鳴を上げた。横でドラコ・マルフォイが「死んじゃう!」だの「あいつ、僕を殺した!」だの叫んでいたが、本当に痛いときに人は声を出すことすら敵わないことを、私は初めて知った。
未来でカロー兄妹に一度鞭打たれたときだって、声を出せないほどじゃなかった。あの死喰い人兄妹は生徒の悲鳴が大好物だったのだ。杖腕は何とか無事だったが、反対の手は熱くて、冷たくて、熱かった。
「誰か、手伝ってくれ。──この子たちをこっから連れ出さにゃー」
ハグリッドに抱え上げられて、私はハリーと目が合った。その顔はドラコ・マルフォイとの傷を見比べてみるみる蒼白なっていて、なるほど、やっぱり前に出たのはよくなかったらしい。ドラコ・マルフォイも口ではなんとか言いながら、私の腕の傷を見てもともと青白い顔を真っ白にしていた。こんな調子で私はスネイプ先生を救うことなんてできるんだろうか。じんわりと景色が霞んだ。
次に目が覚めたときはまだ目が潤んでいるせいで、ここが医務室であること以外はわからなかった。人の影が傷の具合を診ているようだったので、きっとマダム・ポンフリーだろうと思って声をかけた。
「・・・・・・あの。マダム・ポンフリー」
手当てで忙しいのか、影は全く答えない。マダム・ポンフリーはおしゃべりな患者をいかに黙らせるかに躍起になっているので、きっと黙っていれば口を閉じると考えたのかもしれない。
「あの。ハグリッドに伝えてくれますか」
「・・・・・・」
私は無言の意思表示を無視した。
「あなたの授業、最高だったって」
影は黙ったままだった。もしかして、マダム・ポンフリーじゃなかったりして。怪我のない利き腕を使って体を起こそうとすると、苛立たし気に頭を枕に戻された。
そのとき額に触れた手はどこまでも優しくて、驚くほどに冷たくて。入学して初めての授業日にも階段から落ちて、こんな風に触れられたことを、私は覚えている。二年目にカロー兄妹から救われたときのことも鮮明に覚えている。
間違えるはずなどなかった。
その瞳を見たいのに、濁流のように涙があふれて止まらなかった。突然無言で涙をこぼし始めた私に驚いたのか、影は手をひっこめようとした。
「いかないで」
今だってきっと、ダンブルドア先生から傷の治療を頼まれたか、ドラコ・マルフォイのついでに様子を見に来ただけか、はたまたマダム・ポンフリーと勘違いしているようだからなのかもしれない。それでよかった。そこにいてくれるだけで、なんだってよかった。
「いかないで・・・・・・」
ゆっくりと額にひんやりとした手が戻ってきた。私の体温が少しづつその手を温めているのをなんとなく感じる。手の温度が私と全く同じになって、どこまでが私でどこからが違うのかわからなくなってから、ようやくもう一度目を閉じた。
この手を今度こそ守りたい。私にどうか、守ることを許してください。
スネイプ先生。